32話 迷宮 61階~
━━━フェレノア地下迷宮 61階━━━
「キャー!」
迷宮内に木霊するほどの悲鳴が上がる。
声の主はメリザだ。
他の者も悲鳴こそ上げていないが、顔を引き攣らせている。
悲鳴の原因は大型の蜘蛛型魔獣によるものだ。
蜘蛛の胴体に触手のような何かが生え、その触手から溶解性の液体が垂れ流されている。
「…あれは?」
ガリルがハスディアに話しかける。
「あれは、Aランク下位の死蜘蛛だ、甲殻の硬さは鉄以上魔鉄以下だ、炎系の魔法が苦手だが、ガリルお前、遊んでやれ」
「ハッ」
ガリルは返事をし、ナイフを呼び出す。
「常闇之短剣、気を付けな、このナイフはお前の命を切り取る」
ガリルは蜘蛛に向けてそう言った。
「うっわぁ」
雪乃が後ろで主人公とは思えない様な、言い表せない顔をしている。
「おいっ! なんか文句あんのか! 雪乃っ!」
「いや別に」
雪乃は表情を元に戻し、ガリルへそう言う。
「………ならいいけどよ」
ガリルは不満げに死蜘蛛にナイフを向ける。
ガリルのナイフ、常闇之短剣には能力がある、それは、斬った箇所の細胞活動を停止させる。
ガリルはナイフで甲殻を滑らせる。
しかし甲殻はカルシウムなどの細胞以外で構成されており、ナイフの能力は効かない。
こちらの世界の昆虫類はマナにより身体機能を損なわずに巨大化している場合が多い。
そして、体毛には魔力と温度差、そして風の流れ等様々な感覚機能を持つ場合がある。
デッドスパイダーの糸は硬く粘りがあり、切ることは出来ず、利用も不可。
デッドスパイダーは糸自体による狩りを行わずに自身の運動能力を使い捕食する。
蜘蛛は複眼である、計八つの目と体毛、もはや全身がレーダーと化す、移動速度も早く、魔力なし、と言う条件下であればトップクラスに入る。
しかし今回は相手が悪かった、
強さ自体は同程度だが、デッドスパイダーは知性の無い本能のみだが、ガリルは知性がある。
それが勝敗を分けた。
勝負は一瞬で着いた。
ガリルがスキル”多重空間制御”を使いデッドスパイダーの脚の付け根に隙間を生成し、落とす。
そして動きの取れなくなったデッドスパイダーの関節部にナイフを差し込み、神経節を切断する。
━━━62階層━━━
現れたのはまたしても昆虫系魔獣、蜂型の2メートルを超える巨体が3匹、全て色が違う。
1匹目は蒼色、2匹目は赤、3匹目は緑。
それぞれ属性が違い、風と炎、木の魔力を持っている。
この蜂は属性蜂と言う、主な捕食方法は針による毒で獲物の動きを止め強靭な顎で引きちぎる。
「フレナドールは緑、雪乃は赤、俺様は蒼を殺る、アイツらの針には気をつけろ、神経毒を持っている、外骨格は硬ぇから剣撃が効きずらい」
エレメントビーの毒は血管内に入ると神経の伝達を乱す効果がある、毒だけで死に至るには500cc以上必要で、致死性は余りない。
しかし針の太さが雪乃の腕程あるため、刺されるだけでも致命傷になる。
ハスディアは闇の魔力で蒼のエレメントビーを包み込む。
闇の魔力には種類があり、腐敗 常闇の二種類で、今回ハスディアが使ったのは腐敗、対象者を生死に関わらず腐敗させる。
腐敗の魔力に覆われたエレメントビーは腐敗し朽ち果て塵も残らない。
雪乃の相手の属性は火、相手が雪乃の魔力量を上回らなければ敵ではない。
毒針を杖で砕き、凍り付かせる。
凍ったエレメントビーを砕き、活動を停止させた。
フレナドールは”レイヴァテイン”を使い切り刻む、が、動きが早く中々当たらない。
痺れを切らしたフレナドールが範囲魔法を使い、焼き尽くす、エレメントビーは灰も残らずに燃え尽きた。
━━━63階層━━━
「ねえ、ここって、明らかに学生が来れるような難易度じゃ無いわよね?」
「そうですね、ここから先は精霊達も怯えて、索敵がほとんど出来ません」
「……精霊が怯えるってどんな化け物がいるのよ……」
メリザとソーンズは戦えずに暇そうに話している。
フェレノアの地下迷宮は聖騎士団の騎士長クラス数十名が潜っても65階層までしか到達出来ていない。
扉の前に何か赤黒い毛の塊の様な物がある、その正体は血狼だ、素早い動きとミスリル製の防具ですら切り裂く駒爪、そして骨だろうと噛み砕く強靭な顎を持ち、魔法を使う。
恐らくこのブラッドウルフは迷宮の覇者なのだろう、ハスディアを見ても動かずに、すきを見せている。
「雪乃、お前一人で相手しろ」
「!? 無茶言うなよ! あれは、聖騎士達が束になっても勝てるかわからないんだぞ!」
ハスディアに対し、フレナドールが怒鳴りつける。
「…犬か、多分大丈夫」
そんなフレナドールを尻目に雪乃は氷鱗纏を発動させ、杖を一本呼び出す。
ブラッドウルフは雪乃を視界から外さず、のっそりと立ち上がる。
「ワオーンッ」
ブラッドウルフは咆哮する、その咆哮はビリビリと大地を、大気を揺らした。
ブラッドウルフが真横に飛び、迷宮の壁を足場に使い加速する。
壁は砕け、音速を超えた爪が雪乃を襲う。
雪乃は杖を使い爪の勢いを殺さずに起動を変える、ブラッドウルフはそのままの勢いで壁を蹴りつけ、加速を加え雪乃に噛み付く。
雪乃は迫り来る口目掛け、杖で突く。
雪乃の杖はブラッドウルフの喉を貫き、脊髄へと到達し、生命活動を停止させる。
はずだった、ブラッドウルフは魔力を足場に軌道を変え、杖の突きを回避した。
それだけでなく爪で雪乃の肩を切りつけた、幸い骨には到達していないようだが、血は溢れ出てくる。
「ッ!」
雪乃は傷を凍り付かせ、止血を施す。
冷たさは感じずとも、凍った肩は痛みがある、それを紛らわせるように杖を握り締める。
「グルルッ」
ブラッドウルフは攻撃が来る事を予測していた訳では無い、本能が危険だと感じたのだ。
だからあえて攻撃を直線的にし、本当かどうかを見極めた。
結果としてだが、ブラッドウルフの選択は間違っていた。
脚が凍りついていたのだ、氷鱗に触れた時間はわずかだと言うのに。
氷鱗纏は攻防一体の技である、鱗で傷つけばそこから少しづつだが凍りついていく、雪乃は知らないが、零氷ノ王との相乗効果により凍るペースはあがっている。
ブラッドウルフ少しづつ侵食してくる氷に痺れを切らしたのか、自らの脚を爪で切り落とした。
地面に転がった脚は凍りつき、砕けた。
「フシュル」
ブラッドウルフは牙と殺意を剥き出しに、雪乃を睨んでいる。
殺意の欠片に当てられたメリザは腰が抜けたようで倒れ込んでしまった。
(まずいな、決定打が無い)
雪乃は焦っていた、範囲内の温度を下げてもいいが、それをすれば仲間に被害が出る、だから出来ない。
氷を打ち出すにしても相手は音速を超え動ける、まず当たらないだろう。
「仕方ないな」
短く呟き、杖を刀に見立て、居合の構えをとる、スキを見せるまでは微動だにしないだろう。
ブラッドウルフは警戒し、まったく動かない、まるで時間が止まったかのように。
ピクリ
ブラッドウルフが踏み込もうとし、動いてしまった。
それを見逃さず雪乃は踏み込む、1度腰を落とし左足に力を込め、地面を蹴る、バネの要領で加速した雪乃はブラッドウルフが1歩踏み出すまでに距離を詰め、首を跳ねた。
刃等無いはずの杖で、力任せに杖を振るったところで首は落ちない。
脊髄の隙間を的確に狙い、凍り付かせ砕く、凍らせたのは皮膚と毛皮、そして軟骨だ、それを一直線にふり抜く事で、切れたように錯覚したのだ。




