37話 迷宮 70階層
━━━フェレノア地下迷宮 70階層━━━
70階、残り30階層、だが、決して楽ではない。
ここから先は最低ランクがAランク、つまりは生態系の上位達のみで構成されている。
ここを守護するのは金色の鱗を持った大蛇、聖金大蛇、光と土の魔力を持つ特異個体。
「ユキノ、行くぞ」
「わかった」
ハスディアは雪乃と金色の鱗を持った大蛇に向い歩いていく。
金色の鱗をもつ大蛇、聖金大蛇はハスディア達を細い瞳で見つめたままゆっくりと動き出す。
蛇は舌にある特殊な器官で魔力の流れ、空気の変化、人には見えない電磁波等を感知できる。
その精度は、向こうの世界とは比べ物にならない程正確だった、だから見えた、ハスディアの放つ凶悪な死を。
しかし、大蛇は恐れない、なぜなら加護があるから。
”天使 ファザリエル”が大蛇に与えた加護、それは”転生”迷宮内で死亡しても意識や魂はそのままに新たな生命として生まれてくる。
ホーリーサーペントが尾で地面を叩く、雪乃達を目掛け地面から無数の槍が生えてくる。
「うおっ!?」
雪乃は驚きつつも地面を凍らせ無力化する。
ハスディアは迫り来る槍先を屈折させ、あらぬ方向へ向ける。
ホーリーサーペントは雪乃に向かい噛みつきを放つ。
蛇は全身が筋肉である、その全てをバネのように活用し放たれた噛みつきは音速の数十倍、しかも口の大きさは半径1メートルを超える。
いかに雪乃が常人を超越した反応速度持とうと、避けきれない。
(避けれなッ)
避けきれないと判断した雪乃は造氷で2メートル超の長い杖を作り出し、受け止める。
雪乃の足が地面を抉りながら後ろに押し出される。
「チッ、ハスディア!」
「分かってる」
雪乃とハスディアは念話で声を出さずに会話出来るようになっていた、それを利用し、作戦をたてた、それは、
『恐らくアイツは弱い奴から先に倒そうとする、そこで、雪乃、お前は囮になれ、その隙に俺様が片付ける』
と、その作戦通りにホーリーサーペントは動いた。
ハスディアが悪魔の青涙を使い、ホーリーサーペントの首を狙う。
鎌は真っ直ぐにホーリーサーペントの首へ、しかし、
ギィーン!
と言う金属音が鳴り響き、ハスディアの鎌は弾かれた。
「なっ!?」
そして、尾でハスディアを弾く。
ハスディアは壁に打ち付けられめり込んだ。
「っんてな!」
壁から起き上がり、ジェスチャーで尻尾が無いとホーリーサーペントへ伝える。
「いいか? 俺様の鎌はまず弾かれねえ、しかし弾いたっつうことは、お前の聖属性が俺様の闇属性を上回る訳だ、そこで、全体ではなく一部、つまりは刃先に魔力を集中させちまえばお前の魔力を越せる、そしてお前が馬鹿正直に俺様を狙うもんだから弾かれる勢いを付けて切っちまえば切り落とせるわけだ」
ハスディアは黒い笑みを浮かべながら嫌味ったらしくホーリーサーペントへ説明する。
「いいかげんに、しろや!」
そして、壁に押し付けられていた雪乃が、ホーリーサーペントの顎を蹴り上げる。
雪乃の体、カルミナの体は急激な成長を見せていた、度重なる負傷、それへの対策として身体を成長させた、素手で岩を砕ける程度に。
「ったく、あんなに激しく押し付けられたら痛えじゃねえか」
ホーリーサーペントは後ろに下がる、
切られた尻尾を再生し、再び戦闘態勢に入る。
ハスディアが鎌でホーリーサーペントの首を狙う、しかし、黄金の鱗を持った腕に受け止められる。
「な!?」
ホーリーサーペントは人型になっていたのだ、全身を金の鱗で覆われ、瞳は蛇のまま縦に細長い、顔つきは中性的だ。
上位の魔神は、自分の姿を変えられる、ホーリーサーペントは危険を感じ取り、自分よりも強いであろう姿へと身体を変えた。
それは人間の形であり、武器として大鎌を持った。
ホーリーサーペントはユニークスキルの”物真似”を持っている、多少の劣化はするものの、大鎌を使いこなせる。
「なるほど、これが、人の体か…… 確かに動きが俊敏になったな」
ホーリーサーペントは笑みを浮かべ二人に対峙する。
ホーリーサーペントは驚くことに一瞬で人の体の構造、限界、そして言語を理解した。
「しかし、こちらの姿になって分かったが、お主ら、化け物過ぎないか?」
そして、間に隔たる大きな差も理解した、雪乃一人なら魔力の総量差で勝てるだろうが、ハスディアには手も足も出ないだろう。
「まあ、俺様は最強だからな」
ハスディアは爽やかな笑みを浮かべ、そう答える。
そして、雪乃に念話を入れる。
『ユキノ、下がってろ、ここからは俺様がやる』
『わかった』
ハスディアが悪魔の青涙を具現化し、ホーリーサーペントに向かう。
「クハハッ! いいだろう、全霊をもって相手しよう!」
ホーリーサーペントは笑う、自分より強いものに挑む楽しみ、それを知ってしまった、だから、後悔などしないように、自らの無力を嘆くように笑った。
人の形になった事により、反応速度の上昇、思考の幅が広がり、そして、弱体化。
人の体は脆い、雪乃の様に常に魔力を流し、傷付く度に再生を促さない限り、上位魔神の攻撃は防げない。
しかし、流石はAランク上位、一瞬で弱点を看破し、補う。
鳴り響く轟音、そして目まぐるしく起こる火花、ハスディアとホーリーサーペントの鎌同士が火花を散らし、金と黒の光が線を描く。
「遊びは終わりだ、闇に飲まれな! 二重淵冥崩壊」
二重淵冥崩壊とは闇の魔力二種類、常闇と腐敗、この2つが必要な、本来であれば二人以上で行う極大魔法、圧倒的な攻撃力を誇り、小型ブラックホールを対象の中心に創り出す魔法。
それは光や音、全てを遮断し、魂の叫びすらも中心へと巻き込まれる。
ハスディアはホーリーサーペントを強敵と認めた、だから、全身全霊を持って自身の持つ最強の単体魔法を放った。
ホーリーサーペントは迷宮の床をくり抜き、闇に飲まれて消えていく。
「クハハッ、やはり、理不尽だ」
ホーリーサーペントは闇に飲まれ、体を蝕まれながらも笑った。
「まあな、せいぜい次の時は楽しませろよ」
「見抜かれていたか、我が加護”転生”に」
「さてな」
二つの笑い声が、一つになる。
ハスディアの戦い、それは虚しく、美しい。
永き時を生きるハスディアにとって人との触れ合いは一瞬、その一時を噛み締める。




