人にはそれぞれ別の顔がある
自分に無理難題をふっかけまくっていて更新が遅れました。
まぁふっかけたヤツは全てボツりましたが。
「じゃあ、一番は朱華ってことでいいんだな?」
「はい、綵菟先輩。…今のところは、ですが」
ようやく本題に戻り始めた。
それぞれに飲み物を追加し、落ち着いてきたところだ。既に店に入ってから二時間は経過している。客も入れ替わり始め、小休憩しに来た中高生が自分達に注目しているのを綵菟は感じていた。
「あれって、香月君たちだよね」
「うわぁ、あの面子って久々に見た。…にしては、瑞木君とか真名部君とかいないよね」
「しっ。馬鹿。…きっとあれでしょ。こないだ相良っちが亡くなったから……」
「でもそれで睦瑳君がいないってのはおかしいでしょ」
「じゃあ何やってんだろ」
「さぁね。確かに目の保養だけど、信じられないくらい頭がいいし、何考えてるか分かんない」
「あー、分かる分かる。何かこうも天才ばっか集まってるってことは、あたし達が詮索するだけ無駄ってかんじ」
どうやら個人でいるときはともかく、集団になると自分たちの存在は敬遠されやすいということは綵菟も気付いていた。それだけに、実際耳にすると居心地が悪い。
思わず溜め息をつくと璃奈が資料を差し出してくる。
「綵菟先輩。この資料は差し上げます。…そろそろ出ましょう」
「あ、うん。…次はいつにしようか……」
「私は皆さんの予定に合わせますが」
「王共茣、お前の予定は?」
視線を向けると、王共茣は都内の地図を広げている。
「ん〜、とりあえずそろそろ中間だし一応シフト減らしてもらってるから、俺はいつでも」
王共茣の家は極貧といっていいくらい貧しい。住んでいるのは築四十年は経過しているようなボロアパートだ。
とりあえず奨学金のお陰で助かっているので、大学へ行くための資金を貯めているらしい。王共茣の兄たちもまた、そうしたという。
「優太は?」「僕も部活入ってないし、いつでも…」
「…じゃあ、次の水曜はどうだ?」
「「「………絶対地下になる」」」
クリムタには一階のカモフラージュ用のカフェと二階の専用カフェに加えて、地下にもバーとカフェがある。二階が満席になると地下へまわされるのだ。
不自由はしないが、やはりどうせなら二階のほうがいいというのは共通認識だ。
「……家ならいいですよ?」
璃奈がさらりと言った。
「璃奈ちゃん家?」
「はい…羽越先輩は知っていますよね?」
そうやって優太を見つめる璃奈の目はどことなく不穏な空気を纏っている。
見つめられた優太も気まずそうに視線を逸らしている。血の気の失せた唇は震えているし、歯もガチガチと鳴っている。僅かに漏れ聞こえる声はどう聞いても“本”としか聞こえない。
「璃奈ちゃんの家かー。そういえば知らないな」
「家なら資料もわざわざ持ち出す必要もありませんから。食事くらいは用意できますよ」
「悪くないね。…睦瑳にも声を掛けておく」
「是非そうしていただけると助かります。…じゃあ、王共茣先輩にもコンタクト用意しておきますので」
若干一名を除いて綵菟たちが和やかに談笑していると、不意に王共茣の携帯電話に着信があった。
綵菟にとっては王共茣が携帯電話を持っていたのが驚きだったが。
「あ…、ごめん」
ダークブルーの携帯のフリップを開いて王共茣が電話に出る。
「もしもし、玖璃兄?どうしたの?」
電話に出た王共茣は弟モード全開だ。普段は見られないその姿に、一人っ子の綵菟は何となく寂しさを感じてしまう。きっと、頼れる兄弟がいるというのはいいことだ。
「…え?うん……。今クリムタだから…。うん、そう。綵菟とか璃奈ちゃんとか……」
どうやら一番上の兄と会話しているらしい王共茣の顔は穏やかだ。
綵菟たちにはそう見せることのない表情に、共通するものを感じる。
(…同じか)
見せる表情は違っても。
綵菟が鳳征に見せる顔を睦瑳たちには見せなかったように、王共茣も家族にしか見せない表情を持っている。
(…なら、璃奈は?)
中3の三学期、ほんの少しだけ璃歩共に過ごす璃奈の姿を見た。
だがその表情や雰囲気に何かしらの変化が生じることはなかった。
そういった空気には滅法敏感な綵菟が感じなかったのだから、多分それは本当だ。
璃歩と話す時の璃奈は、綵菟たちと接するのと寸分変わらない表情だった。むしろ、クラスメイトと居る時の表情の方が面映ゆいくらいに老成されきった表情を浮かべる。
対照的に璃歩は誰に対しても明るい。多少気後れしたりすることがあっても、溌剌とした印象を受け手に与える。
それは本人の資質の差というより、環境の影響が強いように綵菟は感じていた。
璃奈は学校と外では歩き方が全く違う。学校では静かに音一つ立てずに歩くし、歩調も人並みだ。だが綵菟が以前目撃した時などは、肩で風を切る見事な軍人歩きだった。
威圧的でも偉そうでもなかったが、妙に速いその歩調はそれだけで競歩選手に優るとも劣らないスピードだった。
あれが地なのだろう。
一方の璃歩は凡庸とは聞こえが悪いが、本当に普通の歩き方だ。ただし璃奈同様足音はない。
そんなことをつらつらと考えていると、璃奈の携帯も鳴り出す。アラベスク一番だった。
『はい。…ご無沙汰しております、少佐』
いきなり英語だ。そして堅苦しい。
『……はい。その件は……。いえ、今出先でして…。ええ、また後で資料を転送しておきます。……え?いいえ、そんなこと………』
なめらかなクイーンズイングリッシュ。以前も同様のことがあったが、その時はネイティブでおまけに訛りの入ったアメリカンイングリッシュだった。普段の璃奈からは到底考えられないようなスラングの連発に、流石の綵菟も少し引いたぐらいだ。
多分璃奈は相手によって少しずつそういった対応が違うのだろう。
ちらりと伺っても、いっそ不自然なくらいに自然だった。
だから、璃奈が璃歩にとる態度もきっとそれが璃奈にとっては自然なのだろう。
ほっと吊り上げていたらしい目尻を下げると、璃奈が電話をしながら綵菟を訝し気に見る。
そして次の瞬間だった。
「……え、ドッヂボール?組分け?………やっぱりそれなら普通に打ち上げパーティの方がいいと思うわ」
突然電話相手が変わったのか、いきなり日本語だった。しかも相手は少なくともかなり親しいらしい。
綵菟はますます璃奈という存在が分からなくなった。
「…。何の打ち上げだと思う?」
王共茣がこっそり耳打ちしてくる。
「……さあ」
先程の電話では少佐と言っていた。そこからキャッチの雰囲気もなく、恐らくは何処かの軍関係だ。そこでの打ち上げなど、想像がつかない。
「ええ。そうね…まぁ、いいでしょうけど…他の皆は何て言っているの?………え、浅草?それは確かに妥当だとは思うけど……いいの?任務とか」
一体何処の外人部隊なのか。
「別に私は伊豆でも構わないし…。熱海でも箱根でも……」
もはや軍の打ち上げというより老人の温泉旅行だ。今の時季は丁度紅葉も綺麗だろうが。
ますます璃奈という人物が不明だ。
「あ…、中尉………。お久しぶりです」
電話はまだ切れる気配がなかった。
王共茣の兄貴は玖璃と怜と言います。
璃奈には他に兄が二人、大輝と響、弟が剛、それと従妹が璃梨というのがいます。
まぁそれとは別にもう一人臻彌という弟もいますが。
ほんっと、わけのわからん設定ですみません。(主人公でもないのに)