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エンディング後の魔法少女

エンディング後の魔法少女は己の正体をひた隠す【短編版】

作者: 鉄箱

――0――




 ――世界が絶望の闇に覆われるとき、七人の英雄が立ち上がる。

 ――七人の英雄はまったく異なる力を振るい、闇を打ち払う光明とならん。


 伝説のワンフレーズ。

 おとぎ話に過ぎなかったそれが現実になったのは、今からほんの二十年前のことだ。

 そしておとぎ話のように世界に平和がもたらされたのは、僅かその四年後のことだった。


 神様の気まぐれというやつで私が転生して、六歳になったとき。

 転生特典が云々というメールが突然届き、私は七人の英雄の一人に数えられるようになった。

 能力はまさしく最強無比。おとぎ話に準えた、“夢を叶える”魔法使い。独特な魔法装束を身に纏い、血で血を洗う戦場を駆け抜けること四年。今から十六年前の、十歳の誕生日に魔王を名乗る悪党を打ち倒し、世界に平和が訪れた。

 過酷な戦いの中で男女の垣根どころか年齢の垣根も飛び越えて兄弟のような絆を得た彼らは、人々に讃えられ、あの絶望が再びおとぎ話になろうとする現代でもってもアイドルのような扱いを受けている。


 ただひとり。

 私を、除いて。


「英雄たちは日常に戻り賞賛を受け、ただ一人はそんな彼らを見守るために、天に帰った。……なんか、死んだ、みたいな扱いじゃねぇか? これ」


 そう私の前で呆れたように表情を崩すのは、まぁ、やたらと顔の整った男だ。

 切れ長の眼と、整えられた赤髪。細身のように見えて、服の隙間から覗く肉体は引き締まっている。今年で三十を数えるこの男は、私の昔の“仕事仲間”だ。


「いいの。死んだの。彼らの知る英雄はもういないのよ」


 そううなだれる私が居るのは、完全個室の居酒屋だ。

 回転寿司系列の居酒屋なためか、料理もドリンクも壁のレーンから流れてくる。店員にすら顔を見られないこの店は、私たちにとって都合が良い。


「死んだって、おまえなぁ。名乗り出れば良いじゃねぇか」

「口元が笑っているわよ。紅蓮公プロミネンス・イーター

「おっと、こりゃあ失礼。魔法使い殿?」


 七英雄が一人。

 当時十四歳、バリバリの中二病だった彼こそが紅蓮公プロミネンス・イーターと呼ばれた最強の炎使い。その名を九條獅堂という。


「どうやって名乗り出ろって言うの?」

「そりゃあおまえ、ぶふっ、変身すればいいだろう?」

「うっさい。じごくにおちろ」


 うなだれたまま私がそう零すと、獅堂は腹を抱えて笑ってくれやがる。腹が立ったので彼が頼んだやたら値の張る日本酒を飲み干してやったが、笑いが収まる様子はない。

 変身して、世間に出られる物ならそうする。正直、あの戦い以降“異能力至上主義”になったこの世界で私のような“魔導術師”は生きづらい。

 だが、変身するということは、イコールあの禁断の姿を見せなければならない、ということに他ならない。


 私の能力は、“魔法――”である。

 夢を叶える魔法使い。魔法の杖を振りかざし、まるでおとぎ話のような魔法を駆使する物語の英雄。


「“あれ”じゃあ、英雄の名が廃る、ってか? くっ、ははははっ」

「ええ、ええ、そうですよー」


 そう。

 思い出したくもない、あのおぞましい姿。

 七英雄会合という名の同窓会で披露して、会場に爆笑の嵐を巻き起こし、姉のように慕っていた英雄仲間の女性からマジ泣きされた禁断のトラウマ。

 だが待って欲しい。泣きたいのは私だ。


 地位も名誉も約束されていた。

 お金に困ることもないはずだった。

 いや、望めば手に入るだろう。“あの”姿で英雄として世間に出る覚悟さえあれば、なんの問題も無い。


 けれどそんな覚悟が持てるはずもなく。

 私は未だ笑い転げる獅堂の頭に、渾身の手刀をたたき込むことしかできそうになかった。













エンディング後の魔法少女は己の正体をひた隠す













――1――




 異界からの侵略者、魔王。

 彼らが地球の、それも日本の上空に風穴を開けて現れてから二十年。異界の影響か、“異能者”と呼ばれる存在が次々と現れ始めた。

 同時に、異能者の力を素質さえあれば誰でも扱えるようにグレードダウンされた技術、“魔導術式”も出現。政府が彼らを管理・育成するために専門の教育機関を作ったのが、魔王の残した傷跡も癒えきらぬ十四年前のことだ。

 まぁコネだけならばおおよそ誰にも引けを取らないであろう私が就職した場所こそがその教育機関。特異能力及び魔導術式育成専門学校。通称“特専”の教師として赴任して、早二年が経とうとしている。

 政府直属の育成機関ともなれば、その待遇も他とは比較にならない。能力が覚醒する十二才以降を対象としている、中等部からのエスカレーター。まだテストケースが大学部を卒業して二年しか経っていないのに、学業施設はびっくりするほど整っている。が、まぁ、まだまだ課題点も多い。


「俺らとアンタじゃ格が違うってわからねーか? “絞りカス”の教師の癖に」


 そういって私を睨み付けるのは、“異能科”に所属する高等部の一年生だ。

 橙色の髪を逆立てた彼と、見るからに彼の取り巻きであろう三人の男子生徒。彼らが“魔導科”の生徒を取り囲んでいたようであったから注意をしたら、この有様だ。

 魔導術式は、異能力を扱いやすくして、量産したようなものだ。だからか、差別意識を持つ人間は、彼のように魔導を身につけたものを自分たちの“絞りカス”として蔑んでいるのである。

 あの激動の時代を生き抜いたものにとっては、皆等しく赤子のようなものではあるのだが。


「生徒間に格はなく、教師と生徒の間には権限の差があります。校則にもそう記載されておりますが、優等であると言うのであれば基本的なこと“程度”は守りなさい」

「んだとてめぇ!」


 そう、彼は掌に陽炎を集める。

 典型的な発火能力者であろうが、属性を持つ能力者は髪や眼に資質が表れやすい。橙の彼がこの問題だらけの学校の教師をどうにかしたいのであれば、こんなところでくだを巻く時間も努力に当てるべきであろう。

 そうでない、ということは、たかが知れている、ということでもある。


「授業以外での能力行使は罰則がかかります。傷害ともなれば“枷”つきで市井に下ることも覚悟の上だととりますが?」

「……ちっ。腰抜けが。いくぞ!」


 腰抜けはどっちだ。

 なんて表情には出さず見ていると、彼は能力を納め、仲間を引き連れて帰って行った。


「ふぅ……大丈夫ですか?」

「は、はい、あの、あ、ありがとうございます」

「無事でしたなら、良かったです」


 そう、改めて絡まれていた生徒を見る。

 異能科の白いブレザーと真逆。魔導科の黒いブレザーに身を包んだ女生徒は、ふわふわの栗色の髪にぱっちりおめめの、そりゃあもう、な、美少女だった。なるほど、これは絡まれる。


「こういうことは、よくあるのですか?」

「は、はい。ですがその、ふだんはあんまり人気の無いところには、い、いかないようにしていたのですが……」


 場所は裏庭。

 胸に抱くのは、土に汚れた文庫本。

 見上げる校舎は、三階の窓が開いている。


 なるほど。

 偶然、落としちゃったのか。


「事故、ですね。まぁ、次からは気をつけましょう」

「はい……ごめんなさい、先生」

「いえ。いずれにしてもあなたは被害者です。謝ることではありません。それにしても……」


 うーん、よくあるのか……。

 これまではどうこう切り抜けてきたのだろうけれど、今後もそううまくいくとは限らない。

 あー、なんだろう。この子、すっごく心配だわ。


「端末をだしてください」

「え? は、はい」


 この学校、生徒の管理もかねて専用のスマートフォンのような端末が配れる。辞書機能も付いていて、生徒の誘拐や失踪対策、能力使用履歴の保存などを行う優れものだ。

 当然、電話やSNSといった通常の電話のような機能もついている。


「私の連絡先です。ワンタッチで繋がるように設定しましたので、緊急時に連絡を下さい。場所がわからなくても探知して向かいますので」

「ぁ……ありがとうございます! その、わ、わたし、ずっと不安で……」

「よくある、ということならばそうなのでしょうね。放課後でしたら、職員室に赴いていただければ相談事も受け付けます。ですから、一つだけ約束をしてください」

「は、はい、約束、ですか?」

「そうです。――決して、一人で抱え込まないこと。いいですね?」

「――はい。はい! ありがとうございます、観司みつかさ先生!」


 頭を捧げる女生徒――端末情報によると、笠宮鈴音というらしい――を学生寮まで送ると、ようやく私も教員棟に足を向けることができた。


 正直、こんなことは日常茶飯事だ。

 今回は魔導科の生徒が被害者であったが、逆に異能科の劣等生がコンプレックスをこじらせた魔導科の生徒に憂さ晴らしされることもある。そんな彼らに常に中立として立ち続ける能力が求められるのが、我々教員の役目だ。


 面倒なことも多々あるが、やりがいのある仕事。

 だが、英雄として祭り上げられたいたのなら味わえなかったであろうこの充足感を、私は密かに気に入っていたりする。




 なんて、ほくほくと教員棟に戻った私は、この時、知るよしもなかった。

 この一連の“よくあるもめ事”が、予想外のやっかいごとを引き起こすことに繋がっていく、なんて。























――2――




 翌日から、笠宮さんはさほど間を置かず職員室に訪れるようになった。

 というのも、なにも絡まれてばかりいるとか、そういった不憫な理由ではない。教員の権限が必然的に強くなるせいか職員室にも怖くて近寄れず、これまで教員に授業の質問もできなかったという彼女は、純粋に私に勉強の質問にきていた。


「観司先生、ここなのですが……」

「初級複合術式ですね。ここは……」


 もめ事にかり出されがちの教師としては、こういった普通の教師生徒の関係を築けるのは、純粋に嬉しい。

 それに私とて一般的に可愛い物が好きな女性だ。砂糖菓子のようにふわふわな彼女に懐かれて、悪い気はしない。いや、もちろん生徒は平等に接するけどね。心の中くらいはいいじゃないか。


「……と、いったようになります」

「……なるほど。ありがとうございますっ、先生!」

「いいえ。授業に追いついていないという風でもありません。この調子で頑張れば、今期の試験は成績の向上も可能でしょう」


 喜ぶ笠宮さんを見ていると、私もほっこりする。

 いやー私もあったなぁ、こんなころ。おばちゃ……おねえさん、懐かしいよ。


――Pipipipipipipipi

「と、失礼」


 機械音に反応して画面を見れば、橙色の字でemergencyの文字。

 緊急事態。危険度レベルCクラス。生徒間のもめ事かな。


「呼び出しのようです。笠宮さんは他の教員の指示があるまでここから動かないようにお願いします」

「は、はい。あの……お、お気を付けてっ」

「ええ。ありがとうございます」


 シルバーフレームの眼鏡をくいっとあげて応えると、笠宮さんは心配そうに頭を下げる。

 さてさて。この穏やかなひとときを邪魔してくれた悪い子には、ちょっとお仕置きが必要かな。













 なんて。

 意気込んで向かった先は笠宮さんの時と同じ中庭だった。

 私がたどり着いたときには既に複数の教員が到着していて、問題の生徒に呼びかけていた。


「能力行使を停止しなさい!」

「うるせぇ! どいつもこいつも、邪魔してんじゃねえぞ!!」


 問題の生徒から立ち上るのは、陽炎。

 ツンツン頭のオレンジ髪は、ため息をつきたくなるほど見覚えのある色合いだ。

 そんな彼の後ろで倒れ伏すのは、炎の能力行使による影響か、酸欠で倒れ伏す生徒たち。当然、魔導科の生徒ではあるのだが、よく見れば倒れている中にオレンジの彼の取り巻きも混ざっている。いや、何事?


陸奥むつ先生。状況は?」


 呼びかけていた先生の一人。

 へっぴり腰で環の後方にいた彼は、新任教師ではあるが、テストケースで卒業した第一期特専卒業生だったりもする。

 見た目は完全にチャラ男なのに、初々しい好青年だ。


「み、観司先生! 彼、手塚宏正君が中庭にいた魔導科の生徒に、突然くってかかったみたいです。それなりに実力のある生徒だったようで対応できない状況ではないはずなのですが……」


 なるほど。

 見るからに以前よりも能力行使効率も、威力も跳ね上がっている。確かに今の彼は、相性が悪ければ教員すら打倒することができるだろう。

 だから呼びかけに応じている教員たちも、うかつに近づけないのか。


「ですが、このままでは後方の生徒が心配です。陸奥先生、実力行使を行うので、彼の気が私に向かないようにしてください」

「は、はい! “幻視ファントム・コート”」


 陸奥先生の異能は、完全なサポート系だ。

 幻覚を見せたり、幻の結界で透明になったりと、肉体的・及び能力的に作用する幻覚を操る。

 そして、私は魔導科の教師であり、魔導術師。当然使うのは、魔導術だ。


「【術式開始オープン形態フォーム身体強化フィジカルエンチャント様式アーム脚部レッグポジション】」


 間合いを確認。

 恫喝する彼の視線を把握。

 後方の生徒たちとの距離感を掌握。


「【展開イグニッション】」


 パンツスーツの裾を翻し、革靴で踏み込む。

 強化された肉体は優に手塚宏正の視認限界を超えたのだろう。私が後ろに回り込んだことにさえ、彼に気がついた様子はない。


「【速攻術式セット捕縛鎖バインド展開イグニッション】」

「……?」


 呆ける暇さえ与えずに、能力遮断術式を組み込んだ魔法で彼の身体を拘束する。


「な! おまえ! くそっ! なんだよこれ!」

「危険能力行使と確認いたしました。学校からの処分が確定するまで、反省室で待機しなさい」


 手塚宏正が転がっている間に、先生方はあっという間に倒れた生徒たちを回収した。流石“特専”の先生方。妙に手慣れている。


「なんでだよ! どうしてこうなるんだよッ! おかしいだろ!?」

「そう、おかしいのです。どうやってこの短期間であれほどの力を手に入れたのか、聞かせていただきましょうか?」


 蓑虫のように転がる彼をしゃがみ込んで見下ろすと、親の敵でも見るように睨まれた。おいおい。睨みたいのはこっちだっていうのに。

 まぁでも、心理系能力者に任せると、暴かれたくないプライベートな秘密もご開帳! だ。ここは広い心で以て説得を――


「うるせぇババア!」


 ――しなくても、良いだろう。

 あまりの暴言に彫像のように固まっていると、聞いていた先生方が気の毒そうに私を見つつ、手塚宏正を引きずっていく。

 やめてくれ。せめて憐れまないでくれ。笑ってよ、ねぇ……!


「あ、あの、観司先生はお綺麗です! その、癖のない黒曜石のような髪も長くて、綺麗ですし、瞳も澄んだ海のように可憐ですし、クールな眼差しも、ぼ、ぼくは――」

「陸奥先生、大丈夫です、お世辞などなくとも。それでは私は生徒を待たせていますので、は、ははははは」


 年下の後輩にお世辞で慰められるって、思いの外しんどいわ……。

 私はなるべく諸々考えないようにしつつ、陸奥先生をその場に置いていく。

 ああ、早く笠宮さんとお話しして癒やされたい……。






















――3――




 それから。

 一週間が経ち、二週間が経ち、三週間も経つと騒動のことなどみんなあまり気に留めていないようであった。

 結局どうして彼があんな力を使えたのかは、心理系能力者の力を以てしても謎のまま。かといって心理系、とくに読心能力は貴重すぎて、「じゃあ他の人でも試そう」と都合良く補充できる人材ではない。

 現に、政府が力を入れているこの教育機関でさえ、心理系能力者は一人だけ。その一人も研究が主な活動内容であまり教師には向いておらず、ほとんど表に出てこない。逆に、心理系能力者である彼が解明できなかったのであれば、本当に偶然能力が覚醒したのか、もしくは――。


「先生?」


 そんなことを考えていたら、ふと、声をかけられた。

 見上げてみれば、一階の窓から身を乗り出す笠宮さんの姿。事件現場の中庭でうんうん唸る私を見て不審に思ったのだろう。申し訳ない。


「笠宮さんですか。もう放課後ですが……なにか、部活動に所属でも?」

「いえ、忘れ物をしてしまたんです。それで……」

「ふむ、なるほど」


 忘れ物とはいえ、一人で校舎に戻すのも心配な子だ。

 あまりひいきしてはいけないが、正直、なんだかきな臭いのも事実。ここは私自身を安心させるためにも、彼女に付きそうとしよう。


「私も参りましょう」

「ええっ、そんな、悪いです」

「ついでです。お気になさらず」

「は、はい、その、ええと……ありがとう、ございます」


 あー、照れて頭を下げる笠宮さん可愛い。

 チャラ男風なのに子犬系の陸奥先生も癒やされるが、やはり真の癒やしは彼女のような子にしかできない。


「忘れ物は教室ですか?」

「いえ、実習室です。第七実習室に、ノートを忘れてしまったようなんです」


 ひらりと身を翻し、窓から廊下に降り立つ。

 でも、あれ? 第七実習室は地下だから、放課後の解放はされてない、はず。


「そうですか……第七実習室ですと、教員の端末がないと入れませんよ?」

「へ? ……お、お手数をかけします……」


 真っ赤になって身を竦ませる彼女の姿に思わず笑みを零すと、笠宮さんは恥ずかしそうにうなり声を上げた。













 “特専”の地下には、幾つかの施設がある。

 その中でも、地下実習室は闇系統の魔導術や異能を用いるのに適していた。第七はその中でもひときわ広く、実戦実習に用いられることすらある。


「あ、ありました!」


 実習室の端に落ちていたノートを回収する笠宮さんについて、実習室をぐるりと見回す。照明は最小限で、室内は全体的に薄暗い。慣れない生徒はよくここで上着やら端末やらを忘れていく。

 上級生でもたまにやらかすので、一年生の、それもまだ一学期の彼女が忘れ物をするのは無理もない。の、だけれど。


「付いてきてくださってありがとうございます! せんせ――」

「笠宮さん。私の後ろに」

「――え?」


 ノートを忘れる、ということは、まずあり得ない。

 実習では紙媒体のものは燃えて無くなる、濡れて溶ける、など珍しくはない。そのため、実習のデータは全て端末に送られる。

 だというのに、何故かノートを忘れたなどと思い込み。実際に、ノートがぽつんと落ちていた。笠宮さんはそれが自分のものだと思い込んでいるようだが、どうみても新品だ。


 まるで何者かに心理誘導されたような。

 そんな、粘つくような違和感。その答えが、濃密な闇を纏って“出現”した。


「ひっ」


 私の背中で、笠宮さんが怯えたような声を出す。

 黒い、闇のようなオーラを蒸気のように立ち昇らせるのは、まだ三十路を越えたばかりの男性だ。

 黒い髪は粘りけがあり、鷲鼻の下で歪む唇は青紫色。やせ細ったその男性の名は、吾妻あがつますぐる。特専における、たった一人の心理系能力者。


「あなたの隠匿があれば、なるほど、彼も、手塚宏正も逃げおおせることでしょう。で、あるならば、此度の事件。黒幕はあなたですね? 吾妻先生」

「ひ、ひひっ、ああ、そうさ。そして君たちは最初の犠牲者だ! 自身を捕まえた憎き教師と、その教師を慕う“絞りカス”の女生徒の焼死体を以て、悲劇は幕を開ける! キヒヒヒヒヒヒヒッ! さすればあとは天下だ! 世界を支配するのは劣等者でも、過去の遺物でもない! くひっ、この私が、異能者が! 世界を統べるのだ!」


 狂信的に叫ぶ吾妻の足下から這い出てきたのは、空ろな目をした手塚宏正。

 品行方正な生徒ではなかったが、同時に肝が太いわけでもなかった。大それたことはできないが、善人というには捻くれたいた“普通の”不良生徒だったから、こうして手駒として操られているのだろう。不憫な。


「先生、こわい……」

「防御の魔導術は使えますか? 結界系であれば好ましいのですが」

「は、はい」

「では、それで自分の身を守ってください」

「え? でも、先生は?」

「私は自分でどうともできます。ですが、守りながらだと難しい」

「っ……はい。その、先生! が、がんばって、ください!」

「ええ、お任せを」

「【術式開始セット形態フォーム防御ディフェンス様式アーム結界フィールド展開イグニッション】」


 自身の周りに結界を張る笠宮さん。

 どうもサポートに特化しているのか、彼女の結界は中々優秀なようだ。

 これなら、流れ弾程度ではどうにもなるまい。


 本当なら、別に守りながらでも問題は無い。

 が、もう一つ気になることがある。


「吾妻先生――」

「遺言か? キヒッ! 聞いてやろう」

「――“種”を食べましたね」

「…………」


 沈黙は行程と見なすぞこんちくしょう。

 “種”は魔王がまだイキイキとしていた頃にばらまけれたドーピング剤だ。魔王に対抗するために知らずの種を食べた人間は、いずれ身も心も悪魔に変質し、人類の敵になった。

 そのあまりに危険な“種”は、もう現代には出回っていない、はずだ。けれど吾妻は食べている様子。

 となれば、答えは一つ。


「悪魔の残党と契約しましたか。嘆かわしい」

「ううううううううるさい! これは必要なことだ! 劣等者どもがのさばるこの世界に革命を起こすことに必要な投資だ! そんなこともわからない愚かな“絞りカス”が」


 うだうだとわめく吾妻を無視して、もう一度、周囲の状況をよく観察。

 黒いオーラが張り付いたドアと警報装置。地下室だから窓はない。端末は圏外。


「やれ! あの憐れなゴミ共を、消し炭に変えろォォォッ!!」


 吾妻に命じられた手塚宏正が、空ろな目のまま手に陽炎を生み出す。

 予備動作の後に放たれるのは、橙色の炎。化学反応だとか、そういった色合いではない。異なる次元の能力は、私たちの常識では測れない。

 だが、それがどうしたと言うのか。あれが高熱の炎で、放たれれば私たちを消し炭にするというのなら、させなければいい。


「【速攻術式セット捕縛鎖バインド二連弾デュアル】」


 速攻術式。

 本来の魔導術式に必要な行程を短縮詠唱する、いわゆる高等技術というやつだ。

 難しすぎて机上の空論扱いらしいが、私には関係ない。そもそも魔導術は、“魔法”からこぼれ落ちた物にすぎない。

 ならば、“変身”しなければ魔法を扱えない私でも、こぼれ落ちた力を十全に扱うこと程度、いったいなんの支障があるのか。


「【展開イグニッション】」


 最初に放たれた鎖が、手塚宏正を拘束。

 二段階目に放たれた鎖が、彼を床に固定した。


「さて、手札は封じられたようですが?」

「ッ……なんなんだ、なんなんだよオマエ!」


 狼狽し、床に尻餅をつき後ずさる吾妻。

 なんなんだ、と言われても、今の私は一教師に過ぎないのだが。


「もういい、もういいもういいもういいもういいもういい! おまえたちなんかみんなみんなみんな殺してやるああああああああああああああ」


 他人を操り、その能力すら強化する力。

 ドーピングによって得た力は、彼に狂気をも植え付けていたのか。吾妻は叫び声をあげながら、その身体を膨張させていく。

 ……というか、展開早すぎません? って、私が速攻で手塚宏正を無力化してしまったからか。


「ッ……【速攻術式――」


 私の速攻術式は、確かに相応の速度を持つ。

 だが吾妻の変異は、詠唱というキーワードを必要とする魔導術では捉えきれなかった。


「せ、せんせい? あ、れは?」

「直視しないように。精神をもっていかれますよ」

「ひっ……は、はい」


 笠宮さんに呼びかけながらも、私は目をそらさない。

 いったい吾妻はいつ種を食べたのか。熟成されきった種が彼の中で開花したのだろう。吾妻の肌は紫に染まり、筋肉は異常に膨張し、腕が二本も背中から生えてくる。見るものに狂気を、近づくものに瘴気を与える異次元の敵対者。


「――悪魔」


 魔王を打ち倒した後もなお魔王にかわって地球侵略を企む存在が、異様に伸びた牙で私たちを威嚇する。


『如何にも。我が名は悪魔、レジェルセンド。開花し君臨したのならば、最早貴様たちに勝利はない。我は持て囃されし七を打ち崩し、この地を絶望に覆うものなり』


 振り向くと、笠宮さんが顔面を蒼白にして蹲っている。

 結界ごしで、直視せずに魂を軋ませる存在。教師である私を含めて、これに叶う存在など今の特専にはいない。七英雄なら、別だろう。だが、彼らがたどり着く前に、これは特専の人間を、そこに根ざす人たちを殺し尽くすことだろう。


『恐怖に震えるか。それもまた良し。この男も矮小であったが、我が苗床としては優秀であった。であるのならば、貴様たちも我が同胞たちを呼び起こす苗床として、いまわの際まで生き存えさせてやろう』


 ああ、そうだ、勝てない。

 教員である私では、これには勝てない。

 悪魔であるということは、そういうことだから。


 だから。


「来たれ、【瑠璃の花冠】」


 ああ、認めよう。

 “教員の私”では、おまえに打ち勝つことはできないと。

 そして、後悔して貰おう。

 私を“この姿”に、させたことを。


『足掻くか。よかろう。一撃は許そう。羽虫とて、な』


 私の手に“ステッキ”が現れる。

 持ち手から本体は白。柄の直ぐ上には瑠璃色の花と澄んだ青の宝石。可愛らしくデザインされた、子供用玩具のような魔法の杖。


「すぅぅ……」


 さぁ、覚悟を決めろ、観司未知。

 教師人生にピリオドを打たないためにも、“この姿”を見たモノは、等しく滅殺すれば良いのだから!

 振り上げた手。輝くステッキ。そう、我が能力の名は――。





「【マジカル・トランス・ファクトォォォォッ!!】」





 ――“魔法少女”。



 魔法少女の能力使用条件は、単純明快。

 物語の“魔法少女”のように戦うこと、だ。

 衣装を着て、詠唱をし、ポーズを決める。たったそれだけで得られる膨大な力。


 だが、待って欲しい。

 “少女”じゃなくなっても条件が変わらないとか、聞いてない。


 身体を包み込むのは、ふりっふりの魔法装束。

 白い衣装にアクセントの瑠璃色のリボンと銀の装飾。少女時代にヘソ出しルックだった可愛らしい上衣は、これでもかと胸を強調する、下着よりもひどいパッツンパッツン。

 スカートは膝が隠れる程度だったのに、今や膝上二十センチ。魔法のパンツが動く度に見える。おまけに太ももはニーハイがキッツキツに食い込むボディコン衣装。

 少女時代は良かったが、クール顔に成長した今では絶望的に似合わないツインテールは花飾りで可愛らしく固定。眼鏡は空中に溶けて消えた。


『ち、痴女だァァァァァァァァァッ!?!?!!』


 さっきまでのキャラを投げ捨てて、怯えながら後ずさる悪魔。

 ああそうさ。そうだとも。これこそが仲間たちを爆笑で過呼吸にさせ殺しかけ、姉貴分を泣かせ、慕ってくれた真面目な仲間に唇を噛んで血を逃すほど笑いを我慢させた痴女衣装。





 ――ステッキを天にかざし。

「魔法少女!」

 ――回しながら胸の前へ。

「ミ・ラ・ク・ル」

 ――スカートを翻しながら、くるっと回転して。

「サファイアっ!」

 ――片手は腰に、ステッキは口元に。

「可憐に推参っ!!」





 最後の仕上げにぱちっとウィンク。

 リップ音を上げながら、ステッキで投げキッス。

 可憐な少女時代ですら恥ずかしかった行動は、今、音を立てて私の胸に爪を立てた。さぁ、殺せ。いや、間違えた。殺さなきゃ。なにがあっても。


『ぐぅぅ、この我に膝を付かせるとはなんたる力!』

「うるせぇ、嫌みか。しね」


 と、ついつい口が悪くなる。

 だがだめだ。このクソステッキは、私の言動から少女度が下がると威力が下がる。改めて気を取り直して、口元に手を当てて微笑む。ころせ。


「乙女に痴女とか言っちゃう悪い悪魔は、お仕置きだぞ☆」

『恥ずかしくないのか貴様』


 は、はは。

 ははははははっ。


 敵にまでこの扱い。

 ああうん、そうだね。知ってた。

 うん。だから、さ。


 おまえだけは、この場を生きて帰さない。


『痴女として苗床となることを恥じて逝け!』

「――遅い」


 一歩踏み出し、拳を避ける。

 ――翻るミニスカ。


『なに?! ならばこれで!』


 四連撃を、後ろに飛んで避ける。

 ――引き締まるむちむちニーソ。


『ならば!』


 放たれる毒のブレスを、ステッキで弾いてかき消す。

 ――無駄に揺れる胸元。


「【祈願セット現想フォーム等しく斬り分ける光スラッシュ】」

『ぐっ、まさか、痴女の格好で油断をさせて?!』

「【成就イグニッション】!!」


 放たれた斬撃は極光。

 周囲を真っ白に染め上げるほど力強い光は、悪魔に難なく接触する。

 悪魔もその膨大な力を練り上げて防御の姿勢をとるが、光は消えない。


『何故だ?! 何故、何故何故何故?! 何故防げない!』

「防ぐという選択肢が間違いだったというだけのこと。私は“斬る”と願い、その願いは成就した。故に――“斬る”までそれは、止まらない」

『そんな、馬鹿な!? それが可能ならば、それができるのならば、それは最早、人間などではなく――ァァアアアアアアアアアッ!?』


 断末魔が響き渡る。

 悪魔の身を切り裂いた光は、その奥に隠された“悪魔花”を切り裂いて、けれど他の何者をも傷つけずに消滅した。

 後には倒れ伏す吾妻と、砂になって消えた花。私の願い、“斬り分ける光”は十全に願いを叶え尽くした。


「魔法少女のお仕置きコンプリート! これにて、決着っ!」


 ステッキをくるくる回して、びしっとポーズ。

 何故か爆発する背後。怪我なく吹き飛ぶ吾妻と手塚。

 終了の合図に応えるように、魔法のステッキは宙に消え、私の姿も元に戻る。


 後は気絶した笠宮さんを回収して、後始末は理事長に丸投げ……し、て?




「せ、せんせい」

「か、かかかかかか、かさ、みや、さん」




 ぱちりと目を見開くのは、私の癒やし、笠宮鈴音ちゃん。

 あれ? えっと? いつからどこから? 気を失っていたんじゃなかった、の?


「あ、あの――」

「ええっと、これはその、私はあれでそのこれで痴女などではなく」

「――格好良かったです、先生!」

「はぁ?」


 呆然と呟くのも仕方の無いことではなかろうか。

 いやだって、どうしろっていうのさ。


「ああ、まさか先生が憧れの魔法少女ミラクル・サファイアちゃんだったなんて! あ、わかってますよ? 正義の味方は正体を秘密にするんですよね! 大丈夫です、わたし、口は固いんです!」


 びしっと、魔法少女ポーズを決める笠宮さん。

 うん、そうだね。君がやると可愛らしいよ。でもね、だめなんだ。もう私の心はぼろぼろなんだ。おうちかえちたい。









 ああ、なんだろう。せっかく事件を解決したのにこの徒労感。

 神様、私はどうやらあなたを許すことが、できそうにないようです。



















――4――




 結局、あの事件は外部に漏れることなく終わった。

 そりゃあそうだ。悪魔が出てきた、なんてことになれば混乱は必至。下手したら新しい悪魔を呼び込むような事態にだってなりかねない。

 手塚宏正は吾妻英の心理操作によって操られていた、ということで大きな処分はまのがれた。しばらくは魔導科の校舎で奉仕活動、ということに落ち着いたようだ。


 私は、というと、笠宮さんのきらきらした視線を痛く思いつつも、本当に口の固かった彼女のおかげで平穏な教師生活は守られている。

 こんな良い子じゃなければ後遺症覚悟で記憶処理を施しても良かったのだが……いや、詮無きことか。


 なんだかんだで日常が戻り、ようやく一息。ということで、私はあの居酒屋で悪魔の報告も兼ねてたまたま時間のあった英雄仲間、九條獅堂と杯を交わしていたりする。


「あはははははっ! 見せたのか?! 生徒にアレを!」

「わらいすぎだよ。うぬう……」

「で? なに? 弟子入りってか?」

「弟子にはしないしできません。だいいち、既に教師と生徒なんだから関係なんか変わんないわよ」


 に、しても、だ。

 この男は相変わらず失礼だ。あのときの姉貴分を泣かせた同窓会で、過呼吸になるほど笑ってくれやがったのもこの男だ。

 獅堂は相変わらず無駄にイケメンな顔を緩ませながら、おっさんみたいにビールジョッキを傾けている。


「なにシケた顔してんだ。ほら、呑め呑め!」

「呑むわよ、呑みますよーだ。ったく、シケた顔もしたくなるわよ。結局、“種”を渡した悪魔は行方知れずなんだから」


 そうなのだ。

 吾妻に種を渡して契約した悪魔は、どうやらよほど逃げ足が速かったらしい。私が我に返って探知をしたときにはもう、影も形もなかった。


「言いたかないけどさ。“魔法少女モード”の私から逃げ切るなんて相当よ?」

「そりゃあみつからんだろ。俺が消したからな」

「なるほど、地獄まで逃げたってわけね。そりゃ見つかんない――って、はぁぁ?!」


 おいこら。

 この男、今、なんてった?


「いやな。妙な気配がしたから特専に、こう、飛んでいったわけだ。そしたらちょうど悪魔が逃げてきてな。こう、ジュッ、と」

「ジュッと、じゃないわよ! なんで教えてくれなかったの? もー、要らぬ気を揉んじゃったじゃん!」

「いいじゃねーか。呆け防止だよ」

「ばばあつかいしたらころす」

「ぐっ……す、すまん。だがあれだ、正直、おまえから話を聞くまではどこに関わりがある悪魔だったなんてわからなかったんだぜ?」

「むぐっ……そっか。そーだよね……」


 まったく、なんて苦笑いしながら私の頭に手を置く獅堂。

 思えばこいつは昔からこんなやつだった。中二病で、大雑把で、見栄っ張りで。でも、いざというときは先頭に立って、矢面に立って、笑って頭を撫でて。

 ひとを安心させるのが、妙に巧い男だった。本当に、笑っちゃうくらい。


「こういうときだけ大人っぽくなるのは禁止」

「そういうおまえは相当酔ってるな? 子供っぽくなってるぞ、未知」


 飲んで安心したからだろうか。

 なんだかちょっと、眠くなってきた。


「うるせー、ちゅうにびょう」

「男は何歳になっても中二病なんだよ」

「むだイケメン」

「無駄ってなんだこら……と?」


 瞼がだんだん、下がってくる。

 ねぇ、獅堂。いつだって、あなたたちのことを誰よりも頼りにしているんだよ。

 だから、なんだ。


「タクシー、まかせた」

「ったく……はいよ、任されましたよ、おじょーさま」


 ふざけたような言い回しがどうにもしゃくに障って。

 振り上げた拳は、抱き留めてくれた獅堂の胸にすとんと落ちた。





















◇◆◇




「まったく、困った女だよ、おまえは」


 そう、獅堂は安心しきった顔で眠る未知の頭を優しく撫でる。

 信頼されているということは、裏切ることができない、ということだ。獅堂はそう、愛しいものを見る目で未知の寝顔を眺める。


「そうやって、俺にだけ甘えていれば良い。あの頃みたいに、少女だったときみたいに、俺に懐いてくれよ、未知」


 ――実のところ、獅堂は己の打ち倒した悪魔がどこでなにをしてきたのか、把握していた。

 悪魔の身体が放つ“力”の残り香は、獅堂の理性を吹き飛ばすには十分だった、ともいえる。


「おまえは、自分の価値をわかっていない。いつかそれがおまえ自身に牙を剥くかも知れない。そうなったら、俺は――」


 獅堂は、数年前の同期会を思い出す。

 英雄同士で集まったたった七人の宴会は、実の頃、破滅へのプレリュードとなるはずだった。英雄たちが一堂に会し、己の近況を語り合う傍ら。何人かは、人間に反旗を翻す腹づもりでいたのだ。

 英雄として祭り上げ、くだらない政治で己を縛り、時間が経てば用済みと言わんばかりに厄介者扱いをする国々。ならば“超越者”足る自分たちが、選ばれた者たちの楽園を作ることになんの躊躇いがあるか。そう、語り合う影の中に、獅堂の姿もあった。

 未知は反対するだろう。けれど彼女のことは、仲間たちみんなが好きだった。だから反対されても、敵対しても、未知だけは傷つけない。


 そう、交わした約束は。

 あの日の“変身”で砕け散った。


 肌で感じる力の奔流。

 血が沸き立つような圧倒的な恐怖。

 年月を経て、誰もが己の力を成長させる中、彼女だけは“神の領域”にたどり着くほどに進化を果たしていた。


 笑うしかなかった。

 獅堂たち反旗を翻そうとしていたものたちは、己が如何に傲慢であったか思い知り、絶望から笑うことしかできなかった。

 未知の姉貴分は、彼女に押しつけられた運命を不憫に思い、涙した。

 未知の弟分は、彼女が背負わされたモノへの悔しさから、唇を噛んで震えていた。


 そして獅堂は、心から歓喜した。

 己が生涯全てを賭して愛し抜く女を見つけた喜びと、彼女を裏切らせなかった人生に。


「俺にとっては、もう、妹分じゃねぇんだよ。だから、ゆっくりでいい、俺をもっと信頼して、懐いて、おちてきてくれ」


 獅堂はそう、眠る未知の額に口づけを落とす。

 ただ、真綿で包み込んで、がんじがらめにしてしまうように――。
















――了――

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― 新着の感想 ―
[一言] ち、痴女だァァァァァァァァァッ!?!?!! でもその痴女、知らぬ間に世界を救うw
[一言] ノリのいい悪魔だ。
[良い点] 途中ですが。 [気になる点] 3の [一言] 沈黙は行程と見なすぞこんちくしょう。
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