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報復  作者: 深皇玖 楸
11/17

情報収集《上》

 情報収集…のハズが。本題に入れず七割方どうでもいい話に。

 翌日綵菟は街へ出た。

 土曜日ということで僅かな賑わいを見せる街を、綵菟はどうということもなく通りすぎる。一月前ならそこかしこにいた琳鋭高校の生徒も、今は全く見当たらない。街に出ているのは専ら外部の人間ばかりだ。彼らにとってこの街は、最新のものがなんでも揃う癖に都心より断然空いている、最適な環境なのだ。

 だから、外部から来た人間は大抵この地に就職する。閉鎖されてはいるが、中の人間にとっては他の場所が色褪せるほどの魅力に満ちているらしい。

 国も都も一切関与しないこの街は、ある意味最も地方自治の進んだ地域であり、その有り様は日本にありながら全く別の国のようでもある。



 綵菟はまず、書店を回って地図を購入する。地方毎の細かいもので、荷物は一気に重くなる。かなりマイナーな島の地図もすべて購入して、綵菟は一旦家へ戻る。

 綵菟の自宅は広い。一階と三階にリビングがあり、二階にそれぞれの自室と夫婦兼用の寝室、和室も洋間も各階に十畳ずつあり、客室は一階に三部屋、年末年始にしか使わない特別な部屋もある。書斎は二階と三階にあり、二階は主に栩月が、三階はそのフロア全域を含めて綵菟が使用している。

 その書斎に地図を入れ、綵菟は開くでもなく再び外出する。


 今度は駅に向かい、都心の方向へ行く。この駅も路線も、すべて雪廻町のものだった。

 電車に揺られ、東野という所で降りる。ここは新宿からも近い癖に23区ではなく、しかも古い町並みを残すところだ。

 その一角の広めの一軒家に入る。

 ここは“クリムタ”と呼ばれるカフェで、ある私立中学の生徒及びOB御用達の隠れ家だった。

 系列的な問題で、その私立中学は雪廻町のものと似ており、綵菟と睦瑳と柚弥はそこで三年間を過ごした。それは珂欟、瑞木両家の指示でそうしたのであって、綵菟たちの意志ではなかった。

 だが案外居心地がよく、充実した時間を過ごすことができたのも事実だ。

 その一つが、この店だった。

 一階は普通の隠れ家テイストなカフェだが、二階と三階は宿泊自由な憩いの場となっている。テスト前になると勉強会として中高生が占拠していたり、こともあろうに政府の要人が同窓に愚痴をこぼしていたりもする。

 トイレの横の掃除道具用のロッカーに見せかけた階段を登り、携帯電話で指定の音楽を流す。ここのセキュリティは難解で意味不明なシステムになっていた。

 店内を見渡すと、朝だというのに人はそこそこ入っている。

 ダベっている、というのが正しい表現であるが。

 綵菟は空いている席に座って、人を待つ。直ぐに店員がやってきて、頼んでもいないのにブラックのブルー・マウンテンとバジルのパンと水菜と大根のサラダを置いていく。サービスではなく、綵菟の好みにあわせて運んできたのだ。

 焼きたてのパンを頬張りながら時間を潰していると、一人の少年が入ってくる。そして迷わず綵菟の所へやって来た。

「わりぃ、待ったか?」

 少年はブラックのトラジャ・コーヒーとプレーンのパンにジャムと生クリームの添えられたものにベビーリーフと水菜のサラダを受け取りながら、綵菟の前に座る。綵菟とこの少年の好みは結構似ていた。

「いや、別に。―――優太と璃奈は?」

「あー、優太はもうちょいで来るだろ。璃奈ちゃんは…まあ忙しいから……」

 少年が言葉を濁した途端背の高い、否高すぎる少女が入ってくる。

 その少女も綵菟たちの所に来て、ブラックのエスプレッソに蟹雑炊の大盛りを受け取りながら少年の隣に座る。

「すみません綵菟先輩、王共茣(きょうご※きょうは王に共で一文字なのですが、変換できないのでご了承ください)先輩。遅くなりました…」

 少年は海咲王共茣という。綵菟の同窓で、同率で首席だった。現在は日本のトップと言われる星条高校に勝るとも劣らないレベルを誇る緋凰学園に通っている。親は既に亡くなっていて、二人の兄に育てられてきており赤貧生活を送っているため、奨学金制度の優れている方を選んだらしい。

 一方の璃奈のフルネームは二ノ宮璃奈と言い、一卵性双生児で妹がいる。共に身長は異常に高く、その癖に璃歩はともかく璃奈は帰宅部だ。綵菟が在校していた頃も学校のアイドル状態で、他校の生徒が校門に群がっていたりした光景も日常となっていた。

「…羽越先輩はまだ来ていらっしゃらないんですか?」

「ああ。―――けど、どうして達明じゃなくて優太なんだ?」

「真名部連れてきたら間違いなく本題に入れねぇだろ」

 王共茣は色素の薄い瞳を冷悧に煌めかせて綵菟を見る。その瞳は面白そうにも見えるから、綵菟には不思議だった。

「お前こそ、睦瑳は?柚弥が亡くなって最初の休みだぞ?気晴らしでも何でも、連れてこなきゃまずいだろ」

「…っ、それは……」

 綵菟は正直、痛いところを突かれたと思った。本題、と呼ばれる用件にばかり気をとられて、睦瑳のことなど全く頭になかったと言うのが本当のところだ。

「…王共茣先輩、意地悪し過ぎです。綵菟先輩も、余裕なさ気ですし…」

 璃奈はその大人しい外見に反して直球だ。勿論外見通りに口数は少ないのだが、それだけに一言の重みがかなりあるのだ。

「…ごめん、後で睦瑳に謝っておく」

 綵菟は純粋に反省した。一番の被害者は睦瑳なのに、自分はそれを無視していたのだから。

 だが、目の前の二人の反応はというと、

「…やべ、俺…不味い?」

「…綵菟先輩に王共茣先輩の冗談が冗談で通じる訳ないじゃないですか。羽越先輩でも無理だと思いますけど…」

 王共茣が璃奈に説教されていた。

 綵菟は初めて見るその光景に目を丸くする。璃奈はほとんどぼーっとしていて掴み所がなく、相手に対して下手に出ることが多い。先輩に対して説教をするなど、以前の彼女からは信じられないことだった。

「璃奈、少し変わったな」

「…そう…ですか?」

「そういえば、璃歩は元気か?」

 適当な話題を振って時間を潰す。優太が遅いのが悪いのだ。

「…元気ですよ。来ると鬱陶しいので、目一杯雑用押し付けてきました」

 どこかすっきりした顔で話す璃奈も、綵菟の見たことのないものだった。

「…性格悪くなった?」

「…寝不足でイライラはしてますけど…、すみません」

 璃奈は途端に小さくなる。大量の資料の入った鞄を抱えていると、身長がそれほど気にならないが、それが更に小動物に見えてしまうから不思議だった。

 璃奈は楽な後輩だ。

常に正論を突きつけては来るが、性格は非常にサッパリしている。化粧っ気もなく、華美ではないが上品な服装を好み、何より頭の回転が速い。一体どんな仕組みかは知らないが、彼女のネットワークは異常に広く、どんな情報でもほぼ全てが揃う。押し付けがましいところがなく、天然で、未だに睦瑳に好意を持たれていることにも気付いていない。

 反省した一端には、それもあったのだが。

 確かに璃奈は、客観的に見ても可愛かった。それは綵菟も認めている。

「璃奈ちゃんてさ、誰かと付き合ってたりしないわけ?」

「…王共茣先輩?」

「告白とか多いんでしょ?ストーカーとか」

「…っ。でも、その…基本男嫌いだから……」

 璃奈は誤魔化すようにコーヒーを飲む。

「確かに、璃奈ちゃんて男友達って俺らくらい?」

「いえ、あの…これって友達って言うんですか?」

 言われてみれば妙な関係だ。綵菟も王共茣も先輩であり、璃奈は後輩だ。お互い必要なときにしかつるまず、卒業以来再会したのがこの間の柚弥の葬儀だ。その間、メールも数えるくらいしかやり取りしていない。

「確かに、ただの先輩・後輩だな」

「ですね。…まあそういうカテゴリーでいくと、真名部先輩とか羽越先輩とかも含みますよね…」

「最初から含んでてやれよ…」

 綵菟は呆れてぼやく。璃奈は正直よく分からない。先輩に対する態度そのものは普通だが、同級生や下級生相手になると途端に無口になる。理由を尋ねれば、年上しか相手にしたことがないらしく、出方がまったく分からないのだという。一体どんな環境で育ったというのだろうか。

「…でも、話を戻すと、同級生だと丹羽さんとかあの辺りとはお弁当を一緒に食べたりはします」

「友達じゃん」

 あっさり王共茣が決め付ける。恋人という線を考慮にいれる必要がないと判断したようだった。

「そうですね。…友達です」

「だけど、丹羽かぁ…。あいつ彼女ほっといて大丈夫か?」

「それは…まだ女の子って、友達と居たい時期ですし…お互い照れ屋なカップルですから…」

「確かにな…」

 丹羽は綵菟と王共茣の所属していた美術部の後輩だった。

因みに璃奈は数少ない帰宅部だ。妹の璃歩の方は園芸部にいるというのに、璃奈は璃歩よりも多忙らしいのと、入部合戦で各部の争いが激化し運動部と文化部に分かれて全面戦争に突入し、学校内で授業をサボタージュした揚句ゲリラ戦までやってしまうくらいの大騒動になったために、特別に許可されたのだ。

 璃奈は転校生で、去年の夏に来た。

そしていきなり夏休み後のALLテストと呼ばれる、夏課題とスポーツテスト以外生徒会主催の一週間地獄を味わうことになる(強制的・サボると全教科卒業まで赤点=入る高校は完全実力主義しか不可能)テストで首位に立ち、一週間で伝説を作った。それが原因で、入部合戦が勃発したのだが、璃奈はその間完全無視だった。

噂によると、クラスの大半が本人を目の前にしているにも関わらず、廊下で鈍器を振り回している仕末だったらしい。

その教師も強者で、どうやら動ずることなく一日中(教師も戦争に参加していて来なかったため)璃奈と次席のさとしに全クラスを廻って問題の答えを黒板に書かせていたらしい。王共茣や綵菟のいたクラスにも来て、異常なスピードと完璧な明朝体とゴシック体でしかも二刀流で書き、そして暇だったのか、ノートに私立の予想問題を書いて去っていった。

 それも伝説となったが。

 なにしろ、その年の私立の入試で、少なくとも緋鳳、琳鋭、白木原などの超難関高校に於いて、璃奈の作成した予想問題から一文たりとも外されてはいなかったからだ。

 様々な伝説を持つ璃奈の欠点は、未だに誰も見つけていない。

 そして極めつけが、三学期の璃歩の転入だ。家庭の事情で消息不明なところを、冬休みに捜し回ったらしい。

 事情を聞けば生き別れたのは一歳の時らしく、それだけで全く別の名前で生活していた妹を捜し当てるところも、綵菟にとっては疑問だった。




 もはや人間ではないのではないかと、本気で疑っていた。

 今はそんなことはなかったが。出会った当初は宇宙人のように思えたが、違うのだ。

 璃奈は現実に生きているようで、実は微妙に違う。璃奈には現実に対する執着は全く見られない。

 そして、同じく現実に齟齬を持つ綵菟とも違う。

 綵菟の最大の齟齬は価値観などのものの考え方だ。だが、璃奈は違う。綵菟と価値観は同じだが、彼女は何かに突き動かされている。恐らく、璃奈は何処へ行っても終わりはない。だから理解できないのだ。

 王共茣も、そうだった。



 だから似た者同士が集まったのかもしれない。

 この輪に睦瑳を入れようとすら思わなかったのも、多分そうだ。



 綵菟がそんなことをつらつらと思いながらコーヒーを見つめて、ふと顔を上げると、璃奈が穏やかな顔で見ていた。



 璃奈には綵菟の心など、綵菟よりも遥かにお見通しのようだった―――。

 璃奈と王共茣の設定は、綵菟よりも深いです。

 特に璃奈は年季も入っていて、しかも自分からバックグラウンドを喋ることはしないので、綵菟の記憶を使って人為りを説明するしかなかったのです。

 一応言っときます。

 璃奈も王共茣も過去の友人ではありません。重要キャラです。



 そして璃奈の説明だけで終わったのは、貴様のせいだ羽越優太!!

 おまけの癖に!!



 ホラー…だった筈、なんだけどなぁ…。

 なかなかそこまで行かないですねぇ。

 序盤だけで一年近く掛けてるし、璃奈とか王共茣とか正直出す気なかったし…。王共茣の字は常用漢字の癖に出ないし。


 完結しなかったらすみません。頑張ります。

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