私、お願いされました
「お願いと言うのは他でもありません。保様のことです」
頭を上げてもらい話を続ける。
「まぁ、そうですよね」
「……ご存知の通り。保様は今後の定禅寺グループを背負って立つお方です」
「えぇ、そうですね。アイツには無理でしょうけど」
「そう、問題はそこなのです。はっきり言って今の保様は一国一城の主となるには未熟すぎます。そこで、若葉様にお願いなのです」
あぁ、何となく見えてきた……。
「保様を、一人前のグループの長にしていただきたいのです!!」
やっぱり。
そう言うことでしょうね。
「引き受けたい気持ちはあります。喫茶店で本人から勉強や運動の相手をしてって頼まれましたから。ですが、定禅寺グループの会長にふさわしい人物にするとなると、女子高生の私には荷が重すぎます」
「いえいえ、そこまで言うつもりはありません。若葉様にお願いしたいのはもっと簡単なことでございます」
「簡単なこと?」
世界で戦えるレベルの人物を育て上げることより難しいことを思いつかないんだけど……。
「保様の頭脳を学内一のものとすることと、何か一つスポーツを極めさせてもらいたいのです」
「は…??」
開いた口がふさがらなかった。
「定禅寺グループは、世界でも五指に入り、日本では間違いなく一番のグループです。その頂点に立つ以上、それが例え学校生活と言う場であっても負けることは許されないのです」
正直、無茶苦茶な理屈だと思った。
その反面、なるほどとも思った。
世界のトップを目指す人物が他の企業の息子たち、つまり将来のライバルたちに今の時点で負けるわけにはいかない、と。
「分かりました。出来る限りのことはしてみます」
「よかった。ありがとうございます」
「ただ、一つ質問があります」
「何でしょう?」
「何故、私なんですか?そんなこと、えーと、おじいさんにもできるでしょう?」
「あぁ、私のことは爺やと呼んでください。そのことなんですが、我々も様々な方法を試みました。有名な家庭教師を雇ったり、大学から教授を呼び寄せたり。しかし、どれもダメでした。保様は泣きだしたり逃げ出したりで全く授業にならなかったのです」
「それで?私がやらなければいけない理由が分かりません」
「……今思えば、上から押し付けるように教え込もうとしたのが良くなかったのかもしれません。しかし、先ほど喫茶店で保様自らが若葉様にお願いしました。勉強と運動の相手をしてくれと。保様は分かっておられるのです。変わらなければいけないと。そして、自らの意思で変わろうとしているのです。ですから、どうか、どうか……」
気が付くと爺やさんは泣いていた。
「私は、保様が産まれたころから知っております。確かに保様はどこをとっても良いところがありません。しかし、他人を見る目は一流です。それだけは父親の革様にも劣らないでしょう。そんな保様があなたを選んだ。ならば、安心して任せる事ができます」
良いところが無いとか言っていいのか、と思いながらも納得した。
あいつもあいつで変わろうとしているんだ。
私が知らない苦労があいつにもあるんだろう。
「分かりました。少し考えさせてください。明日の晩、もう一度ここに来ていただいても?」
「ええ。私もこんな時間に押しかけて、さらには取り乱してしまい申し訳ありません。良い返事を期待しております」
そう言って一礼をすると爺やさんは窓から颯爽と飛び降りた。
……飛び降りた!?
ここは2階なのに!!
あわてて下をのぞきこむと、老紳士の姿はもうそこにはなかった。