第11章 接触
第11章 接触
「星羅、おはよう!」
「あ、愛理。おはよう」
教室で本を読んでいた星羅の前の席に愛理が腰をおろした。星羅も本を閉じて愛理に顔をむける。
「聞いてよ!昨日さ、雄二とケンカしたの」
雄二は愛理の2つ下の弟だ。男の子の割には小柄だが、剣道をやっているせいか身体つきはしっかりした少年だ。
「今度はなんでケンカしたの?」
愛理と雄二は仲はいいが、そのぶんケンカも耐えることがない。雄二との話を聞くたびに、一人っ子の星羅は羨ましく思っていた。そして、他愛もないこの会話は星羅をいつも暖かい気持ちにもしてくれた。
「私が食べたくて冷蔵庫に大事に取っておいたケーキ!それを雄二が勝手に食べたんだよ。ひどくない?私のケーキだって言っておいたんだよ」
愛理はケーキならどんなものにも目がない。その愛理がすぐに食べずに取っておいたケーキだというのだから、食べるのをよっぽど楽しみにしていたことだろう。それが弟の口に入ってしまったとなればそのショックと怒りは想像に難くない。
「それは酷いわ。雄二君もよっぽど食べたかったんだね」
「ううん、違うの。部活終わってお腹すいたから冷蔵庫にあったものをとりあえず食べたって言ってた。とりあえず、だよ。私が取っておいたケーキをとりあえずなんて気持ちで食べられちゃ困るよ」
愛理の必死さに思わず笑いが出てしまう星羅。
「しかもね、『姉ちゃんが半日も冷蔵庫に放置してるから食べないと思った。腹も減ってたし、とりあえず食べた』って言うんだよ。なによ、その理屈!それで言い合いのケンカになったわけよ。ねえ、星羅!私、悪くないよね?雄二が悪いよね?」
うんうん、と星羅は笑いながら頷く。星羅から同意を得た愛理は満足したらしく、「やっぱり雄二が悪い。お姉ちゃんは間違ってなかった」と得意げに呟いた。
「星さん」
ふいに 名を呼ばれ振り向くと後ろの座席に座る男子生徒が顔の前で手を合わせていた。
「頼む、今日彼女と放課後会うから掃除当番代わってくれない?星さんしか頼めそうになくてさ」
それを聞いた愛理が口を開きかけたが星羅がそれを止めた。
「ごめんなさい、それはできないの。私も予定があるんだ」
にっこり笑って断る星羅に愛理も男子生徒も口をあんぐりと開けて驚いている。
「ごめんね」
もう一度謝れば、頼んできた男子生徒は我に返って首を振った。
「いや、いいんだ。無理言ってごめんな。他の奴にも聞いてくる」
席を立った男子生徒から愛理に向き直ると、愛理はまだ口を開けていた。
「愛理、変な顔してる」
星羅に言われて慌てて口を閉じる愛理だが、驚きは顔に貼りついたままだ。
「ちょっと星羅になにがあったの?」
「何って?」
「とぼけてもダメ!ついこの間まで頼みを断るのはおろか、自分の気持ちさえ言わなかった星羅だよ?なのに、今日は何が起きたの?今、断ったよね?ね?」
「断ったよ」
愛理が深く息を吐いた。
「私が何を言っても聞き入れなかった星羅なのに、一体誰に何を言われたのよ」
唇を尖らせている愛理。
「愛理のおかげだよ。愛理が私に愛想を尽かさず、何度も自分の気持ちを言った方がいい、せめて愛理にだけは言ってほしいって言い続けてくれたからだよ」
愛理の瞳にうっすらと感激の涙が浮かんだが、彼女は慌てたようにそれを隠す。
「星羅は私の友達だもん。愛想尽かすわけないじゃない」
照れ隠しのために顔を背けた愛理は、「トイレ!」と言って席を離れた。
「明後日エリザの街で、法の番人たちの会議があるんだ。今回も俺は父親に同伴することになっているから、その時にある男にあってこようと思っている」
エイトは、レン、星羅、ララにむかってそう言った。4人はそれぞれペアになって魔法の特訓中だったが今は休憩をしているところだ。
「法の番人の会議?ある男って誰のこと?」
星羅が額から流れる汗を拭きながら尋ねた。
「法の番人の会議は、近隣の番人達が集まって近況を報告し合うのさ。この村の法の番人は、俺の父親。次期番人となる俺も先月から会議に参加しているんだけど、そこで星羅とよく似た境遇の男の話を聞いたんだ」
「それって、星羅さんと同じように別の世界から来ている人がいるってこと?」
「ララは賢いな。そう、星羅と同じように1年ほど前にこの世界へ来た異世界の人間がいるらしい。そして、その男も星羅と同じように魔法が使える。だけど、その男の世界では本来魔法は存在しない。どう?星羅とよく似ていると思わないか?」
「そうね。その人は今もマジック・ワールドに来ているの?」
「住んでる」
エイトはそれだけ言って水筒の水を口に含んだ。代わりにレンが言葉を続ける。
「僕はエイトからその話を聞いていたんだけどね、どうやらその人はこの世界に住んでいるみたいなんだ。僕もそれを聞いたときは驚いたよ」
「それでエイ兄は、どうしてその男の人に会いたいの?」
ララの問いかけにエイトは少しの間口をつぐんでいたが、やがて
「その男が殺されなかった理由を知りたい」
「殺されなかった理由?、エイト、それはどうゆうことだ」
エイトの言葉に、レンの顔が険しくなった。
「星羅のことを誰にも話してはいけないと、レンやララに何度も言っていただろう。星羅にも本当は村をみせてやりたかったけど、誰にも見つからないようにいつもこの広場で会っていたのは、星羅を大人たちから守るためだ」
「私を守る?それはつまり、私の存在が知れたら殺されるかもしれないってこと?」
エイトは黙って頷いた。
「ずっと昔、この村に異世界から少年が来たことがあるんだ。それは俺の家にあるこの村の歴史が書かれた本で知った。だけど、その少年は歓迎されるどころか、災いをもたらす者として処刑されている。殺された少年も、本来は魔法が使えない世界から来ていたんだ。だけど、彼は魔法が使えた。しかもこの村の誰よりも強い魔力の持ち主だったんだ。そのせいもあって、村の大人たちは彼を怖がり、災いを招く者として早急に処刑した。星羅、君はそこに書かれていた少年によく似ているんだよ。星羅の魔力はとても強い、すでに初期の術はほぼ完璧に使いこなしている。この短期間で、これまで魔法を使ったことがない人間がそこまで成長するなんてほとんどありえないんだよ。だから、大人たちから星羅を隠したかったんだ。本に書かれていた少年のように殺されるなんてこと絶対にさせない。でも、エリザの街に異世界から来た男が住んでいるというから、希望もある」
エイトはそう言って柔らかく微笑んでみせた。
「星羅がこの世界に来ても安全に過ごせるように、俺たちと一緒に村に行くことができるように、その男にどうして殺されずに済んだのか話を聞いてくる」
「この手に宿れ、アクア」
何もなかった星羅の手の平に一滴の水が、どこからともなく現れた。
「よし、そのまま水を自由に操るイメージをするんだ」
〜水を操るイメージ…。例えば、伸びをする小さな水の妖精〜
頭の中に、小さな小さ少女を思い浮かべると、 星羅の手の平にある水滴が、徐々にその姿を変えていく。ふっくらと膨らみをもった水滴は、やがて小さな小さな女の子の姿なった。
少女は、目覚めたばかりのように大きな欠伸と伸びをしている。
「すごい!やったね、星羅!大成功だ」
レンが自分のことのように喜び、星羅の隣でガッツポーズをした。星羅のほうは、なかなか成功しなかった魔法を使えたことに驚きと感激で目を丸くしている。
「やあ、こんにちは。小さな水の妖精さん」
レンが星羅の手の平にいる少女に声をかけると、彼女はにっこり笑った。
「ほら、星羅も話しかけてごらん」
「あ、えっと、初めまして。私は、あ!」
しかし突然小さな水の少女は、パシャと音を立てて水になってしまった。
「レン、どうして?」
少年は、悲痛な表情をした星羅の頭に優しく手を置いた。
「声を出したことで、星羅のイメージが崩れたんだ。そんなに悲しそうな顔をしないで。大丈夫、慣れてきたら今みたいなこともなくなってくるよ。そうだ、エイトが戻ってきたら今の魔法を見せてあげよう。きっと驚くよ」
2日後、エイトはエリザの街から戻ってきた。
「おかえりなさい、エイトさん。少し疲れてるみたいね」
「ただいま。ああ、今回は短い滞在時間の間にこの間話した男に会うために動き回ってたからな。それを大人たちに知られないためにけっこう神経を使ったんだ」
エイトは大きな息を吐きながら、地べたに座り込んだ。
「お疲れ様。それで、探していた男には会えたか?」
レンの問いかけに、エイトが姿勢を正して座り直した。星羅、レン、ララもつられて姿勢を正す。
「ああ、ちゃんと会えたさ。知りたかったことも聞いてきた」




