依頼その1の3 少女たちと花畑
…………
月も出た頃、荒れた花畑に近づく影があった。それも一つではない。
ドドドド………
複数の影は一直線に花畑を目指して走っていた。
ドドドドドド……
凄まじい速度で複数の影は走っている。進路を変えるつもりはないようだ。このまま花畑方面に走ってくる。
ドドドドドドドド…
ほんの数秒、それだけあればもう花畑まで侵入してしまう。
そして影たちの先には、少女たちの植えた新しい花が……このままでは影たちは花を踏みあらし、また無残な光景を残してしまう。
ドドドドドドドドドド――――――ドガ…ッ!!
しかし、頑丈な壁に阻まれ影たちの走りは止まった。
ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆
「よし!花畑は無事だな、よくやったぞダイチ」
「ハァ、ハァ……も、もう無理です。魔力が持ちません…」
隣で死にそうな顔をしているダイチ。
そりゃそうだ、見張っている間ずっと魔力で壁を作り出し、花を守るように防壁を張っていたんだからな。
ユニエちゃんを家に帰した後、オレたちは花畑を見張っていた。
いつ侵入者が来てもいいように、ダイチとオレで魔法を使って壁を作り待っていたというわけだ。
人間じゃないなら、壁みてーに防御すれば簡単に防げる。奴らの知能は高くねーからな。
「オレも手伝ってただろ。おら仕事は終わってねーぞ」
「ハァッ…社長て、魔法学校出身、だったんですか…?」
「おうダイチ、そんだけ話せるならまだ元気だな。【ランデ・ウォール】はまだ崩すんじゃねーぞ」
「マジですか…!?」
土系の魔法【ランデ】と壁を作る魔法【ウォール】の組み合わせは魔法学校で習う魔法の基礎である。
ちなみに魔法は誰でも使えるわけではないが、誰でも使えないわけではない。
体内に潜む魔力量が多ければ、魔法を使うことはできるのである。
町の娘が竜巻を発生させたなんてのはよくある話だ。
「ムヴァファンゴの群れか…犯人はあいつらだったんだな」
「ああ、この時期になるとムヴァファンゴは別の山に移り住む習性がある。恐らくこの空き地はその通り道だったんだろうな」
質問に答えるとゲイルはなるほどなと言って腰のホルスターから銃を抜いた。
「で?どうするよ社長、撃つか?」
「いや、殺す必要はねー。花畑荒らしたのはムヴァファンゴで間違いないがコイツらとは別のヤツだからな」
壁にぶち当たったムヴァファンゴの群れは数回ほど頭突きを繰り返すが、無駄だと悟ったのか進路を変えて走って行った。
そこで丁度ダイチの魔力が切れ、【ランデ・ウォール】はただの土に戻った。壁の強度を失ったのである。
これで一件落着…とはいかない。
「さて、ここからもう一仕事だ。テメーらも、最後までキッチリやれよ」
用意しといたスコップなどの道具を二人に渡し、オレは先に作業に移る。
「…なに、してるん、ですかぁ…?」
「決まってんだろ。次ムヴァファンゴが来てもいいように柵作っとくんだよ。壊れないような丈夫なヤツをな」
「えぇー!?…僕疲れたんで、もう帰りたいんですけど」
「じゃあ花が咲くまでオマエここで働くか?二十四時間【ランデ・ウォール】でムヴァファンゴから花畑を守ってくれるってんなら今日は帰っていいぜ」
「…………」
しぶしぶ、といった感じで作業に入るダイチ。かわいそうな気もするが、これも仕事だ。
まぁ休み時間は設けるから、我慢してくれ。
「ゲイルもやれよ」
「わかってるよ。最近運動不足気味だしな、つきあってやるよ」
「本当にな。テメーはもっと仕事して運動しろ」
「厳しいねぇうちの社長は」
こうして、頑丈な柵を作るため作業を開始したオレたち。
だがそう簡単にできるわけもなく、数時間後に一度事務所に帰り、翌日に改めて作業をしたのだった。
ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆
「よーしいつムヴァが来るかわからねーからな、ちゃっちゃとやんぞー」
翌日、オレたちは早朝から花畑に作業をするためやってきた。
事務所はクララと他の奴らに任せてある。
「ま、待ってくださいよ社長…」
「ん?」
いざ作業開始!の前にダイチに止められた。なぜか体中が震えている気がする。
「僕昨日のせいで筋肉痛で…もう少し寝てちゃダメですか?」
「ダメだ!依頼は完璧にこなさなくちゃならねー。サボってばかりのゲイルだっているだろ!しゃんとしろ」
「社長が無理やり連れて来たんでしょうが…」
「オレもまだ寝てたいんだが…」
「あ?じゃあ別に帰ってもいいぜ。その代わり報酬はオレの分け前が増えるだけだ」
そうだな…半分が事務所に必要な金額だから残りの半分をオレ6、ダイチとゲイルが2ずつってところが妥当だろう。
そう言うと二人はせっせと作業に移った。うん、関心関心。
「あ!ゲイルさんが逃げた!」
「テメーふざけんなおいコラ待てェーッ!」
「戻るだけ!一回家に戻るだけだから!すぐに帰ってくるって!(たぶん)」
「ぜってー帰ってこねーだろうがテメーはよォ!」
途中でこんなこともあったが、作業は順調に進み昼になる頃には柵は完成したのだった。
ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆
「なんでも屋さん、ありがとうございましたっ!」
ユニエちゃんはオレたちにペコリと頭を下げた。
原因がわかり、対策の柵が完成したことを伝えたのである。
「気にスンナ。ま、これで花畑は大丈夫だろ」
「ユニエちゃんたちも、大変だろうけど頑張ってね。何かあったら、また『ハンディオール』に依頼してね」
「うん!ありがとね、おにーちゃんたち!」
「いやいや、なんならお礼にちゅぶげっ」
「テメーは最後までぶれねーな!黙ってろ!」
このままだと少女には嫌なトラウマを植え付けかねないゲイルを右手で殴り黙らせた。
ユニエちゃんはじゃーねー!と元気に手をふりながら去っていった。
これで本当に、一件落着である。
「い、いてぇ…防具ついた手で殴るのは反則だろ…!」
「殴られたくなかったらその変態性を治してこい」
「ハァ…今日は本当に疲れたなぁ…」
「じゃあダイチ、これから一緒にメシ行くか?社長の奢りで」
「ま、今日はいいか。重労働させちまったしな」
「ホントですか!?やったー!」
行先を事務所から飯屋に変更し、オレらは歩いた。
余談だが、三食分を奢ったせいで今回の依頼のオレの取り分はほとんど残らなかった。
ユニエの袋に入っていたのは銀貨ではなく銅貨だったのだ。…まぁ、子供だもんな。