21話 落陽を迎えようとも
━━━ノルデアン城 上部 王室━━━
「ッ!?」
フェルナは亜音速を超えるスピードで飛来する何かに気づいた。
「メリア!後は頼んだッ!」
そう言って王宮の窓から何かに向かって飛び立つ。
フェルナの2対4枚の羽は紅く、そして対峙した相手は7対14枚の白い羽を持っていた。
「お主ッ何者だッ!」
フェルナは短剣”宝龍剣 アルスノヴァ”を逆手に持ち、魔力で鎧舞服を強化し、焔の鎧となる。
「俺は、いや、そうだな、私は、の方がいいか?、なあ、どう思う?」
「は?」
あまりに間の抜けた返事でフェルナは一瞬だけ、意識を戦闘から外す。
「まあ、どっちでもいいか、俺の名はセシル・サー・ルシファーだ、セシルって呼んでくれ、あっ、でも教えなくても良かったのか、どうせ殺すんだし」
そして、セシルは背中に装備していた大剣を片手で軽々と抜く。
大剣の銘を”熾天の剣”は古来より天界にて厳重に保管されていた、ランク測定外の超弩級の大剣だ。
この戦いは魔王軍対人類の開戦の狼煙を上げる戦いになる。
「爆動せよ!『緋色ノ爆炎』」
フェルナは略式詠唱で魔法”緋色ノ爆炎”を発動させる。
”緋色ノ爆炎”は範囲魔法である。
魔力の展開、放出のプロセスをすっ飛ばし、半径数百メートルを覆い、発動させたその内部は9800℃を超えた。
「後ろ、ガラ空きだよ」
セシルはフェルナの後ろに回り、あえて教えた。
「ッ?!」
フェルナは振り向きアルスノヴァを振る、だが悲しきかな、セシルの大剣に止められる。
「んー?もしかしてまだ本気じゃない?」
セシルは、にへら、と笑い、蹴りをフェルナの脇腹に打ち込む。
フェルナは飛ばされ、近くの山に叩き付けられる、打ち付けられた山が無事なはずも無く、遠目から見ても分かるほどへこんでいた。
「くふっははは、耐えた耐えた!」
わざとらしく笑い、手を叩く。
今の一撃でフェルナの体はほとんど使い物にならなくなった、内蔵の損傷、肋骨の粉砕骨折、足が当たる前に挟み込み衝撃を吸収しようとした上腕骨の骨折など、辛うじて息がある程度だろう。
「コフッ」
フェルナは咳と共に血を吐き出す、
(今のままだと確実に勝てぬな、さて、ユキノは我が死んだら悲しむだろうか?)
フェルナは雪乃の事を弟と重ねていた、不器用でそれでいて愛おしい。
(悪いな、ユキノ、我はお主を守れなかった…せめて生まれ変わっても会えると良いのだがな、フフッ、我らしくもない、最後くらいは華々しく散ってやろう)
自らの決別は届かずに、フェルナの心の内に秘められた。
「”焔ノ鎧” ”炎熱纏”付与魔法”焔ノ太刀”……フゥー、さすがにキツいな」
同系統の魔法の併用、それは自乗を意味する。
”焔ノ鎧”自身を高温の炎で覆い並の金属であれば融解を通り越し蒸発する。
”炎熱纏”高温の透明な炎を自身が意図した場所に纏わすことが出来る。
”焔ノ太刀”自身の武器に9900℃を超える高温を付与する魔法。
フェルナの周りは述べ29000℃を超えている。
周りの草木は燃える事すら許されずに高温によって消し炭にされた。
「やっと本気か」
「待たせてしまったみたいだな」
「気にすんな」
セシルの喋り方が変わる、この変化はセシルがフェルナを玩具から敵へと格上げしたことによるものだ。
被害を最小限に抑えるために、フェルナは傷ついた体に鞭を打ち上空へ飛ぶ。
フェルナは短剣を逆手に構え、セシルは大剣を両手に構える。
フェルナがセシルの懐へ潜り込み、切り掛る。
セシルの視界は真っ赤に塗り潰された。
セシルもまた”星の加護”を受けた勇者であった。
故に”攻撃予測”により視界の妨害を受ける。
「!?」
ここで初めてセシルの表情に動揺があらわれた。
フェルナは全力で短剣を振り抜き、セシルはそれを大剣で受け止める。
金属同士がぶつかり合い轟音と火花が散る。
その戦いを見た詩人は後にこう語る、
「あれは、そうだな、太陽と月が争っているようだった、太陽が弾き飛ばされ、月が追撃する、その度に地面の一部は透明なった、今度は月が弾き飛ばされると、太陽が山ごと溶かす、それなのにノルデアンは無事だったんだ、不思議だよね」
と、それは偶然ではない、フェルナが意図して、父の作った国を娘の手で終わらせる訳には行かない、と、明らかに格上を相手に取りながらもフェルナは自らの掟を守っていた。
「フゥーハッハッ!」
セシルの7対14枚の羽が片側の7枚が黒く染まっていた。
セシルの左腕は焼き爛れ、骨が見える程に焦げていた、また、右足は膝から下が焼き切られていた。
それだけでなく、セシルの持つ大剣にはフェルナが刺さっていた。
「ヒュー…ヒュー…」
フェルナは辛うじて息がある、だが瞳に光はない。
「……コハッ……”緋色ノ爆炎”ッ………」
最後の力を振り絞り、フェルナは大剣を掴み、自分のの持つ最大級の攻撃魔法で自ら諸共焼き尽くす。
「なっ!?」
勝ちを確信していたセシルは反応が遅れ、対処をしていなかった。
半径数百メートル、上空で起きたそれは、太陽が最後の輝きを放っているようにも見えた。
「ッアアアア!」
セシルは魔力を全力で放出し闇の膜を作り、炎に対抗する。
闇の膜、と言うよりそれは最早闇の鎧といえるだろう、それほどまでに厚く、頑丈だった。
だが、その装甲でも、火炎は防げても熱は防げない。
数分の間、空を明るく照らしていたそれは、消え、一つの物が落ちた。
空に陽は無く、月が浮かんでいた。
雪乃は走る、先程まで爆発が起きていた場所に向かって。
「フェルナァ!!」
森だった場所を走り、落ちた太陽を探す。
開けた場所にそれは落ちていた、美しかった肌は所々が炭化し、紅く美しい髪も焼け焦げ、紅いドレスに、地面に赤黒い染みを作っていた。
「…フェ、フェルナ?」
雪乃はフェルナであろう少女に声をかける、当然のように返事はない。
「あ、ああ、ア"ア"ア"ア"ア"ッ、なんで!起きろよぉ!」
雪乃は大粒の涙を流し地面に寝ているフェルナを抱きしめる。
すると微かに、ほんの僅かに鼓動が聞こえた。
「!」
雪乃はすぐにそれに気付いた、フェルナを背負い、ノルデアンに向かって走り出す。




