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報復  作者: 深皇玖 楸
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見えない惨殺者、真昼の出来事《五》





 この街の始まりは遥か黎明の日本、奈良に都が置かれていた時代に遡る。

 その当時からの住人のほとんどが、変わらずこの街に住んでいる。それが今日の能力を持つ人々である。

 本来ならば膨大な人数になっている筈だが、実際には当時の十倍程度らしい。

 そんな時代から現在まで、当時の家系は殆んど残っている。珂欟や瑞木も例外ではない。

 双璧を謳われ、この街を支える二柱の柱。分家を作ることはこの街では殆んどない。したがって現在は香月を名乗っている綵菟も、いずれは珂欟に戻るということだ。






 そんなことは、今はまだどうでもいいのだ。






 少なくとも、現代日本に於いて姓によって人生が左右されはしないから。

 だが、よりにもよってその血によって人生が変わるかもしれない。

 綵菟は階段を下りながら、内心悲嘆に暮れていた。

(頼むから冗談であってくれ)

 先刻の雪營の様子からして、冗談ではなさそうなことも解っている。だが、いくら綵菟でも認められないことはある。認めたくないことも、また然り。

(声帯が短くなる?何で退化しなくちゃならないんだ)

 だったら最初から伸びないようにしておけばいいものを。

 しかし、何故声だけなのか。生憎と、それは単純明快だった。

(祝詞のため…か)

 溜め息を一つ、微かに吐くと、綵菟は投げ遣りになる。本当にとことん自分に興味がないのだ。

(まぁ、珂欟に生まれたんだから仕方ないか)

 そして、完全に何もなかった振りをして、化学準備室に戻る。当然、全員に囲まれる破目になったが。

「綵菟っ大丈夫!?獸に会ったんでしょ!!?」

「睦瑳…」

 それでもやはり、一番に声を掛けてきたのは睦瑳だった。

「良く無事だったな、香月。無茶するな」

「あの女、一体何だった?」

「オレ獸見たの初めてだったぜ。けど、案外普通だったな」

「でもなんであの女と香月の間に介入したんだ?」

「案外香月気に入ってたりして…」

「気に入られてんのは瑞木だろ」

「親友だからじゃね?」

 口々に丸塚、宮崎、桐生、新川、矢崎、田村の順に綵菟に話しかけた挙げ句、話を勝手な路線に変更してしまう。

「じゃあ、やっぱり相良を殺したのは獸じゃないよな…」

 それは、龍崎の重い一言だった。ガタイがよく、運動部での伝説を数多く持つこの男は、裏番長と呼ばれる綵菟と張り合う唯一の男だが、かなり繊細でマメな奴だ。恐らくは柚弥の死に相当ダメージを受けていたのだろう。静まりかえった準備室の中で、綵菟が感じたのは、何とも言えない安堵だけであった。

「功先輩…、獸を疑ってたんですか?」

 功先輩、というのは龍崎の渾名だ。龍崎功介というのが、龍崎のフルネームだからだ。

 呟いたのは宮崎で、名前は雄大といい、あまり似合わない名前だ。世に言ういじられキャラである。

 因みに、他のメンバーの場合は、丸塚は茂成しげなりで青髪色黒の野球部の四番で、鬼のように強く、誰よりも練習熱心で容赦がない癖に気性がおおらかなために『野球部のオニーサン』と呼ばれているし、刑部は孝太郎こうたろうという名前で、しかも美術部で彫刻をやっていたりするために『高村』と呼ばれているし、芳崎は敏哉としやという名で、2歳上で19歳の兄・和哉かずやがいて、そちらのほうは若手No.1の実力派俳優として有名だ。

 春日は元成という名で、眼鏡の理論派なのに実験が大好きで、桐生涼太は現役生徒会長をしている。因みに副会長は春日で、後任は綵菟に任せようとしているのは、まだ生徒会の中だけの秘密だ。

 新川治摩は坊主頭の応援団長で、水泳部のエースとして数々の大会記録を出してきた男だ。

 三年の田村義仁と矢崎瑞樹は、共に学年トップで、二人共かなりのサディストである。

 田村はレポートの管理が徹底した、かなり神経質な男なのに、血液型はAB型だ。

 矢崎は見れば分かる通り、睦瑳の苗字と同じ韻であるために、まず家族以外で瑞樹と口にするものはいない。ちゃらんぽらんに振る舞ってはいるが根は真面目で、実験はかなり目を見張るものがあるため、伊志嶺が密かに文系であることを惜しんでいるという。

「疑うより他ないだろう。真相はどうあれ獸は一連の報復の犯人とされてきたからな」

「……功先輩は…」

 睦瑳が言おうとした言葉を引っ込めてしまうと、室内には沈黙が下りる。

 如何にエアブレイクを起こすのが得意なこの面子も、綵菟と睦瑳が何も喋らなければ、話すことなど出来ない。虚勢でなく明るく振る舞っているが、事はそれを凌駕するものなのだ。

 何より、幾ら人でなしの部類に入る矢崎たちであっても、親友の死に浸る時間はくれる。彼らもまた、この狭い箱庭の世界に産まれ育ったのだから当然、幼い頃より綵菟や睦瑳や柚弥の成長を見てきたのだ。

 悲しくない筈がなかった。

 けれども綵菟や睦瑳が感じた気配も感じられず、無力感に苛まれることもなかった矢崎たちよりも、綵菟と睦瑳が悲しんでいることはきちんと知っていたから、彼らはいつも以上にテンションを上げていたのだ。

 伊志嶺や迫田も何も言わない。綵菟も睦瑳も、至って冷静で取り乱すことは少ない。特に今回のことについては諦めが先に立ったがために黙ったのだと、二人に分からない道理がなかった。

 それから、沈黙を破る者が居ない中予鈴が鳴り、重苦しい雰囲気を引きずったまま、それぞれの教室に戻っていった。




 結局、綵菟は雪營が外敵を探しにこの街を出たことを言えずじまいになってしまった――。







 綵菟が1年E組の教室の扉を開けると、そこは何も変わっていなかった。

 元々、外部の人間が多いクラスだ。綵菟が屋上に居たことすら知らない人間もいる可能性もある。

 綵菟は概ね普通の高校生であろうと思っていたが、どうやらそれは本当に『概ね』であるようだった。

 流石に内部の生徒は心配そうな目線を送ってきたが、気付かれると厄介なのだろう、誰一人綵菟に声を掛けるものはいなかった。

 窓際の自分の席に着くと綵菟はライティングの教科書を机の上に置き、曇天の空を意味もなく見つめていた。

 なんだか一日の話なのに、ちんたらちんたらやっててすみません。

 取り敢えず昼休みを終えた綵菟ですが、お祖母様登場ですよ。…やだなぁ。



 何故設定の段階であんな悪女&無能×ろくでなしにしてしまったんでしょう…。





 赤姫より救いようがない

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