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報復  作者: 深皇玖 楸
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願いと偽善

 綵菟はいつも、不思議に思っていた。何故、鳳征は詩織と結婚したのか。跡目を継ぐように言いながら、どうして栩月を婿養子にしなかったのか。

 雪營は何故、この街に存在するのか。藜明の世に何があったのか。何より、この街の人々の、一種奇異な瞳と髪と肌は何を示すのか。

 その答えを鳳征は持っているのではないかという期待はしていない。

 雪營には雪營なりの理由があるだろうし、鳳征の話す話はあくまで伝承でしかないのだろう。伝承は人為で如何様にも曲げられる。それでは意味がないのだ。


「―――それで?俺の身体が何か?」

「身体という程でもないだろうが…、声だ。恐らく幼児期と同じ位か、それ以上に高くなるだろう」

 綵菟は知っていた。驚いてみせることもなく、鳳征を見据える。

「それ以外に何か?」

「いや、声だけだ。他に影響は出ないだろうが、日頃からなるべく低い声が出せるようにしておくといい。―――それだけだ」

「随分、適当ですね…」

 しかし、忠告されたあとだけに、思ったよりも低い声が出てしまう。まだ兆候はないし、喉が引きつることもない。

「それでいい。そうしていてもいつかは通常の声より高くなってくるだろう。そうなったら止まらないらしいからよく観察するように」

「はい」

 綵菟は一礼して、これ以上何かを言われる前に退出してしまう。今日は長い。一度に色々起こりすぎて頭がオーバーヒートしてしまいそうだった。







 帰途、綵菟は山の頂きから街を見下ろす。

 洗練されたモダンデザインのビル郡が幾何学模様に整備され、この街の自立を感じる。日本にあって日本ではない感じであった。

 この街には有名企業の工場も販売所も支社も―――全国展開のコンビニすら存在しない。

 コンビニもスーパーも学校も企業も全てが雪廻町のものである。

 雪廻町にあって他のところにないものはほとんどないが、他の街にあって当たり前のものはこの街には幾つか欠けていた。

 賑わいはないが満たされた街。それはこの街に古くから生きてきた人間にとってはこの上なく居心地がよく、裏切ることを忘れさせる。

 居ない筈なのだ。本当の意味での裏切り者は。

 古来より、裏切りは数え切れない程あった。それら全てが詳細に、珂欟と瑞木両家に記録として残されている。

 積極的に外に出ることで内部を守ってきたこの街を、狙う輩がいる。それだけだ。

 それを雪營が突き止めに行き、綵菟はこの街を見張る。

 綵菟は寝静まった街を見下ろし、今この街に赤姫や他の敵がいないことを祈りながら集中し、目を閉じた。




 月光に綵菟の髪が赤く輝き、その色は徐々に存在感を増していく。瞳は青く、だが虹彩は何色にも移ろう。呼吸をする度に、白い肌は真珠のような輝きを全身に波打たせる。

 すると風が緩やかに綵菟を撫で、雲はある一点を指し示す。 綵菟が目を開けると同時に流星が降り注ぐ。

(いる。けど…23区か。人に紛れている)

 それでは手の施しようがない。相手はかなり場馴れしているようだった。






 その様子を、洋館の自室から鳳征が見ていた。

 綵菟の広範囲察知は、鳳征を遥かに凌ぐ。それも綵菟は万能だ。最早ただの勘でなく、正確に把握し、しかも人だけでなく無機物やその他の物など、大抵街に溢れている物は掴めてしまう。人の場合は性別や年齢まで察知できるし、この街の人間の気配なら全員名前まで当てられる。

 そして、それは睦瑳もできるのだ。亡くなった柚弥も、やはり同等にできた。

 あの三人は異常だった。

 綵菟の混ざった色、睦瑳の獸による執着、柚弥の双璧に引けをとらない能力。

 そしてその均衡が崩れた―――。

 何が起こるのかは分からない。だが、鳳征は可愛い孫息子がどうか無事であることを切に願い、綵菟を食い入るように見つめていた。







 その後、綵菟が帰宅すると時計は12時を回っていた。

 今さら食事に手をつける気にはならず、弁当箱を洗ってから風呂に入ると、そのままベッドに直行する。

「綵菟。眠れないなら睡眠薬をのみなさい」

 張りつめた顔で階段を上ろうとする綵菟に、栩月が声を掛ける。

「父さん…」

「僕には正直何が起きてるのか分からないし、緊張しない方がおかしいのかもしれないけれど、僕は父親だからね、息子に倒れられるのは勘弁だから」

 穏やかな笑顔で、栩月は諭す。

 綵菟はにこりともしなかった。否、できなかったのだ。一度に色々ありすぎて感情が麻痺しており、栩月の言葉も上滑りしていく。

「有り難う。でも、一つ訂正を」

 綵菟は残酷な言葉だと知っていて投げつける。心遣いよりもなによりも、綵菟はそれが父親への唯一つの不満だったから。それを分かろうとしない栩月に嫌気が差したから魔が差したのだ。

「―――貴方は分からないんじゃない。分かろうとしないんだ」

 只この街の人間ではないからという理由で、襲撃されない保証はどこにもない。いつまでも傍観者ではいられない。

 認められないのは仕方がない。けれども一連の事件を見て、肌で感じて、それでも動かないのはどういう了見なのか綵菟には理解できなかった。

 栩月がいつまでも自分を部外者だと思っているからなのかも知れなかったが、自分で何が起こっているのか分からないと言っている以上は警戒するべきなのだ。絶対の安全などないのだから。



 栩月は押し黙ったまま、立ち尽くしていた―――。

 綵菟は睡眠不足でイライラです。ほとんど八つ当たりです。父に対する敬意はほとんどありません。思春期なんでしょうね…。


 後日談としてはこの日の夜も眠れなかったようです。

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