第50話 獣人
俺は冒険者ギルドに行ってみることにした。もしかすると、誤解が解けているのを期待したからだ。
念のため、リーンとアーサーは外で待機してもらうことにした。中でトラブルになった時、俺一人の方が切り抜けやすいかと思ったからだ。
俺は、依頼の掲示板を見ると、そこにはリーンと俺の捕獲の依頼がまだ掲示されていた。
しかし、俺はそれを見て、自分の被っているフードを取ることにした。
その俺のつもりであろう似顔絵は全然似ていなかったからだ。リーンの方は似ているのだが、俺の似顔絵はまるで悪魔の如く描かれていた。
何故、これで襲撃を受けていたのか・・・その答えは特徴の欄を見て明らかになった。
特徴:猫を頭に乗せている
これか・・・・
思い返すと襲撃されたのは、いつもアーサーが頭に乗っていた気がする。
俺に関していえば、顔を隠す必要などなかったようだ。
俺は冒険者ギルドを出ることにした。入口付近で1人の小さな少年が俺にぶつかって、転げた。
俺が起こしてやると、ギルドの入り口を眺め、去ろうとした。と思ったら、また入口に近づき、入るかどうかを迷っているようだった。
「ギルドに何か用があるの?」
俺は声をかけた。
「あ、その、お姉ちゃんを助けてほしくて・・・」
ギルドへの依頼に来たのか。確かに、子供では酒場が併設されたギルドの中には入りにくいだろう。
「そ、それに・・・お金も・・・全然で・・・」
その子供は襤褸を纏っており、裕福そうではなかった。その開かれた手には、銅貨が3枚乗っていた。銅貨100枚は銀貨1枚に相当するようなので、銅貨1枚はだいたい100円くらいの価値になる。掲示板の報酬はだいたい、銀貨1枚以上のものばかりだったので、そのお金では受けてくれるとは思えなかった。
「わかった。一応、俺も冒険者だから、良かったら俺がその依頼を受けるよ。」
「本当に?じゃあ、ひとまず僕の村まで来てよ。」
少年は明るい笑顔になった。
リーンに事情を説明すると、「もちろんいいわ。アギラとの初めての冒険ね。ワクワクするわ。」と快諾してくれた。
村に行く道中に話の詳細を聞いた。少年の名前はポポで、お姉ちゃんはピピというらしい。そのピピが誰かに連れていかれて、奴隷にされてしまうから助けてほしいという事だった。
村に着くと、最初に思ったのは村全体が寂れているということだった。
少年は、村にある教会へ俺たちを連れていった。その教会も大きくなく、ところどころ壁が崩れかかていた。
「シスター、ピピを助けてくれる冒険者を連れてきたよ。」
少年が叫ぶと、修道女の恰好をしたおばあさんが出てきた。
「ピピを助けてくれるのですか?」
「僕が依頼をしたら、受けてくれたんだ。」
「そうですか・・・けども、今日はお疲れでしょうし、外も暗いですから、こちらで休んで明日詳しくお話することにします。」
連れていかれたなら焦った方がいい気もするが・・・・
教会にはポポの他にも子供たちが他に7人ほどいた。
「どうやって連れてきたんだよ。」
「すげー。冒険者だ。」
「貯めてた小遣いを使ったのさ。」
ポポは子供たちと話していた。何人かの子供は元気がなさそうだった。みるからに痩せていたので、あまり食事をとれていないのではないだろうか。
俺は、泊めてもらうお礼として、料理を振る舞うことにした。
実はあれから、北の大陸で見つけた鎧を使って、包丁や、しゃもじ、お玉、長い鍋、フライ返しなどあらゆる調理器具を製作していたのだ。他の素材で調理器具を作らなかったのは、この鎧で作った調理器具で料理すると、美味しさが5割増しくらいすることが分かったからだ。
俺はこの鎧は本来調理器具としてあるべき素材でできていたことを確信していた。つまり、俺は鎧の本来あるべき姿に戻してやったのだ。
俺はこの調理器具を使って、たくさん肉と魚の入ったスープを作った。
「相変わらずマスターの料理はうまいにゃ。」
「アギラの料理は絶品ね。」
遠慮して食べようとしなかった子供たちは、リーンとアーサーが美味しそうに食べるのを見て、自分たちも料理を口にした。
「おいしー。」
「なんだ、これ。」
「肉なんてくったことねーぞ。」
「うまっ。」
「こんな至福の時間が味わえるなんて。」
「オッティモ!!」
「うまーん♡」
「ヒンナヒンナ」
みんな大満足で食べてくれていた。ただ、ポポとシスターだけが口にしようとしていなかった。
「ピピが帰ってきた時のためにとっておいてやろうと思って・・・」
「いや、また、帰ってきたら作ってあげるから。」
「本当に?・・・ありがとう。じゃあ、いただきます。」
ポポは料理を口にした。
「おいしいよ。アギラの兄ちゃん。」
シスターも料理を食べていたが、泣いていた。
「シスターが、美味しすぎて泣いてるー。」
子供たちが騒いだ。
「・・・そうね。本当に美味しいわ・・・」
俺達は出された寝間着に着替えて、みんなで眠ることにした。
その夜、みんなが寝静まったころ、ごそごそという音で俺は目が覚めた。シスターが俺の服を漁っていたのだ。
俺は薄々気づいてしまっていた。
「お金ならありませんよ。」
俺はほとんどをアーサーに預けていたので、服には何も入れていなかった。
「いえ・・そんな・・」
シスターは狼狽えていた。
「ピピは連れていかれたんじゃなくて、もしかして売ったんですか?」
シスターは泣き崩れた。
連れていかれたのに、あまり焦っていなかったのはやはりそういう事だったのだ。
いったん俺はシスターを外へと連れ出した。
落ち着いてから事情を聞いた。
この村は、何も売るものがない貧しい村だった。食べ物などを村の外で買っていると、村の金がどんどんなくなっていき過疎がおきだした。子供を置いて町に出ていくものもいたそうだ。そんな子供たちをシスターは引き取っていた。教会のそばの小さな畑で作物を栽培して何とかしのいできたが、今年は日照りが続きどうにもならなくなった。
食べ物がなければ、子供たち全員が、飢えて死んでしまう。
一人を奴隷として売れば、その他が生き残ることができるし、その奴隷も貴族に買われれば幸せに生きていけますよ。という悪魔の言葉にシスターはのってしまったのだ。
「今では、後悔しています。何とかお金を集めて、買い戻せないかと思って・・・」
それで、俺からお金を取ろうとしたのか・・・どうやら、売ったお金は借金や食料などを買うのにすでに使ってしまったらしい。
俺もお金があるわけではなかった。服や食べ物を買ったり、馬車を借りたので、残りの銀貨は30枚くらいしかない。
奴隷なんて制度は悪いものである。なら、多少強引な手でいってもいい気がした。リーンを襲ったのも奴隷業者だったしな。
「俺がなんとかします。」
シスターは泣いて祈りをささげた。
「ああ・・・神よ・・・」
アジトを聞くと500m以上離れていたので、教会の中に戻り、アーサーを連れ出すことにした。
アーサーは俺と500m以上離れると、消えてしまうからだ。今回はリーンを連れていかない事にした。できれば顔を見られることなく、一瞬で片をつけるためだ。
アーサーは子供たちに抱かれながら一緒に眠っていた。
「アーサー・・・起きろ・・・・アーサー。」
「にゃにゃ・・・・もう食べられないにゃ・・・」
『こいつ』
俺はアーサーを揺すった。
「ん・・・んにゃ・・・はっ・・・どうしたんですかにゃ。マスター。」
「ちょっと出かけるぞ。」
「リーンはいいんですかにゃ。」
「ちょっと危険そうだからな。またここには戻ってくる。」
「わかりましたにゃ。」
俺はアーサーを連れて、ピピを取り戻しに向かった。
1km離れたところにその屋敷はあった。俺は近くの叢から様子をうかがった。ふと横を見ると同じように屋敷の様子を伺うものがいた。体格のいい、目つきのするどい青年だった。しかし、ひと目見て人ではない事がわかった。耳と尻尾がついていたからだ。犬の獣人だった。
向こうもこちらに気づいたらしく、近寄ってきた。
「お前は誰だ?あいつらの仲間か?」
顎で屋敷を差し、尋ねてきた。
「いえ、違います。」
「そうか、俺は今からあの屋敷に捕らわれたツレを助けないといけない。邪魔するんじゃねーぞ。」
どうやら、目的が同じようだった。
「俺も、あの屋敷から助けたい人がいまして。」
「そうなのか?ちょうどいい。どうするか迷っていたが、お前が囮になれ。玄関にひきつけておいてくれれば、俺がツレと一緒にお前の助けたい奴を連れだしてきてやる。俺の嗅覚でツレの場所はだいたいわかってるんだ。どうせ、他の捕まった奴も同じところにいるだろう。」
その作戦には不服があったが、場所は知っておきたかった。
「ピピって女の子です。・・・で、ツレが捕らわれてるって場所はどこなんです?」
「地下だ。あの屋敷の地下から匂いがする。じゃあ、あとは頼んだぞ。」
獣人は、叢から飛び出し、玄関の方へ向かい、叫び声をあげた。
「出てこいや。悪党どもがーー。」
玄関が開いたかと思うと、その獣人は屋敷の屋根の上に飛び乗った。
つまり、出てきたやつをひきつけて、相手しろということか。
俺は玄関から出てきた4人に氷の魔法を放った。一瞬で、4人を氷の彫像へと変えた。
獣人の方を見ると、もう屋敷の中に侵入したようで、姿が見えなかった。
俺は屋敷内の1階と2階を霧の魔法で覆った。この霧はレーダーとなり、生き物がどこにいるかを把握することができる。その生き物が誰であるかが判別できないのが難点であるが、視界の悪い中、猛スピードで地下に向かう反応が1つあった。おそらく、獣人である。
俺はその反応が地下に入った瞬間に、氷の魔法を発動させた。
『 時間凍結 』
1階と2階にいるものを全て氷漬けにした。一定時間内ならば、解除すればもとに戻せるので、関係ないものは後で助ける事にした。
俺は、さっき地下に降りた反応があった場所へと向かった。
獣人が血まみれで、階段から上がってきた。その両手には獣人の少女を抱えていた。ツレは猫の獣人であった。その後ろを見たが他に誰もいなかった。
「ピピは?」
「怯えて誰も出てきやがらねぇ。下にいた見張りのやつらが援軍を魔法で呼んでたぽいから、檻のドアだけぶち破っておいて先に上にあがってきた。逃げたければ勝手に逃げるだろう。俺たちは先にずらかるぜ。」
「んん・・・ボス・・・助けてくれたのかにゃ。」
両手に抱えられた猫の獣人が目を覚ました。
「馬鹿が。人間なんかに、捕まりやがって。」
「違うんですにゃ。ジャーキーをくれるっていうからついていったら、いきなりこの首輪をはめられて・・・」
あれはリーンにつけられていた物と一緒だった。両手がふさがっている獣人の代わりに俺が外してやることにした。力づくで。
左右に引っ張った首輪は、バキッという音を立てて2つになった。
「誰か知らないけど、ありがとうですにゃ。」
「お前、結構、力があるな。さっきの霧の魔法もお前か?」
「そうだけど。」
「そうか・・・じゃあ、また会うことがあったらよろしくな。俺たちは先に行くぜ。お前も追手が来る前に逃げた方がいい。」
獣人は部屋の窓を蹴破り、外へと逃げだしていった。
「アーサー・・・お前とキャラかぶっていたな。」
「何を言っているんですかにゃ。全然被ってないですにゃ。ジャーキーにつられて捕まるバカと一緒にしないで欲しいにゃ。」
・・・俺は何も言わなかった。
俺はピピを連れ出すために地下へと降りた。