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29話 冥府の試練③

 

 ━━━魔界深層 冥府━━━


 雪乃は二体の悪魔と戦っている。

 先程ディアボロに首を折られたアーセナルと、初老の見た目をしたバルメだ。

 アーセナルの武器は刀だ、刃文は肩落ちの目と呼ばれる、波の様な模様で、刀身が約2mはあろうかと思うほどに長い、それなのに柄は約40センチほどだ。

 その刀の銘を”雷鎖ライサ”と言う、雷の力を纏いし大太刀だ。

 そしてバルメは武器を持っていない、いや、拳が既に凶器なのだ、現に雪乃の創り出した杖を5本以上砕いている。


 雪乃の氷鱗纏はボロボロで、辛うじて胴体の部分が残っているだけだった。


(不味いな、こいつらクソつえー)


 雪乃はそう心の中で毒づいた。

 それに対し、悪魔達は、


「ふむ、中々骨がありますね」

「全くね、私たち2人を相手に粘ってるものね」


 と、それなりの評価をしていた。


 雪乃は杖を同時に5本まで作り出せる。

 その杖を”魔法空間マジックスペース”にしまい、職業スキルの”召喚”で自由に取り出して使っている。

 しかしいくら雪乃の魔力が高くとも、これだけ作り出し、呼び出していれば魔力は尽きる。

 しかし、雪乃は気付かないうちに杖を創り出す間隔が狭まっている、それはレベルが上がった事による。

 30前後だったレベルが今は悪魔達を倒した事により80程まで上がっていた。


 しかし、それでもこの二人には届かない、それはなぜか、雪乃の使う杖術”煌月流”には、当たり前だが対人用の技しか無い、そのためいくら人間の急所を付いた所で悪魔には大してダメージが与えられないのだ。

 セシルに対し放った”十五ノ突き”は人間であれば悪くて絶命、良くて植物状態にさせる程の凶悪な技だ、しかしセシルにはほとんどダメージが入っていなかった。

 それは体の構造上の問題だった人間は脊髄に神経が集中している、しかし、上位魔神や悪魔は神経節が無い、全てを魔力で制御しているからだ。

 上位魔神や悪魔の体内では常に一定の魔力が循環している。

 故に物理的な攻撃は魔力の流れを絶たない限り通用しない。


 雪乃は昔、転生する前、約13年で杖術をある程度極めていた。

 杖を扱わせれば横に並ぶものは居ないほどに、しかしその雪乃でさえも悪魔を2体同時は分が悪い。


 しかし戦闘時間が一時間を超えた時変化が生じる。

 雪乃の構えが無くなったのだ、それはある確信を持ってした行為である。


 型に頼る、それはある特定の攻撃や行為に対しては対処できるが、変則的な、本能に任せた攻撃には対処がしずらいのだ。

 だから捨てた、構えを、常識を。


 雪乃の両手には杖が二本、どちらも杖の中心を掴んでいる。



「アーセナル、どうやら本気を出さなければならないみたいだよ」

「そうね」


 バルメは羽をしまい、どこからか小さな盾を取り出す。

 盾の形状は丸く、円形盾(サークルシールド)だ、そしてその盾には1m程の両刃の片手剣が。

 盾を前に、剣を右手で持ち、前傾姿勢になる。


 アーセナルの刀”雷鎖(ライサ)”が1m半程に縮み、柄の底から鎖が伸び、その先には鞘がある。


「ふむ、この姿を見せるのは何百年ぶりか」

「最後に見せたのはハデス様と戦った時ね」


 2人が纏う魔力が、圧倒的に増えた。


 しかし雪乃に動揺は無い、なぜなら既に覚醒はつがしたのだ。

 勇者としての種が、そしてそれはズレていた歯車を噛み合わせた。

 雪乃は今までに無いほどの体の軽さに戸惑うが、しかしそれは一瞬だった。


 雪乃が攻撃の意志を持った、刹那、金属音が響き、バルメが後ろに飛ばされた。

 何が起きたのか、雪乃は杖でバルメに突きを放ち、バルメが突きを受け止め、力負けし後ろに飛ばされた。

 それだけでなくバルメの盾にヒビが入る。


 雪乃は既に勇者の力を使いこなしていた。

 勇者の力、それは人間が唯一上位魔神や悪魔などに対抗出来る力だ、種は人間という種族なら誰でも持っているが、そこから発芽 成長 開花に至る者は少ない。


 力は強大で、使いこなせる者は少ない。

 しかし雪乃は天賦の才があり、自分の限界を分かっていた。

 だから限界のギリギリまで自分を追い詰めた、そうすることで勇者の力が手に入ると知っていた訳では無い、本能的に、いや生前の記憶で師匠にいつも限界までしごかれていた、そして習得した。

 結果として、雪乃は自分を追い詰め、力を手に入れた。


 そこからは圧倒的だった。


 バルメが剣を振り、アーセナルが合わせる。

 雪乃は攻撃を躱し、バルメの死角うしろに回り、左脚でバランスを崩し、左手の杖で払う。

 体の崩れを利用し威力を上げた一撃はアーセナルの鎖で止められる。


「そうはさせないよ!」


 しかし雪乃は慌てること無く鎖を凍らせた。


「チッ」


 アーセナルは凍った鎖を砕き、”雷鎖ライサ”で雪乃に斬り掛かる。

 雪乃は右手の杖で”雷鎖ライサ”を受け流す。

 しかし杖は切り落とされてしまう。

 切られた杖を捨て、新たな杖を”召喚”する。


「これは不味いわね」

「しょうがない、アーセナル、離れていなさい」

「……アレをする気か?」

「そうだ、さ、”雷鎖ライサ”を貸してくれ」

「…チッ、生きて戻ってこいよクソジジイ」


 アーセナルは刀をバルメに投げ渡し、後ろに下がる。


 バルメは左手に”雷鎖ライサ

 右手に片手剣”マヤニ”を、そして魔力を解放する。

 闇と風の魔力、二属性持ち、それはあまり珍しいものでは無い。

 種族として最初から持っている属性と、後天的な物だ。


 魔力の解放に伴ってバルメの姿が変わっていく。

 初老の見た目から、典型的な悪魔のような姿へと。

 山羊の角に蝙蝠の羽、筋肉隆々な体へ。


「済まない、待たせてしまったな」


 バルメは地に響く様な低音でそう言った。


「べつに」

「そうか」


 会話を終え、バルメが”雷鎖ライサ”を振り抜く。

 剣先から放たれた黒い雷が地を裂き雪乃を襲う。



 勇者とは、勇気ある者、又は理解の外の力を宿す者、そして、人間という枠を超える程の成長速度を持つ者、のどれかを所有するものを指す。

 雪乃は三つ目の人知を超越した成長速度を手にした。


 音速を超えた速度の黒雷を雪乃は表面を溶かした氷の槍を地面から生やし避雷針替わりにし回避する。


「なっ?!」


 バルメは驚愕の欠片を見せた、いや見せてしまった。


 今の雪乃には完全にとまでは行かないが、黒雷が見えていた。

 加護とは別に新しく”思考速度上昇”を手に入れたからだ。

 同系統のスキルは足し算では無く掛け算の様になる。

 ”思考速度上昇”は三十倍まで、そして加護の”思考速度上昇”は六十倍まで、つまり、千八百倍まで引き上げられる。

 千八百倍、それは1秒が30分に感じる程までに。

 それは雪乃の感覚で1秒に約0.19mの速度で進む雷を避ける事は決して難しくない。

 更にスキルとは別に信号の伝達速度も上がっていた。

 人間は脳が信号を放ってから0.5秒してようやく動き出す。

 しかし雪乃はおおよそ0.05秒で動き出せる。

 そしてその0.05秒は雪乃の感覚で、である。

 1800分の1秒の0.05秒、つまりは3万6000分の1秒の反応速度がある。


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