第6章 夢ではない世界
第6章 夢ではない世界
レン達が夢の中の人たちではなかったことに気がついた次の日、星羅は学校が終わると一目散に教室を出て家へ帰った。
自宅に着くと、星羅は一目散に自室へ向かいベッドに腰掛けた。手には靴を持ち、左手首にはしっかりブレスレットをしている。
「レン達のことを思い浮かべるの」
目をつぶり、自分自身に話しかけながら頭の中に昨日の広場をイメージする。
自分の胸の高鳴りに集中力を乱されないように、イメージすることに意識を集中させていく。
〜行ける!!!〜
そう確信すると同時に、星羅はまたあの光に包まれていた。
星羅は光が収まるのを待って恐る恐る目を開けた。
「やった…」
彼女の目の前には昨日と同じ広場があった。靴を履きながら、もう一度同じ言葉をつぶやく。うまくいった喜びと、本当にレン達の世界に来たことへの驚きで星羅はしばらくそのまま呆然としていた。
「星羅?」
突然名前を呼ばれ、星羅は飛び上がって驚く。
「ごめん、驚かせるつもりはなかったんだ」
レンが申し訳なさそうな顔をして立っている。
「星羅、来てくれたんだね」
彼女は黙って頷いた。
「レン、聞きたいことがあるの」
レンは分かっているというように頷いた。
「あなたは私の夢の中の人じゃない…。そう、よね?あなたは……うまく言えないけれど、生きてる。えっと、この世界で、たぶん私とは違う世界で生きてるのね」
言いながら自分でも信じられないことが目の前で起こっているんだと、改めて感じる。
「そうだよ、僕は生きてる。ここは君の夢じゃない」
〜やっぱりそうなんだ。レンは本当にいる人なんだ〜
まるで物語のような出来事が自分自身に起きていることを夢のように思うとともに、少女は不安も感じていた。それが表情に表れていたのだろう。
「怖い?」
レンに問われ、星羅は首を横に振った。
「怖いというよりも、なんだろう…。まだ信じられないというか、夢みたいだなって思ってる。それから……」
少女は自分の気持ちを表すのにぴったりな言葉を選ぼうと思案しているようだ。
「なんていうのか、不安とか、戸惑いなのかな。これから何が起こるのかとか、どうして私はここに来れるのかなとか、よくないことが起こるのかなって。だって、こんな本の中の世界みたいなこと経験したことないから。でも、怖くはないわ」
「そっか、よかった。僕、こんなありえないこと気味が悪くて、二度と星羅が来てくれないかと思ってた。また会えてすごく嬉しい」
太陽のように明るい笑顔でレンが笑う。その表情に星羅はなぜかドキドキしてしまった。
「悪い、待たせた」
レンの後ろからエイトが走って来た。星羅に気がつくと、ピタリと足を止め、信じられないというように目を開く。
「星羅?また来たのか?」
「エイト、その言い方。また星羅に誤解されるよ?」
申し訳なさそうに俯いてしまった星羅を見て、エイトは慌てて言葉を付け足す。
「悪い。来ちゃいけないわけじゃなくて。ただ、その驚いたんだ。まさか、こんなすぐ来るとは思わなくて。星羅も気づいたんだよな?ここがあんたの夢の中じゃないって」
顔をあげ、星羅はコクリと頷いた。
「そうか…。それなら、今日は自分の意思でこっちに来たのか?」
もう一度コクリと頷く。エイトは何か思案するように口元に手を当て、俯いてしまった。これは考え事をするときの彼の癖だ。
「エイト、どうした?」
「いや、もしかしたら星羅は思っていたよりも力が強いのかもしれない。飲み込みも早いのかもな」
そう言って顔を上げると、星羅に向かって小さく笑いかける。
「すごいな」
よくわからないけれど褒められた嬉しさと、エイトが初めて笑いかけてくれたことの喜びに星羅も思わず笑顔になった。
「ねえ、僕お腹空いたな」
「そうだな。昼にしよう」
3人で昨日と同じ岩に腰掛けると、レンとエイトはそれぞれのカバンから水筒とチーズを挟んだパンを取り出した。
「はい、星羅の分ね」
「え、だけどこれは2人のお昼でしょ?私がもらったらあとでお腹空いちゃうよ」
「いいんだよ、気にしないで。みんなで食べたほうが美味しいよ。エイトもそう思うだろう」
「まあね。俺らが分けるって言ってるんだから、星羅は素直に受け取っていいんじゃないの」
エイトの言い方は相変わらず無愛想だったが、それが彼なのだと知った今はその言葉が彼なりの優しさなのだろう、と星羅は思う。
「わかった。2人ともありがとう」
受け取ったパンをひとかじりすると、少し硬い生地からは素朴な味がした。
「ねえ、星羅の着てる服いつもと雰囲気違うね。今日は何かあったの?」
「これはね、制服っていうのよ。学校に行く時に着る、決められた洋服なの。普段はこの格好でいることのほうが多いのよ」
「待って星羅。つまり学校に行くときはみんな同じ格好してるのか?周りのみんな星羅と同じ格好なのか?」
エイトはあり得ないといった表情をしている。
「そうよ。男の子はまた少し違うけど、男女ともにそれぞれ決められた制服を着るの。エイトさんたちは違うの?」
「ああ、俺たちは違うな。基本的に服装は自由だ。実技がある日は、みんな動きやすい格好でくるから似たような格好にはなるけどな」
「今日はまさにその実技の日だよ。だから、僕とエイトの格好似てるだろ」
レンに言われ、2人の格好を見比べながら星羅は頷いた。星羅の世界でいう、甚平のような形をしているが、甚平よりも袖も足も長く露出が少なかった。レンは薄緑に黄色のライン、エイトは紺地に白の縁取りがされている以外、とてもよく似ている。
「実技って何をするの?体育みたいなもの?」
「体育って何?」
「体育は、運動をする授業のこと。走ったり、ボールを投げたり、蹴ったり。とにかくいろんなことをして、体を動かすの」
「それとは少し違うな」とエイト。
「俺たちの世界でいう実技は、魔法のことさ」
「やっぱり魔法は学校で習うの?」
「そうだね。魔法は僕たちを助けてくれる手段でもあるけど、同時に危険なものでもある。だから、正しい使い方をしっかり学ぶために学校で教わることが沢山あるんだよ」
「レン、魔法って危険なの?私、本の中でしか知らないから、魔法ってなんだか不思議でわくわくして、何でもできそうなものってイメージなの」
星羅は不安げな顔をしたまま俯いてしまった。
「それに・・・・、私も魔法使えるんでしょ?きちんと学んだことのない私は危険ってこと?」
昨日からずっと気になっていたことを思い切って吐き出す。
「本の中でも、魔法を使って悪い事をしてしまう人や人を傷つける人が沢山いた。もちろん、それは作り話だけど。だけど、私もきちんと学ばなければ知らない間にとんでもない事をしてしまうかもしれないの?」
それを聞いてレンとエイトは顔を見合わせ、笑い出した。
「な、何がおかしいの?」
星羅は顔を真っ赤にして怒る。
「悪い、悪い。あんたって超がつくほど真面目なんだな。なあ、レン。俺たちの心配なんていらなかったな」
「だね。ごめんね、僕たち星羅の言った事を笑ってるんじゃないんだ。だから、そんなにふくれっ面しないで」
そう言いながらまだ2人は笑っていた。
「あのね、星羅。僕たち昨日話し合ったんだ」
笑い収まったレンは、優しげな笑みを浮かべている。
「君が魔法を万能だと思っていたり、素敵なことばかりを起こす便利なものとしか考えてなかったら、そうじゃないこともあるって教えなきゃねって。だけどそんな心配いらなかったね」
「レンはそれよりも星羅が二度と来ないんじゃないかってことを心配してたけどな」
そう言ってエイトはいたずらをした時のような笑顔を見せた。それを見たレンの顔はみるみる真っ赤になる。
「余計な事言うなよ。星羅、今のは気にしないでいいから。あ、そうだ!星羅達の世界では、学校で何を学ぶの?」
「お!話逸らしたな」
声を殺して笑うエイトの脇腹を、レンが肘でつついてやり返した。
「えっと、いろいろ学ぶよ。歴史、社会、数学、科学、国語に英語…。とにかくいろいろ。私たちはたくさんの科目の基礎を学んでるの。もっと専門的なことは、大学ってところで学ぶのよ」
「へえ。俺たちとはちょっと違うんだな」
その後もお互いの世界についての話で盛り上がる3人だった。




