第29章 父と子
第29章 父と子
いつものように星羅はマジック・ワールドへとたどり着いた。だが、
「どういうことだ!?」
そこでは聞いたことのない声が星羅たちを待ち受けていた。
「父さん・・・・」
星羅の後ろで、エイトの驚いたような声が聞こえてきた。まだ夜の明けきっていない広場には、エイトとレンの両親が待っていたのだ。そして、
「お兄ちゃん、エイ兄、星羅さん!!」
大人たちの後ろからララが飛び出してきた。母親の制止を振り切り、星羅に抱きついてきた少女は震えていた。
「エイト、これはどういうことだ」
厳しい顔つきの男性、エイトの父親であり、現・法の番人である男が詰問口調で尋ねた。あまりの口調の強さに星羅は思わず身体を固くしたが、エイトは父親をまっすぐ見据えたまま彼女の前に進み出た。
そして、星羅のこと、ナオトのこと、今日起きたことを淡々と述べていく。彼の話を聞くうちに、エイトの父親を含めた大人たちの顔が強張っていった。エイトの父親の後ろに立つ気弱そうな小柄な女性、エイトの母親は、息子の話を聞くうちに泣き出してしまい、それをレンの母親になだめられる始末だ。
「馬鹿者!!!」
全て話し終えたエイトの頬を、彼の父親が勢いよく打った。その衝撃にエイトは数歩よろめいたが、すぐに姿勢を戻すとまた父親をまっすぐに見据える。その姿が気に入らないのか、父親はもう一度腕を振り上げた。だが、
「レン!!!」
次に頬を打たれたのは、エイトの前に飛び出したレンだった。驚いたエイトが声をあげたが、レンは打たれたことは気にせずに大人たちに向き直った。
「今回のことはエイトだけの責任ではありません。僕の責任でもあります。だから、エイトだけを責めないでください。お願いします」
深々と頭を下げたレンに1人の男性が近寄ってきた。レンの父親だ。温厚そうな顔立ちが、今は息子を咎める険しい顔つきになっている。
「レン」
自分の目の前で立ち止まった父親の足元から顔をあげたレンの頬を、彼の父親は容赦なく打った。その姿をみたララは、星羅に抱きついたまま息を飲んで驚いている。
「レン」
険しい顔とは裏腹に、静かで淡々とした声が彼を呼ぶ。
「たまたまお前の部屋を覗いたら、夜中だというのにベットにいない、書き置きもない。どれだけ心配したと思ってるんだ。まさかと思ってエイト君の家にいってみたら、君までいない。君のご両親もとても心配したんだぞ」
それを聞いてエイトはやや眉を潜め俯いた。母親はともかく、父親が自分を心配するとは思えなかったのだ。
「お互いの家にもいないとなれば、ここだろうということで探しに来てみたら丁度、お前達が現れた。レン、エイト君、ララもなぜこの事を黙っていた?星羅さん・・・・といったね。彼女が来たことをなぜ知らせなかったんだ?」
「それは・・・・、俺が黙っているように頼んだんです」
俯いていたエイトが顔をあげてそう言った。エイトの父親の顔が益々険しくなり、今にも殴りかかりそうな勢いだ。だが、それを止めたのは彼の母親だった。夫の腕にしがみつき、黙って首を振っている。息子の話を黙ってきいてほしい、彼女は無言でそれを訴えていた。普段は自分のやることに文句一つ言わない妻の予想外の行動に、エイトの父親は驚いたようだ。
「俺は、レンから星羅の話を聞いた時にずっと昔、似たような事がこの村であったことを思い出しました。本で読んだんです。異世界から少年が現れた、その少年の話と星羅はとてもよく似ていました。でも、その少年は村人から畏怖の対象として殺されています。俺は、星羅にそんな風になってほしくなかった。だから、大人たちには黙っているように頼んだんです」
誰も何も言わない中、レンの父親が口を開いた。
「エイト君、君の話はよくわかった。もしかしたら、自分が君の立場だったら君と同じことを・・・・・考えるかもしれない・・・・そう思ったよ。だけどね、何も言わなかったことで今回のようなことが起こった。危うく人が死ぬところだった、レンやエイト君にも危害が及ぶ可能性だってあった。それだけじゃない。レンやララ、エイト君が必死に守りたいと思っていた星羅さんも危険な目にあったんだ。それはわかるね」
決して感情に任せるのではなく、レンの父親は幼い子供を諭すように話した。そのせいだろうか、レンもララもエイトも素直に頷く。
「父さん、聞いてください」
エイトが改まった口調で自分の父と向き合った。彼の父も息子に向き合おうとするが、腕にしがみつている母がそれを許さなかった。またエイトのことを感情に任せて打つのではないかと心配しているのだ。その気持ちを汲み取った父親は「大丈夫だ」と言ってから妻の腕を優しく解いた。そして息子の前に立つ。エイトの父親は男性の中でも長身の方だが、息子もほとんど同じ背丈だった。そのことに初めて気がつく。
いつの間に大人になっていたんだ・・・・
「父さん」
息子に呼ばれ我に返った父親を、エイトは怯むことなく見つめると頭を下げた。予想外の行動に、父親は目を丸くしたまま何も言えずに立っている。
「今回のことで、俺は家を勘当されても仕方ないと思っています。法の番人の立場からみれば、今回俺達がやったことは間違いだらけだ。でも、ごめんなさい。俺は自分達がしたこと全てが間違っていたとは思えません。レンのお父さんの言うとおり、俺達の行動で危険な目に合わせてしまった人がいることは事実で、それは反省するべきだと思っています。きっと自分たちのとった行動以外にも選択肢があったのだろうと思います。だけど・・・・、俺は・・・・自分のとった行動を後悔していません。あなたからみたら許せないことだと思います。だから、俺の処分はあなたに任せます。だけど、最後に一つだけお願いがあります。星羅とナオトさんのことを、俺に預けてください。責任は負います、だからお願いします」
エイトの必死の言葉に、誰も何も言えなかった。勘当しないでくださいと言いそうなレンですら、今は何も言えずに親友が頭を下げているのを黙ってみていたが自分も進み出ると、エイトの横で頭を下げた。
「僕からもお願いします。それからエイトに罰があるなら、僕にも同じようにしてください。お願いします」
「お前たちは・・・・・」
少しの間の後、「好きにしなさい」とエイトの父親が呟いた。その言葉を聞いて2人が顔を上げたときには、エイトの父親はすでに背を向けたところだった。そのため、今どんな顔をしているのかはわからない。その状態のまま、彼は言葉を続ける。
「若い頃は・・・・失敗をするものだ。そこから学ぶことがたくさんある。それから、子どもの起こした責任は、時に親が負わなければいけないことがある。それが親の務めだ。お前のしたことの責任は私にある。お前が何を考え、どうしたいのか、どんな一日を過ごしてきたのか・・・・これまできちんと向き合ってやることのできなかった私の責任だ。この件で責任を負うのは私の役目だ。だから好きにしなさい。それから、日が昇るきるまでには必ず家に帰ってきなさい。レン、君もだよ」
エイトもレンも驚きで声を出せずにいると、「わかったら返事をしなさい」とエイトの父親は背を向けたまま言った。エイトの父親らしい言葉だ。
「はい!」
2人の返事が重なる。それをきいたエイトの父親はそれ以上何も言わずに広場を後にした。エイトの母親も一度だけ息子に微笑むと、すぐに夫の後を追う。
「レン、私たちも先に帰っているからな。ララを連れて帰ってきなさい」
レンの父親と母親も広場を後にする。彼らは広場を離れる前に、星羅に一度だけお辞儀をした。それがどういう意味のものなのか、星羅にはわからなかったが彼女も慌ててお辞儀を返した。




