一日の幕開け
大変遅くなりました。
亀で申し訳ありません。
ヘタレですので気長〜に待っていてくださると有り難い限りです。
柚弥の葬儀の翌日。
今日も平日で、こんな事件の最中でも、学校は閉校にはならない。
もちろん綵菟もそれを承知している。
「綵菟、さっさと起きて朝食片しちゃいなさい」
綵菟の母・茉鵺が大義そうに起こす。
もちろん階下からだ。
綵菟は読んでいた本にしおりを挟み、制服の青いシャツに濃紺と緑青のネクタイ、黒地に青のラインの入ったスラックスという格好に、ブレザーの上を肩に引っかけて部屋をでる。
階段を降りていくにつれ、コーヒーの香ばしい香りが嗅覚を刺激して、食欲をそそろうと躍起になっているのがわかった。
思わず、顔を歪めてしまう。胸が痛い。
綵菟はダイニングに行くと、丁度皿を並べていた茉鵺に挨拶する。
「はい、おはよう。今日は何時になるの?」
「さあ。多分今日は死人はでないよ。だから取り敢えずいつも通りになると思う」
「そう…。今日は珂欟のお祖母様が呼んでいるの。お屋敷まで行ってもらえるかしら」
その言葉に、綵菟は運んでいたサラダのボールを落としそうになる。
珂欟のお祖母様というのはもちろん、茉鵺の母で綵菟の祖母である。
しかし、珂欟の家系ではなく、しかも能力は低く無いに等しい。そのくせ自分の力はあるのだと、事ある毎に見せつけようとしてきたり、能力の高い綵菟を呼びつけては、夫に教えてもらえない珂欟家の秘密まで暴こうとする厄介者の人間だ。
茉鵺もそんな実母には呆れていて、邪険にしているというのが現状なのだが、やはり断りきれないこともあるのだ。
「それとお祖父様も。悪いけど、先にお祖母様の用事を済ませてから行ってね」
「お祖父様が?珍しいな」
綵菟の祖父・鳳征は、現・珂欟の当主で、綵菟や睦瑳の次くらいに能力が強い。
もちろん覡(男の巫女のこと。神主ではない)としても優秀で、人格者でもある。
綵菟から見れば、どうしてそんな祖父があんな祖母と結婚し、あまつさえ今でも離婚していないのか甚だ疑問なのだが。
菟にも角にも、茉鵺は鳳征のことは大好きで、こちらには刺がない。本人は無自覚なのだろうが、大変分かりやすい反応だった。
綵菟は頷くと、自分の席について箸を取る。
「いただきます」 食べるということは、生きるということ。
それが、鳳征の教えだった。
どんなに体が欲していなくとも、自分に僅かでも生きたいという欲望があるのなら。
概して、親というものは、息子に先立たれるのは厭なものだ。
茉鵺や栩月も当然、その範疇から漏れてはいない。
食欲がなくとも食べさせようとするし、健康管理にしても、過保護なくらいに気を付ける。
その気持ちは綵菟にとっても嬉しいから、綵菟も食べるのだが。
もう何を食べても、味がしない。
暖かいものは、暖かいだけ。
冷たいものは、冷たいだけ。
そんな感じだ。
「ごちそうさま」
味気ない食事を終え、綵菟は家を出る。 茉鵺は終始甲斐甲斐しく世話を焼き、出るときには弁当を押し付けて、
「今日は大丈夫!!」
その言葉に綵菟は笑って応えると、
「お祖母様以外はね」
そう言って家を出た。
綵菟の通う高校は、私立琳鋭高校という。
雪廻町は孤立しているが普通の市よりも大きい。
その癖、都の方は雪廻町には全くと言って良い程無関心で、支援金はおろか補助金も雀の涙という具合だ。
公立校はない。
雪廻町には小学校が18校、中学校が12校、高校が10校、大学が3校ある。
当然全て私立で、運営は一括されている。
小学校は、他所から来た人の子供、つまりは能力を持たない子の為のところが7校、それ以外は学区別で、クラスは能力別に分かれている。
中学校に上がると能力別に学校が分かれて、高校はそれに学力も加わって分かれる。高校は共学8校、男子校1校、女子校2校だ。
大学は他所からも受け入れているから、学科を選ばないと地元は一人だけとかになって、能力を怪しまれないようにするのが大変だったりする。
能力はそこまで大したことではないけれども、他人の目からみれば、それはとても魅力的なものに映る。
特に、強い者ほど。
今はまだ、狭い檻のなかのような生活でマシなのだろう、と綵菟は歩きながら思う。
因みに琳鋭高校は男子校で、全国でもトップクラスの高校として名高い名門校だ。
よく少女が夢見るような男子校の風習はなく、かといってむさ苦しくもない。
いや、最近は空気が重いが。
覇気がなく、固まって行動する。
授業中に突然泣き出すほど情緒不安定な生徒もいれば、睦瑳の顔を見るなり“頼むから殺さないでくれ”と懇願する生徒もいる。
私立である上に、閉鎖された街。
睦瑳に対する風当たりは、少々強くなりつつあるようだ。
「ふぅ…」
綵菟がふと睦瑳のことを考えて、息を吐くと、もう学校だった。
飾り気のない校舎に、覇気のない生徒が吸い込まれていく様は、さながら囚人のようにも見えた。
この町は、孤立している。
それを実感させられる。
琳鋭高校は、雪廻町の学校の中で唯一一般的に知られていると言っていい。
全国からの志願者があとを絶たず、今や生徒の半数は全く関係のない地域から来た人間ばかりだ。
彼らのみが明るく振る舞い、町の人間は、終始頭を抱えてばかりいる。
彼らが明るいのは、何も知らないからだ。
人が何人死のうが見向きもされない。
彼らにとって大切なのは、人の生き死によりも自分の成績であったり、難解な数式でしかないからだ。
かろうじて地方紙のお悔やみ欄には載るが、これだけ何人も亡くなっているというのに、特に事件として取りざたされたことはないのも、それに拍車をかけている。
他の学校ならいざ知らず、琳鋭では、生徒でも教師でも、死を明らかにすることはない。
呪いや祟りなどといった風潮が外部に流れれば、この町は一気に全国的に有名になるのは明白だからだ。
生徒の場合は転校、教師は病気で入院後に退職、といった具合に隠蔽される。 たとえこの町の人間でも、知らないことすらある。
結局のところ、生死を正確に知っているのは役所と町長、珂欟家、そして、睦瑳の家である瑞木家だけだ。
瑞木家は珂欟と並び、長くこの町を守ってきた。
双璧とも謳われた両家は、今でも信頼が厚い。
――――だからこそ、睦瑳はまだ、排除されなくて済んでいる。
普通の家の子供だったのなら、とうに追い出されて、蔑まれて――――。
「よおっ、あや〜。元気ねーの?」
びくっと。
綵菟は顔を上げる。目の前には見慣れたクラスメイト、三善連の姿があった。
考え込んでいる内にも無意識に足を運び、気が付けば教室まで来ていたらしい。
外部から来ている三善は、例に漏れず明るい。例えこの町の生徒が暗い顔をしていても、特に気にした様子は見せない。
陰気な奴等、としか思ってないようだった。
「……おはよ、三善。昨日本読みすぎて寝不足なんだから、朝っぱらからでかい声でいきなり話しかけんな」
無理矢理作った愛想笑いで言い訳すると、覇気のない教室に、綵菟も入っていった―――。
なんだか地の文が後半あたり炸裂してましたね。
ですがまだまだ序の口かも知れません。
なにしろくら〜いですからね、一部を除いて。
個人的には大好きなのですが…。
亀のような私の執筆速度に呆れずにこれからも読んでください。(切実な願い)