第118話 百鬼夜行
~ボイラの母親・妖狐クラマの視点~
「クラマ様、クラマ様。妖が人族に攻め入ろうとしています」
妾のネズミの使い魔であるミツキが、妖が力を求めてジパンニに向かうのを伝えてくれた。妾はまたかと辟易する。愚かな妖は未だにジパンニにある『力』を求めている。あれは求めてはならぬ力だというのにじゃ。
最近では妾の呼びかけと、龍の脅威により少なくなったのじゃが。それでも、力なき妖の中には、それを求めてジパンニへと向かうものが極稀に出てきてしまう。
「そうか」
妾は新たに力を求めてジパンニへ向かった妖を止めるべく立ち上がろうとうした。その時、ミツキはさらなる情報を告げる。
「それが、一人ではないチュ。たくさんの妖が一斉にジパンニに向かっている模様でチュ」
「なんじゃと?」
「どうやら、龍の消息が消えたとの事でチュ。それで妖達が人族の住まう土地に群れをなして向かっているみたいでチュ……」
「何て事じゃ……嵐が……嵐が来るぞ……」
人族の作り出した結界が近年弱まりつつある。大量の妖が向かえば、結界に穴をあけてしまう可能性も考えられる。そうなってしまえば、人族と妖怪達の争いを避けることはできぬ。
そんな事になればあの時の約束を違える事になってしまう。
妾には人族を救わなければならない理由も、同胞である妖怪族を救わなければならない理由も両方あるのじゃ。
大量の妖怪族を相手にその道をふさげば、妾とて無事でいられる保証はない。しかし、ここでじっとしているわけにはいかないのじゃ。それが、1400年前に共に魔王と戦った、妾の初恋の相手である人族の勇者レオとの誓いじゃ。
妾は勇者レオの忘れ形見であるボイラの方をチラリと見やる。
妾のために魔物の救う危険な森を越えようとするのじゃ。現状を知れば、妾に付いてきたがるやもしれん。そんな事になれば、かえって足手まといになってしまうのは火をみるよりも明らかじゃ。
妾はボイラの連れてきた雪女族を名乗る少年に尋ねる。
「これから、お前たちはどこへ行くのじゃ? 雪女族の里か?」
妾は1400年前の魔王との死闘を思い出し、顔が強張ったものになる。確か、あの時も……
そうじゃ。あの時も勇者一行は、よく分からない喋る化け猫を連れていた気がする。特に戦闘に出ることはなかったが、竜の背中に乗って叫んでいたような気がする。
長い時を生きたものである事は分かるが、あの時の同じ化け猫かどうかは全く分からない。見た目からでは全く判別できないからじゃ。
そんなことを回想していると、少年は妾の質問に返答した。
「いえ、妖怪族と人族が争っている現状にアーサー様も憂慮されていますので、何とか説得できないか話をしに行こうと思います。しかし、アーサー様は長い間旅をしておられたので、最近の現状にあまり詳しくありません。どこへ行けば説得できますか?」
「なんじゃと? ……説得か……それができれば、最善なのじゃが……妾にはできなかったがお前達にそれができるのか? 説得に失敗して葬られたものもいるのじゃぞ」
アーサーと言う名前を聞いても妾にはピンとくるものがなかった。実際1400年も前の記憶なのじゃ。恋をした勇者レオ以外のものの事等覚えている筈もないのじゃ。一緒に戦ったのが4人のような気もするし、3人のような気もするほど曖昧な記憶なのじゃ。そこにいた化け猫の名前等最初から聞いていたかも怪しいところじゃ。
しかし、妾にはその雰囲気から長い年月を生き抜いてきたもの特有の徴表を感じとることができた。そして、それに一歩下がって従っている従者もかなりの年月を生きていることが感じ取れる。初対面ではあるが、この者達と一緒にいればボイラも少しの間は安全であろう。長く生き抜いたものは、そう簡単に死が近づくことはないものじゃ。
そんなことを考えていると一番弱そうな小童が自信満々な顔で肯定の意を示す。
「少ないですが……」
「そうか……今なら、簡単に力を欲する者達をまとめている者に会う事ができるじゃろう。ボイラよ。この者達を奴らの里付近まで案内してやるのじゃ。お前は間違っても里の中心には立ち入ってはならぬぞ。危険じゃからな。その後はシキの家にでも遊びに行っておれ」
ジパンニに皆が押し寄せている今なら、簡単にあ奴らの本拠地に辿り着くことができるじゃろう。そこで妾でも不可能じゃった説得を成功させてくれるか否か……分からぬ、分からぬが、今妾がすべきことは、妖怪族と人族が争うのを止めねばならぬ。深く考えている暇はないのじゃ。手遅れにならぬ前に妾が向かわねばならぬのじゃ。
「任せたぞ。妾はこれから行くところがあるからな」
妾は決意し、立ち上がった。
後ろからは妾と勇者レオの間に産まれた子であるボイラの心配そうな声が聞こえてきた。妾はボイラのためにも妖怪族と人族が争わないようにせねばなるのじゃ……
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~ジパンニの結界の縁に立っている見張り・2人の会話~
「暇だな。龍神様もいらっしゃるし、俺達が見張る意味なんてあるのかねぇ。妖怪なんて、ここ10年くらいは近づいてきたこともないんじゃないか?」
「確かにな。皆妖怪達は龍神様を恐れて、近づいてこないからな。結界の縁での見張りなんて言ってるが、俺達ずっと立ってるだけだな。もう、案山子でも置いておけばいいんじゃねぇか」
「ちげぇねぇ」
「それにしても、聞いたか? 昨日大陸から来た人間が龍神様の生贄になることが決まったらしいな」
「らしいな。何でもキュウキ流の娘が大陸から連れてきた子供の一人なんだろう? いいのかねぇ、そんな事をして。大陸と揉めるような事があれば、それこそ妖怪達が攻めてくるよりもひどい事になるんじゃないのかねぇ」
「大丈夫だろ。大義名分はこちらにあるんだしな。社に祭られた御神体を破壊したらしいからな」
「何でまた、そんなことを?」
「分からん。でもこれで龍神様の体調が良くなってくれるなら、その生贄になってくれた子供には感謝せねばならんな。昔は御神体からお告げがくだったたりしたって話だが、今となってはその話も本当の事かどうか疑わしいぞ。俺達からすれば、あれはただの黒い石でしかないからな」
「おいおい、御神体の事をそんな風に思ってたのかよ。罰が当たるぞ」
「じゃあお前はあの黒い石から神が現れて俺達にご神託とやらを告げてくれると本当に思ってたってのかよ? あれは単なる昔話だろ?」
「んっ……まぁ……そりゃあな……」
「だろっ!! だったら、あんなただの黒い石なんてなくなっても誰も困りやしないさ」
「おいっ!! あれは何だ??」
「どうしたんだよ」
「あ、あ、あそこ、な、何だ。あの数は……」
「ど、どうして……りゅ、龍神様はどうしたんだ。あんな数が押し寄せてきたら結界が持たないかもしれないぞ」
「は、早く、巫女様に伝えなくては!!」
こうして妖怪達が大挙して押し寄せてくるという異変に2人の見張りが最初に気付いたのだった………