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報復  作者: 深皇玖 楸
4/17

見えない惨殺者、真昼の出来事《一》

 流し読みをする方はやめておいた方がいいかも知れません。

 会話部分より圧倒的に地の文が多すぎて困ったことになっているので。



 異変は何もない。元々何も感じなかったのだから、それでいい。でも、息を吐いて良いものなのだろうか。

 分からない。



 ぼんやりと四限までの授業を終え、昼食も摂らずに綵菟は悩む。やはり、柚弥という前例で、すこし神経質になっているらしい。

 柚弥の事故から四日。

 ありえない事態に困惑し、親友を失った痛みはまだ強い。

 だが確実に、冷静にはなってきた。柚弥の死はこれからも一生綵菟の中に巣食い続けるのだろうが、現実を見つめなければならないことくらいは承知している。

 そうして無理矢理現実と向き合うと、おかしいとさえ思う。

 柚弥は裏切り行為について熟知していた。

 そして自分からそれをやるほど愚かではなかった。

 裏切りとは当然、第一にはこの街を出ること。物理的にでることには何の問題もない。

 籍さえ雪廻町にあれば、どこに逃げようが自由だ。それは罪でも何でもなく、獸もそこまでは頓着しない。

 だが、そうやって総ての人間が逃げてしまうことはない。

 この街に人間を留めているのは自分たちの能力であり、逃れることはできない。

 『街を出る』。それは『街を売る』ということと同義として使われる言葉。

 すなわち、自分たちの能力を外部の人間にリークする、あるいはギャンブルに使用する、さらには外部の人間に調査をさせる。

 それは至極まっとうな理由だ。


 なのに。


 それは絶えることはない。

 それは一重に街を出る意味を知らないからだ。

 そして、そのことについて教えることは許されてはいない。

 許されるのは教えを乞うた者のみ。

 だがそれすらも知らない。

 そしてそのことについてすら、教えることは許されないのだ。

 それが第二と第三の裏切りである。

 柚弥は教えを乞うた。

 他ならぬ綵菟と睦瑳と共に、鳳征に。

 知らない筈も、忘れる筈もない。

 裏切りをすれば自覚があったはずであり、単なる不慮の事故であれば、柚弥が回避できない理由もなく、自殺であるなら柚弥の当日の言動、運転手の証言の両方で否定できる。


 そして何より。




 獸は睦瑳を殺さない。そして綵菟と柚弥も殺さないのだ。




 それは綵菟たちが六歳の頃まで遡る。

 つまり、睦瑳が獸に気に入られた日。

 獸は嫣然と微笑んだ気配を見せた後、綵菟と柚弥に向かって、金属質の声で言った。

 曰く、

『吾が気に入りし者の友人は、吾が気に入りし者が選んだ者ゆえに、同様に裏切ることはないと信じよう。吾が気に入りし者が漆黒の闇に染まりきるその日まで、共に歩め』

と。


 だから余計に柚弥の死は不可解なのだ。獸が殺した訳ではない。報復ではないのだ。


 獸は概して、この街が好きなのだと、綵菟は感じていた。

 この街を崩壊させてしまいたいのは、睦瑳が手に入らなかったら、ということなはずだ。

 それは獸が非常に人間染みた思考を持っていることを意味する。

 闇は絶望、絶望の中に、果たして好きだという感情を抱くことは可能なのだろうか。

 浮かんできた疑問に、綵菟は即座にノーと答える。

(一つの色に染まってしまえば、何も要らない。そこにあるのは仏のように澄みきり、そして酷く単純な想いだけ。それだけしか抱かないのでは) だが綵菟は気付く。

 報復は本人に行く訳ではない。

 必ず、周囲の人間にいくのだ。

 見せしめの如く。



 だからといって、柚弥が安全であったことに変わりはないのだが。

 嫌な予感がする。

 漠然と、獸ではない気がするのだ。

 獸の筈がない。

 それは有り得ない。

 今更になって反故にする理由もないのだから。



 だとしたら。



 嫌な汗を感じる。

 獸のライバルのような者が、現れたのではないだろうか。

 そして裏切り者であるないに拘わらず、純粋に殺人を楽しむ部類の者だとしたら。



 考えて、静かに頭を振る。

 周囲が綵菟に好奇の目線を向けていようが、どうでも良かった。



 考えすぎだ。柚弥が死んだのは事実でも、獸ほどの力の有る者を、果たしてこの街の人間総てが見逃すことができよう筈もない。

 そして次に思い浮かぶのは―――。



(人間…だろうな)



 人ほど恐ろしいものはないように思う。

 睦瑳は表立って迫害されているわけではない。

 だが確実に、獸に気に入られたというだけで生き延びているのだと、恨む者もいる。

 睦瑳に対する報復のつもりで、柚弥を殺したとなれば、有り得ない話ではないのだ。



「―――綵菟。本当に大丈夫?」

 ふと気付くと、また睦瑳の顔がある。また捨てられた犬のような顔をしていたから思考も霧散し、思わず苦笑を洩らす。

「待ってたのか?」

「悪い?綵菟が朝からおかしいから、せっかく心配したのに」

「悪かないけどさ。でもただぼーっとしてただけでおかしいなんて言われんのは、健康な証拠だよな」

 つとめて綵菟は茶化す。今考えたことは、推測の域を出ない。

 そして、これからもそうであることを望みたかったから。

「ウチの学校は昼休みが二時間あるんだから、別に五分くらいいいけどさ、綵菟の顔にその口調って、なんか変」

「俺から言わせれば、お前もな。その顔見てると大型犬連想させられる。小動物系の大動物というかなんというか」

「心配して悪くないって言ったの綵菟じゃん」

「けど、そう見えるんだから仕方ないだろ」

 笑いながら綵菟は鞄から弁当箱を出し、席を立つ。

 そのまま教室を出ると、睦瑳も後ろから着いてくる。





 着いた先は化学準備室。定番の喫茶店である。

 因みにここには劇薬も置いてあるため、鍵が掛かっている。

 それもカードキータイプで、持っているのは理科系の教師のみ。

 立ち入りを許可された生徒のみ解除ナンバーを教えられ、しかも毎日ナンバーが自動更新されるから、全てのナンバーの控えがある。そしてそれはmicroSDカードごと渡される。

 もっとも綵菟も睦瑳もナンバーを全て覚えているので、そんなものを見る必要もなく、解除して入ったが。



 内に入ると、既に他の面子はそろっていて、弁当を食べている。コーヒーの香りが充満していて、思わず朝かよ、と綵菟は思った。何を食べても味はしないが、嗅覚までどうかしたわけではない。

 というより、脳まで信号が行っているにも拘わらず、それを感知してくれないという感じなのだ。

「おー、香月、瑞木。双ヅキが来たか」

 そう言ったのは伊志嶺義一という、三十代の生物教師だった。

 伊志嶺は双璧と呼ばずに双ヅキと呼ぶ。そのほうが愛着が湧いていいと言っている。

「「こんにちは、伊志嶺先生」」

 二人そろって挨拶をする。

「迫田先生はどこに?」

 迫田は五十代の化学教師で、伊志嶺同様、気さくな人物だった。

 いつも化学準備室に居座っているのはこの二人で、理科研究室に戻ることは、テストのときだけだ。

 綵菟は以前、理由を尋ねたが、二人は揃って『授業に遠いから』と答えた。それに加えて、綵菟たちのように学生時代に入り浸っていたらしく、すっかり故郷扱いなのだ。

迫田さこた先生なら地学研究室。また石集めてるからなー、楽しみにしとけよ」

 迫田は化学教師だが、地学に関しても免許を持っている。

 個人的にも石の収集家で、学校が長期休みに入ると世界中飛び回るほどの熱心さだ。

 綵菟などはかなり好きだが、石といっても宝石や隕石にしか興味のない生徒が大半で、煙たがれるのが常だ。

 ここにいる生徒はそんなことはなく、皆石に興味を持っていたが。

「待ってます」

 綵菟が伊志嶺にそう返して、準備室にしてはかなり広く、普通に個人の実験室としての設備も整った部屋の、窓際の自分の定位置に行くと、即座に話しかけられる。

「香月、コーヒー淹れてくれ〜。今日は宮崎のヤツが淹れたんだけど、クソまじぃ」

「うわぁ、酷いなぁ丸塚先輩。ちゃんとレシピ通りに淹れましたよ〜」

「お前今日なに淹れたんだ?」

 コーヒーなんて、余程のことがない限り、そうそう不味くは淹れられないと、綵菟は思うのだが。

「あやのレシピ。アメリカンブレンド」

「嘘だろー。なんだこの不味さ」

「睦瑳、どんな感じだ?」

 綵菟は睦瑳に任せる。コーヒーを淹れるのは綵菟の方が上手いが、味に厳しいのは睦瑳の方だ。

 綵菟に促された睦瑳は、一口呑んですぐに感想を言う。

「苦味が強くて美味しくないね。それにモカ入れすぎ。酸味が強すぎて食欲も減退しやすい。まぁそこは個人の嗜好の問題だけど、ケーキ食べてるわけでも菓子パン食べてるわけでもないときにはキツいね」

「相変わらず厳しいねぇ、瑞木。こだわり?」

 三年の田村がにやにやしながら訊く。

 妙に楽しそうなのは、普段は拍子抜けするくらい天然な睦瑳が、こういった話題になると誰よりも厳しいというギャップが面白いからだ。

「あー、なるほど。でもそれだけでそこまで不味くはならないよな。……もしかして、伊志嶺先生、焙煎間違えました?」

「え?いつも通りだけど」

 その言葉にぴくりと反応したのは、やはり睦瑳だった。

「先生、俺言いませんでしたっけ。メキシコとホンジュラスは豆のランクを上げたから、焙煎は二割増しにしなくていいって」

 一介の私立高校で、しかも準備室。はっきり言って睦瑳と綵菟と柚弥が入学し、この部屋に入り浸るまで、コーヒーなど飲めれば文句なしとでも言うように、安い豆しか置いてなかったし、種類もコロンビアとブラジルしかなかったので、美味しくなかった。辛うじて焙煎は伊志嶺ができたのでまだましだったのだ。

 今ではすっかり味に慣れてしまっているが、それも綵菟が自作のレシピを昼休みにレクチャーして、教え込んだためだ。

「え、あ〜そういえば言ってたっけ。ごめん。忘れてた」

 悪びれる様子もなくあっけらかんと笑う伊志嶺に、キレたのは宮崎だった。

「なんでそんな大事なこと忘れんですかっ!!お陰で先輩たちにいびり倒されたじゃないですかっ」

「「「「それはお前がいじられキャラだから」」」」

 悪魔の四人組と呼ばれる田村、丸塚、三年の矢崎、二年の刑部が、見事なカルテットで答えた。

 もちろん、宮崎はそんな四人の思惑通り、泣き崩れた。

 綵菟はそんな、日常の一コマに笑みを浮かべながら、コーヒーを淹れる。

 特に、宮崎にはカフェラテを、伊志嶺には特別にかなり深めの焙煎をしてあったブラジルをブレンドせずに出す。

 他はハードブレンドだ。

 ここに居るメンバーは伊志嶺、迫田を含む15人。

 柚弥が亡くなる四日前までは、16人だったが。

 一年は綵菟と睦瑳と宮崎の三人、二年は丸塚と刑部と芳崎よしざき春日かすが龍崎りゅうざきと桐生と新川の八人、三年は田村と矢崎の二人だ。

 綵菟と睦瑳が双ヅキと呼ばれるように、何故だかやたらと崎が多いので、宮崎、芳崎、龍崎、矢崎は4しざきと呼ばれている。

 このグループは、まず誰もが入りたがる。

 第一条件は雪廻町の人間であること、第二条件は能力が高いこと、第三条件は成績平均が9.0以上であること、そしてもちろん実験好きであることだ。

 そしてこのグループに入る条件は、グループのメンバー以外は知らないのだ。

 言わば琳鋭高校のカリスマだが、実態はこんなものだし、特に活動しているわけではなく、化学準備室に入り浸って実験をするオタク集団に近い。

 そして開校以来続く伝統でもあった。

 因みに、グループ名は『ブラックサレナ』という。

 どうして黒百合なのかは綵菟も知らない。



 綵菟はコーヒーを淹れ終える と、ようやく席について食事を始める。

 弁当箱を開けると、即座にサラダとキンピラごぼうだけを避ける。

 すると案の定、複数の手が伸びてくる。

「卵焼きもらうよ」

「オレ唐揚げな」

「生ハムもらうから」

「飯寄越せ」

「オレンジとパイナップル頂きまーす」

「焼売と春巻き片すぞ」

「恵んでくれてどうもありがとう」

 口々に田村、刑部、矢崎、丸塚、芳崎、龍崎に言われるが、もう口の中にすらない。恐るべき早業で綵菟の弁当箱は空になった。

 蓋のほうに移しておいたサラダとキンピラごぼうを食べ終えれば、綵菟の昼食はそれで終わりだった。

 綵菟はサラダが食べられれば満足だったが、それでも理不尽な想いは消せない。

「人の食べ物を襲わないで下さい。ハイエナですか?」

「「「「「「ハイエナ上等」」」」」」

 先ほどのカルテットが六重奏になり、いっそ悲しいまでの響きを湛えている。

 だが、大抵の人間がびくびくと怯え、挙動不審な行動を取る者も居るなか、これだけ明るいのには正直救われた。



 綵菟が丁寧にコーヒーを淹れていたお陰で、長い昼休みも残りは一時間強。とっくに昼食を終えた生徒のうち、外部生の一部はグラウンドで遊んでいる。

 今日は一昨日までの雨とは一転、快晴で、雲の一つもない。それだけに、高くなっていく空が如実で、冬へと近づいていることを教えていた。

 綵菟はぼんやりグラウンドを見下ろす。

 日常的な光景だからこそ、今のこの街では浮いている感がある。綵菟はそう感じた。

 自分たちの実験行為にさえ。



「―――矢崎先輩、田村先輩、受験勉強はいいんですか?」

「「推薦だし問題ないでしょ」」

 ふとした宮崎の疑問を、即座に遮る。共に文系、理系の学年トップを独走する二人にとっては、大した問題ではないらしく、薬品をビーカーに注ぎ込む手は止まらない。

「お前等な〜、もっと危機感持てよ。油断大敵だぞ?」

 伊志嶺はたしなめるが、依然として二人の手は止まらない。

「でもさー、伊志ちゃん。どうせここの提携校行くんだし、オレ等優先だろ?別に勉強してないわけじゃないんだし、問題なんて、死ぬか死なないかだけだろ」

 矢崎は気味の悪い緑の液体を作り、銅板を沈めている。ほとんど遊びだが、一応レポートには纏めているらしい。

「滅多なことを言うな」

「別に、報復とか言ってんじゃなくて、何が起こるか分からないって話。不謹慎かも知んないけど、相良が死んだの、誰が予測できたかっての。人間万能じゃないんだから、能力に驕ってるとヤバイんじゃねーの」

「矢崎先輩って、キツいですね。ま、その通りだと思いますけど、その言い方じゃ相良が驕ってたように聞こえますよ」

「別にそうは思ってないぜ。っつーか刑部、相良好きだったもんな」

「素直で可愛かったじゃないですか。愛玩動物みたいでつい甘やかしましたよ」

「まーな。なんせ今年の一年は個性派だからな。相良はやたら可愛かったし、香月は美人で目の保養。瑞木は何か憎めないし、宮崎はからかい甲斐があって楽しいし」

「瑞木は天然ですよー。こいつの数々の失敗が見事に証明してます」

 春日がフレームレスの眼鏡を掛けて、レポートと実験日記を示す。

 その実例と睦瑳本人のコメントに盛り上がり、各々の実験を放り出して、騒いでいるときだった。



「!?」

 綵菟は何か、嫌な気配を感じた。

 何かは分からない。ただ、全身の毛穴という毛穴が開き、身体が勝手に震え出す。神経が尖りきり、頭がガンガンしているようにも感じている。そしてそのせいか、綵菟の目の前は赤い。

 冷静になろうとすればするほど、心拍数が上がっているのが分かる。



 獸ではない。だが、以前にも似たような感覚を覚えたはずだ。



「香月?」



 そう。近い。柚弥の命を奪った『何か』は、とても近くにいる。



 綵菟は確信した。四日前、柚弥は確かに殺されたのだ。

 そのときに微弱な殺意と陶然とした気配は、今なら明確に分かる。



「香月!!大丈夫か!?真っ青になってる」

「いや既にドドメ色ッス、伊志センセ」

「土気色って言え、丸塚」

 なんとも緊張感を欠く会話に、綵菟は意識を引き戻される。

 だが、依然として不気味な気配は感じる。それどころか、近づいているようにも思う。

「俺は、平気…。でも、感じませんか?何か来る」

 綵菟は思ったままを口にする。だが周りは一様に顔色を変える。気付いてすらいなかったのだ。

「綵菟。なに、これ…。こいつが…この気配の主が柚弥を殺したの…?」

「睦瑳…。方向、分かるか?アイツの…」

 綵菟の方向感覚は狂っていた。まるで霧のなかで道を見失うように。

「駄目…。なに、これ。ありえない。強いよ。どうして、こんなに…押さえ込め……」

「睦瑳!!落ち着け。冷静にならなきゃ駄目だ」

 それは睦瑳に向けているようでいて、自分に向けた言葉だった。

 意識を集中させても、位置は全く分からない。

 それでいて確実に近づいてきているのは分かる。言うなれば、包み込む範囲が段々狭まっている感じだろうか。



「二人とも、どうした?様子がおかしいぞ」

「先輩たちは、感じませんか?何か、来る…」

「お前等、何か感じるのか!?」

 龍崎が目を見開く。

「先輩たちは…」

「オレは観るの専門なんだよ」

「俺は半径五メートル以内に限りだ」

「感じられるけど、二人が言ってる気配は感じない」

 桐生、田村、新川に口々に言われ、綵菟と睦瑳はようやく気付く。

 自分達が特殊なのだと。




「うわあぁぁぁ――――っ」




 グラウンドの方から叫び声がする。

 綵菟は窓から身を乗り出す。

 眼下には、人だかりができていた。

 その中心に居たのは、どうやら踞った人間らしきものだ。

 綵菟が“らしき”と思ったのは、それがあまりにも凄惨な光景だったからだ。

 うずくまった人間―――それはやはり、制服を着ていた。

(なんで)

 綵菟はまたしても有り得ない光景に目を見開く。

 その生徒はどうやら、飛び降りをしたらしい。

 背中を強打し、骨折もしているらしく、息はあるものの肩しか動く様子を見せない。

 だがそれだけではない。

 その生徒の左腕は、腹部に添えられている。

 地面は砂だが、赤い。どうやら腹部から出血があるらしい。


 綵菟が呆然と見下ろしていると、今度はまた、騒がしくなる。

 全員で見渡せば、屋上、フェンスの外側に立っているのは、またしても生徒だった。

「…やだ。死にたくない。死にたくない。俺が何したって言うんだよっ…!!こんなのおかし……」

 衆人環視のなか、その生徒は、何かに背中を押されていた。

 そしてそれは―――。

(見えない)

 生徒は為す術もなく落ちようとしている。

 目を凝らせば、どうやら手を縛られているように見えた。

 恐らくフェンスにしがみつかれないようにするためだろう。

 生徒は必死に抵抗していた。ぎりぎりまで足を踏ん張り、落ちまいと頑張っている。

 そうしている間に、屋上に教師が到着した。

 教師が三人、フェンス越しに生徒の手を掴む。

 生徒はそれにすがり付き、泣き始めるのが分かる。

 傍観者たちから一斉に安堵の息を洩らすのが聞こえるようだ。

 だが、綵菟と睦瑳はそうではなかった。

(まだ、いる)

 姿は全く見えない。

 ただ、苛立った気配のみが二人の肌を総毛立たせる。



 早くしなければ殺されてしまう。



 そんな予感がした。

(死は、平等だ)

 他人事の死などないことは、分かりきっている。

(でも、個人の益のために殺されるのは…理不尽なんだ)

 綵菟は走り出す。かつてないほどのスピードで。

 化学準備室から屋上までは、物凄く近い。

 出てすぐの所に階段があるせいで。

 綵菟は一気に駆け上がる。

 鉄製の扉は開いたままになっていたお陰で、すぐに入ることができた。

 綵菟はそのままフェンスに駆け寄るが、生徒と教師以外にいる様子はない。

 だが、気配は確実にある。

 すぐ前方、生徒の背後だ。

 だが余りにもその気配が大きすぎて、綵菟は細やかな動きを感じることができない。

 よって、いつ動くのかも分からない。

「安心するなっ。背後に何かいる。急いでそこから離れ…っ」

 綵菟は叫んだ。だが、結果として、それは逆効果だったのだろうか。

 とりあえず生徒は逃げた。

 だが、その生徒が二、三歩行くかのうちに、生徒がすがり付いていた教師―――澤口から血飛沫が上がる。

 固唾を呑んで見守っていた全校の人間が、目を覆い、或いは絶叫し、それは街に響き渡った―――。


 やたら地の文が長いと本なら苦ではないのに、こういう媒介物だと面倒に感じてしまいます。

 でも何かしらの描写がないとホラーは会話じゃ成り立ちませんから。

 まぁこれがホラーに見えるかどうかは別として。

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