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驕り(おごり)


「お嬢様、夕食のご用意が整いました。」


軽くノックして城里生が部屋に入ると、今度は髪を下ろしたワンピース姿のみりあがソファで寛いでいた。

「では、私はこれで。」

みりあがバスルームで汗を流した後の身支度を整えていた畑中由布子は、一礼して部屋を後にする。城里生とすれ違う時、くすっと肩をすくめた。

城里生は怪訝に横目で彼女を追ったが、すぐに扉が閉まる。


改めてきちんとみりあに向き合うと、頭を下げた。

「先ほどはお嬢様のお着替えを私がお手伝いすることになり、申し訳ありませんでした。」

「大丈夫だ、ファスナーを上げ下げしただけで騒ぐほどのものじゃない。それに人間じゃないからな、城里生は。」

「・・・は?」

みりあの言葉に思わず声が出る。

「冷血鉄仮面キリウマコトだろ。」

「お、お嬢様、それは一体どういう意味でございますか。」

「言葉のままだ。お前はいつも自分のクビやこの家柄や私が令嬢の型に嵌らないことに気を揉んでばかりで、私のことを心配しているわけでも私のことを理解しているわけでもない。いつもちょっと優しそうな顔で微笑んでいるつもりだろうが目が笑っていない。だから冷血鉄仮面だ。」

城里生は絶句した。


表情は辛うじて変えなかったと思う。しかし心の中は血の気が引いてひどい目眩に襲われるような、まともに立っていられない気持ちだった。

「図星なのか。」

何も言わない城里生にみりあは溜息をついた。

「お嬢様、私は・・・。」

城里生は言葉を飲み込み、みりあを見つめた。

執事は時に主人と精神的にも深く関わるものだが、年頃の難しい女性主人には立ち入りすぎて過ちが起きることを恐れ、むやみに優しげな態度をとらぬこと、言い訳をしないことを厳しく教育されていた。


「なんだ、気に入らないのか冷血鉄仮面。」

「その呼び名は有難いとは言いかねます。」

「せっかくニックネームを考えてやっているのに。」

みりあは鼻で笑った。

可愛らしくそして美しい少女が見せる歪んだ表情に、城里生は怖い事に気が付いた。

お嬢様がご令嬢らしくない理由の一つは、自分にあるのだと。

城里生は大きな一撃を受けたように息が詰まる思いだった。

「ところで城里生、お前は体を清めたのか?まさか汗臭いままその服に戻ったわけではないよな。」

「簡単ではありますが、シャワーに入らせて頂きました。」

城里生は力のない声で答えると、再び「ご夕食です」と促した。



「お休みなさいませ、お嬢様。」

城里生はみりあの肩口まで上掛けをしっかりかけると、灯りを小さくして部屋を出た。

みりあは目を閉じ、明日の親友の為の作戦を頭の中でシミュレートしながら眠りについた。隣の部屋では、城里生が髪を乱して頭を抱えているとはつゆ知らず。


城里生は自室に戻ると腰が抜けたように椅子に座りこみ、頭を抱えるように膝に肘をついて、目を瞑って唸っていた。

高校生になる頃から自分に対してひどく嫌味な言葉を口にするようになったみりあ。ただの反抗期だと取り合わず、常に冷静に応えていた。

まさかそれが自分を信用しない方向に向かっていたとは。

みりあがよく口にする「クビが怖いんだろう。」という言葉。

それを否定も肯定もせずに無視していたが、実際は自分のクビの事など考えたことはなかった。

ただ一途に、みりあには松葉重家の令嬢として、他のお嬢様方以上に立派に成長してほしいと願っていた。その為には自分たち執事やメイドに甘えすぎることなく、精神的にも強くなって欲しいと思っていた。

身の回りのことは自分や畑中が受け持つが、学院での出来事や日々の相談事、そして将来の事などは出来るだけ自分の考えで判断を下せるよう、助言は少なく留めていた。

足元に大けがをしない程度の石ころは置いたままの道を進ませ、転んでも自分の力で立ち上がり強く歩いていけるように。

畑中にも自分の考えを伝えていた。そして「じいや」の内田にも。

城里生は「よし」と、自分を奮い立たせるように大きく息を吐いて立ち上がり、内田の部屋へ向かった。


「夜分に恐れ入りますが、ご相談があります。」

少し俯き加減で城里生が声をかけると、内田は細い銀縁の眼鏡を外し、傍のソファを勧めた。

「失礼いたします。」

城里生がゆったりしたソファに浅く腰掛ける。


「どうした、今日の合気道で一本取られでもしたかね。」

内田は城里生の重い表情を崩すように、軽い調子で尋ねた。

「いえ、さすがにそのようなことはありませんが・・・。」

内田の冗談に気づくこともなく俯いたまま真面目に答える城里生。

その様子に内田は既に解ったかのように目を細め、若い執事を見た。

城里生は内田の表情に気づくことなく、今日、気が付いたみりあと自分との危うく感じる信頼関係についてぽつぽつと、言葉を選びながら語った。

内田は城里生の言葉や表情、指先の仕草までじっと観察しながら黙って聞いていた。


「・・・・私のやり方は、間違っているのでしょうか。もう、手遅れなのでしょうか。」

城里生は松葉重家に来て七年、執事としても随分自信がつき、他の使用人からも一目置かれる存在となっていることも自覚していた。それがこのような相談を内田にもちかけることになるとは、若干屈辱的なことだった。

しかし、今は自分の小さなプライドよりも主人に信頼されることが何よりも優先すべき大切なことだと決心して、内田の前にいる。


みりあが幼少から「じいや」と呼ぶ内田源蔵は、古くから松葉重家に仕えているいわば執事やメイドたち使用人のまとめ役であり、指南役である。

内田に直々に話を伺いにこの部屋へやってきたのは、みりあが誘拐されそうになった四年前以来だった。

城里生は俯き、膝の上で両手を固く握りしめていた。


「みりあ様は、城里生をそんなに悩ませるほど成長された、ということのようだね。」

笑う内田の言葉に、城里生はバッと顔を上げた。

「内田様!私は真剣にっ・・・」

内田は目を細めたまま、宥めるように言葉を続けた。

「城里生がみりあ様に、この松葉重家の令嬢として立派なお方になって頂きたいと考えている、その根本は私ももちろん賛成している。」

「・・・・有難うございます。」

「しかし、今はみりあ様の言われることも一理あるかもしれん。」

「そ、それは私がお嬢様の言う冷血・・・鉄仮面ということですか。」

「その呼び名は実に愉快だな。」

内田は声を上げて笑った。

「極端に言えばそういうことだ。城里生、みりあ様と友達や恋人のように仲良くしろとは言わないが、兄のような気持ちを持ってみたらどうだ。」

「兄、ですか。」

「そうだ。年頃で少し不安定な成長期のみりあ様が、間違っても自分に惚れたりすることのないようにと構え過ぎているんだろう。大丈夫、お前が自惚れるほど心配なことは起きまい。みりあ様は賢いお方だ。もう少し力を抜いて、兄のように接する心構えでいれば良い。」

城里生は赤面した。

まるで自分の方がお嬢様を女性として見ないように気を張っていたようにも見えているということか。

「しかし、急に態度を変えるのもおかしなものかと。」

内田は静かに首を振った。

「何も優しく接することだけが兄のすることではない。兄だから、執事だからこそ大事な時にはもっと本気を見せることが必要な時もある。本気で怒ったり、本気で誉めたり。」


内田はソファからゆっくり立ち上がった。

「年寄りはそろそろ就寝したいのだが。」

城里生も慌てて立ち上がり、頭を深く下げた。

「城里生、みりあ様はお前が願うように、物事を広い角度で考え行動されるようになってきている。だからこそ、執事であるお前ももっと柔軟さを持たねばならん。 子供が親に育てられるように、親もまた子供と共に親として成長する。執事も親と同じだ。主人と共に執事として成長するのだ。自分を驕るなよ、若者よ。」

城里生はさらに深く、頭を下げた。


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