第18章 ナオトの過去
第18章 ナオトの過去
エリザの街への小旅行は、3人にとってよい息抜きとなった。そして、ナオトのことを知る良い機会にも。
「僕、自分の知っている世界がどれだけ小さいか思い知らされた気分だよ」
エリザの街から、ララの待つ広場へ戻ってきたレンの第一声だ。
「俺もだ。今までは父の付き添いで、あまり自由に街中を歩くことは許されなかったから、今日初めてエリザの街を見た気がしたよ」
エイトは移動魔法の疲れから息を切らしていたが、その声や表情は嬉々としていた。
「私もとても楽しかった。それに、ナオトさんのことも少しわかったしね」
3人の会話に入れないララは少しふて腐れている。
「ごめん、ララ。ほら、お土産」
レンから渡されたのはビーズを編んで作られたキーホルダーだった。
「きれい!お兄ちゃんありがとう」
それで機嫌を直したララはニッコリと笑う。
「今日のことは、また明日話すことにしよう。今日は全員疲れてるから」
エイトの言うことは本当だった。移動魔法はとてつもなく体力を使うのだが、3人はそれを1日で2回もやってのけたのだ。エリザの街にいる時は興奮で疲れを感じていなかったが、見慣れた場所に帰ってきた安堵から3人共一気に疲れを感じていた。
「それじゃ、また明日ね」
そう言って自室に戻った星羅は、そのままベッドに潜り込み、翌朝まで目覚めることなく眠った。
翌日、星羅たち4人は馴染みの広場でお昼を食べていた。ララは大きな口を開けて、星羅の握ったおにぎりを頬張っている。
「ナオトさんは小学生の頃に、ご両親が離婚して母方に引き取られたって言ってたよね。少し私の家と似てるなぁと思った」
「弟さんがいるって話してたよね。すごく仲がよかったみたいだけど、弟さんは父親についていったって言ってたよな。離れ離れになるの辛かっただろうな」
レンはララの頬についた米粒をつまみながら言った。
「そうだね、私は一人っ子だし、父親が原因でお母さんと別れたから。2人が離婚するって話を聞いたときもそこまで辛くはなかったかな。そこはナオトさんと違うところだと思う」
星羅はララにおしぼりを渡した。
「ララちゃん、これでほっぺた拭いて。私もララちゃんみたいな妹が欲しかったな」
それを聞いたララは嬉しそうに笑う。そして、何かに気がついたかのように声をあげた。
「びっくりしたな。どうしたララ?喉に詰まった?」
「ちがうよ、お兄ちゃんのバカ。ねえ、なんでナオトさんは弟と仲がよかったのにこっちの世界に住んでいるの?だって、元の世界にいれば離れ離れでも弟に会えるかもしれないじゃん。ナオトさんは大人だし、子どものときよりも、会おうと思えば会えるんじゃないの?それなのに、どうしてこっちの世界に来たの?」
「ララちゃんって・・・・・、時々12歳には思えないほど、思慮深くなるというか、感が鋭くなるよね」
「そう、ララを見てると時々、俺達よりもずっと大人にみえるんだよ」
そう言ってエイトはララの頭を優しく撫でた。
「ナオトさんの弟ね、もういないんだ。ナオトさんが高校生の時に死んじゃったんだ」
エリザの街を歩いた日、ナオトは3人を様々な場所に案内してくれた。そこで、ポツリと言ったのだ。
『まるで、弟と歩いてるみたいだ』
そこから3人が聞いたのは、ナオトの生い立ちだった。
ナオトは4人家族の長男で、3歳年下の弟がいた。両親は共働きだったが、夫婦関係が崩れて離婚。ナオトと弟はそれぞれ、母親と父親に着いていくことを決めた。両親が別れた後も、2人は定期的に会い、お互いに父や母とも交流していた。それは両親が別れる際に話し合って決めたことだった。2人の子どものために、自分たちができる最良のことをしようということだ。
しかし、ナオトが高校1年生のとき、弟は突然この世を去った。死因は自殺。父親から電話で弟の訃報を聞いた時、ナオトは一瞬その言葉を理解できなかった。弟が亡くなる数日前に一緒に遊んだばかりで、その時は何も変わったところなどなかったのだ。次に会う約束もした。それなのに、もう弟に会えない、もう弟がこの世にいないということが納得できなかった。
葬儀が終わったあと、弟の机を整理していた父親がナオト宛の手紙を見つけたと渡しにきたことがあった。家にあったであろう茶封筒に入っていたのは、便箋ではなく、ノート代わりに使うレポート用紙だった。
兄ちゃんへ
この手紙を読んでる時、僕はもう兄ちゃんとは会えない場所にいると思う。兄ちゃんのことだから、僕がいなくなった理由がわからなくて、きっとすごく困惑してるよね、悲しんでくれてるよね。ごめんね、兄ちゃん。
兄ちゃんと一緒に遊ぶのはすごく楽しかった、兄ちゃんに会える日をいつも楽しみに頑張ってたんだ。だけど、もう頑張るのに疲れちゃった。本当は兄ちゃんに相談するべきだったと思うんだけど、どうしても言えないことがあったんだ。僕、学校でいじめられてたんだ。毎日殴られたり、嫌がらせされたり、お金とられたりしてたんだ。父さんに相談しようとしたけど、やっぱりできなかった。情けない息子だって思われそうで、僕が悪いわけじゃないのに、なんだか自分が悪いような気がして言えなかった。それに、父さん毎日忙しそうだったんだ。だから、なおさら言えなかった。
ごめんね、兄ちゃん。こんな弟でごめん。次に会う約束も守れなくてごめん。今までありがとう。
それがナオトの過去だった。そこから、いろんなことがあったらしいがそこまで3人は聞くことができずに、昨日は帰ってきたのだ。
「きっと、ナオトさんがこの世界に住んでいる理由は、弟さんの死も関わってるんだと思う。だけど、僕達が深入りしていい話じゃないから、聞かなかったんだ」
沈痛な面持ちをしたレンが、ララの涙目を優しく拭う。
「悲しい話だけじゃなくてね、楽しい話もしたの。ナオトさんは鳥が好きで、インコを飼ってたらしいんだけど、インコはどうもナオトさんになつかなくて、毎日突っつかれたんだって。その傷跡もみせてもらったの」
重い空気を一掃しようと、星羅はわざと明るい声を出した。それに続いたのはエイトだ。
「そうそう、左腕に残ってたな。だけど、今も鳥が好きなんだってさ。そのうち、今の家で鳥を飼いたいって言ってた」
星羅とエイトの気遣いを感じたララが、微小を浮かべる。そして、
「今度は突っつかれないといいね」
そう言って、またさらに笑みをこぼした。




