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報復  作者: 深皇玖 楸
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見えない惨殺者、真昼の出来事《三》

 赤姫と獸は、対峙したまま、しかし何の行動も起こさない。

 いつしか澤口の応急処置も一段落し、そっと運ばれていった。

 当然赤姫も獸も気付いたが、特に気にした様子もなく、一瞥しただけだった。

 風がまた強くなっていく。

 一向に動く様子のない二人を、当初は固唾を呑んで見守っていた人間の内、この街の人間でない者以外は注視している様子はない。

 異常な事態であっても全国からやってくるエリートたちにとって大事なのは五限目の内容であって、屋上の事情でも、生徒と教師の安否でもないのだ。

 睦瑳はその現状を見て絶望したが、それは彼らの自由であって自分に強制されるものではないことも同時に分かっていた。

 “ブラックサレナ”のメンバーは相変わらず見つめていたし、いつの間に来たのか迫田もいた。

 それでもやはり、屋上は静かだ。

 睦瑳は綵菟を見たが、数分前にはアイコンタクトをくれた綵菟も、今は見向きもしない。

 ――――獸に気に入られているというのは、本当なのだろうか。

 睦瑳には激しく疑問だった。

 綵菟も柚弥も、それは根も葉もない噂だと言った。口さがない連中のことは、放っておけばいいと。それで駄目なら助ける、とも。

 柚弥は死んだ。もう睦瑳には綵菟しかいない。“ブラックサレナ”があるけれど、それも高校をでてしまえばほぼ無意味だ。

 自分が綵菟に依存していることは分かっている。今の睦瑳にとって綵菟が『世界』と『自分』とを繋ぐ橋だ。綵菟を失えば睦瑳は孤独になるのだろう。少なくとも雪廻町のなかでは異分子と捉えられる。たとえ睦瑳が瑞木家の人間だとしても。

 綵菟は確実に何かを隠している。それは分かっていたし、有り難かった。少なくとも、変わらずにいられるから。




 睦瑳はやや痛くなってきた首をさすりながら、再び屋上を見る。

 黒いビロードのような影が揺れていて、それが纏わりつく形にできたシルエットは男のものだ。

 それが自分を気に入るなどと、誰が信じられるのだろう。

 いや、それよりも。

 どうして獸を恐れるのか。

 彼は殺していない。断罪も報復も、総て殺すようなものではなかった筈だ。

 富に酷くなってきた報復を加えているのは、彼だというのなら、どうして彼から血の臭いがしないのだろう。全く感じられなかった。

 獸は本当に恐れるべき対象なのだろうか、睦瑳には分からなかった。



「瑞木。香月…いるんだろう?大丈夫なのか」

「迫田先生…」

「あれが獸、か。只の男のように見えるが…。いや、むしろ清廉されている。あれが獸だというのなら、俺たちは何なんだって感じだな」

「迫田センセ、大人だねぇ」

「茶化すな春日。犬って呼ぶぞ」

「無茶苦茶じゃないですかぁ」

 横道に逸れた会話を隣に聞きながら、だがしかし睦瑳の心は暗々たるものだった。

(綵菟…)

 睦瑳には危険なのは獸よりもむしろ、赤い女のほうに見えた。

 獸は想像していたそれより遥かに凄い。他を寄せ付けない静かな威圧感が、どこか達観しているように思う。

 対する女は着物に二本の鉤爪、仕草は上品だが、どこか下卑た感が否めず、そして行動も予測がつかない。それだけに、綵菟が心配だった。

 まとまらない思考に苛つきながら、睦瑳はひたすらに綵菟の無事を祈った。







「さて、赤姫とやら。お前は人間だな?」

 深く低く、そして通る声が屋上に響く。

 だがそれでさえ、赤姫の表情を変化させることはできない。

 先程から赤姫は口許に笑みを浮かべたままだ。

「さてなぁ…。妾は何者なのかのう…。お主はどう思う?」

 唐突に話を振られ、綵菟が躊躇したのは一瞬だった。

 返す言葉は全く持っていなかったが、今はとにかく、直感を言うより他はない。

「人間だろう」

 ここで断言しなければ、赤姫は飄々とした態度を崩さないだろう。また断言したところでそれが崩れるとは思えなかったが、話を進めていかないことには始まらない。

 柚弥を殺したのが赤姫ではなかったとしても、なんらかの情報を持っている可能性は高い。何の力もない高校生が情報を得るには、頭脳をフル回転させるしかないのだ。

「ふふふ…。人間、か。お主は何故そう思う?」

「化粧をしているからだ。―――素顔を見られたくないのだろう?」

「おや、それは鋭い。―――その通り、妾は確かに人間じゃ。

 だが世の中には人間と同様の信号体系を持つものどももおる。そのことを忘れぬほうがよいじゃろ」

「異端者であれば例え人間であろうとそれと同じだろう。お前のように」

 綵菟が切り返すと、赤姫はさも可笑しそうに笑う。

「そういう異端者がどういう風に隠れるか、知っておるか?」

「あくまで常識人として振る舞う。自分が異端であることを理解している人間にとってそれは簡単なことだろう?俺たちが感じる良心というものが存在しないのならば」

 綵菟が毒を込めて言うと、赤姫は満足そうに笑う。

「お主も異端者になれるの」

「お前と一緒にするな。お前の規律は俺の規律にはなりえない。他を当たれ」

「できればこの街からも消えてもらおうか」

 それまで黙って赤姫と綵菟のやり取りを聞いていた獸が口を挟む。

 そこに二人の本気の色を感じたのか、赤姫は下卑た笑いを浮かべて消えていった。

 その気配はすぐに遠ざかり、都心の方向へと、紛れて感じられなくなった。




 残された獸と綵菟は互いに静かに向かい合う。

 それは懐かしくも切なく、そして重かった―――。


 もっと睦瑳に語らせてみたいです。

 書いていてとても楽しかったです。(超自己満足)。

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