第8章
「38.5度ね。」
僕のベッドの横に立つ母に、そう告げられた。
「今日は学校は休みね。連絡しとくから。」
そう言って僕の部屋から出ていった。
なんと、ほんの数十分前、母に体調不良を訴えた僕は、無言で渡された体温計により、38.5度という高熱が発覚した。
「インフルじゃなきゃいいんだけどな…。」
そう、一番の気がかりはインフルエンザだ。
インフルエンザなんかで、1週間も学校を休んでなどいられない。
去年は受験があったから、予防接種に行ったけど、今年は行っていないからなぁ…。
さすがにただの風邪だと思うが、少し心配だ。
――コンコン
母がドアを叩いて入ってきた。
「南、お母さん仕事に行ってくるから、ちゃんと寝ててね。」
「はぁーい。」
母は仕事で居らず、身体はダルいうえに実に暇だ。
僕は、体調不良でも熟睡できないタイプなのだ。
なんせ夜はいつもキッチリ7時間寝るのだから。
「はぁ…暇だなぁ。」
あれからおよそ2時間。
大体10時くらいだろう。
母が帰ってくるのは13時頃。いつも帰りにゼリーを買ってきてくれる。それが僕の昼食になるのだ。
といってもまだ10時だ。
暇だ。
寝転がっていれば治るのだが、その間の時間がどうしようもない。
僕は基本、ゲームなんかしないし、そもそも無い。
勉強なんて、こんな状態じゃ出来るはずもない。
そもそも頭が痛くて何もできない。
そうして僕は、ただ暇をもて余していた。
気がつくともう14時で、母が帰ってきた。
案の定、母はいくつかゼリーを買ってきてくれた。
あまり食欲はないが、これくらいなら食べられる。
それにしても、母はなかなかセンスがよく、どれにするか実に迷う。
みかんに桃にナタデココ、さくらんぼ入りもある。
迷うな…。
結局いつもナタデココを選んでしまう。
なんか好きなんだよね…。ナタデココ…。
そんなこんなで、あっという間に時間は過ぎ、もう16時だ。
そろそろ学校も終わったかな…。
今更になって、実に無駄な1日を過ごしたと感じた。
次の瞬間。
――ピンポーン。
玄関でチャイムがなった。
それと同時に、母が僕の部屋にやって来た。
「南、お友達が来てるわよ。」
友達…?
「アズマちゃんと西くん…っていったかしら。」
「えっ!?」
母はアズマさんと西を知らない。
二人は玄関で待っているようだが…。
「アズマさんだけ上げて。」
「あら、そう。」
そう言って母はまた玄関へ戻った。
西の顔なんて見たら、ますます悪化しそうだもんね!
――コンコン
再度、僕の部屋のドアを叩く音がした。
「南ちゃん、大丈夫?」
入ってきたのはアズマさんだ。
そこで僕は、今更気づいてしまった。
部屋が汚い。
友達を部屋に上げることなど、めったに無いので気にしたことはないが…
「あああアズマさん!!ごめんなさい部屋汚くて!!」
必死に言い訳をするが、アズマさんは特に気にしてないようだ。
「そうかな、アタシの部屋の方が汚いよ。」
しれっとそんなことまで暴露した。
これよりひどいってどんな…?
アズマさん、女を捨てすぎでしょ。ごみの中にいるアズマさんなんて、見たくないよ…。
そんなことを考えていると、アズマさんが「うーん…」と言って話し出した。
「なんか、南ちゃんらしい部屋だね。」
「えっ!?」
なにそれ、汚いのが僕らしいってこと!?確かにがさつだけども!!
「うさぎさんがいっぱいで。」
アズマさんはニコッと笑って言った。
うさぎさんって…。
確かに僕の部屋にはうさぎがたくさんいた。ぬいぐるみや小物入れなど、何から何までうさぎだ。
「うさぎ…好きなんです…。」
なぜか恥ずかしくなってしまった。
すると、アズマさんも言った。
「アタシも好きだよ、うさぎ。」
そしてまた笑った。
うさぎ好きなんだ…。かわいいな。だからうさぎのキーホルダーくれたのかな?
だが、そんな二人の空気をかき消すような音が響いた。
――ダンダンダンダン!!
誰かが玄関のドアを叩いた。
できればインターホン使って!?あるから!!
それと同時に、声も聞こえてきた。
「みーなーみーちゃーん!」
聞き覚えのある声だ。
そして、また母が僕の部屋にやって来た。
「南、ずいぶんとお友達が多いのね。また女の子よ。ボブヘアの子。」
ボブヘア…あっ、とこちゃんか…。
とこちゃんだとわかると、さっきまでの行動が全て納得できてしまう。
とこちゃんはそういう子なのだ。
そして、母はとこちゃんを連れてきた。
「おじゃましまぁーす!南ちゃーん、元気?」
とこちゃんは手を振りながら入ってきた。
「あはは…元気?だよ。」
とこちゃんの勢いに「うおぉ」押されぎみになりながらも、なんとか返した。
それにしても、なぜとこちゃんが?仲は良いが、それほどでもなかった。
「あっ、とこね、プリント持ってきたの!」
そういうことか…。
そんなことより、外でほっくんと秋兎さんの声が聞こえたのは、きっと気のせいだ。空耳だ。
「これは、国語のプリント。こっちは、この前やった数学のテスト。南ちゃん、42点だったよ!」
そう言いながらとこちゃんはプリントを渡してくれる。
やめて!?点数見ないで!?42点ってずいぶん壊滅的な点数取ったな、僕!!
「じゃあ、秋兎くんが待ってるから行くね、お大事に!」
そう言ってとこちゃんは颯爽と去っていった。
ほっくんたちの声が聞こえたのは、きっと気のせいだ…!!
「じゃあ、アタシもそろそろ帰ろうかな。」
そう言ってアズマさんは立ち上がった。
「あ…そうですか…。」
また一人で寝ているのは単純に、暇で、そして寂しかった。
「あっ、そうだ。」
アズマさんはまた座り込んで、鞄から何かを取り出した。
「これ、お見舞いに。」
そう言って僕に渡してくれたのは、僕が昼に食べたナタデココゼリーだ。
「ゼリーなら食べられると思って。」
「あ…ありがとう…ございます…。」
偶然なんだろうけど…でも…!!
これは奇跡のレベルだ。
「本当は、大阪も後から来るはずだったんだけど…。」
アズマさんはそう言いながら、窓の外を見た。
「来てないですね…。」
もちろん大阪さんは来ていない。きっと迷子にでもなっているのだろう。
「じゃあ、帰るね。お大事に。」
「はい…ありがとうございました。」
そう言ってアズマさんは去っていった。
まさか来てくれるとは思わなかった…。
ちょっとだけ、休んでよかったな、と思った。
次の日、無事登校した僕は大阪さんに
「え!?「南」って名字やないの!?どうりで「南」の表札がないはずや!!」
と言われたことは、今年に入って一番傷ついた。
秦野です…。
そして同日、西が体調不良で学校を休んだのは、決して僕のが移ったわけではない。
僕は何も知りません。
今回の話は編集長が体調不良でダウンしていたことは全く関係ないです。
そこからきたとか全然そんなことないです。
次回は番外編のつもりです