さて、この街の…
タイトル意味不明ですね。良いのが思い浮かびませんでした。
無駄に長い話ですが、これでも切りました。(ぇ
しかしそれでも警告部分の描写が先送りされまくっていていまいちホラーにならないのは、私に筆力がないせいですね。
精進します。
「――――でよ、あん時のあの顔!!ねぇよな〜」
「…そうだね」
「――――相変わらず辛気くせぇ。あーあ、入学したときには普通の奴等だと思ったんだけどなぁ…」
「辛気臭いって…まぁ、幼馴染みとか親戚とかが死んでるわけだし、仕方ないだろ」
「けどさぁ、自分も今にも死にそうな顔しちゃってよ、悲しいのは分かるけどさ、悲観しすぎっつーか」
自分も死ぬかも知れないからだろ、と心の中で突っ込みながら、綵菟も同感だった。
この学校にいるのは皆優秀な者ばかり、誰かが死にそうか、そうでないか、冷静になればある程度は分かる。
もちろん万能ではないし、先の柚弥のように、不測の事態も起こりうる。
―――報復はいつ、誰にくるのか、それは気まぐれだ。
あの獸が誰を選ぶのか、どうやってこの街の住民に報いるのか、それは、死にゆく本人にしか、分からないのかも知れない。そしてそれが本当に獸であったかどうかも。
ただ一つ確かなのは、睦瑳が獸の獲物ではないということだけ。
獸は睦瑳のことを気に入っているらしい。
だから絶望の闇に引きずりこもうとする。獸は仲間が欲しいらしい。
『報復』は、睦瑳の周りを取り囲む人間に嫉妬しているから、起こる。
そう噂されている。
些末なことを裏切りと称し、罪を着せ。
罪がないとは言わない。
けれども理不尽な感がある。
綵菟も知っていた。けれども離れることはできない。
離れたらきっと、ぎりぎりのところで保ってきたこの危うい均衡は、堰を切ったように崩れ落ちる。雪廻町は崩壊するだろう。そしてその寸前、蝋燭の最後の灯火、あるいは断末魔の叫びの如く、この街は否応なく外部の目に曝される。
そうなれば、この街は余計に獸が動きやすくなる。
人々は畏れ、嫌い、人間社会から追放する。
そして睦瑳は誰の目からも見られず、顧みられることもなく、避けられる。
獸はその時を待っているのだと、そういう噂が。
人間社会から隔絶された街の、その社会からも見捨てられてしまえば、必ず絶望するものと、信じて疑わない。
けれど、仲間にするには睦瑳は純朴すぎ、そして愛されすぎた。
彼は信じられないくらいに無垢だった。
それは一重に綵菟と柚弥が彼とともに、全く同じように生きてこられたからだ。そんなものは奇跡に等しい。
獸に気に入られた人間は、街を守り続けてきた一族の人間で、双璧と謳われるもう一つの一族には同性の同い年の子供がいて。能力がずば抜けていたのは、また同い年で。憎み合うこともなく。
睦瑳は六歳のころに獸に出会い、そして気に入られた。
それは事実だ。噂通りの。
親友が目の前で獸に気に入られ、そして獸が―――艶然と愉う様を、当時の綵菟と柚弥は、ただ呆然と見ているしかなかった。
その時のことを、睦瑳は覚えていないけれども。
綵菟が鳳征に頼み込み、催眠術に長けた人物を洗いざらいにして探しだし、睦瑳の記憶を封印したのだ。
もちろん今でも睦瑳は自分がどうして獸に気に入られたのか知らない。
「…あや?」
三善の言葉に、はっとなる。
綵菟は普段、そうぼうっとしたり、物思いに耽ったりはしないタイプだ。実際には違っても、三善などの他人にその姿を見せることはなかった。
それだけに、ショックをうけた。
「何だ、三善?―――っつーかその“あや”ってやめてくんねーの?」
焦りを滲ませずに、他愛のない会話にすり替える。
何だかんだでいつの間にか愛称で呼ばれるようになってから既に十年近く。
逆に親しい人間ほど、“綵菟”と呼ぶ。
「だって、かわいーじゃん。なんか女の子みたいだし」
「ここに女がいないからって、思考が腐ってないか?」
「腐ってるって…あやって美人だししゃーないじゃん」
「―――美人、ね」
三善は自分より若干低い位置にある綵菟の顔を覗き込むようにして言う。
綵菟はこれといってルックスがどうのということには拘らない。髪も解かしたままで整髪料などは使用していないし、染めてもいない。これには地毛が赤みがかった金茶だからというのもあるが。
この街の人間は概して四種類に分けられる。赤いか青いかと、黒いか白いかに。
茉鵺は赤と白、体毛と瞳が赤みがかった色で、肌は白い。
睦瑳と柚弥は青と白、鳳征は青と黒。
そして綵菟は。
体毛は赤、瞳は青、肌は白、だが髪も瞳も光の差し具合でどんな色にも変化する。
それが綵菟の“綵”と言う字の由来だ。
加えて小作りな顔に大きな瞳、ただし少々つり気味、小さな鼻に薄く整った桃唇、睫毛は一センチ以上は確実だ。つまりはこれ以上なく整っている。それも、ニキビもほくろも見当たらず、肌理も細かいという、世の女性が羨む肌も持っている。
さらには平均身長はあるものの、肉付きの悪い身体のせいで見た目が実際より小さく見える。
そのおかげで嘗められた綵菟は、別に悔しくもないのに『悔しかったら勝ってみろ』と喧嘩を売られ、腕相撲百五十人抜きして畏れられ、今では『裏番長』とも呼ばれている。
さらにこの街の人間は綵菟のことは知っているから、女性に間違えられることはないが、毎年進学の時期になると、必ずナンパに遭うのは一種の名物だった。
とはいえ、世の中変わってきて、綵菟が男だと知ってもバイだからと食い下がる者や、それを機にホモに目覚める者など、実に様々な者がいて、手強くなっている。
おまけに。
綵菟は知らないことだが、他校の女子生徒たちが学校を問わず、果ては大学生たちも参加している同人グループによって、綵菟と柚弥と睦瑳と三善で、睦瑳が綵菟を好きで、柚弥が睦瑳を好きで、三善が綵菟を好きという(当て馬役)同人誌を発行、売り上げ(通販)一位という事態になっている。
もちろんそんな事実は金輪際ないが。
「ところでさー、お前と仲良かった…相良…だっけ?昨日、さ…その、葬式―――」
「見たのか」
「でも、どうして転校なんていう嘘つか……っ」
「お前たちがいるからだよ」
綵菟はすげなく言い捨てると、自分の席に着く。
できれば生傷に塩を塗り込むような真似はしないで欲しかった。
それはもちろん、綵菟のエゴだったけれども。
窓際の前から四番目、後ろから三番目にある綵菟の席からは、山が見える。
十一月も末、定期テストが何故か中間と学期始めしかない雪廻町の高校生たちは、朝から予習復習に励むものもいなければ、取り立てて片付けなければならない宿題もなかった。
この街の人間だという割には態度がほとんど変わらない綵菟に何を感じたのか、最近は外部生がやたらつるんでくるし、内部生も家柄のせいか相談が絶えず、いつも綵菟の周りには人がいた。
だが、三善とのやり取りを遠巻きに見ていた彼らは、綵菟が不機嫌そうなのを見て、近づくのをやめる。
綵菟が取っ付きにくい性格をしているわけではない。
むしろ、慕われ易い性格をしていた。
たとえ不機嫌でも、綵菟は八つ当たりをするタイプではなかった。かといって笑顔を振り撒いたりするタイプでもなかったが。
それでも近づいてこないのは。
(柚弥が死んだのせいだろうな)
綵菟は、確かに柚弥が死んで悲しい。
一番親しかったのだし、唯一の獸の本質を見た仲間だった。
だからといって、ヒステリックになったりはしない。
綵菟は公平でありたいと思っている。
いくら仲のよい友人が亡くなっても、苦手だった人間が亡くなっても。
(死は、公平だ)
その原因がどんなに理不尽でも、死には変わりない。そして死者には敬意を示す。
いくら俗世で何を言ったところで、それは単なる負け犬の遠吠えのようなものだ。
そして何より、綵菟が死を怖がらないから。
(他人事の死なんて、ないのにな)
今日も生きている、昨日も生きてきた、だから明日も大丈夫。他の誰かが死んでも、私だけは―――――
皆心の中でそう思っているに違いないと思う。自分が分かっているようで分かっていなかったように。
そうでなければ、無闇に他人の死を話題にはしない筈だ。
この街の人間にしても、明日には自分かもしれないと恐れつつ、自分の行動を振り返りもせずに、あり得ないと否定する。一方では睦瑳を恨む癖に、表だって行動には移せない。
それが返って危険だということに、気付く様子もない。 だからといって綵菟が教えてあげたところで、その態度が治るものとも思えない。そしてそうする内に横線は増え、寺と葬儀屋と獸だけが喜ぶという案配。
まったくのジレンマだった。
「……と……やと……綵菟」
近いような遠いような距離で低い美声がする。
でも、どこか寂しげな響きで、玉に瑕だ、と思う。そしてそれは少しだけ焦っている風だった。
それが睦瑳の声だということに気付いて、ようやく自分が自分の世界に入り込んでいたことに気付く。
「…綵菟、大丈夫?ぼーっとしちゃって」
「ああ、多分寝不足。昨日本読み耽ってたら、朝の五時。平日なのに油断したかな」
とぼけて、肩を竦めながら言うと、睦瑳は笑った。
「どうしたんだ?朝から俺の教室に来るなんて」
「うん、なんとなく。手持ち無沙汰だったし、俺のクラス、街の奴等ばっかで暗いし、何か出てけって言われてるみたいでさ…」
睦瑳の言に、綵菟は深い溜め息を吐く。
綵菟のクラスである一年E組は、街の人間が綵菟を含め14人、外部の人間が29人の43人クラス。元は45人だったが、二人は死んだ。
一方の睦瑳のクラス、一年D組は街の人間が32人、外部の人間は僅かに6人、死者は七人。
明らかに多い上に、睦瑳が瑞木家の人間だということと、獸に目を付けられているということが相まって、睦瑳を腫れ物のように扱う。
その一方で目線や噂話ではいくらでも本音を駄々もれにさせる。
クラスに居ずらいのも無理はないと思う。むしろ睦瑳が怒らずに、返って責任を感じているのが見ていて痛い。
それと同時に、何となく温かく、そしてひどく眩しいものを感じていた。
――――どうして人の嫌な部分ばかりを見せつけられるこの環境で、こんなにも無垢で素直にいられようか、と。
それがとても得難いものであることは分かっていたし、守ってきて良かったとも思う。
「綵菟、何笑ってるの?俺、変なこと言った?」
綵菟はそのまま静かに首を振る。
そしてふと思い付いたように言う。
「明日、一緒に柚弥の事故現場に行こうぜ。もしかしたら、何か原因が分かるかも知れない」
「原因?それなら…」
「またお前は…。お前のせいじゃないって言ってるだろ」
綵菟は呆れたように睦瑳を見やる。
睦瑳はややたじろいだ風だが、すぐに反駁する。
「でも、実際俺が獸に気に入られたらしいからで―――」
こつんっ
睦瑳が妙に可愛らしい音とそれに比例した微かな痛みに顔を上げると、綵菟が右手の拳の側面で軽く頭を叩いたのだと気付く。
思わずきょとんとしてしまったが、すぐに綵菟は――――。
ばしんっ
「〜〜〜〜〜っ」
声にならなかった。綵菟が定規をしならせて思いっきり弾いた。それもデコでなくアゴに。ちなみに顎は急所である。
綵菟は少しだけしてやったりという顔をしていたが、雰囲気そのものは至って真剣だった。
そんなことより睦瑳を含むその場の全員にとって意外だったのは、子供のころから餓鬼大将というわけでもなく、落ち着いていて真面目性格をしていた綵菟が、突然こんな行動をとったことだ。
「綵菟…」
「獸に気に入られた、ね。あのな、そんな噂本気にしてたらどんどん突け上がらせるだけなんだよ。お前は何か裏切り行為をしたのか?してないだろ。なら堂々としてろ。あいつらは自分の行動に裏切り行為を大なれ小なれ含んでいるせいで、いつ『報復』に遭うのか分からないのが怖いから、裏切り行為を働いてないお前を妬んでるだけなんだから、気に病むだけ阿呆なの。分かったか?」
綵菟は一息に捲し立てる。自分でもかなり無駄に饒舌だな、と思いつつ。
「綵菟…」
「分かったのか?」
「でも、どうして裏切り行為してないって他人に分かるの?」
綵菟は返事に窮した。
他人が裏切り行為をしているかどうかは、一見で分かるわけではない。
綵菟や睦瑳でも、目撃していないことには分からない。
本人が裏切りだと自覚していない限りは。
そして、どうして獸に気に入られていることを、街の人間が知っているのかというと。
綵菟は頭痛と目眩と、僅かな恨みを覚える。怒りはとうの昔に消え失せた。
――――珂欟詩織。
他ならぬ、綵菟の祖母のせいである。
「…ある一人の迷惑女がね、隠すものじゃないとかわめきたてて、噂をこれ見よがしに広めたんだよ」
「女?その人、なんで?俺に恨みでもあった?」
「いーや。あの女は後先考えずに自分の勘は絶対だとか嘯いて言いふらしたりする癖があるわ、責任は取らんわ、言い逃れはよく聞くと支離滅裂な上に頓珍漢なのにその場だけではそれらしく聞こえるしでとんでもない。お前よりあの女のほうが五百倍は迷惑」
怒りは忘れても、決してその行動を許した訳ではない。
綵菟がこんな風に語っている時点で、ある意味認めているということになるわけだが、それとは事情が違った。
綵菟は祖母の言を無視し、一度もその通りに動いてやったことなどないし、血が繋がっているなどとは信じたくもなかった。
「五百倍?」
そんなに?ときょとんとする睦瑳に、綵菟は言い募る。
「俺にとっては。俺は聞き流しとけばどうにかなるけど、お前の場合実害を被っているわけだから、俺の七百倍は酷いだろ」
「それは言いすぎじゃ…」
「全く」
綵菟は睦瑳の言葉を遮る。
「あの女のろくでもない噂のせいでお前の人生滅茶苦茶にされてるんだぞ?少しは分かれ」
睦瑳は成る程、とばかりに頷いたが、果たしてどこまで正確に理解しているのか。
そして諸悪の根元に会うことを考え、綵菟は朝から珍しくも真っ赤なルーズリーフに睦瑳と共に祖母への口上を並べ立て始めたのだが、嬉々として一緒に考える睦瑳に、『あの女』というのが詩織だということに気付いていないことを悟り、がっくりしたのだった――――。
この前からお祖母様に対して言いたい放題です。
うん、睦瑳は大型犬のイメージですね。
きっと獸もそう成長しそうな気配を感じたんでしょう。