第12章 ナオト
第12章 ナオト
エイトがエリザの街で出会った男、「ナオト」についてゆっくりと語りだした。
「ここが・・・・噂の男の家か・・・・。意外だな」
エイトが見上げていたのは街の中心にある鍛冶屋の2階だった。1階が鍛冶場で、2階が探している男の部屋なのだ。エイトは男がひっそりと隠れるようにして暮らしているものだとばかり思っていたので、街の中心地に住み込みで働きながら暮らしていることを知ったときは衝撃を受けた。
「あのぉ、何か御用ですか?」
不意に背後から声をかけられたエイトは、飛び上がって驚いた。
「ごめんなさい、驚かせるつもりはなかったんだ。君がずっとここに立っていたから、てっきり用があるのかと思ったんです。今日はお店しまってるんですが、お客さんではないですか?」
見た目は30歳くらいの、気弱そうな男は申し訳なさそうに頭を下げた。
「いえ、こちらこそ申し訳ない。実は、ナオトさんという男性を探しているんですがご存じないですか?」
「え?」
今度は気弱そうな男が驚いて目を丸くしている。
「あの、それは私です。私が、ナオトです。私に何か?」
ナオトは訝しげな表情を浮かべ、エイトを警戒しているようだ。
「突然尋ねて申し訳ない。あなたにお聞きしたいことがあるんです。俺は、エイトと言います」
「エイトさんですか。私に一体何の御用でしょうか?初めてお会いするはずだと思うのですが」
先程までの気弱な様子は残しつつも、ナオトはさらに警戒を強めた口調で言った。
「あなたが警戒するのも無理はないですね。俺があなたを傷つけるとでも思っているんでしょう?もしくは、何かの情報で揺さぶられる・・・とか?」
最後の言葉に男は身体を固くしたが、すぐに笑みを浮かべ言葉を返す。
「エイトさん、私より年下でしょう。随分と堂々としていますね、羨ましい限りだ。どうです?立ち話もなんですから、私の部屋に来ませんか?」
ナオトの部屋は必要最低限の家具が揃っているだけの小さな部屋だった。
「お茶を入れてきますから、そこのイスに座って待っていてくださいね」
エイトは勧められるがままに部屋へ入り、ぐるりと周囲を見渡した。
~どこにも、ナオトが外の世界から来たとわかるようなものはないな。服装もこっちの世界のものだ。俺が思っていたよりも、ずっとこの世界に馴染んでいるみたいだ~
「それで?エイトさんが私に聞きたいことはなんですか?見たところ、エリザの人ではなさそうですね。わざわ私に会いにここまでいらしたのですか?」
エイトに向かい合って座ったナオトが明るい口調で言った。
「ええ、俺はエリザの近くにある小さな村から来ました。ここへは、父の仕事の付き添いで来ただけですが、あなたのことを知って聞きたいことがあったので突然尋ねたわけです。単刀直入に聞きます。あなたは、最初からエリザの街に住んでいた方ではないですよね?」
最後の言葉にナオトの顔から笑みが消えた。
「というと?」
「以前この街へ来た時に、異世界から来た男の人がいると聞きました。それがあなたでしょう?」
「仮にそうだったとして、あなたの聞きたいこととそれがどう関係しているのでしょうか?」
ナオトの口調は冷たかった。もしかしたら、これまでも興味本位で同じようなことを聞かれてきたのかもしれない。
「俺の村には、もうずっと昔、あなたと同じように異世界から来た少年のことが記された本があります。その少年の世界には魔法というものが存在しませんでした。だけど、少年は自らの力でこの世界への道を作り、そして誰よりも強い力を持っていました。それを恐れた村人は、彼を殺した・・・・。そういう話があるんです」
そこまで言うと、エイトは少し悩ましげな表情を浮かべ口を閉ざした。
「何か言うことをためらっているんですか?」
「・・・・」
黙ったままのエイトをみて、ナオトは溜息をつくとお茶を一口すすった。
「あなたの言うとおり、私は異世界から来ました。そうですね、それから、あなたの村の本にあるように私の元いた世界にも魔法がなかった。だけど、私は魔法が使えた。さあ、これであなたがためらっていることもお話できますか?」
エイトを気遣うように微笑んだ彼は、どこか慈しむような目でエイトを見ている。まるで、エイトが自分の子供か、あるいは弟かのような眼差しだ。
「はい・・・・。俺は、あなたと同じ世界から来た女の子を知っているんです」
「本当か?」
ナオトの顔に今日一番の驚きが浮かぶ。
「はい。最初にその子に会ったのは、俺の親友です。その子もこっちに来てから自分が魔法を使えることを知りました。俺は、その子に村やこの世界を見せてやりたい。だけど、村の本に書かれていたことが気になって、どうしてもその子と隠れるようにして会わなくちゃいけないんです。だから、この世界で殺されることも傷つけられることもなく暮らしているあなたに会いたかった」
「つまり・・・・、私がなぜ殺されないのか・・・・それを知りたいんだね?」
エイトは黙って頷いた。
「うーん、私が殺されない理由か・・・・。いくつか考えつくけど、どれも予想になってしまうよ。それでもいいかい?」
「もちろんです」
「私が立てた仮説は3つだ。1つ目は、私の魔力が弱くて殺すに値しないこと。この街の脅威になるほどではないってことさ。2つ目は、エリザという街がよそ者を受け入れることに慣れているか、抵抗感を感じる人が少ないということ。聞いたところによると、エリザはこの辺りでは一番大きな街なんだろう。確かに、肌の色も、言葉も文化も異なる人たちがたくさんいる。だから、他所の世界から来た人間も受け入れることができたのかもしれないな」
2つ目の仮説はなかなか有力な案かもしれない、エイトはそう思った。
「最後は、私の住んでいた世界を知りたいと思っている人たちがいる・・・・とか。私がここに来たときは、それは大きな騒ぎになったよ。毎日私の住んでいた世界のことを聞かれて、何度も同じことを話すうちに段々と話すことが嫌になったほどさ。だけど、どの人も私の話をきいて興味を示していた。この世界にはない物や、文化の違いが面白かったようだね。エイト君もそうじゃないかい?」
「ええ、この世界に来た彼女には何度か、彼女の世界のことを聞きました。学校という場所や、制服の話なんかも。確かに興味深くて、彼女にもたくさん質問をしました」
そうだろう、とナオトが頷く。
「まあ、私の仮説はざっとこんなものだ。少しは役に立てるといいんだけどね」
「十分です、ありがとうございました。俺は、そろそろ戻らなくてはなりません」
「そうか、もう少し君と話していたかったな。そうだ!今度君の話していた少女と会わせてくれないか。私はこの世界に住むことを決めたことを後悔してはいないが、時々むこうの世界が恋しくなるときがあるんだ。だめかな?」
「彼女と会うことはかまいません。だけど、あの子をこちらに連れてくることはできませんよ」
「わかっているさ。君たちがいつも会っている場所で会おう」




