第9章 ララ
第9章 ララ
「お兄ちゃん、今日はララの勉強みてくれるんじゃなかったの?なんでお弁当持ってるの?」
まるでピクニックにでも行くのかと思うような荷物を持った兄を、ララは思い切り睨みつけた。その怒りの形相にはレンもたじろいでしまったほどだ。
「えっと…あのねララ。今日はエイトと自主練を」
「いやだ!」
ララの言葉がレンの話を遮った。
「いやだいやだ。お兄ちゃん最近、そればっかり。ララとはちっとも遊んでくれない。どうして?」
さっきまでの怒りの形相はどこへやら、今度は目に涙を溜めている。
「ごめん、ララ。お兄ちゃんが悪かったよ。明日!明日は必ず勉強をみてあげる。明日は1日一緒にいるよ」
今にも溢れてしまいそうな妹の涙を拭き取りながら謝るレンだったが、ララは許してはくれなかった。
「やだ…。ララも行く」
レンは困ったとため息をついた。普段のララは12歳の割には大人びたような部分があるが、時々こうやって子供っぽさを見せるのだ。こういう時のララは何を言っても、自分の考えを曲げようとしないことをレンは知っている。
「ララが来ても楽しいことないよ?暇になるだけだ」
「いいもん。それでもいいもん」
〜困ったな…。今日は星羅が来る日なのに〜
それからしばらく2人は連れて行く、行かないの押し問答を続けたが、最後にはレンが折れることになった。2人の言い合いに呆れた母親がレンに妹を連れて行くように言ったのだ。そこで逆らってしまえば逆に隠し事があると怪しまれてしまうと思ったレンは、大人しくララを連れて行くことにしたのだ。
〜参ったな…。星羅のことは知られちゃいけないって、エイトに言われたのにな〜
待ち合わせの広場に向けて森を抜けながら、レンは妹に星羅のことをどう話すか悩んでいた。ララはそんな兄の悩みも知らず、上機嫌で森を進んで行く。
「ララ!ちょっと待って」
兄に呼ばれたララが振り向く。
「ララ、これからお兄ちゃんが言うことよく聞いて。それから今日見聞きしたことは誰にも言わないって約束しなさい」
ララの目線まで腰を落とした兄は、今まで見たことがないほど真剣な表情をしている。ララはゴクリと唾を飲み込んだ。
「約束できるかい?」
「うん。約束するよ」
レンが安心したように笑い、ララの頭を撫でた。
「いい子だララ。いいかい、今日お兄ちゃんはエイトと会う約束をしている。だけどね、もう1人会う約束をした人がいるんだ」
「ララの知ってる人?」
「いや、ララの知らない人。その人の事はお兄ちゃんとエイトしか知らない。その人はね、お兄ちゃんやララが住んでいるこの世界とは別の世界から来た人なんだ」
兄の話したことをすぐに理解できず、ララは何も言えずに黙っていた。数秒の沈黙がララの困惑した状況を語っているかのようだ。そんな妹をみたレンは「仕方ないね」と笑った。
「すぐに理解できないのは無理もないよ。お兄ちゃんも最初は信じられなかった。でもね、ララ。その人のことは絶対に誰にも言わないと約束して。お兄ちゃんからのお願いだよ」
兄が縋るように懇願する姿を初めて目にしたララはしっかりとうなづいた。
「わかった。その人のこと誰にも話さない」
「ありがとう」
「さあ行こう」とレンが立ち上がり、ララの手を引いた。
〜あれ?お兄ちゃんの手、こんなに大きかった?〜
久しぶりにつないだ兄の手の大きさと力強さに驚きと安心感を感じたララは、そのまま兄に手を引かれて森を抜けた。
森を抜けた先にある広場には暖かな陽射しが降り注いでいた。
「レン、遅かった…ララ?」
先に待っていたエイトが驚きと困惑に顔をしかめた。
「ごめん、エイト。ララも一緒に来ることになったんだ。星羅のことは誰にも言わないように伝えた。星羅に会わせちゃダメか?」
エイトがますます顔をしかめる。
「ダメも何も…。星羅のこと話したなら、会わせないほうが不自然だろう…。ララにはどこまで話した?」
「その星羅さんって人が、別の世界から来た人ってことだけ聞きました。あとは、絶対に他の人に話してはいけないって…。ごめんなさい、ララがわがままを言ったんです。最近お兄ちゃん出かけてばかりで、ちっともララといてくれないから。今日も勉強みてくれるって言ってたのに、出かけようとするから…。でもごめんなさい、お兄ちゃん達を困らせるつもりはなかったの」
レンの代わりに答えたララは、兄と手をつないだまま俯いて謝った。そんな少女の姿をみたエイトは、自分が怒っていると勘違いされていることに気がつき、慌てて謝まる。
「ごめん、ララ。俺は怒ってるんじゃないんだ。そっか、ララはお兄ちゃんが一緒にいてくれないのが寂しかったんだな。今日は俺と星羅もいるけど、それでもよければお兄ちゃんと一緒にいて構わないよ。ララは星羅のこと秘密にできるね」
ララが頷きかけた時だった、3人の周囲が眩ゆい光に包まれた。初めてみる光の眩しさに目をつぶったララは、そのまま兄の腕にしがみつく。
「ララ、目を開けてごらん」
数秒の後、兄に言われたとおりにすると、すでに光は消え、代わりに1人の少女が立っていた。彼女はララの姿を見て一瞬驚いたようだったが、すぐににっこりと笑った。
「もしかしてレンの妹さん?」
「そうだよ、ほら挨拶して」
兄に押し出されるようにしてララが星羅に一歩近づいた。星羅もララに近づくと、ララの目線に屈み込み、さらににっこり笑った。
「初めまして。私は星羅。あなたのことはレンから聞いてたの。よろしくね」
ララは星羅の差し出した手を躊躇いがちに握り、
「ララです…。よろしくお願いします」
とはにかんだ笑みをみせた。
「レン、ララちゃんを連れてきてくれてありがとう。私、ララちゃんに会ってみたかったの」
「僕が連れてきたっていうよりかは、連れて来ざるを得なかっただけなんだ。でも、星羅が喜んでくれてよかったよ」
レンの顔に安堵の笑みが広がる。
「あの…、お兄ちゃんからララのことなんて聞いてたんですか?」
2人のやり取りを聞いていたララが少し不安げに尋ねた。自分の知らないところで兄がなんと言っているのか気が気じゃないのだ。
「少し大人びてるけど、まだまだ子供っぽさの残る可愛い妹だって言ってたよ。私、一人っ子だからララちゃんの話聞いて、そんな妹欲しいなって思ってたの。だから会えて嬉しい」
「ちょっと星羅まってよ、僕はララを可愛い妹とは言ってないよ」
「似たようなことは言ってただろ」とエイトも星羅に肩入れする。それを聞いたララは照れくさそうに笑い、レンは顔を赤らめた。
そのあと4人は魔法の訓練をし、お弁当を広げた。
「うわぁ、その三角のやつなんですか?初めてみた!」
「おにぎりって言うの。やっぱり兄弟だね、レンと同じ反応。はい、よかったらどうぞ」
「ありがとうございます。お兄ちゃんもおにぎり食べたことあるの?」
「あるよ。すごいうまい。な、エイト」
エイトも素直に頷いた。
「初めて見たときはおかしな形の食べ物だと思ってたけど、食べたらレンの言う通りすごいうまい。ララも食べてごらん」
2人の話を聞いたララの瞳が期待にキラキラしている。
「レンもエイトさんもおにぎりくらいで大げさね。おにぎりはね、私の国の食べ物なの。作るのも簡単だし、すぐ食べられるからお弁当には最適なの。2人がおにぎり気に入ってくれてるなら今度はみんなの分も作ってくるね」
星羅はマジックワールドを自由に行き来できるようになってから、1人で食事をする機会が減っていた。誰かと一緒に食べる食事、それだけで星羅の心は満たされるのだった。




