第122話 吾輩は猫である ~エピソード1~
あっちは妖精猫である。名前はアーサーだとか、アースーだとか。
何をされたか頓と見当がつかないにゃ。気づいたらうす暗い、無機質な金属で囲まれた部屋に飛ばされていたにゃ。辺りを見回してマスター達を探してみたが、見当たらない。マスターと離れすぎれば、あっちは妖精界に戻ってしまうにゃ。という事は、近くにマスターがいるって事にゃ。あっちの感覚では、マスターの気配は上の方にいるような気がするにゃ。
あっちは、ここで始めて部屋に囚われている人間を見たにゃ。手と足に枷がはめられ、椅子に座らされている。その体からは赤いチューブのようなものが何本か出ている。そのチューブの先を辿ると、大きな金属の塊につながっている。あっちがとことこと歩いていると、囚われた人間たちも、どうやらあっちに気付いた様子。
「どっからでやがった?!」
ムキムキの男が驚く。
「何でこんなところに猫が?」
ひょろい兄ちゃんは冷静に見える。
「待って!! この猫、微かだけど、魔力を帯びているわ!!」
女の人はあっちの崇高なる魔力に気付いた様子。
「何!!」
特徴のない男が女の人に聞き返す。
「妖怪族は魔力をもっていないはずよ。誰かの使い魔かも」
「本当か? ネリィ。たしか、俺達より先にここに調査に入ったやつの中に魔獣使いがいたはずだ。もしかしたら、この近辺にいるのかも」
特徴のない男はあっちを誰かと勘違いしているみたい。
「おい!!猫!!お前のご主人様はどこにいるんだ? 何とかして、ここに連れてこれねぇか?」
ムキムキの口調は荒い。マスターのところへ行きたいのはあっちもにゃ。
「やれやれ。こんな猫に頼るなんて、私たちはもう本当におしまいですね」
「うるせぇ!! 普段の力が出せさえすれば、こんな枷、引きちぎってやるってのに!! くそっ!! うまく力が入らねぇ!!」
「私も上手く魔力が練れないわ。どうやら、この枷に力を奪う仕組みがあるみたいね。猫ちゃん、私のいう事が分かるなら、ご主人様を呼びに行かなくてもいいから、この椅子についた枷を外せないかしら? ………って、やっぱり、無理よね…」
「任せるにゃ!! あっちがまるっと解決するにゃ!!」
どうやら、あっちがこの4人を救う運命にあるようにゃ。
「喋った?!」
「喋っただと?!」
囚われた4人はあっちが喋っただけで驚いている様子。あっちは多言語を操るバイリンガルにゃ。アスカとは違ってインテリジェンスに溢れた妖精猫なのにゃ。
「こっちよ、私の枷を外して!」
「俺だ、俺のを外せば、他のを引きちぎることができる」
「私でも魔法さえ使えれば、こんな拘束はとくことができるわ」
誰から助けるかで揉めだすムキムキと女の人。
「どっちでもいいから、早く外してもらったらどうですか。誰かが戻って来たら、千載一遇のチャンスを逃すことになりますよ」
ひょろい兄ちゃんは相変わらず冷静にゃ。
「どうするにゃ? 誰から外すにゃ?」
「私をお願いよ。猫ちゃん」
「ちっ」
どうやらネリィという女性から外せばいい模様。
あっちは2足歩行になりシャドーボクシングを開始する。
シュッ、シュッ。あっちの見事なネコパンチで枷なんて吹っ飛ばして見せるにゃ。体がいい感じで温まってきたにゃ。
あっちは椅子に飛び乗り、枷にパンチを繰り出したにゃ。
「痛いにゃ。どうやらオリハルコンで、出来ているっぽいにゃ。あっちの必殺のパンチでは壊すことができないにゃ」
「ふざけんな!! クソネコ!! どう見てもオリハルコンの色じゃねぇだろ!!」
ムキムキがきれてるにゃ。
「仕方ないにゃ。あっちの力はその恐るべき力を恐れられて、封印されている状態にゃ。本来の力があればこんなの簡単にどうにかなったにゃ………もう、この世界は破滅へと向かっているぽいにゃ。世界は終わったにゃ」
「くそっ!!」
「ちょっと、落ち着いて!! 何か……そうだわ!! 猫ちゃん。この部屋のどこかに鍵があるかもしれないわ。探してくれないかしら。この枷さえ外せば何とかなるなるのよ。あなたもここから逃げることができるわ」
「わかったにゃ。探してみるにゃ」
あっちは怪しそうなところを探し回る。そして、引き出しになっている部分をあけて、中を探る。
「足音が近づいてきますね。ここに入ってくるかもしれません。猫さん。ひとまずその引き出しの中に隠れて!!」
ひょろい兄ちゃんがナイスな情報をくれた。
慌てて引き出しをぎりぎりまで閉めてから、その中にするっと入る。ほぼ同時くらいに、部屋のドアがプシューという音を出して開かれ、誰かが入ってくる。
「ふふふ、ようこそ。我が研究所に。私はこの研究所の長であるヌラと申します」
隙間から覗き見ると、頭の大きい、顔に何本もの皺が刻まれた老人が部屋に入って来た。
「俺達をどうするつもりだ?」
相変わらずムキムキは挑発的だにゃ。状況が全く理解できてないアホとしかいいようがないにゃ。
「喜ぶがいい。私の偉大な実験の礎となれるのです」
「これは何なの? 何の実験なの?」
「あなた達のような劣等種には私の偉大な研究を話しても理解する事もできまい」
「ふざけるな!! 妖怪族とかいう種は魔力も使えない劣った種族だろうが!!」
「ふふふ。野蛮人はこれだから……魔力が使える事が優れているとは限らないのですよ。まぁ、いいでしょう。最後にいい事を教えてあげましょう。あなた達は古代遺跡の情報を手に入れて、ここへやって来たと思っているのでしょうが、それも全て私が故意に流した情報によるものです。ここに魔力を持った強者に来てもらうためにね。全部、あなた達は私の手のひらで踊っているのです。あなた達で7組目ですか。養分になってくれてありがとう。あと少しで全てが終わります。予期せぬ来訪者がいるようですから、彼らで私の実験は完成する事でしょう」
ヌラとかいう妖怪族が何か操作しているのが見える。
「うぉー、がぁーーーーッ」
「ふざけるな、チクショー。クソネコーーー、助けやがれ!!!」
「あっ、あっ、ああ~、お父……さん………」
「くっ………」
囚われた4人が、みるみる干からびてミイラのようになっていく。しばらくすると、4人は声を発する事もなくなっていた。
「ふふふ。最後に使い魔でも召喚しようとしましたかね。でも私の『全知全能』によって作り出した、【封魔の枷】の前にはどうする事もできなかったようですね。くくく。魔王復活まで残りあと少し。どうやら、更なる侵入者は膨大な魔力を有しているようなので、今日で完成してしまうと思うと心が躍ってしまいますね………」
ヌラはいくつかのボタンを操作した後、部屋を出て行った。
今がチャンスにゃ!!
引き出しから外に出て、椅子に貼りつけられたミイラの傍による。前脚でミイラをつついてみる。誰が誰やら全く分からない。ムキムキも特徴のない男も皆、同じ姿である。かろうじて着ていた服で、誰が誰だか判別できるだけである。
「何て事にゃ。助けられなかったにゃ。やばいやつにゃ。血液がごっそり抜かれてるにゃ………血液……そうにゃ!!!!! いい事を思いついたにゃ。あいつは、魔王を復活させようしているにゃ。このチューブで血液を吸い取ってるに違いないにゃ」
「 時空を統べる鍵よ 宵闇の扉を開き 我が神殿を開放せよ 」
あっちはトマトジュースを取り出した。
「これにゃ。印のついてるやつとついてないやつがあるにゃ。どっちだったかにゃ。う~ん。う~ん。まぁ、いいにゃ。魔王が復活してしまったら世界の危機にゃ。トマトジュースくらいでケチケチしている場合じゃないにゃ。分かってくれるはずにゃ。こっちにゃ!! こっちにするにゃ!! なんかこっちの方が血の色に近い気がするにゃ。この装置も血液と勘違いしてくれる可能性が高いにゃ。これをこうして、チューブの先端に取り付けて………」
あっちは、さっきヌラがポチポチとボタンを押していた場所へと向かう。
「………今、とんでもない事に気付いてしまったにゃ。これが預言者が言っていた、再生と破壊ってやつなんじゃあないのかにゃ!! あっちは当然、破壊を選択するにゃ。ポチポチポチ、ポチッとにゃ!!」
機械音が部屋中に響き渡り、勢いよくトマトジュースがチューブの中を移動し吸われていく。
「どうやら、また魔王から世界を救ってしまったようにゃ。やれやれだにゃ………」