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優等生な俺  作者: きいな
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第1話

 軽やかに通りを走りぬける惣太(そうた)の耳に、チャイムの響きが届いた。


「あー、ヤバイ。また遅刻だ」

 ヤバイ、と言うわりにはどことなく暢気で、走ってはいるもののそう慌てた様子ではない。

 ただ、いつもより遅刻組みの生徒の数が少ない気がして、変だな、とは思っていた。


 何となくそう思っていた。


「先輩! また遅刻ですよ!」

 バスケ部の後輩が追い抜きざまに言った。

「あぁ」

 それがどうした、とお座なりに答える。

「今日は定期テストですよ!」


 遠くなる後輩が叫んだその瞬間、惣太は猛ダッシュで彼を追いかけた。


 テストがあることすら忘れていたのだから、もちろん勉強などしていない。赤点さえ取らなければいいという考えの惣太に、テストも勉強もさほど重要ではないのだが、さすがに今日の遅刻はまずいだろう。


 チャイムが聞こえてから数分、すでに通り抜けていなければならないはずの校門が見えた。そのままのスピードで突進し、駆け抜けた。結局後輩を追い越すことはできず、彼の後から玄関に滑り込んだ。


 ドカン! バタン! ガタガタ! バン!


 と、派手な音を立てて靴を履き替え、三階まで一段飛ばしで一気に駆け上がった。上がりきって息を整え、そこからはそろりと歩いた。目指すA組は一番向こうだ。各教室のガラス窓から身を隠しながらA組までくると、引き戸を細く開けてするりと入り込んだ。


 よりにもよって窓際の、後ろから二番目が惣太の席だ。

 這いつくばって生徒たちの足元を通り抜ける。ハイソックスのすらりとした女子の足は驚いたように引っ込んで行く。スラックスのだらしなく伸びている足や、窮屈そうに机の下に納まっている足は動きもしなかった。それどころか、わざと目の前に突き出てくるものがある。そのうちいくつかは腰や脇腹に当たった。


 一組の足が行く手を遮り、目の前に飛び出してきた。払っても押さえつけても殴っても、足はひらひらと飛んで踊る。時々惣太に蹴りが入る。頭にきて両足にしがみついた。その先に引っかかっている踵のつぶれた上靴を取って放り投げようとしたそのとき、目の前に別の足が立ちはだかった。視線を上げていくと、そこには猿に良く似た社会科の細川の顔があった。


「吉井、何してる! テストはもう始まってるぞ!」

 顔同様、キィキィと小うるさいところもよく似ている教師である。

「へーい」

 バレて仕方なく靴も足も手放して立ち上がった。

 細川を少し見下ろすようになる。

「遅刻の言い訳は後で聞くから、早く席に着いて始めろ」

 惣太は何人かの机にぶつかりながら、ガタガタと迷惑な雑音を立てて席に着いた。


 机の上にはテスト用紙が一枚置かれていた。

 カバンの底に転がっているシャープペンと消しゴムを手探りで探しながら、一問目を読み始めた。



1.白コーヒーの入れ方について次の問いに答えなさい。


(1)白コーヒーを入れる際、使わない材料を選びなさい。

   ①アンモナイトシロップ

   ②緑卵の殻

   ③角砂糖

   ④月のしずく



 カバンに手を入れたまま、惣太は固まった。


 何……?


 何度も読み返してみるが、理解はできなかった。いや、意味はわかる。内容がわからない。


 白コーヒー……? 何だそりゃ? そんなもの勉強したか? 俺が聞いてないだけか?


 一問目を飛ばし、二問目に進んだ。



(2)すい星製造機の残りカスの代用品となるものを選びなさい。

   ①ビー玉

   ②粉砂糖

   ③光る金平糖

   ④金の鈴



 すい星製造機……。すい星製造機はありえないだろ。白コーヒーならあると言われればありそうなもんだけど、すい星製造機はありえない。すい星を、製造する、機械……ないないない!


 惣太は前の席の丸まった背中をつついた。

「なぁ、なぁ。このテストおかしくないか? これ――」


 呼びかけに振り返った友人を見た。そして絶句した。


 彼――同じクラブの斉藤瞬一(さいとうしゅんいち)――は灰色の猫の顔をしていた。猫に似ているのではなく、猫そのものになっていた。

 顔も頭も灰色の短い毛で覆われ、三角の耳もついて、神経質そうにピロピロと動いている。目はつり上がり、瞳は細い。鼻は濡れてつやつやしている。小さな口に、細い針金のようなヒゲ。


 惣太は細いヒゲをつかみ、軽く引っ張ってみた。

「いにゃ!」

 猫になった瞬一は、瞬一の声で猫のような悲鳴を上げた。

「にゃにするんにゃ! 痛いじゃにゃいか」

 瞬一猫は丸い手で鼻の横をもみもみした。

「猫だ……瞬一が猫になった……」

「にゃに訳のわかんにゃいこと言ってるんにゃ? 用がにゃいなら邪魔しにゃいでくれ」


 そういえば細川も……猿に似てるんじゃなくて、猿……だったのか?

 教壇で何やら書き物をしている細川は、見れば確かに似ているどころではない。あれは猿顔を通り越して、猿そのものだ。


 惣太は教室中を見回してみた。

 猿、猫を始め、ウサギ、リス、キツネ、熊、鳥、いろんな動物が座ってテストを受けている。


 何だ何だ!? いつの間に動物園になったんだ? これは夢か? いやいや、そんなはずはないぞ。寝坊はしたけどちゃんと起きて、遅刻して、走ってきたんだ。

 だけどこんなリアルな夢があるか?


 もしや着ぐるみでは、と思い、瞬一の頭を撫でてみた。

 手触りは動物の毛だった。ほこりと泥で汚れ、キシキシとした野良猫の感触ではなく、毎日おいしいご飯をもらって栄養の行き届いた、艶もあり、柔らかでふわふわしている飼い猫の感触だ。


「にゃんだよ。気持ち悪いにゃ」

 目つきの悪い瞬一猫は振り返り、――なぜだかそうとわかったのだが――嫌そうな顔をした。

「うおっ! 本物の猫だ!」


 なぜだ……どうしてだ……。いつからこいつは猫に……いやいや、いつからみんなは動物に……。いや違うな、どうして俺だけ人間なんだ? ……待てよ、違わないか。俺が正しくてみんながおかしい。いや、それもちょっと待て。みんなが動物で俺だけ人間なのがおかしいのか? 多数決なら俺の負けだ。やっぱり俺が変なんだな。どこで間違えたんだ? そもそも俺は人間だった……はず……って言うか、人間の記憶しかない。ということは……どういうこと?


 惣太の頭の中は「?」が溢れそうだ。


 瞬一を見つめたまま固まった惣太を、目つきの悪い猫はさらに目をつり上げて惣太を見ていた。

「だからにゃんだよ?」

「何で何で、みんな動物になってるんだ?」

「お前だって動物にゃ」

 瞬一は、当たり前のことを訊くなとばかりに言い放った。


 そりゃあ確かに、大きな括りでは人間も動物だけど……でも俺は普通に人間の格好だ。ほら、手だっていつもと変わりない。どう見たって猿の手じゃないぞ。


「変なヤツ。肉球見つめてにゃんか出るのか?」

 にく……きゅう……。

「そんなものあるか! 俺の手は人間の手だ! 肉球とはお前のこの手の、ここのことを言うんだ!」

 惣太は立ち上がって瞬一の手を取り、肉球を全部ぷにぷにと押した。


「こらぁ、吉井! 静かに座ってろ!」

 怒られて惣太は手を離し、各種の動物たちの視線にさらされながら静かに腰を下ろした。


「言っとくけどにゃ、惣太。お前は人間じゃにゃいぞ」

 瞬一が猿の目を気にしながら、こっそりと言った。

「人間が言うところの犬にゃ」

「い、い――」

 いぬぅ!? と叫びたかったが声にならなかった。


 惣太は慌てて自分の顔をペタペタと触ってみた。

 人間らしい、つるりとした顔だ。鼻だって乾いていてそう高くはないし、ヒゲだってもちろんない。


「どこが犬だよ?」

「全体的に。種類は柴犬」

 自分の感覚では立派に人間であることがわかって一安心なのだが、瞬一から見れば柴犬であるということにがっかりした。

「柴犬……シェパードとかドーベルマンじゃなくて?」

「柴犬にゃ」

「じゃあ、ハスキーとかラブラドールでもいいや」

「立派な柴犬にゃ」


 柴犬が悪いわけではない。くりくりした黒い目に、愛くるしい丸い顔。太く巻いた尻尾、どっしりと構えた短い足。

 柴犬は「可愛い」のだ。

 惣太は男として、シャープで格好よく、そして少し近寄りがたい怖さも持っているようなシェパードやドーベルマンがよかった。


「そうかぁ、柴犬かぁ……」

「見てくれにゃんか気にするにゃ、惣太。男は中身で勝負にゃ」

 瞬一は小さな手をぎゅっと握ってガッツポーズを作った。

 猫に励まされても嬉しくはなかった。


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