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第5章 星羅と2人の魔法使い

第5章 星羅と2人の魔法使い


「星羅、頑張れ!走れ!」

 球技大会を一週間後に控え、練習にも益々力が入る中、星羅は愛理の応援を聞きながら走っていた。全速力で走ってなんとか一塁へ到着する。アウトにならなかった安心感から息を吐き出したが、油断はできない。次の打者が今まさに、ボールを空高く打ったところだ。

「行けぇ!!走って!!」

 みている側は練習であるにも関わらず全力で応援している。本番はもっとすごいことになりそうだと思いながら星羅はとにかく足を動かした。


 徐々に日が長くなっているとはいえ、練習が終わる頃には空は茜色に代わり、月がほんの少し色づき始めていた。

「あと少しで球技大会だね、せっかくだから優勝したいな」

「そうだね。愛理の出るバレーの方はどう?チームワークはバッチリ?」

 どうかなあと愛理は首を傾げた。愛理のツインテールがそれに合わせて動く。

「バレー経験者の子が3人いるんだけどさ、その子達がけっこうきつくてさ。未経験の子達にも自分たちと同じものを求めてくるというか、自分たちがカバーしようとか、そういうのはないんだよね。だから、未経験の子達が失敗するのを怖がってて。チームワークは最悪かな」

「未経験の子達って、愛理も未経験だよね。愛理は大丈夫なの?嫌なこととか言われてない?」

「私はあんまり言われないな。失敗しないわけじゃないけど、私には言いにくいのかもしれない。練習始まって最初の頃に、経験者のあなた達と同じものを求められても困るって言っちゃたんだよね」

 愛理は舌を出しておどけてみせた。

「それから何か嫌なこととかされてないの?ほら・・・・、女子ってそういうところあるでしょ」

「ないよ。むしろ、私は自分の意見をはっきり言っちゃう人間だからその子達には少し怖がられてるというか、めんどくさがられてるみたい」

 友人が嫌がらせを受けていないことがわかりひとまず安心した星羅。

「愛理、何か嫌なことあったら言ってね。私ができることは限られてるけど、それでも愛理の力になれることはあると思うから」

「ありがとう。星羅もね。星羅のチームも、気の強い女子多いでしょ?星羅、みんなのこと気にして自分の意見言わなかったり、すぐに我慢するから、これでも心配してるんだよ。気の強い子達に自分の意見言うの怖いかもしれないけど、私に愚痴ることくらいはちゃんとしてね。あ、私むこうのバス停から乗るからまたね」

 愛理が手を振って駆け出す。

「愛理、ありがとう!また明日ね!」

 自分から離れていく背中にむかって星羅も手を振って見送った。


 家に帰り、いつもどおりの夜を過ごす。一人でご飯を作り、食べ、片付ける。テレビは観るわけでもなく、声を聞きたいがためにつけっぱなしのまま。

 食器棚に茶碗を戻そうとした時、それが星羅の手からするりと滑り落ちた。

 ガチャン!と食器の割れる音がし、星羅は慌てて割れた欠片を拾い集める。

「そんな・・・・、大切にしてたのに・・どうしよう」

 幸い足の上には落ちず欠片も当たらなかったが、動揺した状態で食器に手を伸ばしたため思いっきり指を切ってしまった。右手の人差指から血が流れてくるのを見て、星羅はますます慌ててしまった。

「どうしよう・・・・落ち着かなきゃ」

 目をつぶり深呼吸をする。


~そうだ、あの夢でみた風の精を思い出すんだ。あの時のあの清々しい感じを思い出して落ち着かなきゃ~


 もう一度深呼吸をした時だった。突然まばゆい光が辺りを包むのを感じ、星羅は開きかけていた目をまたすぐに閉じた。

「どうして?なんなの?」

 これまでなら、夢現の中でみる光だった。それはあくまで夢であり、しっかり目が冷めているときには決してみることのない光のはずだ。だが、今星羅はその光に包まれていた。



「レン、少し休憩しよう」

 エイトとレンは額から流れる汗を拭いながら、広場の手頃な岩に腰かけた。2人は戦闘魔法の練習中なのだ。実際に使うことはほとんどなさそうなものばかりだが、基礎となる戦闘魔法の習得は学校で義務付けられた教科である。今日は学校が午前中までだったので、午後から2人で練習をしていた。

「はい、母さんが持って行けってくれたんだ。バタークッキーだけど食べる?甘いの好きだろ」

 レンはエイトにクッキーを一枚差し出した。エイトはそれを受けとり、一口かじる。

「うまい。レンのお母さんが焼いたんだろ?」

「うん」

 レンも紙袋からクッキーを取り出し一口かじった。一口かじっただけで、バターがじゅわりと口の中に溶け出した。

「お礼伝えといて」

 エイトが残りを一口で平らげながら言う。彼はレンの母親が作るお菓子が好きなのだ。甘いものが好きということもあるが、レンの母親の作るお菓子を食べるとなぜだかほっとするのだ。それとちょっぴり切なくなるときもあった。


~たぶん、こういうのを愛情のこもったお菓子っていうんだろうな~


 口にはしないがエイトは本気でそう思っていた。自分の母親が自分を愛していないとは思わないが、彼の母親は自分のために甘いお菓子を作ってくれることはなかった。むしろ、祖父と父が甘いものを嫌うので絶対に作らなかった。

「よしレン、これ食べたら練習再開するぞ」

 そう言ってエイトがクッキーをもう一枚口にいれた時だった。今まで見たこともないようなまばゆい光が突然辺りを包んだのだ。その眩しさに目が開けていられないような明るさだ。

「エイト!この光だよ!星羅がくるよ」

 エイトの耳にレンの興奮した声が聞こえた。光が収まり、エイトがゆっくり目を開けたときには隣にレンはいなかった。

「星羅!!」

 いつの間にか、数メートル離れた場所に1人の少女がポツンと立っていた。レンはその子めがけて走っていく。エイトも慌ててそれを追った。


~あの子が星羅~


 星羅はエイトが想像していたよりも背が小さかった。150センチくらいの小柄な少女で、髪をハーフアップにしている。少女は事態を飲み込めていないかのように呆然としていた。

「星羅、その指どうしたの?」

 レンの驚いた声にエイトはハッと我に返った。レンのみる方を確認すると、星羅の指から血がポタポタと垂れている。

「茶碗、お気に入りだったのに割っちゃって・・・・。それで怪我したの。ねえ、それよりもどうして私ここにいるの?私、寝ていないかったのにどうして夢の中にいるの?」

 星羅は困惑した表情でレンに訴えている。

「今日は寝ていなかったのにここに来れたの?」

 レンも驚いた様子だが、すぐに冷静になって星羅の傷ついている手をとった。

「お気に入りの茶碗を割ったショックと、血がたくさん出たショックで星羅は気絶しちゃったのかもね」

 レンが優しく笑いかけると星羅の困惑した表情も少し柔らかくなった。

「今手当するからね」

 星羅の手をとっているのとは反対の手を彼女の手の平にそっとかぶせたまま、レンは柔らかい口調で癒やしの呪文を唱えた。一瞬だけ黄緑色の柔らかい光が2人の手の平を包んで消えた。

「はい、これで治ったよ」

 星羅は傷一つなくなった手をまじまじと見ながら礼を言った。それからようやくそこにいたエイトに気が付き、驚いたような表情をした後に顔を赤くした。

「ああ、紹介が遅れてごめんね。星羅、彼はエイト。僕の親友だよ」

 エイトが軽く頭を下げたのをみて、星羅もお辞儀を返した。

「星 星羅です」


~またレンに会えた。レンの親友もいる。夢なのにこんなにリアルに近いなんて不思議~


 それに、と星羅は思う。


~さっき怪我した指から血が出てた。それもリアルすぎる・・・・。これって本当に夢・・なの?~


 そんな疑問が頭に浮かんだ時、レンが星羅の名を呼んだ。

「クッキーがあるんだ。食べる?」

「食べる」

 レンの後について岩の上に腰掛ける。

 星羅の横にレン、レンの横にエイトが座った。レンが紙袋から一枚クッキーを取り出し星羅に渡す。エイトにも一枚渡し、レン自身も一枚口に入れた。

「美味しい!バターの味がする」

「でしょ。僕の母さんが焼いたクッキーなんだ」

 星羅は不思議そうに首を傾げレンに「何人家族なの?」と問う。

「4人だよ、12歳の妹がいるんだ。夢の中の人なのに家族がいるのが不思議だって顔してるね」

 レンがそう言って笑うので、星羅は図星とばかりに顔を赤くする。

「エイトにもちゃんと家族がいるよ、ね?エイト」

 エイトは数秒黙った後、「ああ」と短く言った。

「あの、エイトさん・・・・」

 星羅が恐る恐るエイトに声をかける。

「何?」

 エイト自身は強く言ったつもりはないのだが、星羅にはきつく聞こえたようで小さな体をレンの陰に隠すようにさらにちいさくなってしまった。

「あの・・・・、私、何か気に障ることしましたか?さっきから怒ってるような顔してるから・・・・」

 これにはエイトもいささかショックを受け、レンは吹き出して笑いだした。笑うレンを見ながら星羅が困惑したように、レンとエイトを交互にみる。

「えっと・・・・、俺、あんまり愛想はよくないほうだから。別に怒ってるわけじゃないから気にしなくていい」

 参ったというように額に手を当てて、エイトが弁解する間もレンは笑っていた。

「レン、笑いすぎだ」

「ごめんごめん。だって、君にそんなことを面と向かって言う人初めてだからさ。星羅、エイトが言ったとおり、彼はいつもこんな感じだよ。でもね、本当はすごく優しいし、怒ったような顔してても甘いものが好きなんだよ」

「そうなんですね、よかった。私、何か怒らせちゃったのかと思った」

 星羅の顔に安堵の笑みが広がる。

「さっき茶碗を割ったって言っていたけれど、動揺するほどに大事な茶碗だったのか?」

なるべく優しく、なるべく柔らかい口調を心がけながら、エイトは星羅に問う。

「はい……。私、母子家庭でほとんどお母さんと一緒にいられることないんです。でも、一度だけ遊びに連れてってくれたことがあって、その時に2人で買ったものなんです」

「それはショックだったね」

「星羅は昔から動揺すると、こういう現実みたいな夢を見てたのか?」

星羅は首を横に振った。

「こういうリアルな夢を見るようになったのはつい最近です。それに今日は寝ていたわけじゃないわ。レンの言う通り気絶したんだと思うれけど……。気絶して夢の中に来るのも初めてです」

それを聞いたエイトは何か考えるように黙ってしまった。

「私、そろそろ起きなくちゃいけないんだけど。まだ明日の学校の準備もしてないし、割った茶碗もそのままのはずだわ」

星羅はそう言って立ち上がった。

「待って、星羅!帰り方わかるの?」

慌てたようにレンは星羅の腕を掴んだ。

「わからない。これまでは、夢から覚めるきっかけがあったから起きれたの。でも、今日はなんだか自力で夢から覚めることができる気がする」

レンが不安そうな表情でエイトを見た。その目は、本当に星羅をこのまま帰しても大丈夫なのか?と問いかけている。

エイト自身も本当に星羅をこのまま帰して良いものかどうかわからなかった。まだ自分の力をうまくコントロールできない彼女が、きちんと自分の元いた場所に戻れる保証は彼にもない。

「レン、何か星羅に渡せるものある?」

「え?」

「何でもいい。星羅がきちんと自分の場所に帰れる確率を上げるために、こっちの世界と星羅の世界を繋ぐ媒介が欲しい。そうすれば、星羅もまっすぐ帰れる保証が高くなる…と思う」

最後の方は自信がない言い方になってしまった。

「これでもいい?」

レンは自分の腕につけていた革紐のブレスレットをエイトに見せた。十分だ、とエイトが頷く。

「星羅、腕を出して」

星羅の差し出した手首に、レンは自分のブレスレットを巻いていく。それは、レンの瞳と同じ淡褐色のブレスレットだった。

「星羅」

自分の名を呼ばれ、ブレスレットから顔を上げると真剣な目をしたレンと目があった。

「君が次に目を覚ました時、もしかしたら僕達のことを怖いと思うかもしれない。もう二度とここには来たくないと思うかもしれない。でもね、僕は君を待ってるよ。また星羅に会いたいから、ここで待ってるよ」

レンが何を言っているのか、星羅にはよくわからなかった。

「さあ、気をつけて帰るんだ」

さっきまでの真剣な表情は消え、いつもの笑顔をみせながらレンは軽く星羅の背中を押した。

「星羅、自分の帰りたい場所を強くイメージするんだ。他のことは考えなくていい」

エイトの助言に頷きながら、星羅はぎゅっと目を閉じた。そして言われた通りに、自分の帰りたい場所を頭の中に思い浮かべる。


〜食器棚の前、キッチンの食器棚の前。リビングではテレビがついてて、白い壁が蛍光の光を受けて部屋全体を明るく見せてるの。私の家…帰りたい〜


ふと目の前が明るくなるのを感じた星羅は、さらに強く自分の家をイメージした。そうすれば確実に目が覚める、そんな感じがしたのだ。


星羅が目を開けると、そこは見慣れたキッチンだった。食器棚の前に倒れていたようだ。慌てて起き上がると、割れた茶碗の欠けらが床に転がっている。

「やっぱり気絶して夢みてたんだ」

茶碗を片付けるために右手を前に出すと何か違和感を感じ、星羅は動きを止めた。


〜待って…傷は?〜


右手の人差し指をまじまじと見つめるが、怪我をしたはずの場所には切り傷はおろか、その跡すら残っていない。

「まさかそんな!」

今度は左手の手首を確認する。そこには、淡褐色の革紐で作られたブレスレットがしてあった。

「嘘…なんで?だって、あれは夢なのに…」

そして、夢から覚める前にレンが言っていた言葉を思い出した。


『君が次に目を覚ました時、もしかしたら僕達のことを怖いと思うかもしれない。もう二度とここには来たくないと思うかもしれない。でもね、僕は君を待ってるよ。また星羅に会いたいから、ここで待ってるよ』


言われた時はその意味がわからなかったが、今なら何となくわかる。

「レン達は本当に生きてるんだ。きっとここじゃないどこか別の場所の人だけど、ちゃんと生きてる。レンもエイトさんも、夢の中の人じゃないんだ。それに不思議な力も持ってる。傷を治したりする魔法みたいな力…」

そこで星羅ははっとした。

「私も?私も何か不思議な力を持ってるってこと?だからレン達に会えたのかな」


〜確かめなきゃ〜


星羅は左手首を力強く握りしめ、誰にともなく頷いた。



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