19話 ラブコメの波動
今回雪乃が荒ぶってます
━━━ノルデアン 商店地区裏 エリザベート邸━━━
「ねえ、ここなんだけど、どう書くのかしら?」
メリザは雪乃に漢字の”聖”の耳の部分の書き方を聞いている。
メリザだけではなく、他の二人も何かあれば雪乃に聞いている。
全ての発端は10分前のこの一言がきっかけだった。
「ユキノって魔術言語書けるのか?」
「ある程度は書ける、多分元の世界の字だから」
この一言で雪乃は質問攻めにされ、魔術言語=漢字についての疑問などを聞かれたのだが、雪乃の高校時代の成績はあまりよろしくない、つまりほとんど答えられなかった。
というより、地球の学者じゃないと分からないような質問を一大学生の雪乃に聞いた所で分かるはずが無いのだが。
「ユキノは異世界から来たのよね、どんな所だったの?」
「んー、住みやすいところだったな」
「………こっちは、住みずらい?」
ヒムニは心配そうに雪乃の顔を覗き込み、そう聞いた。
「向こうと比べると、そうだな、住みずらい、かな?、でも俺は嫌いじゃないぞ」
「そっか」
ほっとしたような声色で、微笑んでそう呟く。
「……なあ、お楽しみの所悪いんだがそろそろいい時間だし帰らないか?」
フレナドールが外を眺め、日が沈みかけているのを確認し、そう言った。
「そうね、あまり長居するのも悪いしね」
メリザもそれに同意する。
「そうだな」
ディアボロは席を立ち、廊下に出る。
「ユキノ、まって」
ヒムニは席を立とうとする雪乃の袖を掴み、
「おねがいが、ある、撫でて?」
泣きそうな程目を潤ませ、そう言った。
「…分かった」
雪乃はそれだけ言って、頭を撫でる。
「っう、グスッ、ありがとうぅ、育ててくれてぇ、お父さんっ、頑張るからぁ」
雪乃の手が頭に触れると、今までせき止めていた感情が爆発する。
恐らく雪乃に父親を重ねているのだろう。
「…そっか、辛かったんだな」
一瞬の戸惑いの後、雪乃は泣きじゃくるヒムニを包み込むように抱きしめる。
一体どれほどの時間、ヒムニは泣いていたのだろうか、落ちかけていた日は完全に沈み、月明かりが窓から差し込んでいる。
「そんなに俺は似てるのか?」
「うん、結構前に死んじゃったんだけど、すごく似てる」
「そっか」
ヒムニは落ち着きを取り戻し、雪乃に抱きついたまま話す。
(あいつら、さっさと帰りやがって!、さすがにこれ以上は限界なんだけど!?美少女と部屋で二人っきりとか童貞には刺激が強すぎるんだけど!?)
雪乃の脳内では如何にして当たっている胸の感触をシャットアウトするかを考えている。
「ねえ」
「どうした?」
「どう思った?」
「なにがだ?」
「私が、いきなり泣いたこと」
「んー、驚いた、かな」
「ふーん、そう」
(いい加減どうにかしないと!限界だからほんとに!そうだ!素数を数えて落ち着くんだ!1……2……3……4……5……6……7……違うこれただ数えてるだけだ!、落ち着くんだ俺)
「ねえ、ユキノが嫌じゃ無かったら、また、おねがいしていい?」
「俺でよければいつでもいいぞ」
「ありがとう」
目元に溜まった涙を拭い、一呼吸の間をおき、ヒムニは、
「ねえ、…もし、もしも、私が、貴方のことを、好きになったら、どうする?」
そう問いかけた。
「……多分それは、お前の辛さに、たまたま俺が優しくできたからそう感じたんじゃないか?」
「………そうかもしれない、でも、それでも、私は貴方の事を」
ヒムニはそこで言い淀む。
(え!?これはあれですか?あれなパターンですか?告白ってやつですか!?)
震える唇から息が漏れる。
「……やっぱり、まだ、ダメ、もっと時間、経ってから」
「ん、分かった、待つよ」
(あっぶねぇ、今告白されてたらどうなってたか分かんねえ、俺のあれがあれしちゃうとこだった)
「引き止めて、ごめんね」
「大丈夫だ」
雪乃はぎこちなく笑みを浮かべ、廊下に出る。
「なあ、あんた、ユキノだったか?、話がある」
廊下を歩いていると、執事、クリスに呼び止められる。
(あっ、死んだわ俺)
眉間にシワを寄せているため、パッと見不良にカツアゲされいる、と言われても納得してしまうだろう、
「こっちだ」
クリスは雪乃を外に連れ出し、庭で止まる。
「なあ、あんたは、お嬢様の事をどう思ってる?」
「可愛いと思っているよ」
「それだけか?」
「そうだ、これは多分恋じゃない、と思う」
「何が駄目なんだ?」
「俺が彼女を知らなすぎる」
「お嬢様は、あんたの事が好きで、それは多分亡くなられたお父上に似てるから、そして、それを受け止めてくれたから、愛から恋に変わったんだと思う、だが、あんたがそれでも、恋じゃないって言うなら、俺は構わない、だけどなお嬢様の心の闇はそれだけじゃないんだよ!…お嬢様のお父上はエルフだった、お母上は犬人種だ、エルフと獣人のハーフなんだ、獣人の寿命は人より長いがエルフ程じゃない、だからお母上が先に亡くなった、病死だ、お父上は殺された、鎧龍に、娘を守るために今まで剣術なんてした事がないのに、剣を取って立ち向かった」
話は終わらず、続けられる。
「なのに、父親は臆病だと!、腰抜けだのと言われ!、お嬢様はいじめを受けた!、お嬢様は何も悪くないのに!、むしろ俺らがそうされなければおかしいだろ!、なんでお嬢様なんだよ」
次第にクリスは涙を浮かべ、感情的に言葉を放ち、泣き崩れる
(何が起きた?なんで泣いてんの?てっきり殴られるのかと思った)
雪乃は内心混乱している。
「な、なあ、お前は俺にどうして欲しいんだ?」
「あ、ああ、その話だったな、出来ればでいい、真剣にお嬢様の事を考えて欲しい、それ以上は俺からは言えない」
クリス涙を拭き、目に赤さを残したまま、そう言う。
「ああ、分かった」
雪乃は混乱しつつもハッキリと答える。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
場所は変り、黒い城、
魔王グレリアの住む城砦、その頂上に一人の女が立っている。
「ねえ、これどう思う?」
魔術によって映し出されているのは、雪乃がヒムニを抱き慰めている場面だ。
女は首に痛々しい縫い傷が、それは首だけでなく体の至る所にあるのだろう。
片目は常に閉じられたままだ。
話し相手は、金色の癖の強い髪をした男だった。
男は淡々と見たままを報告する。
「そうですね、とても仲睦まじいのではないのでしょうか?」
「そうね、私もそう思うわ、でもね、問題は男の方が私の王子様って事」
「なるほど、つまり私の片割れですか」
「そうよ、だから近い内に彼女には悪いけど死んでもらうわ」
「それが貴方の指示ならば、なんなりと」
2人は笑みを浮かべ、笑い声は闇夜に消えていった。




