第14章 友情
第14章 友情
エイトがレンの家の扉を開くと、中からララが出てきた。エイトの姿をみてララの顔が綻ぶ。その顔をみてエイトはなぜだか安心した。
「こんにちは、エイ兄。どうしたの?」
「やあ、ララ。レンはいる?」
「お兄ちゃんまだ寝てるの。待ってて、今起こしてくるから。ね、入って。そこに座って」
エイトの返事を聞かずに、ララは彼の手を引っ張って食卓のイスに座らせた。
「お兄ちゃん、エイ兄来たよ。もう起きてきて!ララ、お昼先に食べちゃうからね」
階段下から大声で兄を起こすと、ララはニコニコしながらエイトに飲み物を差し出した。
「エイ兄、お昼ごはん食べた?」
「いや、まだだよ」
「よかった!エイ兄も一緒に食べよ」
嬉しそうに飛び跳ねながらララが台所へ向かった。
「ララ、おじさんとおばさんは?姿が見えないけれどどこへ行ったの?」
「ん~とね、ここから離れた親戚のお家。今日はそっちに泊まるから、1日お留守番なんだ」
「その親戚のお家遠いの?」
その問いにララは困ったように首を傾げた。
「わからないの。お母さんもお父さんも、親戚の話はしてくれないんだ。たしかね、ここから半日かけていったところにある町に行ったんだよ。エリザの街よりももっと小さなところ。それしか知らない」
ララの両親にも何か隠したい過去やつながりがあるのだろう。だからこそ、知り合いのいる故郷を出てこんな田舎にやってきたのだろう。これ以上深掘りしてはいけないと思い、エイトはそこで質問をやめた。
「ララ、お昼ごはん俺もつくるよ」
「え、でもエイ兄はお客さんだからおもてなしされる側だよ」
「美味しいレモネード貰ったし、十分おもてなししてもらったよ。次はそれを返す番だ。いいだろ?」
ララの隣に立ち、エイトはパンとフライパン、バターと卵や牛乳を準備する。ララは何が出来上がるのかとキラキラした目でそれを見守っている。
「エイ兄、エイ兄、何作るの?」
「秘密。出来上がってからのお楽しみだ」
フライパンにバターを溶かし、卵と牛乳につけたパンをその上に入れた。ジューっという音がして、部屋いっぱいにバターの匂いが広がる。
「美味しそうな匂いだね」
「だろう。ララ、食卓の準備をしてくれるかい?それからはちみつをちょうだい」
その時、レンがやっと降りてきた。
「お兄ちゃん、遅いよ」
「ごめん、ララ。エイト、何作ってるの?すごいいい匂いがする」
「できてからのお楽しみだな。それより、随分と遅くまで寝てたんだな。おじさんとおばさん出かけていないんだろう。ララが一人で家のことやってたみたいだぞ」
「あ!ララ、ごめん。僕、父さんたちのことをすっかり忘れてたよ」
「しょうがないな。その代わり、お夕飯はお兄ちゃんの仕事ね」
エイトは三人分の皿にフライパンで焼いたパンを盛り付け、上からはちみつをかけた。
「うわあ、美味しそう。エイ兄、すごいね」
トロリとしたはちみつを見ながらララが興奮気味に言う。
「ララがこんなに喜んでくれるなんてね。作ったかいがあるよ。さあ、食べよう」
口の中に広がるはちみつとバターの味に、ララはますます喜んだ。
「うまいな。エイトが料理できるなんて、ずっと一緒にいるけど初めて知った」
レンが感心しつつ、一口パンを口に入れる。
「レパートリーはそんなにないよ。それに俺の知っているものは基本甘いものなんだ。どれも、母さんや父さんたちに見つからないようにこっそり作ってたしね」
「レンのお父さん、甘いもの嫌いなんだもんね」
「それに俺が法の番人を継ぐためのこと以外に目を向けるのも嫌うからな。俺が台所に立って料理でもしてるところを見られたら、絶対に怒られる。俺がコックにでもなりたい、って言いだすとでも思ってるのかもな」
そう言って呆れたように肩をすくめたエイトを見て、レンとララは顔を見合わせた。
「エイト、何かあった?」
「エイ兄、なんだかいつもと違う。何かあったでしょ?」
「え?」
エイトは驚いた表情で2人を見返す。
「なんで?俺何か変?」
「うまく言えないけれど、なんかいつもと違う。なんだろう、ちょっと苦しそう」
「エイ兄、話したほうが楽になるよ。ララが居ないほうがいい話なら、ララ外に行くよ」
ララは真剣な眼差しでエイトを見つめている。エイトといえば、手を口元にあて俯いている。何か考えている証拠だ。そのまま数十秒の沈黙が流れ、やっと顔をあげたエイトは
「今日、父さんの仕事についていった」
そう言って、牢で見たこと、自分へ向けられた憎悪の感情、父の言葉をゆっくりと、時々苦しげに顔をしかめながら語った。
「怖くなったんだ。自分も近い将来、あんな感情のないような人間にならなくてはいけないんだって。もし、俺がそうなったらレンやララや星羅はどう思うだろうって。そんなことばかり考えてしまって、怖くなった。ごめん、心配させるためにここに来たんじゃなかったんだけど。なんだか2人の顔を見たくなったんだ」
決まりが悪そうに笑うエイトにララが静かに歩み寄り、
「エイ兄は物知りだし、魔法もたくさん使えるけどバカだよ」
と一言。
「ちょ、ララ。エイトになんてこと言うんだ」
「お兄ちゃんは黙ってて」
ララは兄をピシャリと黙らせた。
「エイ兄が法の番人になるからといって、何もお父さんと同じようにはならなくていいと思う。だって、エイ兄はエイ兄なんだもん。お父さんとエイ兄は違うんだよ。たしかに、法の番人が自分の感情で刑を決めちゃいけないっていうのはわかるよ。自分の感情に任せて冷静さを失っちゃいけないって言うのも、なんとなくわかる。でも、エイ兄は法の番人の前に1人の人間なの。怒りや悲しみや、嬉しさや恐怖を感じることのできる人間なんだよ。時には感情的になってもいいじゃない。目の前の罪人に対して怒りを感じたなら、それをどこかで出したっていいんだよ。それが家族の前なのか、ララやお兄ちゃんの前なのかはわからないけど、怒りたいときは怒って、悔しいときや泣きたいときは泣けばいいの。エイ兄は感情のない人間にならなくていいんだよ。ララもお兄ちゃんも、星羅さんも、きっとエイ兄のことを受け止めてくれるよ」
「なんだかなあ、言いたかったことララに全部言われちゃたな」
レンが苦笑している。
「ララは時々、本当に大人になるんだ。今も僕が言おうとしたこと全部言っちゃった。おいで、ララ」
そう言ってララの頭を優しく撫でる。ララは嬉しそうだ。
「エイト、ララの言うとおり。君はいつだって君だ。君のお父さんのようにならなくていいんだよ。僕達でよければいつでも話を聞くし、君の力になる。一人で抱え込むなよ、君の悪い癖だ。僕達のことはすごく心配するくせに、自分のことは自分だけで何とかしようとする」
「俺は、そんなつもりなかったけど・・・・」
「わかってるよ。でも、俺たち親友だろう、これからもずっと。だったら、もっと頼っていいんだ。いくらでも力になる。君が僕やララを大切なように、僕達もエイトが大切なんだ」
「ありがとう、レン・・・・、ララ」
こみ上げてくるものを必死に押さえるエイト。だが、堪えられずに涙が1つ机に落ちた。そして、そんなエイトをララは優しく抱きしめるのだった。




