35話 迷宮 68階層~
━━━フェレノア地下迷宮 68階層━━━
「さて、ガリルが戻ってくるまでに俺様は下の奴を片付けて来る」
階段を降りながらハスディアはフレナドール達に向けそう言った。
「下には何がいるの?」
メリザがハスディアに話しかける。
「下にいるのは悪魔だ、天使の守護をする迷宮に天使とは対極の存在の悪魔がいやがる」
ハスディアは吐き捨てるようにそう言い、続けて、
「馬鹿なヤツには仕置が必要だろ?」
と、黒い笑みを浮かべた。
天使を守護する迷宮には五体の悪魔がいる、デビリュエルと名付けられた君主、そしてその直属の部下として公爵のデモエルが、その部下としてデイエル ビリエル ルリエルと三体の侯爵がいる。
五体ともただの悪魔ではなく混聖魔という、聖なる力を宿し、上天した悪魔だ。
そして、ハスディアの前に立つのはルリエルだ、紫と金の二色の髪を横にまとめたサイドテールの女だ、目鼻立ちはしっかりとしており、黒い生地に白のフリルを付けたドレスを着ている、
「お久しぶりです、ハデス様」
「チッ、やっぱりお前だったか、シプカ」
「ええ、私です」
自らをシプカと名乗り、笑顔のまま薙刀を構える。
「千年前、勇者が攻めてきた時貴方は一人で全てを片付けた、無力を感じた私達は天使に仕えた、そして新たな名を頂きました、それはルリエルです、改めまして、私はルリエルです、以後お見知りおきを」
ドレスの裾を持ち上げ頭を下げる。
「では、さようなら」
ルリエルは薙刀を上段に構え、ハスディアに切り掛る。
薙刀の性質上遠心力を利用し威力を上げるのが一般的だ。
ルリエルはユニークスキルの”舞踊者”を持っている、薙刀を体の一部にする事で攻撃のレパートリーは変則的な物から寸分たがわぬ精密な動きまで、無限と言っても差し支えない程に、そこへ更にユニークスキルの”風ノ王”を加えることで破壊力や殲滅力を纏った死の踊りへと変化する。
しかし、相手は闇を司る冥府の絶対者、単純な魔力の戦いなら負けるどころか苦戦すらもありえない。
その事をルリエルは知っている。
憧れ、見惚れ、そして近付こうとした。
しかし絶対者に友は要らなかった、側近ですら不要だと言わんばかりに、しかし、再び会えた、今度は落ち着きを感じさせる姿で。
ルリエルは思う、敵となってしまったが認めて頂けるように、死ぬ気で、殺す気で、戦おう、と。
ハスディアは戦闘狂である、しかし、無駄な戦いは好まないし、格下相手なら見逃してもいいとすら思っている、しかし、元部下のシプカは本質こそ変わっていないが、強くなっている、そして自らに牙を向けるほどに成長した。
ならば答えてやるのが上の者としての責任だろう。
「ハッ! 言うじゃねえか」
ハスディアは右手に常闇の魔力を、左手に腐敗の魔力を纏わせる。
そして迫り来る薙刀を右手のみで弾いていく、
ハスディアが”悪魔の涙”を使わないのは戦いを愉しむ為だ。
(チッ、三属性か、流しきれねえな)
ルリエルは悪魔として闇を天使として光を持ち、後天的に風を持つ三属性持ちだ、対してハスディアは二属性の闇を持つ得意体質だ、それは絶対者にのみ許された最強の魔力。
ルリエルが光の矢を放つ、速度は光速を超えハスディアに向けて一直線に進んでいく。
闇、それは光を根絶するモノ。
闇、それは全てを飲み込むモノ。
闇、それは法則を無視しうるモノ。
光は闇に向かい、屈折する、光の矢はハスディアの右手に収まった。
「なっ!?」
ルリエルは驚愕する、純粋な光の矢であれば侯爵以上は屈折させる事は可能だ、しかし、ルリエルが放った矢は三属性の混合属性だった、それを片手で屈折させるのは至難の技で魔力に大きな差がない限り難しいだろう。
「ん? どうした? もう終わりか?」
ハスディアは煽るようにルリエルに問い掛ける。
「フフッ、まさか! いでよ、我が力の権化よ!」
ルリエルがそう叫ぶ。
ルリエルの後ろに巨大な檻が生成される。
その檻の中には全長10メートルを超える虎が入っていた。
虎の名は虎白、聖風の力を持つ神獣だ。
「コハク、戦いです」
虎白はルリエルの右側に移動し、あるスキルを発動させ、スキル”身体変化”によって自身の体を薙刀へと変化させる。
「ほう」
眩しいほど輝く刃、まるで羽の様な軽さが見て取れる持ち手。
攻撃の速度は段違いに早く重い、一撃を受けるだけで骨が折れる、文字道理に。
「クハッ、ハハハハハッ」
ハスディアは血を吹きながらも笑う、狂気を感じさせる様に。
「ッ!」
ルリエルは苦虫を噛み潰したような表情になり、ハスディアへの攻撃を続ける。
「どうした! 攻撃の手が鈍ってるぞ!」
ハスディアは拳の魔力を身体強化に回し、素手で殴りつける。
「ぐっ、馬鹿ですか! これ以上攻撃を受ければ貴方は消えるんですよ!」
ルリエルはハスディアを嫌っている訳では無い、むしろ崇拝すらしているほどに酔狂していた。
そんな存在が、自分の手で消えるのは嫌だった、だから警告した。
しかしその言葉はハスディアの熱を冷ましてしまった。
「………チッ、馬鹿はお前だ、俺様がこの程度で消えるわけねえだろ」
ハスディアの戦闘意欲は熱しずらく冷めやすい、一度冷めてしまえばその相手には二度と再燃はしない。
ルリエルは間違いを犯した。
ルリエルの胸にハスディアの腕が突き刺さる。
体の内側から湧き上がる恐怖、それは生命の危機を報せるサイレンとなり、ルリエルの身体を、心を曇らせる。
「ッア」
黒い液体を吐き出し、崩れ落ちるルリエル。
「命は奪わねえ、それは俺様に仕えていた事と一度でも俺様を楽しませた褒美だ」
ハスディアは腕を抜き、ほんの少し寂しそうな表情を浮かべる。
倒れ込み、朦朧とする意識の中、ルリエルは考えていた。
(ああ、貴方はやっぱり、優しいのですね。
私は間違えたのかもしれません、貴方は一人でも生きられる、けれども独りを嫌っている、それに気づかずに私は………)
ルリエルは嘆く、己の無力を、そして願う、主の幸運を。
(ですが、私はもう隣に並ぶ事は出来ない、もう貴方は独りではないのですから……)
ルリエルはそれを最後に意識が深い闇へと沈んでいく。




