第27章 闘い
第27章 闘い
「さあ、起きろ」
いやだ・・・・、行きたくない
そんな星羅の意思に反して身体は勝手にベッドの外へと動く。ナオトは星羅が起き上がると乱暴にその腕をひいて立ち上がらせた。
「星羅、君の母親は何時に帰ってくる?答えろ」
「7:30・・・・です」
「大丈夫だとは思うが、用心に越したことはないな」
そう言ってナオトが呪文を呟くと、星羅そっくりの人形がベッドに横たわっていた。
「こんなものだと、すぐに偽物だとわかってしまうが、ないよりはいいだろう。行くぞ」
2人は静まり返ったマンションを出ると、街灯が灯った道を歩き出した。
「ここにしよう」
ナオトが立ち止まったのは広い公園だ。いくつかのエリアに分かれており、子どもたちが遊ぶ遊具や砂場があるのは表通りに一番近い場所だが、ナオトは一番ひと目につきにくい奥のエリアで足を止めた。そこは、周囲を木々に囲まれた池のある場所で、日中は人気も多いが、深夜ともなれば誰も近寄らない。
「私もこのあたりに住んでいた頃は、ここによく来ていたものだ。ここで弟と遊んだことも何度もある。父親だったあいつともな。あいつに罰を与えるにはちょうどいい場所だ」
独り言のように呟きながら、ナオトはポケットから何かを取り出し星羅を近くに呼んだ。星羅は言われるがままに彼に近づいていく。
「この男が私の探しているやつだ」
ナオトがポケットから取り出しのは、一枚の家族写真だった。どこかに旅行に行った時のものと思われるそれには、優しそうに笑う母と父、そして楽しげに肩を組んでピースサインをしている男の子2人が写っていた。ナオトが指差しているのは、もちろん父であった。
「だいぶ前の写真だから、今はもっと歳をとっているだろうが星羅の力ならこの男を探すこともできるだろう。それにこの写真は肌身離さず持っていた私の、あの男に対する思いもだいぶこめられているはずだからな。それをもとにこの男を探し出して、ここへ連れてこい。そこから先は私がやる」
黙って写真を見つめたままの星羅に苛立ちを感じたのか、ナオトは彼女の髪を乱暴につかんで顔をあげさせた。
「星羅、失敗は許さない。さあ、やれ」
突き放すように彼女の髪を離すと、その勢いで星羅は2,3歩よろめいた。だが、昼間飲まされた薬によって彼女の意思は封じられているために、ナオトへ反抗することも、命令を拒否することもできない。
いやだ・・・・、やめて。お願い、こんな恐ろしいことをしないで・・・・・
だが、星羅は手に持った写真の男に意識をむけ、彼を探し出す呪文を唱えていた。彼女の額に汗が滲み、それがゆっくりと頬を伝って地面に落ちた。
「場所が・・・・わかりました」
平坦な声で星羅がそう告げると、ナオトは満足げに頷いてみせる。
「よくやった、ここに呼べ。それで、君の役目は終わりだ」
星羅は再び写真に向き直り、意識を写真の男に強く向けると物呼びの呪文を唱える。数秒の後、星羅の周囲が一瞬だけ明るく輝いた。次の瞬間、
「な、なんだ?いったいどういうことだ?」
ひどく困惑した男の声が星羅の耳に聞こえ、彼女は写真から顔をあげた。そこには、写真に映る男と同じ背格好の男がうろたえて立っていた。パジャマ姿で、足元は裸足。明らかに事態を飲み込めていない様子の男は、写真の中の黒髪とは違い、白髪が混じっていた。
「お願い、逃げて!」
星羅は咄嗟に叫んだが、すでに男はナオトによって吹き飛ばされた後だった。
「星羅、君の役目も終わった。ありがとう、役に立ったよ」
「ナオトさん、お願いやめて」
ナオトの腕にしがみつくようにして星羅は懇願するが、彼はそれを意に介さず彼女の腕を払った。
「言っただろう、君の役目は終わりだ。口出しはするな」
それでも何とか止めようとするが、彼女自信、先程の魔法でだいぶ力を使っていたため、何もできずにその場に力なく座り込んでしまった。
「お願い・・・・やめて・・・・」
思うように動かない自分の身体と、これから目の前で起こるであろう惨劇を想像して何もできない星羅は涙を流す。
「っ、一体これは何なんだ・・・・・」
ナオトに吹き飛ばされて気を失っていた男が目を覚ました。
「久しぶりですね。私のこと覚えてますか?」
男の目線に合わせてしゃがみこむナオト。ナオトの顔をみた男は驚いて目を丸くした。
「まさか・・・・。直人・・・・なのか」
ナオトにしがみつこうとした男の頬を、彼は容赦なく平手打ちした。男の身体が横倒しになったが、ナオトは表情ひとつ変えることはせず、ただ冷たい目でそれをみていた。
「何を・・・・するんだ。お前の母親が死んでから、急に音信不通になったとおもったら・・・・、いったいどういうことだ?お前は何をしていた」
頬を打たれた男は口の中を切ったのだろう。口の端から血が出ていたが、それでもナオトは再び男の頬を打った。
「父親ずらをするな。お前のせいであいつは死んだんだ。それなのに、お前は!女と一緒になることばっかりで、あいつの、あいつの苦しみにも気が付かなかった!そんなお前を、私は殺したいほど憎んでるんだ」
ナオトは男の腹に蹴りをいれる。
「直・・・・人、やめろ。・・・・やめてくれ」
男は倒れた状態のまま、ナオトの暴力から身を守るようにして身体を丸くしている。今にも気を失ってしまいそうだ。
「これで・・・・・終わりだ」
ナオトは冷めた口調でそう言うと、痛みに呻いている男に手をかざす。
「やめて!!」
「ナム・デ・イプソ!!」
星羅の声とナオトの呪文が唱え終わるのは同時だった。うずくまる男に青白く光を放つ呪文が飛ぶ。だが、
「クシペウス!」
ナオトの呪文がはじけ飛ぶ。
「レン!!!エイトさん!」
ナオトと彼の父親の間に立っていたのは、レンとエイトだった。ふたりとも汗びっしょりで息が上がっている。
「君たちは・・・・・・、なぜここに?」
現れるはずのなかったレンとエイトの登場に、ナオトは驚き、一瞬の隙ができた。
「ルデール!」
それを見逃さなかったレンの言葉と共に今度はナオトの身体がとび、池のフェンスにいきおいよくぶつかると、そのままズルズルと地面に崩れ落ちた。
「星羅!大丈夫か?けがは?」
座り込んでいる星羅に駆け寄ったレンに、彼女は安堵し泣きつく。
「よく頑張った。ごめん、遅くなって本当にごめん」
泣きじゃくる星羅の背中を撫でながら、レンはひたすら謝った。
今度は守るって決めたのに、また守れなかった・・・・
「君たちは?一体・・・・これは・・・・」
「話はあとです。今はとにかく、ナオトさんから離れないと・・・・」
エイトは傷だらけになったナオトの父親を助け起こすとなんとか木の陰に男をおろした。
「ナオトさんは弟さんのことで、あなたを恨んでいます。このままではあなたのことをきっと殺してしまう。だから、ここを動かないでください、いいですね」
男はエイトの言葉に何も言えず、ただただ頷いた。
「レン、星羅を・・・・」
ナオトと父親をひとまず安全な場所に置いてきたエイトは、レンに星羅を避難させるように促す。
「星羅、君は十分頑張った。今度は僕たちが頑張る番だから、君は安全な場所に避難して待ってるんだ」
星羅はレンから身体を離すと、嫌だと首を振った。
「ここから逃げましょう。レンもエイトさんも一緒に!ナオトさんと闘わないで!もうこれ以上誰かが傷つくのは見たくない」
「もちろん僕たちだって誰も傷つけたくないんだ。でもね、このままだと、ナオトさんの父親は殺されてしまう。その前に、ナオトさんを止めないといけないんだ」
「大丈夫、俺たちはナオトさんを止めに来ただけで傷つけにきたわけじゃないんだ。だから、星羅は少し待ってて」
エイトはこんな時だというのに、今まで見たこともないような柔らかい笑みを浮かべた。
「さあ星羅、立てるかい?こっちへ来るんだ」
レンが星羅に手を貸しながら助け起こし、ナオトの父親がいるのとは別の木の陰に星羅を座らせた。
「行ってくるね」
星羅を安心させるように微笑んだレンの背中を、彼女は黙って見送った。
「レン、星羅は?」
レンがエイトのもとに戻ると、ちょうど気絶していたナオトがゆっくりと起き上がっていた。
「こっちの姿が見えない場所に置いてきた」
2人はナオトに対峙した形で、いつ攻撃を受けてもいいように体制を整える。
「ねえエイト」
「なんだ?」
「これって授業の模擬戦闘とは違うけど。でも、君と一緒だと僕は絶対なんとかなるってそう思えるよ」
「奇遇だな。俺もだ」
話しながらも2人はナオトから目を離さない。それが戦闘の基本だからだ。
「ルデール!」
「クシペウス!!」
ナオトの攻撃にレンとエイトは守りで応える。
「君たちがここへ来たことは想定外だった。そこをどきなさい」
ナオトはゆっくりと2人に近づいてくる。2人はそれに合わせて、少しずつ後退した。
「俺たちはここをどきません」
「ナオトさん、こんなこともうやめてください。僕たちはあなたを傷つけたくないんだ」
「黙れ!ウェントゥス!!」
「クシペウス!」
殺気立ったナオトの言葉とともに、咄嗟にレンが守りの呪文を唱えるが間に合わず、斬りつけるような風が2人を襲った。
「ごめん、間に合わなかった」
「謝るな。レンのせいじゃない、俺たちは2人で闘ってるんだ」
「ウェントゥス!!」
再びナオトの攻撃が2人を襲う。
「クシペウス!」
今度はエイトが守りの呪文を唱えたおかげで、何とか2度めのダメージは防げたが、彼の腕からは血が滴り落ちていた。
「エイト!もしかしてさっきので?」
「まあね。これは守りだけだとやってられないな」
そう言ってエイトは唇を強く噛んだ。2人はここに来る前に、なるべくナオトを傷つけない方法で事態を収めようと話し合っていたのだ。
「エイト、攻撃は僕がやる。君は援護を頼む。君にナオトさんを攻撃させたくない」
そう言ってレンはエイトの前に進み出た。
「おい、待て。言っただろう、俺たちは2人で闘ってるんだぞ」
「わかってるよ。だから君に援護を頼むんだ。君はナオトさんをとても信頼してた。だからこんな事になって、ひどく傷ついてるだろう。もしも、エイトがナオトさんを傷つけることになったら、君は今以上に苦しむと思うんだ。僕は、そんな姿みたくない」
レンの言葉にエイトは一瞬何も言えなくなったが、すぐに
「レンは?あんたも誰かを傷つけるなんてしたくないだろう」
「そうだよ。僕だって誰かを傷つけるために魔法を使いたくない。でも、それ以上に僕は君や星羅を守りたい。そのためなら、ナオトさんと闘うこともできるんだ」
レンの背中からは断固とした意思が感じられ、こんな時だというのにナオトと闘わずにすむなら・・とかんがえてしまう自分にエイトは情けなさを感じ俯いた。
「レン・・・・、悪い・・・・・」
「謝るな。僕たちは2人で闘ってるんだろう?僕が攻撃している間、誰が僕を援護してくれるんだ?君だ。エイトはしっかり僕を援護してくれる。僕はそう信じてるからな」
「わかった。任せとけ」
エイトの言葉に力がこもった。それと同時にナオトの呪文が飛ぶ。
「アクア!!」
池の水がナオトの呪文とともに鉄砲玉のように2人に向かって飛んできた。
「ウォール!」
それに応えてエイトが呪文を唱えると、レンとエイトの間に目には見えないが壁ができ、ナオトの攻撃は2人の目の前で弾けた。
「風よ、姿を変え我に従え!」
今度はレンが、得意の風を操る呪文を唱えた。レンの周りを目にはみえないが、たしかに風がまとわりつくようにして吹いている。ナオトが唱えた単純な風を操る呪文とは違い、レンの呪文は自分の心の中で思い浮かべたとおりに風を操ることができるのだ。そして、そのイメージを保てている間は何度でも風を操ることができる。だが、それには魔力はもちろんだが、かなりの集中力もいった。その間レンの守りは手薄になるため、エイトに守りを委ねたのだ。
レンはナオトの隙をつくつもりで、そのままの状態から動かなかった。
「そこをどけろと言ってるんだ!アクア!」
「ウォール!!」
「行け!グラスプ!」
ナオトの攻撃にエイトが応え、レンはナオトが次の攻撃に移るまでの一瞬の隙を逃さずに呪文を唱える。レンに命を吹き込まれた風は、彼が思い描いたようにナオトの身体をもちあげるとしっかりと彼を風の檻の中に捉えた。
「くそ!離せ!!」
空中で思うように身体を動かせないまま、ナオトは攻撃をすることもできずにもがいている。下手に攻撃をすれば、自分を囲っている風に呪文が弾き飛ばされ、自分自身にそれが跳ね返ってくる恐れがあるのだ。
「レン、すごいぞ。そのまま維持できるか?」
「なんとか・・・・。でも、長くは持たないと思う・・・・」
「すぐに終わらせる」
それだけ言うと、エイトは何かを覚悟したような表情でナオトに近づいていく。レンは何も言わずに黙ってその背中をみていた。彼が何をしようとしているのか、それはレンにもなんとなくわかっていた。
「ナオトさん」
空中でもがき続けるナオトに静かに呼びかける。
「エイト、私の邪魔をするな。これは私の問題だ、君たちには関係ない」
ナオトの鋭い視線と強い口調にもエイトは怯まずに、風の檻に捉えられている男をまっすぐに見つめた。
「俺はあなたのことをとても信頼していました。エルザであなたと話すたびに、ナオトさんのような兄がいてくれたらよかったのに・・・何度もそう思いました。それなのに・・・・」
エイトの声が怒りで震える。
「なんで!なんでこんな事をしたんですか?星羅を利用して、自分の復讐を果たそうとするなんて間違ってる!!!俺は、あなたがそんな人だったなんて思わなかった!」
「黙れ!エイト、あんた達に何が分かる?弟を失った悲しみも、あんな父親をもったやるせなさも、あんた達にはわからないだろう?」
ナオトも怒りに任せて口調を荒らげる。だが、エイトも負けてはいない。
「わからないよ、ナオトさんの気持ちなんてちっともわからない!弟さんを失った悲しみや、父親への気持ちは簡単にわかっていいものじゃない。だけど、あなただって俺の気持ちはわからないだろう?俺だって、父親を憎いと思うことがある。法の番人なんていう家系に生まれたことを恨めしく思ったこともある。何度も父親を殴ってやりたいと思ったことがある。だけど、あなたにはそんな気持ちわからないでしょう?わかるわけないんだ。だって、俺もあなたもこんな風に気持ちを吐き出してこなかったんだから!どうせわかるわけない、わかってもらえない、そんな風に勝手に思い込んで、一人で抱えこんできてたんだ。そうでしょう?」
何か言い返そうとナオトが口を開く前に、エイトがたたみかけて言う。
「そうやって自分ひとりで殻に閉じこもってちゃ、誰もあなたの気持ちを理解してくれない。共感だってできない。どうしてもっと早く、父親への気持ちを話してくれなかったんだ!俺は、それが悲しくて仕方ない。あなたに信頼されていなかったようで、悲しくて、情けなくて仕方ない!」
一気に話し終えたエイトは肩を上下させて息を整える。ナオトは何も言わなかった。
「また、そうやって何も言わないんですか・・・・・」
エイトは地面を見つめたまま、小さな声で呟いた。
「私は・・・・、君を弟のように思っていた」
ポツリ、とナオトが口を開いた。
「なぜだかエイト、君と一緒にいると弟といた時のような懐かしさと楽しさを感じていた。君の言うことは間違っていない・・・・。そのとおりだよ。だけどもう遅い。ここまできてしまったんだ。ここで終わらせるわけにはいかない」




