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報復  作者: 深皇玖 楸
12/17

情報収集《下》

「ごめん、遅くなった!!」



 ロックが解除される音が鳴った瞬間に乱暴に開け放たれたドアから綵菟たちに、息を切らしながら謝るのは、羽越優太だ。

「羽越先輩…大丈夫ですか?」

「まあ、多分。っていうか、もう。何で僕が纏めなきゃならないんだろ」

「何かやってるのか?星条で」

「緋凰でもやらない?課題研究」

「あー…。琳鋭は?」

「…毎日が課題研究みたいなもんだ」

 毎昼休みになると実験レポートまとめて提出している。文化祭のときに張り出されたり、悪いとコンクールに出されたりしてしまう。

「僕のグループ、全員地方からで、そろいもそろってガリ勉なんだよね」

 そういった手合いの連中は琳鋭にもいる。彼らは総じて面倒なことを嫌う。実験をしてその目で確かめるよりも結果を知りたがる。やりたくないことには徹底してやろうとせず、結局は自分の首を絞める結果になっているというのに。

「そんな人たちにトップに立って欲しくないよな」

「そうですね」

 優太はロイヤルミルクティーを飲み干し、ふいに真顔になる。



「それで、収穫はあった?」


 空気ががらりと変わった。






 時は少し遡り、柚弥の通夜の日。綵菟は葬儀にも通夜にも参加した。通夜の翌日なのが普通だが、友引で一日んだが。

 赤い制服では目立つだろうと思った璃奈が喪服でやってきて、焼香をあげる。

 その様子を見るともなしに見ていた綵菟は、それが誰なのか気が付かなかった。

 璃奈の髪は綵菟よりも更に明るく、原色に近い。

 だがその日、璃奈は黒いウィッグをしていた。

 だから、話し掛けられるまでまったく気付かなかった。

「綵菟先輩…ですか?」

 気付いたのは、声だった。

「あ…、璃奈?」

「はい。すみません、こんな格好じゃ分かりませんよね」

「…まあ、分かりづらいけど、声とか身長で」

「…背はサバ読みようがないですから」

 綵菟が察するに、璃奈は結構身長に対してのコンプレックスは少ない方だと思う。

 だが、璃奈の性格から言うと、少々目立つのが悩みらしい。

 今も目線が集中しているのを嫌そうにしている。

「…外に出るか」

 綵菟は取り敢えず璃奈を連れ出そうと促す。

「有り難うございます。…あ、王共茣先輩、羽越先輩」

 久々にそろった面子で、外へ出る。不穏な風の吹く曇天の中の再会は、奇妙なものだった。




「…改めまして、先輩。お久しぶりです」

「「「久しぶり」」」

「…挨拶もそこそこに、ですが」

 璃奈の声は微妙に強い。静かな怒りが全身に満ちているようだ。

「柚弥先輩は何故殺されなければならなかったのでしょう」

 綵菟が璃奈を見上げると、璃奈の顔には何もない。恐いくらいの無表情、それは全くの虚無で、けぶるような睫毛に縁取られた瞳にすら、一切の感情を感じさせない。只、全身からの怒気は依然として残っている。

「…璃奈。王共茣も、優太も。頼んでいいか?…俺が内部から調べるのは当然だが、敵が分からない以上、外からのアプローチも重要だからな」

 璃奈の情報網とハッキングの腕前は異常なくらいに高い。

また、その兄であるきょうも同様に高いことを、綵菟は知っている。綵菟自身それなりの腕は持っているとは思うが、偶然発見した璃奈の個人データには過去の記録がスッパリない。運営上の問題で個人ではそのデータを書き換えることが不可能なため、彼女が何らかの機関と繋がっている可能性も視野に入れている。

 因みに璃奈のデータには、6歳から10歳までの間は主にニューヨークで生活をし、天才教育を受けたこと、既に各種博士号の取得もしており、義務教育でもなければ学校など通う必要もない履歴を持っている、ということしか書かれていない。

 一方王共茣だが、こちらもなかなか凄い。

 海咲家は非常に貧乏で、緋凰学園にも三年間クラスがCクラスまで落ちなければ学費その他諸々全て免除に加え、奨学生専用の自習棟まで与えられるという超好条件で星条を諦めたくらいだが、資質は高い。しかも王共茣はそれだけには留まらない。

 王共茣の両親は既に他界しているが、兄が二人いる。

 一人は駆け出しの弁護士、一人は将来有望な大学生だが、関係者は広い。特に、理由は語らないが宗教や神社の関係者の知り合いが多いらしい。

 そっちに関係がある可能性も高く、非常に期待できるのだ。

 羽越は特に期待していないが、彼もまた高い能力を持っている。サポートと大穴狙いだ。


「分かりました。…次は……そうですね、週末に一度“クリムタ”で会えますか?」

「そんな短いと…そんなに進展しないだろ?学校もあるし」

「…付けられるだけの目星は付けておきます。後はそれぞれのツテを最大限に利用して、次の被害が出る前に対策を取らないと」

 璃奈の顔は真剣だった。明らかな雰囲気の変化に、これが璃奈の本性なのかと思わされる程だ。

 けれどもそれこそが璃奈の恐ろしいところだと、綵菟は知っている。


 璃奈はどの場合も全てが本物だ。

 それは彼女の一面を見せられるだけで、まるで本性が見えない。それが全て本性であり、そうでないからだ。

 それはまるで玉葱のように。

「…分かった。二人とも都合はつくか?」

「俺は大丈夫だ」

「僕はちょっと遅れるかも。でも、午後なら融通がきくから」


「じゃあ、土曜の午後1時半にクリムタの二階の方で会いましょう」

 璃奈が軽くまとめて、煩そうにウィッグをとる。現れたのは編み込んで究極まで短くした、明るい色の髪。彼女には非常に似合っている。しかもそれが天然色だというから、一体彼女は何人かと疑ってしまう。

 璃奈は編み込みを素早く解き、いつもの髪型に戻す。黒いピンと黒いリボンの、かなり地味な組み合わせだが、それが嫌味なくらい可愛らしく見えるのだ。

 次いで突然鞄に手を突っ込み、何かのケースを取り出すと、眼球に指を突っ込みコンタクトを外す。現れたのは強い光を放つ金の瞳だった。

 因みにこの中にコンタクトの使用者はおらず、コンタクトを入れた瞳がどのようになっているかを知らない。

「…やっぱカラコンだったんだ」

「はい。王共茣先輩もカラコンにしたらどうですか?その目、極端に光に弱いんでしたよね」

「でも高いじゃん」

「特注であの眼鏡作るよりかかりませんよ」

 さしもの璃奈もいささか呆れたようだ。

「幾ら?」

「ソフトの使い捨て、1DAYでも2Weekでも一ヶ月でも。よければ差し上げますよ」

 敢えて値段を言わず、しかも滅多に見ない笑顔で隠した。王共茣は呆然と頷いている。

 綵菟は溜め息をつくしかなかった。所詮、彼女に勝てる人間などいないのだ。




「取り敢えず、考えられるのは第一に十鬼島ときじまの十鬼の一人、朱華しゅかですね。こちらは島をでて東京に下宿しています」

「十鬼島って?」

「長崎の小島です。鬼と呼ばれる特殊能力を持った人間とその一族が暮らしている、まあ雪廻町よりも閉鎖されたところみたいです」

「璃奈ちゃんってどんなルートを持っているのさ」

「長崎市と東京都全地域にハッキング掛けました」

 璃奈は周りに政府関係者、それも要人がいるのにも関わらず、臆することなく口に出す。綵菟にはまず真似できない行為だ。

「心配しなくても、ハッキングしたのは私の兄ですので大丈夫ですよ」

「…そういう問題じゃないけど」

「ハッキングって言ったって、長崎市も千代田区も私の作った安いシステム使ってますから証拠を消すのは簡単なんですよ」

 さらっと更に恐ろしいことを言う。綵菟の記憶だと、行政機関のパソコンのシステムは最新型の筈だ。それを事も無げに作ったと言ってのけた挙げ句に安いとまで言う。一体璃奈の頭に何が詰まっているのか、最早歩くブラックボックスだ。

 そう。綵菟は嘆息する。自分という存在に干渉してくる唯一の存在が、彼女なのだ。

 柚弥や睦瑳とどんなに肩を並べても、王共茣や羽越と過ごしても同列なのだ。それなのに、彼女は自分の更に先に居る。そうだと分かるのは、彼女の頭の良さだとかそういうものに起因するわけではないのだ。

 璃奈は綵菟と同類なのだ。綵菟が今止まっている部分と同じところで、彼女もまた躓いたのだろう。同類は分かるものだ。綵菟には嗅ぎ分けられる。璃奈にはそれと分かる貫禄がある。

 璃奈はきっと昔に苦しんだのだろう。普通で居たいのに、根本的な毛色の違う自分の存在を持て余していたに違いない。

 綵菟は一見老成されているようでいてその実かなり若い。存在に躓くのは、それが思春期だからだ。生きる術が見つからないからだ。或いは、大人の階段を上っているからでもある。

 だからこそ、何も語らないが彼女を尊敬しているのだ。


「それと、こちらは九州の方ですね。確定はされていませんが、あちらの方面の組織が東京方面へ向かってきているようですから…注意が必要かと。もしかしたら尖兵の仕業とも限りませんので」

 そう言って差し出したのは分厚い資料だ。それもかなり古く、黄ばんだ紙は端が丸くなり、角はない。

「これは?」

「家にあったものです。…保存用に写したものは重すぎたので、これは昔の写本ですが。ここにはその組織の抹殺者リストが記載されています。…予定も、ですが」

 璃奈はあらかじめ付箋を貼っていた箇所を指し示す。そこには雪廻町の名があった。

「…え………」

「これは発足当初のもののようですから、つまりは最初からターゲットだったことになります」

 璃奈はそこで言葉を呑み込む。綵菟には分かる。彼女は雪營のことも理解しているはずだ。だから敢えて言うべきか否か迷ったのだろう。

「璃奈…一体……」

「時間はもう…ありませんから。あの組織も焦っているのでしょうね。…雪廻町を押さえれば、―――の望みを打ち砕くことなど容易いのでしょうし」

 それはほとんど独白だった。璃奈の顔は元々表情筋がないのかという程無表情で、声も何の感情も感じられない無機質でそのくせ抑揚だけはある不思議な声質をしているが、今は瞳にも輝きはない。声は誰を想ってかやるせない雰囲気を隠さない。

「……綵菟先輩」

 唐突に調子を戻した璃奈が綵菟に話しかけてくる。先程から、王共茣は別な資料を分析しているし、優太は疲労で寝てしまっている。気兼ねのない状態だ。

「お願いがあります。雪營を…護ってください。珂欟と瑞木が。雪廻町だけは護らなくてはなりません。あそこを壊されたら、終わってしまうから。…あの組織はまだそれに気付いていない………」

「終わる?」

「…。全てが……。全ての想いが壊れてしまう。生きられなくなってしまう。…せめて、春まで…………」

 そうやって綵菟に頼み込む璃奈は、とても必死だった。

「どうして春まで?」

「………」

 璃奈は黙り込む。そこはもう綵菟の踏み込んでいいラインを越えているようだった。


「なぁ、綵菟。お前が見誤るなんて珍しいな」

 沈黙が降りてしばらくして、ようやく一段落したのか王共茣が呟く。午後の強い日差しが王共茣の黒く染めた髪を元の色へと戻す。王共茣の髪は天然の金髪で、高校に入ってからは染めていたらしい。

「…もったいない」

「…は?」

 思わず本音が零れる。綵菟の髪が赤いように、睦瑳の髪が青いように、王共茣には金髪が似合う。人にはそれぞれ向いている色があるのだ。それをすら許さない古めかしい学校という体質が、綵菟はやはり少し好きにはなれない。

「もったいないな。せっかく綺麗な色だったのに。隠さなきゃ生きていけないなんて……」

「綵菟。別にこれは…じゃなくて、お前ホントにどうかしたか?」

「どうもしてない。本当にもったいないと思うよ…。その色だったら、多分まだ青のほうが似合う。顔に性格でてるから」

「うっせぇな。お前、ホントに頭のネジ飛んでやがんな?珍しくトチったからって……」



 苦笑しながらも頭を撫でてくる王共茣の繊細な指が温かく、綵菟はまだ自分の居場所があったことにひどく安堵した。

 璃奈の翳りは敢えてスルー。(今回は)メインじゃないんで。

 しかし、まだまだ全然序盤…。お陰で一年以上も経つのにホラー要素が少ない…。

 いつになったら話が進むんだか。気まぐれなんでまだまだかかるんでしょうけど…………。

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