34話 迷宮 66階層~
━━━フェレノア地下迷宮 66階層━━━
「………」
フレナドールは喋らない、雪乃の豹変に驚き、声にならないのだ。
そして、66階層、ここ100年は未踏の地であり、残りの34階層は魔神や精霊王等強力な、天使に従う者達が連なる。
66階層には強大な敵はいない、もっとも、ハスディアにとっては、だが。
ハスディア一人で数百の聖ナル骸を相手にし、一撃で消し炭にした、その魔法は”災害的弓撃”という超広範囲上位殲滅魔法だ。
深淵の様な塗り潰した黒の弓を魔力で作り出し、常闇ノ魔力で矢を作り出す、それを空に向け放つ。
上に放たれた黒い矢は数千の矢に変わり聖ナル骸を的確に撃ち抜いていく。
「進むぞ」
「あ、ああ」
ハスディアはかなり威力を絞っている。
本来であれば当たった箇所から闇に呑まれ、無へ帰る。
それだけでなく、範囲も最小限にしていた、そうしなければ国一つを殲滅できる程の威力があるのだ。
しかし残骸は残っており、地面も傷ついていない。
━━━67階層━━━
迷宮は一部屋事に降りていく形になっている、つまり大きな一部屋が縦に連なっている。
部屋の高さは大体が数十メートルほど、しかし、この階は底が見えない、深い。
階段で底に降りる途中でハスディアが、
「……ここで待ってろ」
短く、一言で簡潔に全てを物語る。
この下ではフレナドール達は足でまといだ、と。
下には、5メートルを超える紫色の金属光沢を放つ体を持ち、全体的に角張った、見た目の、魔鉄人形がハスディアを見据え、佇んでいる。
魔鉄人形は何も言わずにハスディアへ蹴りを放つ。
その動きは武を収めた達人の様にしなやかに、それでいて機械のような精密さでハスディアの膝を砕く。
そして流れる様に拳を振るう、一秒にも満たないわずかな時間、その中で魔鉄人形は計百を超える拳でハスディアを砕く。
全ての攻撃が当たればどんな物でも破壊できる、そう見てる者に感じさせる程の連撃、しかし、初撃で砕いた膝は既に治り、拳の攻撃全てを左手で受けた。
その気になればハスディアは一撃も食らわずに魔鉄人形を粉砕できるのだが、後ろのフレナドール達に敵の脅威を教える為にあえて受けた。
「ふぅ、ちと受け過ぎたか」
しかしダメージが無い訳では無い。
微量ながらも魔力も奪われた、そのせいなのか魔鉄人形の動きが心做しか滑らかになっていた。
ハスディアは左耳に付けた青い宝石で出来たイヤリングを取り外し、魔力を込める。
魔力を込められた宝石は、青い刃を持つ大鎌へと、持ち手は波打ち緩やかな曲線を描く。
悪魔ノ蒼涙は万物を切り裂き、持ち主の心を反映する、特殊な大鎌。
魔鉄人形を超えるほどの刃を持つそれは、まるでハスディアの体の一部であるか如く滑らかに。
ハスディアは回る、まるで踊っているかの様に、そして青い刃が残像を出し、青いドレスを纏っているのかと錯覚するほどに美しい、それでいて刃先は残虐に魔鉄人形を切り裂き、まるで生ハムの様に薄く魔鉄製のゴーレムがスライスされていく。
「凄い…」
ソーンズが呟く。
「ああ、魔鉄を切れるあの鎌も凄いが、ハスディアの腕も凄い、鎌は本来戦いには向かないんだ、勢いを付けると刃が進む方向とは反対に向いてしまうからだ、しかし、あの緩やかに湾曲した持ち手、あれが回転を防いでいる、そして刃を当てると同時に引いている、それであの精度、化け物だな」
それに同意するようにフレナドールが解説する。
「てゆーか、フレナドール! 雪乃運ぶの手伝ってよ!」
「俺が手伝おう」
「あら、ありがとう、えっと」
「ガリルだ、お前はメリザで合ってるか?」
「ええ、合ってるわ、ガリルね、よろしく」
ガリルは雪乃を担ぎ、メリザと話しながらフレナドールについて行く。
━━━68階層━━━
「……こっから先、俺様でもキツイ所があるかもしれん、ガリル、お前は一度冥府に戻り、そうだな、ペルスェポネあたりを呼んできてくれ」
「ハッ、承知致しました」
ハスディアが言ったキツイは、決して、自分が負けるかもしれない、と言う意味ではない。
戦いつつメリザ、ソーンズ、フレナドールを守るのが、と言う意味だ。
「どれほどかかる?」
「冥府まで一分ほど、そこから言伝を届けるまで二分ほどでしょうか、五分もあればこちらに戻って来れるはずです」
「そうか、では行ってこい」
ガリルは返事をし、空間を裂き暗闇に溶けていく。
「メリザ、ユキノはどうだ?」
「そうね、あまり良くはないわ、でも安心して、命に別状は無いわ、でもいつ目を覚ますかは分からない、今日目を覚ますかもしれないし、一週間後かもしれない、もしかしたら一ヶ月は目覚めないかもしれない」
メリザは表情を少し暗くし、しかし、深刻さは無い。
「そんな心配すんな、アイツは死なないよ」
ハスディアはメリザの頭に手を乗せ、落ち着かせる。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
気絶した雪乃は夢を見る。
自分が泣き崩れる少女を慰める、そんな夢を。
少女は嘆く、自らの不幸を。
「私は不幸な存在なの、母さんは死んじゃったし… 父さんはいつも私を殴るの」
雪乃は自分が何を言ったのか、どんな表情をしているのか分からなかった。
三者の目で自分と少女を見ていた、だからなのか、自分に似た誰かが話しているような感覚で、現実味がない。
少女は続けるように喋り出す。
「学校でもいじめられたわ、その帰りに、貴方と出逢った、私に取ってはあなたは王子様よ」
少女は雪乃の頬にキスをし、柔らかな笑みを浮かべる。
「……ありがとう、私の話を聞いてくれて、それと”未来は何時も変わっていく、貴方は常に最善の選択をしなければならないわ”」
少女の声と何者かの声が重なり、二重に聞こえた。
何者かの声は少女よりも少し大人び、幼さが無くなっている。
「いまのは?」
小さいながらもそう聞こえた、幼い自分の声が。
「? なんのこと?」
雪乃も少女は若返っていた、どちらも小学生ほどに。
夢、それは無意識が見せる不思議な現象。
雪乃が見た夢、それは一体何を意味するのか?
それが分かるのはもう少し先の事だろう。
「”貴方の器《体》は万全に戻ったわ、さあ、戻りなさい”」
先程の何者かの声が少女の口から聞こえる。
今度は少女の声は聞こえずに、何者かの声のみだった。
その言葉を最後に雪乃の意識は暗闇に包まれていく。




