0話 異世界へ
「起きなさい十六夜雪乃」
雪乃を呼ぶ声がする。
目を開くとそこにはとても美しい金色の髪を持つ美女がいた。
もちろん雪乃の知り合いにこんな綺麗な人はいない。
身体の動きが鈍い、どうやら寝ていた、と推測される。
寝ているのなら病院なのか? 答えは否、周りを見渡しても病院らしい器具は無い。
「目は覚めましたか?」
その女性は慈愛の笑みを浮かべ聞いてきた。
「は、はい目は覚めてます、それよりここはどこですか?病院では無さそうですが?」
女性は少し困った顔をしてこう言う、
「覚えてないんですか?貴方は死んだんですよ?」
と、聖母のような笑みからは想像もつかないほど冷たい声色で。
「え?」
その言葉に雪乃の頭は割れんばかりの痛みを発す、それに伴い記憶がフラッシュバックした。
電車が来るのを待っていたら1人の少女が線路に落ちた、少女は足を捻挫したようで立ち上がれない。
俺は師匠の言葉を思い出した、
「男ってのはな、自分より弱い奴や女を守る為に強くなんなきゃ行けねえんだ」
線路に飛び降り、考える間もなく少女をホームに上げてた …だが間に合わなかった。
最期に見たのは俺の体が、少女の血肉が、混ざり合い血肉は華なり地面に咲いていた…
少女は心做しか微笑んでいるようにも見えたのは多分無意識で許しを求めていたのだろう。
言い表せない位自分をとても無力に思ったのはこれが最初で最後だった
もっと早く気付いていたら…
もっと早く動けたら…
自分にもっと力があれば…
…雪乃は違和感にふと気付く、それは違和感と言うよりも疑問だった、何故死んだのに会話できるのか?
「俺は何で貴方と会話が出来ているんです?」
「それはここが魂の回廊と言って肉体では無く魂で活動がする場所だからです、そんな事より貴方にチャンスを与えようと思います」
「チャンスですか?」
その一言に雪乃は興奮した、チャンスがあるならあの少女を助けたい、と。
だがその願いは次の一言で打ち砕かれた。
「ええ、こちらの世界に貴方を転生させたいと思います」
「転生…ですか?」
よくラノベとかで聞くが実際に体験出来るとは、ワクワクするな、しかし少女には申し訳ないが楽しみたいな。
いや、それよりこの美人は何者なんだろう?
聞いてみるか?
自問自答を繰り返すうちに痺れを切らした女性が喋り出す。
「自己紹介を忘れてましたね、私は『星と叡智の神』シュテルン・レクスィコと呼ばれてます、会うことはもう無いと思いますがよろしくお願いしますね」
まるで心を読まれた様なタイミングで自己紹介を行う、雪乃も薄々気付いていたようだが、やっぱり神だった。
死んだ筈なのに出来る会話、何も無い空間、眩く目が潰れそうな程の後光、ここまで神らしい神は居ないだろう。
「よろしくお願いします、俺は十六夜雪乃です、もう会う事は無いってどういう事ですか?」
雪乃の事は知ってるとは思うが自己紹介はする、そして疑問をぶつける。
恐らくだが、神は人とは簡単に会えないのだろう。
「その通りです、私は神ですし、それに魂としか接触出来ないので…」
神様は少し寂しそうに言った。
「えっ」
やっぱり心読まれてたのか、
ん?魂としか接触出来ないってことは俺は魂で会話してるのか?
「まあ、そんな事はどうでもいいんですけどね、それより転生させる為にいくつかの条件があるので、それを守って頂きたいのです」
俺の動揺など知らんとばかりにスラスラと喋り出す。
「まずは1つ目ですね、できるだけ善良に生きてください、2つ目は後悔なく生きてください、ここまでは別に守れなくてもいいです、最後ですが強くなり過ぎないでください、最後のを守れないと天使達が世界のバランスを保つために消しに来ます」
「…は、はい」
消す、それは明確な敵意を持つことを意味する。
それは雪乃の知る天使とはかけ離れたあり方で、戸惑いを見せる。
「そうそれと、貴方の体はこちらの世界だとろくに生活出来ないので依り代を用意しました、ですが彼も彼で事情を抱えています、そのわだかまりは貴方が解消してください」
シュテルンが指をパチンと鳴らすと何も無い空間が眩しく光った。
光が止むとそこには年齢は雪乃と同い年だろうか? 20手前程度、
髪色は銀、四肢はスラッとしているが決してヒョロい訳では無い、筋肉があり引き締まっている、顔付きも凛々しく絵に描いた様なイケメンだ。
男の雪乃でも見とれそうになるほど顔立ちが整っている。
「俺はカルミナだ、こっちの言葉は分かるか?」
イケメンは少しぎこちなく言う。
「はい、分かります」
雪乃は日本語で返事をする、しかし伝わった、そして日本語のように聞き取れる。
「忘れてましたけど雪乃君には星の加護を持たせてるので言語が多少違っても普通に聞き取れますし話せます」
さも当然のように雪乃に衝撃的な発言をする。
「そうか、改めてカルミナ・シュベル・セザーノだ、敬語は止めてくれないか?これから俺と共に過ごすんだろ?」
「分かった、俺は十六夜雪乃だ、よろしく頼む」
雪乃とカルミナは多少なりとも緊張している。
その証拠に雪乃の手は汗が出てきている。
「体を貸す事に抵抗とか無いのか?」
「?世界を救う勇者に体を貸す事のどこに抵抗があるんだ?」
ここでも衝撃的な発言がされる、雪乃が勇者となり、世界を救え、と。
「え?マジで?」
雪乃は混乱している、無理もない、いきなり死んで異世界へいき、世界を救え、などと、普通なら理解どころか間に受けないだろう。
「そうです、言い忘れてましたが雪乃君には世界を救って欲しいのです」
恐らくだが雪乃の反応を見て楽しんでいるのだろう。
「先に言ってください、本当に」
雪乃の言葉に続き、
「叡智の神よ、そういう事は先に言ってください」
カルミナは不機嫌そうにそう吐き捨てた。
「いいじゃないですか、どちらにしても救う事には変わりないのですから」
女神はプクーと頬を膨らませてそう言った。
(本当に女神なのだろうか?こうして見ると残念な美人でしかないんだけどな)
「はぁ、で? お前は世界を救うのか?」
カルミナは雪乃に問い掛ける。
(簡単に答えは出ない…
だが、もう後悔はしたくない…
だったらやるしか無いな)
「出来るかは分からないけど、やれることはやりたい、俺のエゴだけど力を、チャンスをくれないか?」
「ハハッ、分かったお前に俺の体を貸してやる、その代わり俺の復讐にも手を貸してくれ、まあ、復讐相手は魔王だからそこまで意識しなくてもいい」
カルミナはひとしきり笑い、手を差し出してきた、握手を求めているのだろう。
「ありがとう、俺に出来ることがあればなんでも言ってくれ」
そう言って雪乃からも手を握り返した。
最初の最初、始まりを示す歌がこの時生まれた。