怠け者の坊主
ある村の寺に、やたらと態度のでかい坊主がいた。その若い坊主は、どうしようもない怠け者で、村人の多くから嫌われていた。彼を嫌っていない者がいたとしても、それは単にまだ幼くて、物事がよく分からないというだけのことだった。
坊主は他に何もしないくせに、お布施を集めることだけは熱心だった。お布施を拒めば祟りがあると言い募って、坊主は村人たちからなけなしの金を受け取り、いつも豪勢に遊んで暮らしていた。
そんなときのことだ。村に数人の男が来て、村長と話をした。なんでも、この村のすぐ近くの海辺に工場を建てたいということらしい。そして、そこで働く工員をこの村から雇いたいのだという。
村長がその話を皆に伝えると、誰もが喜んだ。工員としての待遇もたいへん良さそうだ。農作業をする頭数なら有り余っているから、ぜひうちの子を工員に、と話が決まってもいないのに親たちは村長に言い募った。
「しかし、一つ問題があってな」と村長は言った。「あの寺だ。あの怠け者のいる、海辺の寺だ」
工場を建てるためには、海辺の一等地に陣取っている寺を移動させるか、潰さなくてはならないらしい。村長と数人の村人は、さっそく坊主のところへ赴いた。
「嫌だね」と坊主は腕組みをして、そっぽを向いて言った。
誰もが予想していたことだった。あいつは最後まで渋り続ける、と。
「もちろん金は払う」と村長は言った。「はっきり言って、お前に村の金をすべて渡したって、お釣りが来るほどだ。お前も寺を手放して、一緒に工員として働いたらどうだ? 農業よりも漁業よりも、遥かに楽なようだしな」
「絶対に嫌だね」と坊主は案の定、態度を変えなかった。
「そこを何とか……」
「この罰当たりどもが!」と坊主は怒りをあらわにして立ち上がった。「ええい、帰れ帰れ。この寺を一歩でも動かしてみろ。お前ら全員、末代まで祟られるからな!」
あるとき、寺から坊主の姿が消えた。坊主と屈強な若い衆の姿を海辺の崖の近くで見かけた、などという噂もそれとなく流れてきたが、真相は結局、明らかにされないままだった。あっという間に寺は取り壊され、その敷地は工場の一部に取り込まれた。
そして数か月後には、その場所で巨大な工場が稼働していた。大きな煙突が三本そそり立ち、まるで雲そのもののような煙がもうもうと立ち上るようになった。村には立派な道路が通り、山を越えずとも、街にあっという間に行けるようになった。村人の多くは工場で働くようになった。工員としての仕事は大変ではあったが、それでも今までより生活が遥かに楽になったことは事実だった。
村人たちは若い者もそうでないものも、自由に街に繰り出して遊ぶようになった。町で結婚相手を見つけた者も多かった。彼らは村に帰ってきて住みつき、赤ん坊が生まれてさらに人の数が増え、ますます工場から収入が得られると喜ばれた。
しかしそれも長くは続かなかった。しばらく経ったあるとき、魚が急に捕れなくなったのだった。工場が川に流している廃液のせいではないかと噂されたが、証拠はなく、漁を続けていた者たちの主張は受け入れられなかった。
「大丈夫だよ。貝や魚が取れなくても、俺たちには金があるんだからな」と村人たちは言い合い、頷き合った。
そうしているうちに、今度は農作物が採れなくなった。どうも空気や川の水が悪くなったことが原因なのではないかと、農業を続けていた者たちは言った。工場の煙が海風で山の方に流され、それがまた川を下って戻ってくるのではないか、という予想も出されたが、やはり根拠はなかった。
「大丈夫だよ。米や野菜が採れなくても、俺たちには金があるんだからな」と村人たちは言い合い、頷き合った。
やがて今度は、村人の間に正体不明の病気が蔓延し始めた。水や空気が悪くなったことに加え、工場の隣の空き地に積み上げて放置してある正体不明の廃棄物が原因ではないかと思われたが、こちらも根拠はなかった。
ここへ来てようやく、村人たちは工場のやり方に文句をつけるようになってきた。しかし本社から出向してきている工場の幹部たちは、以前のあの坊主と同じで、まったく村人の話に取り合わなかった。事態が良くなることは一向になく、村人も強く出ることはできなかった。何しろ工場を失ってしまえば、他にもう働く場所がなくなるのだから。
もらった給料はすべて街で使い果たしていたので、村人たちのほとんどには金がなかった。結局、そのまま働き続けるしかないのだった。しかし赤ん坊が死んでしまった親たちは、村に愛想を尽かし、子供ために貯めておいた金を持って出て行った。村人の数は徐々に減っていった。
そうこうしている間に、残った村人たちも病気がちになり、工場は満足に働き手を得られなくなってきた。村人たちは、病院に行く金さえ払ってもらえれば、またここで働き続けられると言った。しかし工場の幹部たちは、そんな金はないと言った。工場はとうとう操業を取りやめ、幹部たちはさっさと本社のほうに戻ってしまった。
工場跡を片づけるにも金がいるらしく、建物はそのまま放置され、廃液も廃棄物も処理されないままとなった。数年後、その村には一人の住人もいなくなっていたという。