第2話
気落ちして視線も落とすと、まだ白紙のままの答案用紙が目に入った。
あぁ、そうだ。テストだっけ。
とりあえず名前だけ丁寧に書いた。わけもわからないまま、三問目を読んでみる。
(3)次の空欄を埋めなさい。
気体、液体、固体を正確に計ることのできる「秤袋」は( )博士によって発明された。
まったくもって意味不明である。
大体、これは何のテストだ?
そんな疑問が浮かんだとき、誰かが椅子を引く音が大きく響いた。見れば廊下側の前のほうに、熊が立っていた。
あの席の熊らしいヤツと言えば……浅野だ。
浅野はそのまま教室を出て行ってしまった。と思ったら、キツネにリス、インコまでもが、次々席を立って出て行った。それを確認しながら、細川猿は何も言わずにまた書き物に目を戻した。
「なぁ、あの四人……四匹? いや、一頭二匹一羽……面倒くさいな……あいつらはどこ行ったんだ?」
瞬一はまた振り返り、言った。
「もう問3まで進んでるにゃ」
惣太は問3を読んでみた。
3.クラの森へ行き、桜貝を見つけなさい。色、形、大きさ、見つけた場所について詳しく説明しなさい。(現物も提出のこと)
クラの森……?
これはなんとなくわかる気がした。
学校の裏にリスやモモンガが住み着いている森がある。恐らくはそこだろうと推測して、瞬一に聞いてみた。
「そうにゃ。授業で桜貝探しに行ったとこにゃ」
貝なんか探したことないぞ。あの森だって通称「裏の森」だ。……そうか、「裏の森」だから「クラの森」。語呂合わせか。なんつー、単純な……。
「よし、俺たちも行くにゃ、惣太。遅れを取るにゃ!」
器用に握っていたシャープペンを置いて、瞬一は惣太を誘った。
「行くって……裏の森にか?」
「クラの森にゃ。早く行かないとテストが終わらにゃい……って、まだ真っ白じゃにゃいか」
そう言って瞬一は惣太のテストを上からトントンと叩いた。
「だって意味不明なんだよ」
「授業中に寝てるからにゃ。ほら、俺の見せるにゃ」
そういう問題か? 確かに寝ていることは寝ているが……。
奇妙なお前になら奇妙な問題も解けるんだろ、と心で瞬一に悪態をつきつつ、カンニングしてもやっぱり理解できない答えを丸写しした。
「よし、行くにゃ!」
二人で教室を飛び出した。
◇
「桜貝って普通、海にあるもんだろ?」
二人は少し早足で森に向かっている。
「何おかしなこと言ってるにゃ。桜貝は森にしかないにゃ」
「嘘つけ。桜の花びらみたいな貝殻だから、桜貝なんだよ」
「違うにゃ。桜の木の下にあるから桜貝にゃ」
違うとは思うが、そうはっきり言われると確証は持てなくなってしまった。桜貝など、なんとなく知っている程度に過ぎないのだ。
「だけど俺、どれが桜の木なのかわかんない」
「花が咲いているんにゃから、誰でもわかるにゃ」
おい、今は夏だぞ?
怪訝な顔の惣太を見て、瞬一も少し目を細めた。
「行けばわかるにゃ」
説明が面倒になったのか、そう答えた。
学校の裏手、住宅地の横にその森はある。
遠目にもわかった。森のあちこちに綺麗なピンク色が点在している。
「マジで?」
近づけば近づくほど、それは確かに桜の木であり、花が満開で咲いている。その桜の下で各種の動物が土を掘り返している。熊は大きな手でダイナミックに土を盛り上げていき、鳥は細い足先の小さな靴で地面を掻いている。
「早くどこか適当なとこで探すにゃ」
せっせと穴を掘っている他人に見とれている間に、瞬一も桜貝を探すべく地面を掘っていた。
惣太はとりあえず瞬一のとなりの桜の下を掘ることにした。
その辺りに落ちている枯れ枝を拾い、適当に穴を掘る。出てくるのは腐れて土に返る枯葉や木のくず、小さな虫くらいなもので、貝など見当たらない。
ほんとに貝なんかあるのか?
穴を掘る枝が面倒臭そうに土をかき混ぜる。
「みーつけた!」
懸命に桜の木の下を掘り返している動物たちは、その声に一斉に顔を上げた。
両手と鼻の頭を真っ黒にしたキツネが、嬉しそうにぴょんと跳ねた。
「それじゃ、お先にー」
嫌味ったらしく他の生徒にいちいち声をかけ、スキップしながら去って行った。
やっぱり埋まってるんだ……。
惣太は改めて地面を掘り返す手に力をこめた。
そのうち周りで「あった、あった」と声が上がる。何人かが桜貝を見つける中、瞬一も貝を見つけたらしい。
「やった! 見つけたにゃ!」
真っ黒になった手の中に、指先ほどの――惣太の指を基準として――桜色の二枚貝があった。
「これが桜貝かぁ」
「早く惣太も見つけるにゃ」
惣太は枯れ枝を捨て、両手で掘り返し始めた。気分は宝探しだ。小さな貝を見逃さないよう、すくった土も広げて目を凝らす。そしてついにそれを見つけたとき、何とも言えない嬉しさが込み上げた。
「やったぁ! 俺も見つけたぞ!」
「にゃー! すごいにゃ、惣太。それ、かなりの大物にゃ」
瞬一が感嘆の声を上げた。それを聞いて他の動物たちが手を止めて覗きにくる。
「そうなのか? すごいのか?」
「すごいにゃ。惣太のは俺の三倍はあるにゃ。絶対一番にゃ。きっとかなりの点数になるにゃ」
よくわからないが、瞬一が興奮気味に言うのだから、貝探しでは優秀な成績なのだろう。集まった動物たちも羨ましげな口振りで惣太を褒める。
惣太はポイントの高い貝の土を落とし、ワイシャツの胸ポケットにしまった。
「さて、戻るか」
気分よく学校へ戻ろうとする惣太を、瞬一は腕をつかんで引き止めた。
「まだにゃ。テストはまだ終わってにゃいぞ」
「何? まだ何かあるのか?」
「当たり前にゃ。次の問題があるにゃ」
そう言って瞬一は、近くの木の幹を一本一本丁寧に見回して何かを探し始めた。
「あ、あった」
少し離れた木の裏で、丸い手をクイクイと曲げて惣太を呼ぶ。
行ってみると、幹に張り紙があった。
4.ユシの泉で星をひとつもらいなさい。もらったいきさつ、星の色、形を詳しく説明しなさい。(現物も提出すること)
「ユシの泉?」
「この先にゃ」
惣太はピンときた。
森を抜けた先には沼がある。大きくはないが暗く淀んで、時折妙に揺らめくのだ。水中がまるで見えないため、「きっと底にはヌシが潜んでいるに違いない」という噂のある、「ヌシの沼」だ。
沼が泉にランクアップしているようだが。