22話 零星と邪星
━━━ノルデアン 近く 名もなき山━━━
雪乃は走っている、フェルナを背負い、安全な場所へと。
「見つけた」
雪乃の目の前に男が立つ、片足で、7対14枚の白と黒の2色の羽をしまい、大剣を片手で構え、害意を放つ。
「お前か?……」
「何が?」
「お前がフェルナをやったのかッ!」
「そうだ」
雪乃の心は混濁していた、憎い、ただそれだけだった、憎しみと怒りが雪乃の心を支配していた。
「……」
雪乃は光を移さぬ瞳でセシルを見る。
(こいつか…今は勝てない………最悪触れすらしない、だけど、一発でいい、殴る)
雪乃は生前武に触れていた、故に理解出来た、相手がどう足掻いても、逆立ちしても、勝てない程の強者である事に。
雪乃は血が出る程強く拳を握る。
フェルナを木に掛けさせ、休ませる。
「剣は要らないか」
セシルは剣をしまい、片腕片足で雪乃を挑発する。
「…」
雪乃はハイリルを槍の様に右手を後ろに左手を前に出し構える。
「槍にしては短いな」
「…いや、十分だ」
雪乃が地を蹴る、踵 膝 腰 背 肩 肘 手首 全ての関節を寸分の狂いもなく作動させ、セシルの鳩尾に打ち込まれる。
音など最早、聞くまでもない、ハイリルが砕け散ったのだ、セシルは何もしていない、ただ立っている、雪乃の動きも然る事乍ら、セシルの体はそれほどまでに頑丈だった。
「武器が悪い、そして、何より魔力を使っていない、巫山戯ているのか?」
「いや、ふざけていない」
雪乃はハイリルを投げ、魔力で体を覆う、
「”氷鱗纏””五段階”」
鱗状のその氷は雪乃の体全てを覆った、その姿はまるでフェルナの戦闘形態の様だった。
その氷は所々が赤く、血が滲み出ている。
「創氷」
(硬い杖だ、イメージしろ、絶対に折れることの無い、砕けることも、切られることも無い絶対の強度を誇る杖を…)
雪乃の手には1本の棒が握られていた、その棒は透き通っており、雪乃の手があった部分が赤く血で染められていた。
「ふむ、まだか…」
セシルはまだ立ったままだ、そこら一帯の木々は凍り、外気はとっくにマイナスを下回っている。
「月影流 十五ノ突き」
セシルの後ろから声が聞こえる、雪乃が一瞬でセシルの背後に回ったのだ。
セシルは振り向いたのだが、そのせいで攻撃をまともに受ける羽目になる、なぜなら雪乃の攻撃は正面の急所のみに絞った物だからだ。
雪乃の創り出した杖が人体の急所15箇所、烏兎 眼窩 人中 下昆の顔四箇所、 松風 喉仏 村雨の喉から肩にかけての三箇所、 天突秘中 早打 活殺 期門 水月 電光 稲妻 章門の胴体の九箇所を寸分たがわず打ち抜く。
「グアッ」
セシルは今までに感じたことの無い痛みを感じていた、鋭く永く残る痛みと息苦しさ、そして、失いそうになる意識、さらに、打たれた箇所から凍り出している。
「まだ…だ」
セシルは笑みを浮かべる。
(まだ覚醒していない、今殺すのは惜しい)
そんな思考とは裏腹にセシルの体は大剣熾天の剣を抜き雪乃を袈裟懸けに斬り裂いた。
「あっ」
セシルは自分が雪乃を斬り裂いたのだと、行動してから気が付いた。
「まあいっか、生きてるし」
セシルは雪乃の息がある事を確認し、飛び立った。
(一応は覚醒の手助けにはなったか?)
雪乃は無抵抗に切り裂かれた訳では無い、しっかりと攻撃の予兆を読み取り、杖を防御に使った、しかし杖も氷鱗も呆気なく切り裂かれた。
その傷は深く、血が溢れ出す。
(ああ、熱い、手先の感覚が無い、これが死ぬって事か、二度目だな…)
雪乃の意識はそこで途絶え、雪乃の一生はここで終わる。
はずだった、雪乃は自らの傷を凍らせ、止血し、フェルナを抱え、ノルデアンに向かって歩く。
(なわけねえだろ!、まだフェルナを助けれてねえ…せめて……フェルナ……だけでも)
その想いだけで、肉体を凌駕し動かす。
(音?なんだ?金属…鎧か?)
雪乃の極限まで研ぎ澄まされた神経は100メートル以上離れた足音を拾った。
その足音の正体は”ノルデアン王国 国聖騎士団”その中でも特出して能力の高い”光の騎士団”だった。
「いいか!ここからは命の保証など出来ない!何があっても冷静に!そして!確実に!だ!」
先頭を走っている男が声を張り上げ、仲間を鼓舞する。
「なっ!?騎士長!生存者発見しました!」
「分かった!医療班!」
後ろを着いてきていた”ノルデアン王国 国聖騎士団”の回復や解毒などを担当する”救済の騎士”が雪乃とフェルナの周りで魔法の詠唱をする。
「「聖なる救済を”超回復”」」
雪乃とフェルナの傷が塞がっていく。
フェルナの傷が塞がるのを確認した雪乃は、安堵し意識を手放した。
◇◇◇◇◇
「ぅ、あぁ、いっつぅ」
雪乃は目を覚ます。
「よかった!生きてた!」
「ん、ヒムニ…か…」
雪乃の視界には目の下にクマを作り、大粒の涙を浮かべたヒムニが、そしてフレナドール メリザ ヒムニ ソーンズがそして国の王、メリアがいた。
「フェルナは?」
その問いにヒムニは唇を噛み締め、こう言った。
「落ち着いて聞いてね、フェルナちゃんは多分、意識の回復は無いって…」
「はっ?え?嘘だろ?なあ、嘘って言ってくれよ!」
雪乃の目元には大きな涙が浮かんでいた。
「王国専属魔道士でも治せなかった、それだけ傷は深いんだ」
フレナドールが自分の無力を嘆く様にそう言った。
「フレナドール、なあ、もう治す方法は無いのか?」
「いや、一つだけ希望があるらしい、でもそれはメリア様しか知らないらしい」
「分かった」
雪乃は立ち上がり、ふらつきながらも歩き出す。
「よっと、ダメだよ無理しちゃ」
スレイが雪乃に肩を貸す。
「ああ、すまない」
そしてメリアの前に立ち、膝をつき頭を下げる、そう、土下座だ。
「頼む!フェルナを治す方法を教えてくれ!」
「簡単では無いですよ」
「大丈夫だ」
「はぁ、一人では許可できません」
「なら、俺達も行く」
「そうですか、命の保証など、安全は確保出来ませんよ?」
「問題ないです、フェルナ様がいなければ、私達は死んでいたでしょう、フェルナ様に貰った命、ここで使おうと問題はありません」
メリアはため息をつき、
「分かりました、貴方達には”王立魔道騎士育成学院 フェレノア”の地下に封印されていた”霊宮都市 ソウリア”への立ち入りを許可します」




