第00部 ~プロローグ~
────〝精霊大陸ミューゼロッド〟
大陸の各地を精霊が守護し、守護の元育まれた大地には様々な力の源となる〝魔力〟が湧き出し、英知と魔法を駆使して文化的な生活を営む〝人間〟と、精霊の子として各地に散らばり、人間の補助として身近な存在となっている〝妖精〟が共存する世界。
人々は思想や価値観、利害の合う仲間を見つけては大陸中に集落を作り、その地に住まう精霊が信仰と拠り所となる器を条件とし、人々を災厄から護るという契約を結ぶ。
そうして長きに渡る人々の抗争や協調、繁栄の末に、少数の大国と多数の町村が世界の調和を保っていた……。
───精霊が見ているのは、巨大な街だった。
ミューゼロット東部に広がる広大な平野にあるそれは、そこに暮らす人々が長い年月をかけて盛り上げた築山で、その上に大陸に覇を唱える三大国の一つ『帝都グランスヒィア』が、夜明けの陽光に照らされて眩しい輝きを周囲に放っている。築山の頂上には帝都の象徴である白亜の城が聳え、その麓から順に貴族街、下町と続いて広がっている。
一見すれば誰が見ても美しい街、活気のある街だと謳うだろう。
帝都から離れた丘の上に居た精霊のもとを、冷たい風が吹きすさぶ。
まるで帝都に隠された悲しい事実を知っている精霊を、慰めるかのように。
この精霊は人間の、女性に似た姿をしていた。平均的な女性の身体つきをし、最低限の部分のみを布生地が覆い、首元から背中、腰、足へと流れた淡い紅色のレース生地のような羽衣が、彼女の神秘性をより強く意識させる。
風に乗って紅緋色の長髪が宙を舞う。
しばらくそうして帝都を眺めていると、彼女の背後から沢山の人型、だが人にしては小さな小さな生命体がよちよちと、あるいは背中の羽でぱたぱたと飛びながら集まってくる。
彼女……精霊であるこの者の子孫、妖精たちだった。
妖精達は、燃えるような赤眼をしているのに、冷たい表情で帝都を見下ろす精霊を心配そうな目で見守る。
それに気づいた精霊が表情を和らげ、「大丈夫だよ。さあ、帰ろう」と声をかける。
精霊のやさしい声に安心した妖精たちも笑顔になり、緩やかな丘を我先にと駆け下りてゆく。
精霊もあとを追い、降りようとするが、何かざわついたような音が聞こえ、一度帝都を振り返る。
城の方から器楽隊のような演奏が僅かに聞こえ、帝都上空にはうっすらと朱に染まった夜明け空にいくつかの花火が煌めいていた。
この演奏が、毎日グランスヒィアに暮らす人々の一日の始まりを知らせているのだが、空に上がった花火は毎日上がる代物ではない。
それは帝国グランスヒィアにとって重要な記念日、建国記念日の証だった。
毎年一度はその光景を見守るのだが、今回の記念日はどこかいつもと雰囲気は違うと、彼女の中の勘が囁く。
――近い将来、世界は大きく動き出すだろう。果たしてそれが良い方に傾くのか、悪い方に傾くのかなどは知る由もない。
だがどのような結果になろうとも、世界が大きすぎる変化に見舞われないよう精霊達は尽くしてきた。そして、これからも尽くしていかねばならなかった……
彼女は再び歩き出し、妖精たちのあとを追う。人間との干渉を避けて、世界を広く見据えるため。