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第19章 星羅の夢

第19章 星羅の夢


 ナオトからの連絡が来たのは、星羅たちがエリザに出かけてから1週間が経った時だった。今回もまた、ハトの姿をした魔法で手紙は運ばれてきたが、今度は誰も驚くことはない。

「ナオトさんが、もしよければもう一回遊びにこないかだってさ。エリザの街に劇団が来るみたいだ」

 手紙を受け取ったエイトの目が、好奇心で輝く。

「エイト、君って本当にいろんな表情をみせるようになったね。いいことだよ」

 レンにそう言われ、エイトは恥ずかしげにうつむき、手紙を押し付けるようにして渡した。

「ほら、レンも読んでみろよ」


エイト君、レン君、星羅


 この間はどうもありがとう。とても楽しい時間だったよ。もしよければ、一週間後にまたこっちへ遊びに来ないか?その日は、エリザの街に劇団がやってくるんだ。ぜひ君たちにも見せたいと思っている。

 とはいえ、移動魔法は高度だし、体力がいる。無理はしないでほしい。

それからレン君の妹さんは置いてくることになるだろうね。申し訳ない。どうか、私が謝っていたと伝えてほしい。返事を待っているよ。 ナオト


「へえ、行ってみようか。ララにはまたお土産買ってくるよ」

「お兄ちゃんたちばっかりずるい。ララも早く大きくなって、難しい魔法使えるようになってやるんだから!そしたらちゃんと連れて行ってよ」

 自分はまた置いていかれることになると察したララは、ふくれっ面をしながらもレンたちを困らせるような事は言わなかった。

「ララちゃんって、本当にいい子ね。それに物事をポジティブに捉えようとする所、私好きだな。私もララちゃんを見習わなきゃ」

 思いの外、星羅に褒められたララはそれで嬉しそうに笑った。そんな妹の姿を見た兄は、単純なところはまだまだ子どもだと思う。

「星羅はどうだ?1週間後にエリザへ行けるか?」

「私は平気よ。学校は夏休みだし、母はほとんど仕事でいないから。それよりも、レンたちはしょっちゅうここに来て大丈夫?ご家族に不審に思われないの?」

 今更だと思いつつも、星羅はふと不安になった。

「それなら心配いらないよ。この広場に来ることは、君がこっちに来るよりも前から続いてることだしね。むしろ、家にいたり、僕だと記録の館に出入りしているほうが怪しまれるくらいだ。エイトも家にいることはほとんどないよね」

「まあね、家にいるよりも外にいるほうが好きなんだ。それじゃあ、1週間後にもう一度小旅行決定だな」


1週間ぶりのエリザの街は、前回よりもさらに人で賑わっていた。

「すごい人ですね」 

 そう言って、人並みに飲まれまいと必死になりながらレンはナオトの背中を追いかける。

「今回は劇団がくるから、なおさら人が多いんだよ。地方からも人が来てるから、しばらくはこのあたりの宿場や飲食店はお客に困らないだろうな」

 1年間住んでいるナオトでも、ここまでの人混みは経験したことがないようだ。人混みを必死にかき分けながら目的地へと向かっている。

「わ!」

 レンの背後で、人とぶつかった星羅が小さく声を上げた。

「大丈夫?」

 慌てて振り向き、無意識のうちに手を差し出すレン。星羅もその手を無意識に掴んでから、お互いにハッと顔を赤らめた。

「おい、大丈夫か?」

 少し離れた前方からエイトが2人を呼んでいる。

「今いくよ」

 そう言うとレンは星羅とつないだ手をそのままに歩きだした。

「あの、レン。大丈夫だから、手、あの」

 突然のことにあたふたとする星羅。

「人混みではぐれたら嫌だから、少しだけこうしてて」

 星羅に顔を見せることなく、けれども握った手には力を入れたレンの耳が真っ赤になっていることに気がついて星羅は黙って頷いた。


 手の平、汗で湿ってないかな。というか、僕は一体何やってるんだろう。どさくさに紛れて手をつないじゃったけど、星羅嫌がってるんじゃ・・・・


 自分の大胆な行動に心臓が早鐘のように鳴っている。星羅の反応をみたくて、恐る恐る彼女の方を振り向けば、彼女は頬を真っ赤にして、でもどこか嬉しそうに下を向いていた。そして星羅のそんな表情を見て、レンの鼓動はさらに早くなるのだった。

「よし、着いたぞ」

 目的の場所に着いた時には、ナオトも含め全員がぐったりとしていた。それほどに人が多いのだ。

「レンどうした?顔赤いぞ?」

 エイトにそう言われ、レンは慌てて首を振る。この時には星羅と手は離していたものの、2人の頬はまだ赤く染まっていた。

「ちょっと人の多さで暑くって。エイトもこんな人混み初めてだろう?暑くない?」

「言われれば少し、ベタついてるかな」

 そう言って服の首元をパタパタと仰ぐエイトは、レンと星羅の間に何かあったことを察しつつも今は何も言わないでおこう、と一人で忍び笑いをした。

「あ、星羅。バンダナが取れかかってるよ」

 ナオトは自然な手つきで星羅が髪に結んでいたバンダナを結び直した。

「泥がついてるから、綺麗にしておこう。そのまま動かないでね」

 そう言って小声で呪文を唱えるが、人のざわめきで言葉は聞き取れなかったことに星羅はがっかりする。


 物を綺麗にする呪文なら便利だから、なんて言っているのか聞きたかったな。今度、レンとエイトさんに教えてもらおう


「面白かった!最高!!ナオトさん、どうもありがとう」

 会場を後にする人々に混じって、頬を上気させているのは星羅だ。もちろん劇場を後にする人々は、思い思いの感想や感激を口にしているが、彼女は言葉にすらならないぐらいの感動を得たようだ。

「星羅がこんなに興奮するなんて、初めて魔法をみたとき以来かも」

 レンは隣に立つエイトにそっと耳打ちした。

「よっぽど心を動かすものがあったんだろうな」

 星羅の喜ぶ顔をみて、エイトも嬉しそうに頬を緩める。そして、

「で?人混みを歩いてる時、星羅と何があったんだ?2人とも顔が赤かったぞ」

 途端にレンの顔が耳まで真っ赤になるのを見て、エイトはいたずらっぽく笑ってみせる。

「な、なにもないよ。暑かっただけだ」

「嘘つけ、あの時の顔は暑いって顔じゃなかったな。何年友達でいると思ってるんだよ」

 からかうように言うエイトに、レンは唇を尖らせた。

「君は時々いじわるだ」

「ごめんごめん、これでも応援してるんだよ」

 そう言って少し首を傾げた親友の肩を叩くと、エイトは先を行くナオトと星羅の方へ歩いていった。


エリザの街で劇を観てからというもの、星羅はいつも何か考えているような顔をするので、レンたちは不安になり、彼女に声をかけた。

「あのね、笑わないで聞いてくれる?」

ややあって星羅は恐る恐るレンたちに問う。レンやエイト、ララはそんな星羅の反応に顔を見合わせながら黙って頷いた。

「この間ナオトさんに連れて行ってもらった劇を観てから、ずっと考えてたの。私もあんな風に人に感動を与えられるようなものを作りたいって。それでね、いろいろ自分の世界で調べてみて、劇作家になろうと思ったの」

そう言い切った星羅は3人の反応を恐る恐る伺うが、彼らはポカンとした表情をしている。


やっぱり無理だって思われたかな。高校生にもなって、こんな事言うの現実的じゃなかったかも…


だが、3人の反応は星羅の意図していた事とまるで違ったようだ。

「すごく素敵な夢だと思うよ。きっと楽な道のりではないけど、誰かを感動させる作品を作るなんて素敵じゃないか!それなのに、どうして星羅は堂々と言わないの?」

「お兄ちゃんの言う通りだよ!ララ、星羅さんの劇楽しみにしてるから頑張ってね!」

「星羅はもっと自分に自信を持てよ。俺も、星羅の作る作品楽しみにしてるから頑張れ」

思いがけない言葉に星羅は頬を赤らめつつ、自分が見つけた夢のためにやれる事をやろう、そう誓った。




 


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