第3章 夢と魔法使い
第3章 夢と魔法使い
レンはいつも通り森の中を歩いていた。舗装された道ではなく、少し足場の悪い木々の間を通るのが彼の決まりだ。
天気がよく、鳥のさえずりと木の葉が風に揺れる音を聞きながら歩いていると、突然周囲が明るくなった。その光が眩しくて思わず目をつぶる。
〜なんなんだ!〜
「なんなのよ、これ…」
ふいに聞こえた声にレンは目を開けた。いつの間にか、あのまばゆい光は消えており、代わりに少し離れた場所には少女が立っていた。
少女は驚いたような表情で周囲を見渡しているが、木々の間に隠れるようにして立っているレンに気がついていない。レンはそのまま少女の様子を伺うことにした。
〜あれはどこの民族衣装だ?しかも…はだし?〜
少女は膝丈くらいの黄色い洋服と、下にはグレーのズボンを履いている。ずいぶんとゆったりした洋服だ。
少女はまるで夢でもみているかのような表情で、ゆっくりと歩く。ふと、彼女が空を仰いだ。眩しそうに目をつむっている。
「きれいだ…」
思わず呟いていた。ハッとして慌てて口を抑える。
〜な、何言ってるんだ〜
少女に気づかれたのではないかと不安になったが、どうやら彼女は気づいていない様子だ。と、その時また周囲がまばゆい光に包まれ、レンは目を閉じる。
〜またこの光!あの子は?〜
少女の様子を確認したくて、目を開けたが周囲は光に包まれて何も見えない。もちろん、少女の姿もだ。
そして、その光は突然消えた。光が消えたあと、少女の姿も消えていたのだった。
「レン!危ない!」
エイトの声にレンはハッとして顔を上げたが、時すでに遅し。彼は垂れ下がっていた木の枝に顔をしたたかに打ち付けた。
あまりの痛さに声も出ないまま、その場にうずくまる。
「おい、大丈夫か?ほら、顔あげて」
エイトがすぐに駆けつけ、親友の傷の具合を確認する。
幸い額が赤くなっている以外に怪我はしていなかった。
「たんこぶだけで済んで良かったな。レン、最近上の空だけど何かあったのか?ララも心配してたぞ」
ララはレンの妹だ。今年12歳になったが、レンからすれば大人びたところのある妹だ。
「ごめん、何でもないんだ。ララが僕のこと心配するのはいつものことだよ。今に始まったことじゃない」
親友の手を借り立ち上がる。
「それにしても痛いや。たんこぶだけで済んでるのが嘘みたいだ」
「じゃあ自分で確認してみるか?」
「…いい」
2人は森の中にいた。これから魔法の訓練をしようと森を抜けたところにある広場に向かおうとしていたのだ。
「レンが何も言いたくないなら無理して言わなくていいけど…。何かあったら話聞くからな」
エイトはそう言って先を歩き出す。その背中を見ながらレンは自分が酷いことをしているように感じた。
レンが不思議な少女を見てから数日が経った。彼はそれ以降も少女のことが気になって同じ場所で待っていたが、彼女が姿をみせることはなかった。考えないようにしようとしても、少女のことを考えてしまい、結果上の空状態が続いている。
別にやましい事があるわけではないが、まばゆい光と共に現れ、消えた少女のことを誰にも話したくなかった。そんな事を言えば馬鹿にされるかもしれない、心配されるかもしれないというのもある。が、それよりも自分だけの秘密にしておきたいという気持ちの方が大きい。まるで、幼子が自分だけの秘密の隠れ家を見つけた時のような気持ちだ。
「レン、早くしろ!置いてくぞ」
我に返ったレンは、エイトの後を黙って追った。
〜もう一度あの夢をみたい〜
星羅はあの、夢とは思えないような夢をみてからというもの、そう願わない日がない。だが、どんなに強く願ってもあの夢をみることができないまま何日も過ぎていた。
自分以外誰もいない部屋のソファに横になりながら星羅はぼんやりと天井を眺めている。テレビもつけていないため、部屋はほとんど静まり返っていた。
「もう一度・・・・」
ポツリと呟き、何をするわけでもなく天井に手を伸ばす。
「もう一度・・・・。お願い」
言いようのない孤独を感じ、星羅はきつく目をとじ膝を抱いた。
~もう一度、あの夢がみたい。あの穏やかな時間をもう一度感じたい~
そのままの状態でどれくらい時間が経ったのだろうか。星羅はいつの間にかうとうとしていた。
~ああ、この感じ・・・・。この夢か現実かわからないこの感じ~
心地の良い時間が流れる。そして、
~この光!!~
目をあけることもできないようなまばゆい光が星羅を包んだ。
~またあの夢をみられるわ!~
光が消え、星羅が期待に胸を膨らませながら目をあけると、目の前には明るい森が広がっていた。
「ああ!この夢よ」
胸いっぱいに空気を吸い込む。澄んでいるけれど温かい空気が胸いっぱいに入ってきた。一歩足を踏み出して星羅は違和感を感じた。
「私、スリッパ履いてる」
足元には星羅が自宅で履いているスリッパ、洋服は紺地に花が散りばめられたワンピースだ。星羅がソファの上で眠ったときと同じ格好だった。
「本当にリアルな夢ね」
ポキッ
突然聞こえた小枝を踏みしめる音に星羅は身を固くした。
「あの!・・・・驚かせてごめん」
レンは諦め半分、期待半分の気持ちでいつもの場所に向かっていた。もしかしたら今日こそは、またあの少女に会えるかもしれないと期待を抱きつつ、そんな自分をたしなめるように、これだけ待っても会えないのだからもう無理だと思う自分がいる。
「今日だめだったら、諦めるんだ。わかってるな、レン。今日が最後、これが最後だ」
自分に向けて言い聞かせながら、森の中を歩いて行く。そろそろ、少女を初めて見た場所だ。今のところ、少女が現れたときにみた光はない。
~やっぱり・・・・だめか~
ふ、と息を吐いた時だった。あのまばゆい光が急にあたりを白く包み込んだ。
「この光!」
眩しさに目をつぶりながら、この目を開いたときにはあの少女がいるだろうという期待に胸が高鳴る。
「ああ!この夢よ」
少女の声が聞こえ、レンは慌てて目をあけた。少し離れた場所に、あの少女が立っている。
~会えた!やっと会えた~
喜びに高鳴る胸を落ち着けながら、そっと彼女の様子を伺う。今日の彼女は、紺地に花柄のワンピースと、かかとのない履きものを履いていた。
「私、スリッパ履いてる」
少女は驚いたように自分の足元をみて言った。どうやら、あの履きものはスリッパというようだ。少女に気が付かれないように、少しずつその距離を縮めて行く。
「本当にリアルな夢ね」
~え?夢?~
ポキッ
足元で小枝が鳴った。少女が驚いて身を固くしたのが分かる。
「あの・・・・。驚かせてごめん」
慌てた様子で飛び出してきたレンに、少女が目を丸くした。
「えっと、あの、驚かないで」
今にも逃げ出しそうな雰囲気の少女を安心させようと、レンは慌てた。が、少女はすぐにその緊張をほどきクスクス笑う。
「え、あの、僕何かおかしなこと言った?」
少女の予想外の反応に戸惑ってしまうレン。
「ううん、違うの」
少女が今度はニッコリと笑う。
「ごめんなさい。なんだかおかしくって。夢の中なのに、あなたひどく慌てて、現実の人みたいなんだもん」
~この子、僕のこと夢だと思ってるんだ。この子は一体何者?~
とりあえず今はその話に合わせることにしよう、とレンは思う。とにかく今は彼女に会えた喜びと、笑ってくれていることの嬉しさで胸が一杯だった。
「じゃあ、夢の中で君の名前を聞いたら笑われるかな?」
「いいえ、元々この夢はリアルだもの。あなたが、まるで初対面の人にするようなことをしたって不思議じゃない。私は、星羅。星 星羅。ねえ、あなたも名前はあるの?」
「星羅か、とっても綺麗な名前だね。僕はレン、よろしく、星羅」
「よろしく、レン」
レンの差し出した手を星羅の柔らかい手が握る。
「うわあ、握った感触までリアル・・・・」
握手を解くと、星羅は自分の手のひらをを見つめながら呟いた。
「不思議な・・・・、不思議な夢だね」
レンは目の前の少女に優しく笑いかけた。少女もそれに答えて笑う。
「ねえ、せっかくなんだ。少し話さない?」
「私、男の人にそんなこと言われるの初めて」
「僕も女の子にこんなこと言ったの初めてだよ」
レンの言ったことは嘘ではない。彼は、あまり積極的に人と関わるタイプではない。まして女の子に自分から話しかけることなんてほとんどなかった。
~星羅が夢だと思ってるから、なんだか僕大胆だな~
2人は森を抜けた広場でに手頃な岩に腰掛けた。柔らかい日差しがとても心地よくて、星羅は深く息を吐き出した。
「どうしたの?」
「気持ちが良くてさ。私、少し前にも同じ夢をみてね、それからずっとまたこの夢をみたいって思っていたの」
「どうしてここに、えっと、この夢をみたかったの?」
~危ない、『どうしてここに来たかったの?』って聞くところだった~
「とっても穏やかな気持ちになれたからよ」
星羅はそう言って悲しげに笑った。
「現実の世界では、私、こんな穏やかな気持ちになることなんてほとんどないの。いつもモヤモヤしてて、何だか苦しいの」
「どうしてモヤモヤするの?」
レンの問いかけに少女は首を振った。わからない、の意だ。
〜笑顔、消えちゃった・・・・〜
星羅の横顔を見ながら少年は、自分が今できる事を考えた。
「そうだ!」
「な、なに?」
急に立ち上がったレンを星羅は驚いたように見る。
「星羅が元気になる魔法をみせてあげる」
「魔法?」
「うん!みてて」
レンはそのまま数歩下がったところで立ち止まった。
~夢ってすごい。何でもできるのね~
好奇心と感心に目を輝かせる星羅の耳に、レンの柔らかい声が響く。
「風よ、その姿をかえ現れよ」
その言葉が終わると同時に、星羅の周りをそよ風が吹いていく。不思議なことに、その風は吹き去ることなく星羅の周りをくるくると周るように吹いている。
「すごい、何これ」
その風は徐々にひとかたまりになって、星羅の目の前で美しい女性の姿になった。
「うわあ・・・・」
その女性は色を持っておらず、向こう側が透けてみえる。まるで、本の中に出てくる精霊のようだと星羅は思った。
「風の精・・・・ね」
風の精は軽く笑うと、ゆっくりと星羅の頬に手を伸ばし優しくなで上げる。
~ああ・・・・~
体の中を優しい風が吹き抜けたような感覚になる。胸に溜まっているものも何もかも、今この瞬間に吹き飛んでしまったかのような清々しい感覚。
風の精と目が合うと、彼女はにっこり笑って星羅の周りを一周りして飛び去った。
「星羅・・・・」
黙ったままの星羅にレンが声をかけた。
「レン・・・・。すごい、すごいわ!!」
今目にしたことを実感し始めたのか、星羅は徐々に興奮していく。
「今のは何?私、私、びっくりしたわ。でも、すごく綺麗だったの。それに、何て言うのかな、身体の中を風が吹いていくような感じがして、なんだか・・・・・、なんだか気持ちが軽くなったの」
いつの間にか星羅は立ち上がり、身振り手振りで感動を表現していた。あまりにも興奮している星羅の姿に、レンは思わずクスリと笑った。
「元気が出たみたいだね」
「あ・・・・・」
自分がひどく興奮していたことに気が付き、星羅の頬が赤く染まる。
「えっと、うん。ありがとう。夢の中で元気をもらうなんて思ってもなかった」
「元気が出たならよかった。僕で良ければ、いつでも話を聞くし、力になるよ」
「ありがとう」
~『星羅、星羅』~
誰かが星羅を呼ぶ声が遠くから聞こえてくる。
「あ・・・・、誰か呼んでる」
星羅が遠くを見渡しながら、声の主が誰なのか思い出そうと眉をひそめる。
「星羅?大丈夫?」
レンには星羅を呼ぶ誰かの声は聞こえなかった。
~星羅の世界で誰かが呼んでいるってことか?~
「お母さん・・・・、お母さんの声だ」
星羅がハッとすると同時に、彼女をまばゆい光が包んだ。
「星羅!!」
レンは慌てて彼女の腕を取ろうとしたが、その眩しさで星羅は見えず、自分も目を開けることができなかった。
光が収まってから目をあけると、先程まで目の前にいた少女は姿を消していたのだった。
「星羅、起きなさい。星羅!」
星羅が目を開けると、そこはリビングのソファの上で母親が必死に彼女の肩を揺さぶっているところだった。
「ん・・・・、お母さん?」
星羅が起き上がるのを、母親の菜月がほっとしたような表情で見ていた。
「よかった、星羅。あなた、声をかけても全然起きないから・・・・。びっくりした」
菜月は深く息を吐いて微笑んだ。
「ごめん、すっかり寝てたみたい。帰ってたんだね、お疲れ様」
「ええ、少し寝たらまた出勤だけどね。ほら、星羅。あなたも寝る準備をしなさい。こんなところで寝たら風邪引くよ」
母にわかったと、頷いてみせる。
~夢・・・・みれた。すごく素敵な夢・・・・~
星羅はそっと胸に手を当てた。夢の中で感じた清々しい感覚が残っているのを感じ、星羅は自然と微笑むのだった。




