28話 冥府の試練 ②
━━━魔界深層 冥府━━━
フレナドールは悪魔ペルスェポネによって運ばれていた。
「…なんで、殺さないんだ?」
「最初に言いませんでした?、殺さない程度に、と」
ペルスェポネは三日月型に口元を歪ませそう言った。
「…そうだったな」
「それに貴方に興味があるので」
そう言われたフレナドールは少し頬を赤に染めていた。
「さて、貴方は根本からスキルの扱いを間違えています」
ペルスェポネは、先程も言いましたが、と前置きをし、話し始めた。
「貴方は”霊体化”を単なる防御系スキルだと思ってるようですが、それは違います。
霊体化とは魔力の強化、物理攻撃の無効化、そして精神体へのダメージを与えられます。
系統で言えば攻撃補助系統です。」
「?つまり?」
「悪魔に対しては最高の武器です」
「それをなんで教えたんだ?」
「貴方が弱いとハデス様が護らなくてはいけませんからね」
「つまりは自分の主の手を煩わせないため、と」
「そうです」
そしてペルスェポネは続けて、
「来なさい、エンフィールド」
悪魔を呼びだした。
「はっ」
現れたのは細身剣を腰に携えた、淡紫色の髪を横で三つ編みにしている女だった。
腰あたりまでの長さの髪は跪いたことにより、地面に着いてしまっている。
「アレをお願いします」
「仰せのままに」
エンフィールドは短く返事をし、立ち上がり、右手を前に出した。
そして、詠唱を始める。
「閉ジロ開ラカズニ永遠ノ暗ニテ生涯ヲ全ウセヨ ”冥府ノ鳥籠”」
地面から闇の棒が現れ、半円を創り出す、フレナドールとペルスェポネを中心に、半径約25メートルの鳥籠が生み出された。
「さあ、貴方は無事に生きて帰れるのでしょうか?」
ペルスェポネは細い瞳を歪ませて、笑みを浮かべた。
「ヒッ」
フレナドールは顔を恐怖に染めた。
「ふふ、その顔とても素敵ですよ」
ペルスェポネはフレナドールの後ろに回り、耳元でそう囁いた。
「ッ!?」
フレナドールは剣を振るが、ペルスェポネの羽に止められてしまう。
「剣に意識を集中させてはいけません、剣の意識を自分に集中させるのです」
そう言いながら、ペルスェポネはフレナドールの周りを残像を出しつつ回っていく。
ペルスェポネはフレナドールに攻撃するつもりは無い、だが、それでは成長は出来ない、ならばいつ攻撃されても対応出来る様に集中させる。
時折羽から魔力を放ち、頬や腕に掠らせる。
傷はだんだんと浅くなる。
それは少しずつではあるがフレナドールが”霊体化”の扱いに慣れてきたことによるだろう。
──主よ、我に霊体化の”物理無効対処”を付与するのだ──
剣の意思がフレナドールの深層心理へと語りかける。
(付与?、分かった)
フレナドールは距離をあけ、”レイヴァテイン”に付与をする。
付与魔法、それは難度が高く、魔力変換レートが悪いためあまり使われることの無い魔法。
しかしフレナドールがするのは魔法ではなくスキルの付与、これは魔力の消費を最小限に、扱いによっては下手な攻撃魔法よりも絶大な威力を誇る。
剣に意識を集中させるのではない、その言葉により付与の確率は上がった。
なぜなら剣自体が付与を望んでいる、それだけで確率は上がる。
──あとは、お主の気持ち次第だ、我の力を引き出せるかはな──
”レイヴァテイン”はフレナドールに魔力を与える。
その魔力はこの星が生まれた頃から溜め込んだ膨大な、そして良質な、炎の魔力、それは純粋でとても凶悪だった。
内側から焼き尽くされそうな程の熱量、神経が焼き切られそうになるほどの痛み。
「チッ」
ペルスェポネはフレナドールの変化を見逃さず、剣を持った腕を羽で切り落とす。
地面に落ちた腕は”レイヴァテイン”の熱量によって、骨も残ら無かった。
「ッ?!」
フレナドールを襲う腕を失った痛みは声にならない。
「ッ、ァァ!」
「落ち着いて」
ペルスェポネはフレナドールの肩に羽を当て止血する。
「エンフィールド!」
「御意!」
ペルスェポネは叫び、エンフィールドは”冥府ノ鳥籠”の範囲をフレナドールが入るギリギリまで縮める。
”冥府ノ鳥籠”は結界である、しかし外からの攻撃に弱く、内側からの攻撃には強い、それは結界と呼ぶにはいささかニュアンスが違う、正確に言うなら範囲保護魔法だろう。
その効果は中の魂を外へ逃さない。
ここ冥府では傷から魂が抜けていく、つまり今のフレナドールは腕から血と魂が出ていっている状態だ。
それを防ぐために”冥府ノ鳥籠”の範囲を縮めたのだ。
「どうします?」
「腕の太さ的には私のは無理ね、そうね…ブレンダならちょうどかしら?」
止血を施し、血と魂の流出は抑えたものの、腕がない状況はとても不味い。
「それには及びません、どうぞわたくしめの体を」
声を発したのは名も無き悪魔、エンフィールドの部下だった。
「分かりました、ありがとう、さようなら」
ペルスェポネは笑みを浮かべ迷いなく悪魔の心臓部分を貫いた。
「構造変化、awG":Gm4m&dd8」
エンフィールドは詠唱する、自らを犠牲にした悪魔を一欠片も無駄にはしないように。
悪魔は霧になり、フレナドールの腕部分へとまとわりつく、霧は腕を形作る。
『骨…接続、神経……接続、血管………接続、筋繊維……接続、皮膚…接続』
悪魔の意思は必死に繋ぐ、主の感謝の一言を受け、この身をフレナドールの腕へと変化させる。
『血液循環…異常なし、神経…異常なし、腕全体…異常なし』
悪魔の意識はそれを最後に薄れていく、いや、フレナドールの意思へと溶け込んでいくのだった。
「さて、レイヴァテインどうしましょうか…」
「廃棄、という訳には行きませんからね」
ペルスェポネとエンフィールドは話し合う、”レイヴァテイン”は廃棄するには惜しく、使いこなすには強大すぎたのだ。
「お主ら、聞こえるか」
”レイヴァテイン”から声がする。
「貴方が剣の意思ですか?」
「そうだ、済まないな尻拭いをさせて」
「別に構いません、それよりどういうつもりだったのです?あれは」
「受けたす魔力の量が多すぎた、五千分の一を渡したのだかな」
トーンは落ち、心做しかへこんでいる様な印象を受ける。
「はぁ、貴方自身に彼、フレナドールに、危害を加えるつもりはないのですね?」
ペルスェポネはため息の後”レイヴァテイン”にそう問いかけた。
「ああ、危害を加えるつもりは無い」
”レイヴァテイン”はそう断言した。




