第56話 ジュリエッタ
私はジュリエッタ。プラダ家の長女として生まれました。4つ離れた妹と6つ離れた弟がいます。父は領民からも慕われ、母も優しくみんなから愛されていました。父は国王の部下で、伯爵の地位を頂き、領民は1万人弱とそれほど多くはありませんでしたが、不自由することなく幸せに暮らすことができる規模でした。
そして、その主な収入基盤は、鉱山資源を発掘し、売ることでした。父はそこから得られる利益に税金をかけ、そこから、国に税を納めていました。
歯車が狂い始めたのいつからでしょうか。・・・多分、私が王都でのパーティーに参加した時でしょうか。それとも、ダンスの誘いを断った時でしょうか。私がもっと冷静に振舞えば、こんな事にはならなかったのでしょうか。
私は、そのパーティーで宰相の3男であるハリスにダンスの誘いを受けました。しかし、私は、ハリスの悪い噂を知っていたので、断りました。ハリスは奥さんがすでに10人いて、奴隷などを買って慰み者にしているという噂です。その体は、暴飲暴食とたるみ切った生活で、贅肉の塊のようになっていました。
私は嫌悪感すら出ていたのかもしれません。
パーティーから帰り、少し経つと、ハリスから求婚の手紙が来ました。私は、パーティーでハリスの事を断ったつもりでしたが、向こうはそうではなかったようです。私はその求婚を断りました。
両親もハリスの悪い噂を知っていたので、宰相の息子の求婚であっても、断ることには反対しませんでした。
しばらくすると、国から我が領地への税金が値上がりになりました。名目は北への大陸への進出のために国にお金が必要だという事でしたが、宰相が裏で手を引いて、ハリスの求婚を断った見せしめに私たちの領地への税金を引き上げたという噂がありました。
税金が引きあがっても、父は何とか資金繰りを上手くやって切り抜けていたのですが、ある時鉱山に魔獣が現れるようになりました。その魔獣は資源の採掘できる洞窟の中に巣食う事になり、鉱山の採掘がストップすることになりました。鉱山資源の売買がストップすれば、そこから得られる税収入も大幅に減る事になります。
これではまずいと思った父は魔獣討伐隊を組織し、魔獣を倒しに行きました。
これが最悪の結果を招きました。父はその戦いに敗れ、その目から光を失い、立ち上がると事ができないほどの重傷を負う事になりました。
そんな時、私たちの窮状をどこからか聞きつけたハリスから、私宛に手紙が届きました。
『私のところへ来れば、あなたの領地を救う事ができます。父の権限をもってすれば、あなたの領地が立ち直るまで税金を免除することもできます。どうかお考え下さい。あなたが賢明なご判断をされることを願います。 ハリス 』
私は考えました。ハリスの元へ行くなど、考えられぬことでした。しかし、今、父は床に臥せ、母は狼狽しています。妹と弟はどうなっているのかも理解してはいないでしょう。
私が我慢すれば、家族と領民達がうまくやっていける可能性が出てくるのです。
私はハリスの元へと行く決心をしました。その旨を手紙で伝えると、使いのものを寄越すから、その者についてくるようにと指示がありました。
数日後、私は置手紙を残し、その使いの者を名乗る男について行きました。すると、私は馬車についた檻の中へと入れられてしまいました。
檻の中には、1人の少年と2人の少女がいました。そして、途中で猫の獣人も加わりました。どうやら、全員奴隷として、ハリスの元へと届けられるという事でした。そして、その奴隷の中に私も含まれるようでした。
ハリスは、求婚を断った私に怒って、待遇を妻ではなく奴隷として扱うつもりだったのです。私はこれから待っている絶望を想像し、檻の中で無気力に呆然としていました。他の子供たちも同じようなに無気力に座っていました。猫の獣人だけはずっと眠っているようでした。
私たちは、その夜に王都近くの屋敷で一泊し、翌朝、城門を通過することになりました。
そして、そこで信じられない事が起きたのです。
はじめは、屋敷全体が慌ただしい気配になりました。なにやら、上で「犬の獣人がきた。」というような叫び声が聞こえました。そして、地下室で見張りをしていたものが、「猫の獣人を助けるために、犬の獣人がやってきた。悪いが念のため、至急応援に来てくれないか。」と誰かに連絡を入れていました。その連絡が終わるかどうかという時に、犬の獣人がその連絡していた見張りを一撃で倒しました。あまりの速さに、2人の見張りは呆然としていました。正気に戻り、槍を構えた時、現れた獣人は鎧の上から爪で攻撃し、2人ともその場に倒れました。出血量から考えて致命傷でした。
その獣人は檻の扉を蹴破り、猫の獣人を抱きかかえ、出て行こうとしましたが、何か思い出したように、私たちの方も振り返り、
「おい、この中にピピってやつはいるか?」
私たちに質問をしました
「・・・・」
誰も返事しませんでした。私は目の前の獣人が恐ろしかったのです。たぶん、他の子供たちも一緒でしょう。
「まあいい、檻の扉は開いてるんだから、逃げたきゃ、ついて来い。」
獣人は階段を上がっていきましたが、誰も檻の外へ逃げようとはしませんでした。
しばらくすると、今度は黒いローブを来た男の人がやってきました。
「助けにきたんだけど。」
誰も返事をしませんでしたが、その男が連れていた猫が喋った事で、私たちの緊張は解けて、現れた男の人についていく事にしました。
屋敷を出る途中、氷漬けになった人達がいました。その中には私を連れていこうとした人もいました。
この黒いローブを着た人がやったのでしょうか。
私たちは何事もなく屋敷の外に出ることができました。
その後、ピピという子について行き、教会へと逃げ込みました。3人の子供たちはその場で眠りにつきましたが、私は今後のことについて考えました。
たとえ、ここで逃げたとしても、私の行く先は決まっているのです。奴隷という待遇には納得できないが、家族と領民達を救うにはこれしか方法がないのです。私は何か方法がないものかと考えました。
何時間経ったでしょう。
答えは出ないままでした。その時、耳を澄ますと少し遠くから地面が揺れるような音がしました。私は教会から出て、その音のする方へと向かいました。
そこには、黒いローブを着た人の後ろ姿がありました。なにやら両手を動かしているようでした。
その先には大きな穴が空いていました。
さっきあそこにあんな大きな穴があったかしら。そんな事を思っていると、フードの中からあの喋る猫が顔を出しました。
「にゃ、にゃにをやってるんですか、マスター。」
「ふっふっふ。見てろよ。」
『 流水 』
信じられない光景を目にしました。
大量の水が穴の中へと溜まっていきます。私はその光景から目が離せませんでした。少しすると、そこには大きな湖ができあがっていました。
今年は日照りが続き水不足に陥っているという話は耳にした事があります。
もしかしたら、そのために・・・
私はその時お祖母様の話を思い出しました。
「偉大な力を持つものは世界のために善行を行っても、その見返りにひどい仕打ちを受けるかもしれない。それでもなお、偉大な力を持つものは世界のために善行をつくすのです。そして、偉大な力を持つものは誰からも感謝されずとも、それでもなお、人知れず善行を行うのです。」
そうです。あの方はお祖母様のおっしゃられていた偉大な力を持つお方に違いありません。
私は真相を確かめました。
結果は私の予想通りでした。
この男の人は、隠れて世の中のためになる事をしてらっしゃるようです。
私は、この人の秘密を知ってしまったようです。しかし、安心してください。私がこの秘密を漏らすことはありえませんわ。強い力を持つものは迫害などにあってしまうと聞いたことがありますが、私が上手くやってみせますわ。
私はシスターに昨日神が降臨されるのを見たと伝えました。信じてはいませんでしたが、湖があるところを見ると、泣きながら神に祈りを捧げていました。シスターは畑を見ると、土の状態がすごく良くなっている事に気づいていました。どうやら、湖以外にも村には変化があるようでした。私は全ては神の御導きであると伝えました。
私は、この偉大なお方に助けを求めてみようと思いました。もしかすると、私の現状を救ってくださるかと思ったからです。
私の領地に出た魔獣を倒してほしいとお願いすると、あっさりと了解してくれました。なんと素晴らしいお方なのでしょう。その私を助けてくれる偉大なお方はアギラという名前でした。
ああ、アギラ様。
私はアギラ様に心酔してしまいました。
私は一緒に領地へと行く事になりました。アギラ様お一人かと思っていたのですが、どうやら違っていました。白いローブを着て、いつもフードを被っているリーンという少女も一緒でした。リーンさんはアギラ様と一緒に旅をしているそうです。そして、リーンさんは私の父を治すことができるほどの魔法使いのようでした。
何故か私は2人の関係が気になって仕方ありませんでした。しかし、直接聞く事もできません。私は会話の流れで、気になる事をアギラ様に質問しました。
「アギラ様は年下の女の子がタイプなのですか?」
一瞬アギラ様は戸惑っていたように見えました。質問を間違ってしまったかと後悔しました。
しかし、アギラ様は答えてくれました。
「どちらかというと、年上の方がタイプかな。」
私はそれを聞いて安心しました。アギラ様は体格はしっかりしていらっしゃいますが、お顔は少年のようでした。たぶん、私と同じくらいの歳でしょう。それに対して、リーンさんは少し年下に見えました。
「俺は今年で13歳だけど、ちょっといろいろあって、精神的にはもっと上の年齢なんだ。」
過酷な修行で精神的に成長したとということでしょうか。そこは分からなかったですが、1つ分かったのはアギラ様より私の方が2つ年上であるという事でした。
「私は今年で15歳になりますわ。アギラ様より2つ『年上』という事になりますわ。」
私は年上というところを少し強調してしまいました。
「アギラー、私は今年で20歳だよ。」
「えっ?」
私とアギラ様は一瞬驚きました。リーンさんが歳をごまかしていました。リーンさんもアギラ様に好意を抱いているのかもしれません。だから、あんな嘘を・・・
家に帰りつき、リーンさんが父の状態を回復してくれました。目は治すことはできませんでしたが、リーンさんには本当に感謝しました。
そして、その後アギラ様が妙な液体を手渡してくれました。それを、父に飲ませるとリーンさんでも治せなかった父の目が治ったのです。
私は魔獣を討伐してもらえれば良かったのに、こんな事までしていただけるなんて、2人には何とお礼を申し上げればいいのでしょうか。
そして、2人はそのまま魔獣退治へと向かってくれました。私も一緒に行きたかったのですが、私の身を案じて止めてくださいました。私は自分の非力さを悔やみました。あんな少女ですらも、アギラ様に信頼されて共に行動しているというのに、私は何故そばにいる事さえできないのでしょう。
数時間すると、アギラ様はリーンさんをおぶって帰ってきました。話を聞くともう魔獣を倒したいう事でした。そして、私はリーンさんに何かあったのかと心配しましたが、リーンさんは魔力切れを起こし眠っているだけでした。
私はすぐにリーンさんを寝室へと運びました。アギラ様は自分でおぶって行くと言ってましたが、私が代わりに申し出ました。決してアギラ様とくっついているから、離そうなどとそんな考えではありません。少し羨ましくは思ったのは認めますが、リーンさんをただ心配してのことです。私はベッドにリーンさんを寝かせる時に、フードが取れてしまいました。
そこで気づきました。リーンさんが妖精族である事に。エルフは滅多に人前に出てくることはありません。どうして、アギラ様と一緒に行動しているのでしょうか。
あの時歳をごまかしたかと思いましたが、20歳というのは本当のことかもしれません。エルフの寿命は長く、20歳という年齢はエルフにとっては成長期にあたる年齢だったからです。
疑った自分を恥じる気持ちと同時に、リーンさんは特にアギラさんの事は何とも思ってないんじゃないかという考えが浮かびました。ただ本当の事を言っただけなのですから。私の勘違いだったのです。
父は何人かの兵を連れて、洞窟へ行ったところ、蜘蛛の魔獣はいなくなっていたようでした。
父は喜びました。これで、何とかやっていける。そして、私もハリスのところへ行かなくてすみそうでした。私は喜びました。しかし、アギラ様が、また旅に出てしまわれるのが、寂しく感じました。一緒についていきたい気持ちはありましたが、私が行っても足手まといになるだけです。
父はアギラ様とリーンさんに何かお礼がしたいと申し出ました。今金銭に関しては渡すことができないので、領地にある誰も使ってない土地はどうかと聞きました。
『ナイスですわ。お父様。アギラ様と会う機会が増えますわ。』
そんな事を考えましたが、アギラ様は別の事をしてほしいという事で、辞退されました。
聞くと、リーンさんが奴隷として捕まりそうになった時、それに抵抗したのに、逆にリーンさんが悪者にされてしまっているという事でした。そして、それを助けたアギラ様も冒険者ギルドに狙われているから、その誤解を解いてほしいということでした。
父は冒険者ギルドの誤解を必ず解くことを約束しました。
どうやら、お別れの時が来たようです。アギラ様を待つ人々がこの世界にはたくさんいるのです。
「じゃあ、これで。ジュリエッタも元気でね。魔導士学園に入学できたら、遊びに来てね。王都からここまでだと、そんなに遠くでもないし。」リーンさんは言いました。
「俺も魔導士学園に受かれば、王都にいると思うから、何かあったら呼んでくれ。じゃあ、また。」アギラ様も言いました。
『えっ?えっ?今なんておっしゃいましたか。・・・・魔導士学園?』
どうやら、2人は魔導士学園の特別クラスというところに入学するために王都へ向かっているという事でした。
2人の力なら、まず特別クラスとやらに落ちることはないでしょう。
あそこは確か、特別クラス以外にも一般のクラスもあった気がします。私は考えました。私は魔法の才能はないですが、試験を受けてみる事を・・・
こうしてはいられませんわ。申し込みに、勉強に・・・諦めたらそこで試合終了なのです。やってみなければ始まらないですわ。
「お父様。お願いがありますわ。・・・・」