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報復  作者: 深皇玖 楸
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過去の片鱗と親友

王共茣が少々暴走します。

 地下鉄を利用して綵菟たちが着いたのは、新宿にある『柾木法律事務所』という場所だった。

「玖璃兄はここで働いてんの」

 事も無げに言いながら、王共茣は暗証番号を入力していく。立派な自社ビルからは、一般人を寄せ付けないオーラが感じられた。

「王共茣さん、こんにちは」

 スーツ姿の似合う、いかにも秘書然とした女性が王共茣に会釈をしてくる。

「どうも、神崎さん」

「いえいえ。璃奈さんもこんにちは」

「ご無沙汰しております」

 璃奈が優雅に一礼すると、神崎という女性は苦笑して頷く。

「今日は…お兄さんのところへ?」

「うん。ちょっとね」

「手伝えることがあったら言ってね」

 そう言って歩き去る姿は美しく決まっている。

「今のは?」

「ああ、神崎さんは昔からの知り合いで…」

「ふうん」

 特に勘ぐることもなく、エレベーターに乗って三階まで行く。

「ここ、玖璃兄とかの専用の階だから。盗聴とかはない方がいいよね?」

「そうですね。クライアントの件でもありますし」

 その会話はごく自然で淀みがない。綵菟はそんな世界で生きてきたのだと納得した。

「おや、これは勢揃いだね、王共茣」

「玖璃兄!」

 王共茣が玖璃の姿を見ただけで犬のように飛び上がる。綵菟は尻尾まで見えてきそうで怖くなった。

「璃奈ちゃんも久し振りだね」

「そうですね。お久し振りです、玖璃さん」

「またアノ人に迫られたらいつでもおいで。…法で裁くから」

「ありがとうございます。…でもその場合、また玖璃さんが危ない目に……」

「まぁ道前寺の人間だし危険かも知れないけど、それはほら…」

「「ロリコン」」

 玖璃と王共茣がテノールとアルトでハモる。

 綵菟は三人の話題には加わりたくなく、玖璃の容姿を見ていた。

 玖璃の身長は高く、王共茣のはるか上を行く。王共茣が若干女顔のきらいのあるキツめの顔なのに対し、玖璃は柔らかさを持ったエグゼクティブの風格があった。六畳のボロアパートで家族三人がひしめき合っているようには到底見えない。

(………)

 綵菟は少々羨ましく、面映ゆかった。

 綵菟の家は閉鎖された町の中とはいえ、実に恵まれている方だ。少なくとも、両親も祖父母も生きている。

 王共茣たちの両親は幼い頃に殺されたらしい。それなのに、彼らは強かで明るい。

(俺の悩みなど……)

 ほんの微々たるものだと綵菟は思った。

 確かにいつ殺されるとも判らない危険性は、一般人より高い。高いけれども、それ以外の危険は皆無だ。紛争地域に育つよりも、明らかに普通で幸せのはずだ。

 能力があるから何だというのだろうか。

 今の綵菟にはそう思えた。

(璃奈は……)

 多分綵菟よりもあらゆる面で強い。それは自分の能力で分かる。璃奈の気配は底知れず深く、混沌としているようでいて、しかしながらそれは複雑で精緻なひとつの絵を映し出す。

(………!)

 綵菟に見えるのは、黒いコートと一枚の金貨だった。それが何を象徴するかは全く分からない。だが、少なくとも璃奈の過去に関わるものだという予感はあった。

(どういうことだ……?)

 気配に漏れ出るほんの微弱な過去の片鱗については、綵菟はほとんどの人間から読み取ることができる。だが璃奈から感じたのはこれが初めてだった。

 それは読み取れない例外なのだと思って気にしていなかったが、今は読み取れる。綵菟はそのことに違和感を感じていた。

 綵菟は更に神経を集中させる。

 他に見えてきたのは、よく分からない枝状の『何か』と、巨大なパラボラアンテナだ。

 いよいよもって意味が分からない。そんな謎などどうでもいいことは、綵菟も本当は分かっていたのだが。

「綵菟、大丈夫?」

 気付けば優太のくりくりと丸い目が覗き込んでいて、綵菟はそこでようやく現実に立ち戻った。

「やっぱいろいろあって気を張ってんだろ。……ここでしばらく仮眠してけば?」

「いや…、考え事をしていただけだから」

「お前はいつも考えすぎなんだよ。少しは能天気になればいいんだ」

 王共茣が綵菟の髪を掴む。綵菟はそのまま問答無用とばかりに仮眠室のベッドに押し込まれた。

「王共茣、何を………」

 綵菟が恨みがましい気持ちを隠すこともなく見上げると、王共茣は普段から悪い目付きを更に悪くして完全に綵菟を見下していた。

「寝ろ。何も考えずに寝てさっぱりすりゃ味覚も戻る」

「え……」

 綵菟は冷水を浴びせられた気分だった。

「気付いてねぇと思ったのか?あんなどうでもいい顔でちびちび小鳥が啄むような食い方するようなお前見てると腹が立つ」

「……」

 指摘されて、綵菟にはもうぐうの音も出ない。悔しいが王共茣は飲食店でバイトをしているだけあってその観察眼は確かだ。

「その様子じゃ朱華とか何とかに殺られるのがオチだ」

「………」

「ついでに胃潰瘍とかウイルス性腸炎とか、その内に起こるぞ」

 王共茣の完璧な厚さを持った唇の端は上がっているが、淡い色の瞳は人形のように無機質で冷徹だ。綵菟は初めて親友の新たな一面を知った。

「……分かってる。でも、当事者じゃないお前には分からない……」

 予知という能力を持ちながら、いざ親友の死には全く間に合わなかった無力感など。ましてや、睦瑳が雪營に気に入られているからと言って無責任に罪を押し付けられていくのを、その傍らで見ているしかない自分の立場など。

「その言葉、もう一度言ってみろよ」

 恐ろしい程の静寂と、異様な程表情のない王共茣の人形めいた顔。

 その瞬間、綵菟は間違いを悟った――――。

 次は璃奈視点です。綵菟と王共茣がケンカしている間の話になるかと。


 全然進まずに夏休みが終わっていく………。

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