33話 迷宮 64階層~
━━━迷宮 64階層━━━
雪乃の肩の傷は切り傷と凍傷により一部の細胞が壊死していた。
「……無茶しすぎよ! これ一回周りの皮膚切り落として魔法かけないと完全な再生は無理よ!」
メリザは雪乃の傷を見てそう怒鳴りつけた。
「すまない…」
「…はぁ、いいわ、ナイフを貸して、痛いけど我慢してね」
「それなら俺様が感覚麻痺の魔法を使ってやろう」
ハスディアが雪乃に痛覚麻痺の魔法をかけ、ソーンズがメリザにナイフを渡す。
メリザはナイフを浄化し、雪乃の肩の皮を剥ぐ、そして溢れ出てくる血を回復魔法で最小限に抑えつつ、皮の切除が終わった。
次に傷付いた筋繊維を治癒し、皮の代わりを魔力で作り出す。
魔力が定着した頃を見計らい、”魔糸”を使い縫い合わせる。
最後に浄化魔法をかけ、雑菌などを排除する。
「すごいな」
「なにがよ?」
「血を見ても平然としてる」
「雪乃もじゃない」
「そんな事は無い、結構キツイ」
雪乃の顔色は悪い、しかしそれを表に出さないようにしていた。
「まあ、慣れって奴ね、これでもあんたより歳上だからね」
メリザは雪乃の頭を軽く撫で、落ち着かせる。
「そうか…」
「まっ、気にしない事ね、それに勇者様の弱味が見れて得したわ」
「ふふ、ありがとう」
雪乃はメリザに礼をし、歩き出す。
フレナドールは大型の熊型の魔獣を相手している。
熊型の魔獣は動きは鈍いが、力が強く、魔法も身体強化等を使える。
ハスディアは壁に寄りかかり、腕を組み、傍観している。
三人だと役割が変わる、ガリルが防御、フレナドールが攻撃、ソーンズが目眩し。
即興のパーティーとしてはバランスが取れている。
この三人の内、最もレベルの高いガリルが全ての攻撃を受け、スキを作る、そのスキを逃さずに近接に特化したフレナドールが攻撃する。
もっとも、ガリルが防御なのはナイフに細胞停止の能力があるからだ、攻撃を受ける事で腕の細胞を少しづつ活動停止させていく。
熊がそれに気付く事は無いだろう。
フレナドールが熊の首を落とした、炎の魔力を込め。
熊の首は傷口から煙が出ており、肉の焼ける匂いがする。
「ふむ、だいぶ強くなったな」
ハスディアはフレナドールを褒める、心から、世辞などでは無く。
しかしその言葉はフレナドールには届いていない。
━━━65階層━━━
迷宮の空気が変わる、それは比喩などではない。
湿った空気がカラリと乾燥した空気へと変わったのだ。
その原因は中央に鎮座する、獣、いや、魔神によるものだ。
獣がマナに当てられ進化すると魔獣になる、それが更に進化し、知性を持ち、スキルなどを獲得する事で魔神へと至る。
「コレヨリ先ハ通セナイ、引キ返セ」
獅子の形をした魔神は言葉を発した。
炎獅子、それがこの種の名だ、炎を操り、高温の爪で切り裂く。
騎士団長達はここで引き返した。
「雪乃」
「分かった」
ハスディアが雪乃の名を呼び、雪乃はそれに答える。
「貴様1人カ?」
「そうだ」
雪乃は前にでて、杖を構える。
「灰燼ト化セ”不可視之爆撃”」
雪乃のいた場所は高温の透明な炎に晒され、地面は融解し赤みを帯びている。
「ッ あっぶな!」
雪乃はギリギリで回避し、炎獅子の後ろに回った。
雪乃の反応速度は3万6000分の1秒だ、それでもギリギリだった、それほど厄介なのだ、見えぬ攻撃は。
雪乃は熱を感じた瞬間に全力で走り、炎獅子の死角に回った。
熱に当てられたのは一瞬なのだが、それでも雪乃の氷鱗纏を溶かした。
「フン、中々ヤルヨウダナ」
炎獅子は後脚で雪乃を蹴り飛ばす、雪乃は扉に打ち付けられ、金属製の扉は歪み、雪乃は血を吐く。
炎獅子は雪乃の魔力量を凌駕していた。
それだけでなく総合的に見ても、筋力 反射神経 持久力 耐久性どれにおいても凌駕している。
炎獅子は意識を失った雪乃を嬲る。
爪をしまい、傷を最小限に抑えるように。
「おい、助けないと!」
「勝手に行ってろ」
フレナドールがハスディアに助けを求める。
「は?! このままだと雪乃は死ぬぞ!」
「死なん、アイツはあれでも勇者だぞ、というか、一度俺様を倒してんだぞ?」
「どう見ても意識ねえじゃねえかよ! あの状況でどうすれば死なないんだよ!」
フレナドールの怒鳴り声を鬱陶しそうにハスディアはため息をつく。
「いいからよく見とけ、あいつの本性が垣間見れるぞ」
雪乃はこちらに来て二度目の気絶、一度目はフェルナとハスディアにボコボコにされた時、そして、今回。
雪乃は立ち上がり、光の無い目で炎獅子を見つめる。
雪乃の無意識下での暴走、それは雪乃の願いそのもの、雪乃は死にたくない、生きたい、そう願う、故に起きる。
ここまで攻撃的ではないが前世の時も何度かあった。
木登りをしていて落ちた時も、気絶しながらと自力で家まで歩いていった事もある。
そんな潜在意識を自覚しないまま、こちらに来てしまった。
その願いは色褪せることなく、むしろ色濃く雪乃を支えてきた。
雪乃の驚異的なまでの成長スピードはその影響なのかもしれない。
「絶対零度」
雪乃は無機質な声ながらも敵意を剥き出しにした声色で呟く。
炎獅子は凍らない、自らの体を熱し絶対零度に対抗する。
炎獅子は絶対零度に意識を取られすぎた。
雪乃は膝で炎獅子の顎を蹴り上げ、頭に肘を叩き付ける。
上と下、両方からの打撃は炎獅子の脳を揺らし、軽い脳震盪を起こす。
しかし相手は魔神、打撃は通用しない、それでも炎獅子は体制を崩す。
それはなぜか、魔力を使い脳神経を歪めた、これは一時的な物だが、戦闘中にそれは大きな隙になる。
「は? どういう事だよ、これは…」
フレナドールは雪乃の豹変に息を呑む。
雪乃は氷で爪を作り、炎獅子の目を抉り出す。
「ガアッ」
炎獅子の視界は赤く染った、そして何も映さなくなる。
炎獅子は全力で広範囲上位炎魔法の”緋色ノ爆炎”を放つ。
しかしそれは発動しなかった。
なぜなら雪乃が魔力すらも凍り付かせたのだ、現在雪乃を中心に半径1kmは魔法は発動しない魔法拒絶空間となった。
雪乃はぽっかりと空いた穴に腕を差し込み、脳を掻き回す。
炎獅子はビクリと反応をしめし、動かなくなった。
フレナドール達は雪乃の絶対零度の範囲内にいたのだが、ハスディアの多重魔道障壁、ガリルが”多重空間制御”で空間を歪め、事なきを得た。
雪乃は炎獅子の絶命を確認した途端、パタリと、まるで糸の切れたあやつり人形のように崩れ落ちた。
次回多分雪乃の出番無いです




