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第117話 舌戦

 食事を食べ終わった後ボイラが俺に尋ねた。


「それでこれから雪女族(ゆきめ)の里に戻るのか?」

 

 一瞬何の事かと思ったが、自分は雪女族という設定である事を思いだす。話しぶりからすると、妖怪族はさらに細分化されて、それぞれ集団で暮らしているという事が予測できる。

 

「まぁ、そうだな」

 俺は曖昧に頷く。まさかついて来るとは言わないだろう。


「ほぉ、お前は雪女の一族か」

 ボイラの母親が俺の方を見る。


「そうだぞ。おっ母!! すごい氷の能力でオイラを魔物から助けてくれたんだ。それにしても雪女の一族に男がいたなんてな。おっ母、知ってたか?」

 げっ!! この流れは何かやばい雰囲気が漂ってきている気がする。何とか話の流れを変えようとするが、その心配は杞憂に終わる。


「くくくっ。雪女の一族に稀に発現する能力【雪化粧】の能力で姿を変えているのだろう」


「なんだ? オイラと同じような能力も持っていたのか?」

 ボイラが俺に尋ねる。俺が答える前にボイラの母親がその質問に答える。


「いや、お前の能力とは違うものじゃ。お前が自分の姿を変えるのに対して、【雪化粧】は他者の見た目を変える事ができるのじゃ。見た目だけだから、お前のように完璧に変化できるわけではないのじゃがな」


「そうか。ちょっと、安心したぞ。オイラの能力が劣っているかと思ったぞ。それにしても、アギラは本当は男にしか見えないな」


「ま、まあな」

 冷や汗が出るような会話は、ぎりぎりの細い糸の上を綱渡りするようなものである。俺は当り障りのない返事をする。


「それにしても、また【雪化粧】の能力が発現するものが雪女族に現れるとはな」


「おっ母は【雪化粧】を持つ雪女族を知っているのか?」


「遠い昔の話じゃがな……そやつは【転魔の滴】に手を出し、自分の自我と引き換えに、能力を強化し、魔力を手に入れたのじゃ。その能力はもはや変装というレベルを超えておったと聞いておる。その能力によって性別を遺伝子レベルで変える事ができたらしいからな」


 ん?


「オイラだって女に完璧に変化できるぞ」


「お前は自分が変化する事ができるだろうが、その者は他者の性別を変える事ができたという。一見何ていう事のない能力のように感じるかもしれんが、恐ろしい使い方があるのじゃ」


「一体どうやるんだ?」


「敵対する種族全体にその能力を発動させるのじゃ。そうすれば、その種族は子孫が残せず、いずれ滅亡を辿る事になるのじゃ」


「どういう意味だ?」

 ボイラはあまり分かっていないようだったが、俺には何となく分かってしまった。全員の性が反転すれば、子孫を残すための行為を避けるものも出てくるという事だろう。何と恐ろしい使い方だ……


 しかし俺はもっと気になる事に気付いてしまった。


 もしかすると、アーサーがオスからメスに変わってしまったのは、その【魔転】した雪女族というやつの仕業なのではないだろうかという事である。


 アーサーがオスからメスへと変わった時、氷の魔法を使う女の人がいたが、その女性こそが元雪女族の悪魔という事ではないだろうか。

 そんな閃きに震えていると、ボイラのお母さんはボイラに言った。


「お前にはまだ早かったかもしれんな。いずれ分かる時がくる」


 ボイラは教えてくれない事に少し不満そうである。そして、俺の方に説明を求めるような眼差しを向ける。しかし、性に関する事であるし、俺が説明するわけにもいかない事である。 


そして、そんな事よりも俺はその【魔転】したという雪女族の情報をを知りたかった。名前は? どこに行けば会えるのか? 解除方法は?

 

 いろいろ聞きたいことがあるが、咄嗟に出てしまった自分が雪女族であるというわけのわからない設定のために上手く聞き出す方法に悩んでしまう。


 俺が自分ではまり込んだ袋小路で迷走していると、アーサーが不意に叫んだ。



「にゃ、にゃ、謎が全てとけたにゃ」


「どうしたんだ?」


「この名探偵アーサーの頭脳にピーンと来ましたにゃ!! あっちを陥れたのはそいつにゃ!! そいつに違いないにゃ。あっちの力を恐れたどこかの誰かがその能力を使ってあっちの力を封印したに違いないにゃ。間違いにゃい」


 馬鹿野郎!! こんな時だけ無駄に推理能力を発揮しているんじゃあねぇ!! たとえ思いついたといしても黙っていてほしかったところだ。案の定、ボイラのお母さんは口をはさむ。


「そういう事か。やはり、姿を変えられておったのだな。どおりで妾と同じ時を生きるものが発する特有の気配を持っているにも関わらず、力を感じないわけだ……」


「にゃにゃ、にゃんて事にゃ、全てバレていたんですかにゃ?」

 は? 何を言ってるんだ? 何もバレている様子はないぞ。

 しかし、何やらいい感じなのでツッコミを入れる事はしない。


「全てお見通しだ。伊達に長くを生きてきてはいない」

 何を見通しているというのだろうか? 俺の頭の上にはクエスチョンマークがいくつもポップする。


「どういう事だ?」

 俺の気持ちを代弁してくれるかのようにボイラが尋ねる。同じように頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいるのが手に取るようにわかる。


「長くを生きていると、同じ時を生きるものが何となく分かってしまうのじゃ。だから、アーサーとそちらの喋れぬ従者が妾と同じくらいの時を生きているのは一目瞭然じゃ。そんなものが若い雪女族を連れているのじゃ。何かある、と思うのは当然の事じゃろう」


「えっ? でも、アーサーはアギラの事をマスターと呼んでいたぞ」


「何か事情があるんじゃろう。大方、力を奪ったという雪女族の目を欺くために関係性を隠しているんじゃないのか? どうじゃ? 違うかの?」


 はい。全然違います。百歩譲って、アーサーとエレインが長い時を生きているという点を見破ったのは流石であるが、そこからの予測が全然当たっていない。

 ボイラの母さんは自信に満ち溢れた感じで俺たちに問いかけている。その顔はイエス以外の答えが返ってくることなど考えられたないといった顔である。残念ながら、全然違うのではあるが、全てがいい方向に転がっている感じしかしない。


 それならば、乗るしかない!!


 このビッグウェーブに!!


「ばれていたんですね。実は、魔転した雪女族を追って旅をしているんです。何か知りませんか?」


「やはりそうか……しかし、妾はお前達のようにその雪女族である……たしか、フルーレティだったか? そやつの情報などを集めているわけではないからの……悪魔族に転身したものは皆東の大陸へと渡ると言うから、やはり、フルーレティもそこにいるんじゃないのかの。あまり役に立てなくて申し訳ないのじゃ」


 なんと!! クリティカルな情報をゲットしてしまったぞ。名前と可能性のある場所。かなりの収穫に俺は体が震えそうになる。しかし、そんな素振りは見せずに「そうですか」とだけ返す。


 その時、部屋に1匹のネズミが入り込み、ボイラのお母さんに近寄ってくる。


「チュー、チュー」


「そうか」

 


「あれは?」

 俺はボイラの方を見て尋ねる。

「あれはおっ母の使い魔だ。この辺りのネズミを統括して情報を収集してるんだ」

 使い魔との会話はアーサーと違って、本人同士しか分からないようである。


「チュチュー、チューチュー、チュー、チュチュー」


「なんじゃと?」


「チュー、チュー、チュ、チュ、チュー、チュチュー」


「何て事じゃ……嵐が……嵐が来るぞ……」


 嵐? 俺は窓の外に目を向ける。


 そこには雲一つない青空が広がっていた。


「これから、お前たちはどこへ行くのじゃ? 雪女族の里か?」

 何やらさっきより真剣な顔つきで俺達に問いかける。

 『返答を誤れば死』すらありえる雰囲気が漂っている気がするのは俺だけだろうか。これからの行き先としては、俺は遺跡、エレインは妖怪族と話をつけに行きたいのである。ただ、妖怪族全てが人族を襲おうとしているわけではないので、好戦的な妖怪族達と話をつけにいかなければならない。

 ボイラのお母さんも妖怪族と人族の争いは止めたいみたいなので、ここは真実と嘘をブレンドして上手い事協力したいところである。


「いえ、妖怪族と人族が争っている現状にアーサー様も憂慮されていますので、何とか説得できないか話をしに行こうと思います。しかし、アーサー様は長い間旅をしておられたので、最近の現状にあまり詳しくありません。どこへ行けば説得できますか?」


「なんじゃと? ……説得か……それができれば、最善なのじゃが……妾にはできなかったがお前達にそれができるのか? 説得に失敗して葬られたものもいるのじゃぞ」


 残念ながら説得が成功する勝算はあまりあるわけではない。しかし、最終的に交渉が決裂した場合の暴力による解決には少なからず自信がある。

 自分自身の力もさることながら、今は竜人族であるエレインの力も借りる事ができるのである。負ける要素が一つも見当たらないとはこのことである。


「少ないですが……」

 

「そうか……」

 ボイラの母親は少し逡巡して、言葉を続けた。

「今なら、簡単に力を欲する者達をまとめている者に会う事ができるじゃろう。ボイラよ。この者達を奴らの里付近まで案内してやるのじゃ。お前は間違っても里の中心には立ち入ってはならぬぞ。危険じゃからな。その後はシキの家にでも遊びに行っておれ」


「えっ?」

 俺とボイラは同時に声をあげる。

 案内は有難いが、正直、場所さえ口で教えてもらえればそれでいいのだが……


「任せたぞ。妾はこれから行くところがあるからな」


 ボイラの母親は俺達の方を見て真剣にお願いすると、立ち上がって部屋を出て行った。


「おっ母……」

 ボイラはどことなく心配そうに母親が出て行くのを見送っていた。


「マスターが実はマスターじゃにゃくて、あっちがマスターって……どういう事にゃ。もう一度頭を一から整理するにゃ。実はすべては虚構で、あっちは真のマスターで、あれがこうにゃって、これがこうにゃるからして………」

 そして、アーサーは謎設定に頭がこんがらがっていた……



 



【  残り予備血液パック 40パック  残りトマトジュース 25パック 】




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