第68話 交換条件
誰も来ない・・・。呪術研究会の危機である。
ハプニングはあったが、依頼には成功した。しかし、勧誘には失敗してしまったのだ。どうしてこうなったのか・・・
俺の勧誘のためのプランが悪かったのか・・・・それとも、アーサーを甘やかしすぎたからこのような事態になったのか・・・それとも、あいつのせいか・・・
俺は依頼が終わった後、ギルドへの報告をクロエ達に任せて、アーサーを家に連れ帰った。そして、へこんだアーサーを元気づけるために、アーサーの好きなものを作ってやる事にした。
鯛の塩焼きに魚介類のスープに肉料理にとアーサーが喜びそうなものを作った。
「これでも食べて、元気出せ。アーサー。」
「あっちの今の気分はそんなものでは立ち直れないにゃ・・・・」
そういいながらも、アーサーはテーブルの上にある料理の前へふらふらと飛んで移動した。
「あんまりお腹が減ってないから、1口食べれば十分にゃ・・・」
あの食べるか寝るかしかしていないアーサーが、そんな事を言うとは相当へこんでいるようだった。
俺は心配して見守った。
そして、一口鯛の塩焼きを口にする。
「うにゃ・・・」
何かを考えこんだ後、また一口鯛の塩焼きを口にした。
ん?
「・・・うんにゃ・・・」
そして、次にスープを飲んだ後、肉料理に噛みついた。
んん?一口以上食っとるがな・・・
「うにゃにゃ・・・・どういう事にゃ?・・・マスター、味付けを変えたんですかにゃ?」
「いや、前に美味いと言ってた時と一緒の味付けのはずだが・・・不味いのか?」
俺の料理の腕が落ちたのだろうか。
「そんな事はないにゃ。すごく美味しいにゃ。でも、前と違った味わいがして、すごく新鮮な気分にゃ。止まらないにゃ。」
アーサーはどんどんと料理を食べていく。
一口でいいと言ってたのは何だったのか・・・・
俺はそこで気づいた。オスからメスに変化した事によって味覚も変わったのかもしれない。
「何か甘いものが食べたくなってきたにゃ。」
アーサーは食べ終わりに近づいてくると、甘いものを欲しがった。
女性は甘いものは別腹というからな。アーサーが立ち直ってきているのだ。断るなんて選択肢はなかった。
俺は近くに行って、砂糖、卵、バター、薄力粉、油などを購入して、ドーナツを作ってやった。
砂糖をかけたものやはちみつをかけたもの、そして生クリームをかけたものの3種類を用意した。
「何ですかにゃ。これは。」
「ドーナツというお菓子だ。甘くて美味しいぞ。」
「そうですかにゃ。けど、流石に3つも食べられそうにないにゃ。」
アーサーは砂糖のついたドーナツを手に持ち、口に運ぶ。
「甘いにゃ。そして美味しいにゃ。どいう事にゃ。いくらでも食べれるにゃ。」
どんどんとドーナツを食べていく。
俺も食べてみたが、すごく美味しくできていた。ミ〇タードーナツのものより美味しくできているのではないだろうか。
俺は1つ食べ終わった頃、アーサーは3つ全てを平らげていた。
大分立ち直ってくれただろうか。
「マスター、マスターのそれあっちに1つくれないかにゃ。」
アーサーは、俺の皿にある残り2つの内1つを欲しがった。いつもなら断るところだが、アーサーが元気になって欲しかったので2つともあげることにした。
「2つともあげるよ。」
「いいんですかにゃ。今日は凄い優しいにゃ。・・・はっ・・あっちが女になったから優しいんですかにゃ?」
「まー、そうだな。」
女になって大分へこんでるからな。元気づけようと思ってやっているのだ。
「・・・・そうですかにゃ。」
アーサーはペロリと2つを食べ終わり満足そうにしていた。
かなり調子を取り戻しているような気がした。
そして、次の日、学園に登校し、俺は一番後ろの席へと座った。アーサーはフードの中ではなく机の上で座っていた。
少しすると、ミネットがやって来て、俺の前に座った。
「アーサー様、その姿はどうした事ですかにゃ。すごい美しいですにゃ。まるで女性のようですにゃ。」
ミネットがアーサーの変化に気づいたようだった。アーサーの見た目の変化は、股間にあるものがなくなったくらいで、そこ以外は俺には全く以前と違いが分からなかった。
「そうにゃ。昨日、悪魔族との死闘があったにゃ。あっちとした事がちょっと油断してしまったにゃ。それで女にされてしまったにゃ。」
油断ってレベルじゃないだろう。ずっと寝てたんだからな・・・。しかし、何でアーサーが狙われたのか。それだけが謎だった。
「アーサー様ともあろう方が、やられるなんてとんてもない悪魔族ですにゃ。」
どうもミネットはアーサーの事を強いと勘違いしているようだった。戦闘能力は皆無なのだが・・・
「そうにゃ。あっちをこんな姿に変えるなんて、魔王の右腕に違いないにゃ。」
何故そこまで話を盛るのだ。というか、戦闘中寝てたんだから、悪魔族を見てもいないだろう。全部適当な事を言ってるだけじゃないか。
しかし、俺は何も突っ込まなかった。俺は今、アーサーに激甘なのだ。それでアーサーの心の傷が癒えるなら何も言うまい。
「もう元の姿には戻れないんですかにゃ?」
ミネットは心配して尋ねた。
「わからないにゃ。でも、これからこの姿で第二の人生を歩むと決めたにゃ。だからこれからは、アースーと名乗るにゃ。」
「わかりましたにゃ。アースー様。」
いやいや、面倒くさいだろう。アーサーでいいんじゃないだろうか。ここは流石に抗議した方が良いだろう。
「アーサー・・・・アーサー・・・」
「・・・・・」
アーサーはミネットの方を向いたまま、反応しない。
『こいつ・・・もしかして・・・』
「アースー」
「何ですかにゃ?」
アーサーでは反応しないつもりか。
「名前を変える必要はないんじゃないか?」
「何を言ってるんですかにゃ。あっちは女になったにゃ。アーサーではおかしいですにゃ。」
俺にとっては、あまり変化が分からないのだが・・・・
「アギラは女心が分かってないにゃ。そんな事ではずっと童貞にゃ。この姿でアーサーなんて呼ばれたら、オカマと勘違いされてしまうにゃ。」ミネットがアーサーの援護をした。
くっ。こいつ。
その後も、2人から女性の心が分かってない事を散々けなされて、俺は渋々だが、名前の変更を了解する事にした。
そして午前中の授業が終わった。今日は呪術研究会を大々的に宣伝するために、チラシを作ろうと考えていた。それで、あと2人を勧誘するのだ。
それには、まずは腹ごしらえだ。アーサーは、フードの中でなく、机でずっと寝ていた。
「アーサー、起きろ。ご飯に行くぞ。」
・・・あ、呼び方を間違えた。面倒くさい。俺は、言いなおそうとした。
「マスター、もうそんな時間ですかにゃ。」
「アーサー様、今日は何を食べるんですかにゃ?」
「ドーナツにゃ。あれはいいものにゃ。」
・・・・こいつら・・・・
あれだけ言って、アースーの設定を忘れてやがる。
俺はリーンとカインとミネットと一緒に昼ご飯を食べた後、呪術研究会の部屋に向かった。そして、勧誘のチラシの文面を考えた。
昨日の依頼はSランクのものだという事なので、その辺を活かした文面にするべきだろう。そして、呪術研究会は暗いと思われているかもしれないので、イラストを描いて、暗いイメージを払拭するのだ。
俺は机で作業をした。ドロニアは、俺が作業しているのを無言で見ていた。
上の方に『俺達と一緒に冒険しようぜ!!』と書いて、その下にイラストを描いた。俺とクロエとドロニアを漫画っぽく描いてみた。そして、下の方に『君も今日からSランクだ!』という1文も付け加えた。俺たちのSランクの依頼の達成を聞いて、入ってくる者もいるだろう。
「もっと詳しく書いた方がいいんじゃない。」
ドロニアが意見した。
「いや、あまり詳しく書かない方が興味を持つんじゃないかな。ここに足を運んでもらって、そこで詳しく説明すればいいんだし。」
俺は10枚くらい同じものを描いて、廊下などの掲示板に貼っていった。
掲示板に貼られた呪術研究会のチラシを見て話している者達がいた。俺はそれを遠くから見守った。
「おい、Sランク冒険者だってよ。」
「本当になれるんなら興味あるな。」
おっ、いい反応だな。
「けど、本当にここに入ったらSランクの依頼を達成できるのか?嘘くさくないか。」
「一度聞きに行ってみます?」
うむ予定通りだな。
近くにいたミネットは、その会話を聞きつけて、割り込んだ。
「それは本当のことにゃ。」
宣伝してくれるとはなかなか見直したぞ。
「お前は、何か知ってるのか?」
「お前じゃないにゃ。ミネットにゃ。そして、そこに書かれているのは本当の事にゃ。その死闘のせいで、アースー様は男から女になってしまったにゃ。」
「えっ?」「どういう事だ?」「アースーって誰だ?」「冒険しすぎだろ。」「冒険ってそういう意味なの?」
なんか誤解が生まれてるぞ。
そして、その誤解にミネットがだめ押しをした。
「でも大丈夫にゃ。アースー様はSランクの美貌を手に入れたにゃ。その美貌で第2の人生を歩まれたにゃ。」
イヤイヤ、全然大丈夫じゃねーよ。
「何だよ、この絵のようなオカマを目指すところかよ。」
違う、違う。誤解ですよ。
「危うく騙されるところだったぜ。」
俺じゃなくて、ミネットに騙されてますよ。
「危ないところだったぜ。お礼にこれをやるぜ。」
「ジャーキーにゃ。・・・ありがとうにゃ。」
幸せそうにジャーキー食ってる場合じゃねえ。
俺はミネットを、呼び出した。聞くと、ミネットは冒険者ギルドというものを知らないようだった。俺は冒険者ギルドについて説明して、書かれているSランクの意味を教えてやった。
「そういう意味だったんですかにゃ。分かったにゃ。次から任せるにゃ。」
しかし、時はすでに遅かった。
呪術研究会の変な噂が広がっていってしまったのだ。
男を女に変える研究をしているだとか。そこにいる一人の特別クラスの男がハーレムを作ろうとしているとか。噂はどんどんと変わって広まっていった。
そして、数日待ったが、誰も新しい者が来ることはなかった・・・・
こうなったら、最終手段である。他の研究室に行って、引き抜くしかない。まず、一番人が多い新魔術研究室に行ってみる事にした。一人くらい、他に移ろうと考えている者がいるかもしれないのだ。
俺は新魔術研究室の部屋の扉を開いた。中にいた者達が、俺の方を向く。
そして、その中にティーエ先生がいた。
『やばっ・・・』
俺は、静かに扉を閉じて、足早に立ち去ろうとした。少し歩いた時、後ろから扉が開いて閉まる音がした。そして、後ろから足音が近づいてくる。
「アギラ君。特別クラスのアギラ君でしょう?」
俺は足を止めて、振り返った。そこには、ティーエ先生がいた。
とうとうあの時の事がばれてしまったと思い俺は観念した。
「新魔術研究室に興味があるんじゃないんですか?」
おや・・・違うのか?
「あなたの事は、学園長から聞いています。変わっているが、とても優秀だ、と。しかし、私の授業をいつも眠って、聞いてないようですね。私の授業ではためにならないかもしれませんが、そんな態度で過信していると、いずれ皆と差がついてしまいますよ。」
俺は最初の授業からずっと、ティーエ先生の授業では寝たふりを続けていた。顔を凝視されれば、いつか思い出すんではないかと気が気でなかったからだ。
「すいませんでした。これからはちゃんと聞くようにします。」
俺は素直に謝った。ティーエ先生は俺に気づく様子はなさそうだったので、これからは大丈夫かと思った。
「そうですか・・・。では、どうです?新魔術研究室で魔道の深淵に近づくための勉強を一緒にするつもりはありませんか?私は今、無詠唱で魔法を放つ事を研究しているのです。信じられないかもしれないですが、この世界には無詠唱で魔法を放つ術があるんですよ。私にはまだできないですが、優秀な皆と一緒に研究すれば、いずれ可能になりますよ。わくわくしてきませんか?」
オラ、全くわくわくしねーぞ。
というか、すでにできるんですよ。それ。
そして、新魔術研究室に訪れたのは、呪術研究会に誰かを勧誘するためだから、全く入るつもりもないのだ。
俺はそこで閃いた。
「ティーエ先生は新魔術研究室以外に何を研究してるのですか?」
「そうですね。他には古代魔術研究室ですね。」
部員の条件は学園の生徒か、OBか先生のいずれかである。そして、特別クラスの学生と先生は4つまで所属可能なのだ。
今、呪術研究会は存亡の危機にさらされているのだ。なりふりなど構ってはいられない。
「実は俺は、無詠唱で魔法を使えます。」
「えっ??」
ティーエ先生は何を言っているのかわからないという顔で固まった。
「もし条件をのんでもらえるなら教えてもいいですが・・・」
俺が無詠唱での魔法の使い方を教えて、ティーエ先生には呪術研究会に入ってもらう。後ろめたい気持ちはあるが、そんな事はいってられない。
それに、ティーエ先生にとっても、無詠唱で魔法が使えるようになるかもしれないのだから、悪い話ではないはずだ。
俺はティーエ先生の返事を待った。