語り部のカタコンベ
自身を語る上で、僕はそう多くのことは語れない。
それは、現在、過去、未来を通して見ていても変わらないという安心感があったからだ。
多くの埋没された日常を生き、先の見える明日を行き、それなりの人生に逝く。
無味乾燥な平凡を享受する。それが僕だったから。
平凡な没個性。それで十分で、それが幸せで、それでもわずかばかりの不幸だったはずだ。
取り留めのない話で盛り上がる友人。暖かくも厳しい家族。先の見える毎日の充足感と不足感。
たしかに夢見たことはあった。
僕は実は選ばれた人間で、世界の平和を守る。そんな思春期特有の妄想活劇。
魔王がいて、勇者は僕で。時には危険な目にも遭う。
でもお決まりのご都合主義が僕を助けてはいおしまい。
勇者はみんなに愛されて幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。
三文小説にもならない書きなぐりの駄作でも、そんな夢に思いを馳せたのは
決して起こり得ないと確信していたからだ。
テレビでも漫画でも、それは彼方の出来事だから面白いのだ。
決して起こり得ない、だからこそ夢という。
なんて言ってみたけれども、人が思い描いた夢の非日常は、容易くも、
簡単に僕の儚い日常を壊したのだった。
お待ちしておりました。勇者様。
自身を語る上で、僕はそう多くのことは語れない。
語れるならば騙りたい。
そんな勇気はないけども。
それでも僕は勇者らしいです。
ああ、さようなら日常よ。ああ、こんにちは。非日常。
第一話 「語り部のカタコンベ」
唐突ではあるけれど、自分かたりをしよう。
僕は日本という比較的に平和な国に生まれ、その中でも比較的裕福な家で生活し、
比較的有意義な学園生活を送る高校生だった。
ほどほどの喧騒と静寂さの中で安穏とした日々を享受してきたつもりだ。
休日には友人とレジャーやインドア系の遊びに充足感を覚え、
平日にはアニメや漫画、そういったサブカルチャーにも興味を示す。
学校では多岐にわたる興味から話題は尽きず、友人と呼べるものは数多くいた。
家に帰っては母や妹と談笑し、その日の出来事を語り合う。
夕方になれば父も帰宅し、男同士の話題に花を咲かせた。
自分をさげすむような同級生もいなければ、自分をいないものとして扱う親や妹などもいない。
そんな不幸話は漫画やアニメの世界だけだ。少なくとも僕の周りにはありはしない。
どこに不満などあるだろうか。
どこに絶望などあるだろうか。
どこに「 」があるだろうか?
そんな幸福に満ちた生活を享受してきたつもりだし、これからも続けていくはずだったのだ。
日常。
常にめぐる変わらない日々。
それが「非」日常に取って代わられたのは・・・そう。あの時からだろう。
夏の暑さがアスファルトを燃やし、日本は類を見ない猛暑日になっていた。
暑さで倒れる人が多いと、帰りのホームルームで注意喚起が呼びかけられた日の事だった。
その日は珍しく、友人の誰からも誘いの声を掛けられなかった僕は、一人家路についていた。
いつもは友人たちと歩くこの道も、やはり一人だと味気ないもので。
でもだからといって、一人の時間が嫌いというわけでもなかった。
いつもはなんとなく歩くこの道も、一人だと色々な発見がある。
時間を確認すれば、まだ日が暮れるには早い時間だ。
「あっつぅ」
額から垂れる汗が目を細めさせる。袖口で汗をぬぐうと色が変わるほど水気を帯びていた。
照りつける、未だに顔を出す太陽と、それに温められた道は思いのほか僕の気力を奪っていた。
内心は早くに家に帰り、涼しい部屋でのんびりとなどと考えていたが、
どこかで喧騒を求めていたのかもしれない。
足は繁華街の入り口にまで運ばれていた。
「一人で来るのも久しぶりだ」
繁華街にある商店街。
友人とゲームセンターやカラオケなどで盛り上がれる場所だけれど、今は一人だ。
書店やCDショップでも寄ってウィンドウショッピングも悪くはない。
そんな考えでぶらぶらと商店街を歩いていると。
・・・リン・・・チリン・・・チリンチリン・・・
小さく鐘の音が聞こえてきた。
「鈴の音?」
辺りを見回してみたが、それらしいものは見当たらない。
・・・リン・・・チリン・・・チリンチリン・・・
それでも鈴の音は途切れることなく耳に届いてくる。
その音が無性に気になった。
鈴の音を求めて、新たな異世界が。なんて昨日見たアニメに毒されたのかもしれない。
音が大きくなるほうへ。鳴るほうへ。喧騒を書き分け裏路地を回り、人気の少ない場所へ。
その雰囲気も合ってか、僕も男だったということだろう。
ワクワクとした感情が非常に強くなっていった。
「ここ・・・かな」
一見ただの廃ビルのような場所。
前には立ち入り禁止を示すロープが掛けられており、
あたかも何かありますと思わせるような場所だった。
すわ幽霊かとも思ったが、それ以上に刺激された冒険心は強く。
「見つからなければ大丈夫だよね」
などと自分に言い聞かせ、ロープを潜り抜けた。
ビルの中は日を遮断してかひんやりと涼しく、そのまま置き去りにでもされたのだろう。
良く分からない機材が置き晒しにされていた。
どうやら内装を見るとマンションだったようで、1階のエントランスから
エレベーターがすぐに発見できた。
「やっぱり動かないか」
上下を示すボタンを押してもうんともすんとも言わない。
電気が通ってないのは考えれば分かることだった。
「廃ビルだし。当然だよね」
誰に見られるわけでもないのに言い訳じみた物言いになったのは仕様がないと思いたい。
恥ずかしさは人並みには感じるのです。
幸いにもすぐそばに非常用の階段があったので、それを上り、昇り、登り。
音は絶えず聞こえていたけれど、それがだんだんと大きくなっていく。
「ついた」
たどり着いたのは屋上への扉の前だった。
ここまで少しばかりの不安と多くの好奇心によってやってきたわけだが、
少々考えれば分かることだと思う。
今考えればなのだけれども。
この廃ビルから商店街のあそこまで鈴の音が届くわけがないとか。
そもそもこの廃ビルまでの道のりが分からないとか。
どことなく見覚えがあるような場所だったりだとか。
後悔は後には立たない。まさしくその通りで。
溢れんばかりの冒険心は、まぁ、いわゆる一つの死亡フラグだったわけなのだけれども。
死亡フラグが分からない?
あぁ、こちらにはないのか。
まぁ、それをしてしまうと死んでしまうという怖い呪いみたいなものだよ。
え?それはわかったからその後どうしたかって?
その後は・・・・・・
そう。扉を開いた先にあったのは何もない部屋だった。
上下もなければ左右もない。天地無用の急転直下。
黒い闇。
勇んで踏み出した一歩はその運動力学により進むことを止めず。
已めず落ちていく感覚だけが生々しく残っていた。
そして気づけばさっきの通りさ。
君が目の前にいて
「お待ちしておりました。勇者様」
なんていうものだからさ。
ああ。僕も存外に冷静だったようで。
「ここは、どこ」
「我が王国の地下墓地です」
テンプレ的には間違ってるでしょって思っちゃったりしたわけさ。