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第4章 レンとエイト

第4章 レンとエイト


レンは急いでコンクリート造りの森の道を走った。普段なら多少足場の悪い木々の間を歩くのだが、今は一刻も早く村に戻りたかったのだ。


〜あの子が何者なのか、記録の館にならあるかもしれない!〜


記録の館というのは、レンの村で唯一書物を保管している場所だ。とはいえ、小さな村にあるものなので保管されている書物の数はさほど多くない。村にない書物が読みたければ、国立記録の館に行くか、近隣の大きな都市に行くしかなかった。


〜とりあえず、村や国の伝説とか歴史を見てみよう…。何かわかるかもしれない〜


森を抜けると、目下には家々と畑が広がっている。これがレンの住む村だ。森は小高い丘の上にあり、村は四方を小高い丘と森に囲まれていた。

レンは木で作られた粗末な階段を一気に駆け下り、また走る。


 記録の館は村の中心から離れた北側にあり、レンが星羅と出会った森は南側に位置していた。さすがに村の端から端までを突っ走り、目的の建物前に到着したときには息も切れ切れとなっていた。

 館に入る前に息を整えようと、木製の外壁により掛かる。

「レン?そんなところで何やってる?」

 いつの間に来たのか、エイトがすぐ目の前に立っていた。息を切らして話すことができない親友に、エイトは黙って水筒を差し出す。レンはそれを喉を鳴らして一気に飲み干した。

「はああ、エイトありがとう。生き返ったみたいだ」

「レンがそんなに走るなんて珍しいね。何かあったのか?」

「えっと、いや・・・・、ちょっと調べたいことが出てきたから走ってきたんだ。それだけさ」

 エイトは黙ってレンを見つめていたが、やがて目を逸して「用があるなら入ろう」と言った。

「エ、エイトも館に何か調べに来たの?」

 ドアノブに手をかけていたエイトはレンに背を向けたまま、「そんなところかな」と答えるとそのまま中に入ってしまった。


~エイト、怒ってるよな~


 1つ溜息をつくと、レンも記録の館へと足を入れた。館の中は窓から入ってくる光しかなく、薄暗い。狭い部屋の中には所狭しと本の並べられた棚が並んでいた。ちょうど目の前の棚ではエイトが本を取り出しているところだった。

「あら、レン君。珍しいお客様ね」

 突然声をかけられ、レンはびっくりして跳ね上がる。

「ごめんなさい、驚かせるつもりはなかったの」

 入り口の左手側のカウンターに申し訳なさそうな表情の女性が立っていた。この館の管理人、メイサだ。女性にしては背が高く、長い黒髪をまとめ上げている。まだ20代だが、代々この記録の館の管理人を務める家系で、つい先月その役目を引き継いだばかりだった。

「あ、メイサさん。僕こそごめんなさい。ちょっとびっくりしちゃった」

「レン君が来るのは珍しいね。何か探しもの?」

「はい。国とか村の伝説とか歴史を調べてみようかなって・・・・。そういう本ありますか?」

「国や村の伝説、歴史・・・・。ええ、あるわよ。こっち、来て」

 メイサの後に続き、棚の間を歩いて行く。レンがみる限り、彼とエイト以外に来客はいないようだ。

「あっと、ここよ。でも、急に伝説や歴史を調べたいなんて・・・・、学校のレポート?」

「へ?あ、はい。そんなところです」

 曖昧にごまかし、メイサに礼を伝えると棚に向き直った。5段で1つの棚に、レンの探している本たちがずらりと並んでいる。

「うは~、たくさんあって何を読めばいいんだかわからないや」

 とりあえず一番初めに目についた青色の装丁の本を手に取った。入り口とは反対側の壁にはいくつか机が並んでいる。レンはエイトの隣の机に座ることにした。

 レンが隣に座ってもエイトは見向きもしない。

「エイト、何読んでるの?」

「・・・・法の番人についての歴史」

「ふーん・・・・」

 エイトの家系は法の番人と呼ばれる家だ。法の番人は、どんなに小さな村にも必ず存在しており、名前の通り法を見張る者である。

 例えば、何か犯罪を犯したときや魔法で罪を犯したときなどに彼らは出てくる。そして、罰を言い渡すのだ。そのため、エイトは同年代からは距離を置かれる存在であった。同年代だけではない。法の番人というだけで、なんとなく近寄りがたくて深く関わろうとする人間は少なかった。

「レンは?」

「え?」

「本。何読んでるの?」

「あ。これは、村の伝説の本」

 それを聞いてエイトはやっとレンを見た。その顔は驚きと疑問を呈している。

「さっきメイサさんにも不思議がられたよ」

 レンは頭を掻きながら笑った。

「伝説の何を調べたいかによって・・・・」

 エイトはまた自分の本に顔を戻してから静かな口調で話す。

「ある程度読む本を絞っていかないと大変だよ。いつまでに調べたいのか知らないけれど、当てずっぽうで読んでても自分が苦労するだけだ」

 それはレンへのアドバイスだ。

「ありがとう・・・・」

 エイトは自分に対して怒っているはずなのに、それでもできる範囲で力を貸そうとしてくれる親友の優しさにレンは胸がいっぱいになった。

 エイトの助言通り、レンは自分の知りたい情報が載っていそうな本を選んできては、ペラペラとページをめくってみるのだが、それらしい言葉は目につかない。

「やっぱりないのかな」

 無意識のうちに呟いていたようだ。エイトがチラリとレンをみる。

「知りたいこと、みつからないのか?」

「うん・・・・」

 レンはそっと本を閉じた。目の前の窓から入ってくる日の光が、だいぶ傾いてきて本を読むのにも暗くなっていた。


~エイトなら何か知ってるかな~


 次期法の番人となるエイトはそのための知識や技術を日々学んでいる。もちろん、レンなんかよりもずっと多くの本を読み、知識を持っていることは明らかだ。レンは覚悟を決める。

「エイト」

「なに?」

「話があるんだ」


 レンとエイトはメイサに挨拶をすると表へ出た。空は少し茜色に染まって、昼間の青空とは違う美しさがあった。

「話ってなに?」

「うん。できれば誰もいない場所で話がしたいんだ」

 エイトは眉をひそめたが、「それなら森の中の広場が一番だ」と言った。

「そうだよね・・・・、だけど今から行くにはさすがに遅すぎる・・・・。そうだ!僕の部屋で話そう。家族はいるけど、外で話すよりはずっといい。ついでに、晩御飯も一緒に食べていきなよ。母さんも喜ぶよ」


 レンの言ったとおり、彼の母親は息子の親友を大歓迎してくれた。母親だけでなく、レンの父親もエイトが遊びに来たことを喜び、ララは飛び跳ねるほどだった。

「ごめんな、みんなうるさくて。ほら、エイトが家にくるのは久しぶりだったからみんな嬉しいんだ」

 自分の部屋にエイトを通しながらレンは苦笑いした。

「いや・・・・、俺が来てもあんな風に喜んでくれるのはレンの家族ぐらいだから。それに、こんなに明るいレンの家が羨ましい」

 エイトは静かに、少し悲しげに笑ってみせた。エイトの家は、厳格な父と祖父、そして黙って夫に従う母親の4人家族だ。エイトの家には常に言葉にできないような緊張感があり、レンも何度も行ったことがあるがその雰囲気にはなかなか慣れなかった。

「それで、話ってなに?」

「うん、知っていたら教えてほしいんだけど・・」

 レンは自分の知りたいことを伝えるために、星羅のことをすべて話した。エイトは表情を変えることもせず、黙って親友の話を聞いていた。

「光と一緒に現れて消える少女・・・・か」

「うん。何か知ってる?」

 エイトは数秒黙って何か思案していたが、やがてレンに顔を向け頷いた。

「たしか、以前読んだ本にも似たようなことが載っていたんだ。そこで書かれていたのは異世界から来る少年の話だったけど。たしかに、レンが体験したことと同じようなことが以前にもこの村で起きている」

「ほんとうに!?不思議な体験をしたのは僕だけじゃないんだね」

 レンは、これで何かわかる!という喜びもあったが、自分だけの経験ではなかったのかと少しがっかりもした。

「うん。とはいっても、かなり昔のことだ。実際にそれを見聞きした人間ははるか昔に死んでるさ。ただ、先月街で集まりがあった時にも少し似た話を聞いた」

 エイトの言う「街での集まり」とは、近隣の法の番人が集まって近況などを報告し合う集まりのことだ。これまでは現在この村の法の番人であるエイトの父親だけが参加していたが、18歳になったエイトも今から仕事を知るためにという理由で初めて参加したのだ。

「どんな話?」

 予想外の言葉にレンは急に緊張した。

「その集まりがあった街はここから一番近いエリザという街なんだけど、そこで一年くらい前に異世界から来た男がいるらしい」

「一年前!!ってことは、その異世界からきた男の人と会った人がいるんだね」

 これは驚きだった。驚きすぎて声が大きくなり、エイトに静かにしろと口を塞がれたほどだ。

「集まりの中で出た話はしてはいけないんだ。いいか、絶対に誰にも話すな。俺は、お前だから話すんだからな」

 エイトが強い口調で言った。法の番人が、決まりを破ることは本来あってはならないことだ。だが、たった1人の親友のために彼は自ら、その決まりを破ったのだ。

「わかった、絶対に誰にも話さない」

 レンも親友の思いに答えるように力強く誓った。

「その異世界から来た男っていうのは、どうもエリザの街に住んでいるようなんだ」

「住んでるだって?」

 今度は驚きながらも小声で聞き返す。

「ああ。そいつは、自らこの世界で生きることを望んだみたいだ。元いた世界が嫌だとか、なんだとかでこっちの世界に暮らしてるらしい。しかも・・・・」

 エイトは一度大きく息を吐いた。

「魔法が・・・・使えるみたいだ。本来、その男の住んでいる世界に魔法は存在しない。だけど、男はなぜかこの世界に来てしまい、自分の持っていた力に気がついたんだ。これは、その集まりで大人たちが言っていたことだけど、その男がここに来れたのも魔法が使えたからだろうって。無意識のうちに、何かがきっかけでここにつながる道を自分で創ってしまったのだろうって言ってた」

 エイトの言っていることはレンの想像を超えた話だった。自分の世界とは違う世界が、魔法のない世界が存在し、しかもその世界から来た人間が今この世界で暮らしている。

「星羅も・・・・、星羅もその人と同じ世界から来たのかな?」

「わからない。ただ、その子がここに来たことを『夢』だと言っていたならば、その子の世界ではありえないことが自分に起きていたってことだと思う。たぶん、魔法とかそういったものはない世界なんだ」

「でも、星羅はここに来た。エイトが聞いた話から考えれば、星羅も魔法を使えるけれど、まだその自分に気がついていない」

 エイトが同意の意味で頷く。その時、階下から晩御飯を知らせるララの声が響いた。

「その子に俺も会ってみたい。それからレン」

 レンの腕を突然エイトが力強く掴んだ。あまりの強さにレンが思わず顔をしかめたが、本人はそんなこと気づいていないようだ。

「いいか、絶対にその子のことを話すな」

 なぜ?と問いかけたが、エイトの必死の表情に圧倒されレンは何も言わずに頷くのだった。


 

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