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2人目 僅かな牙が身を砕く

 俺は復讐者だ。あいつのために復讐をやり遂げる。

 これはあいつの仇取りだ。無念の内に死んでいったあいつの仇を、俺が討ってやるんだ。

 誰にも俺を止められはしない。仮に止められたとしても、その事に意味はない。

 次の標的は早乙女章吾。準備は万端だ。失敗はしない。


   * * *


 僕は眼を覚ました。どうやら、いつの間にか眠ってしまったらしい。

 いや、違う。何だここは? 僕の家じゃない。僕は確かに、自分の家にいた筈だ。


 腕が吊られている。どう言う事だ? どうやら極細のワイヤーで天井から吊っているらしい。今の僕は普通に立っているのに、両腕だけが真横に上がっている状態だ。傍から見たら酷く滑稽だろう。


 この部屋は無機質で薄暗い。全体的に灰色がかった部屋だ。天井はそんなに高くない。上を見上げると、ワイヤーを引っ掛けてあるフックが四つ。どうやら僕を吊っているワイヤーは四本のようだ。

 しかし、このワイヤーに何の意味があるんだ? しっかりと腕に巻きつけてあるが、僕は今普通に立っている。逃げる事は出来なさそうだが、全く意味を成していない。


『ハァイ、お早う早乙女章吾クン。聞こえてるかな?』


 僕の目の前にあるモニターに映像が映った。紫色の覆面を被った人物だ。金色の粒が周りを縁取っていた。


『返事がないけど続けるよぉ。君、今の自分の状況は理解してるかな?』


 やけに粘着質な声で覆面の人物は続けた。


『今、君は四本の極細ワイヤーで天井から吊られている状態だ。この極細ワイヤーは150kgまで耐えられる優れ物でね、例えば君の体重だろうと支えられる』


 その言葉に、僕は何故かビクリと身を震わせた。何故だかは自分でも分からない。


『そして、君がいるのは建物の二階なんだ。因みに一階は鋭い針がいくつも並んでるんだけど、まぁ落ちなければ大丈夫だから。落ちなければね』


 覆面は落ちなければ、という部分を繰り返して強調した。どんな意味がある? 落ちなければいい話だ。そして、こんな頑丈な床から落ちようがない。ワイヤーで吊られてもいる。


『さて、ここからが面白いところなんだ。このボタンが見えるかなぁ?』


 覆面はモニター越しに、赤いボタンを見せた。


『これを押すと……いや、説明するよりやってみた方がいいか』


 覆面は唐突にボタンを押した。何が起こるのか分からない。僕は咄嗟に身構えた。

 バコン、と音がして、急に僕に重力がかかった。いや、その表現は適切じゃないだろう。重力は元からかかってた訳で、つまり、今僕の身に起こったのは、床が抜けて落ちそうになったと言う事。ワイヤーが皮膚に食い込んだ。


『こう言う風に、床が抜けるんだよね。ホラ、下に針山が見えるだろう? それが一階だよ。針山がなくても落ちればほぼ即死だと思うけど、これなら確実に即死だなぁ。ま、落ちなければいいんだけど。ワイヤーがあるから大丈夫だろう?』


 覆面は一気に喋ったが、僕は殆ど聞いていなかった。ワイヤーが腕に食い込んで痛い。少し血も出ている。腕が千切れてしまいそうだ。……まさか?


『あれ、痛そうだね。このままじゃ腕が千切れちゃうかな? でも安心して、そうはならないよ、きっと』


 ……どう言う事だ? 僕が想像していたのは、ワイヤーが僕の腕を切る事を狙っていると言う事だった。そうじゃないのか?


『そのワイヤー、結構熱には弱くてね。もしも火が当たったら簡単に切れてしまう。そして、ワイヤーの途中に、火のついたタバコが括りつけられてるんだ』

「何だって!?」


 僕は思わず声を出して、それから上を見上げたが、よく分からない。


『暫くすれば火がワイヤーに当たるだろうね。そうなればいとも簡単に切れちゃうよ。そしたら君は、一階の針山に真っ逆さま』


 覆面はあはは、と楽しそうに笑った。何なんだこいつは? 完全にイカレてる。人を殺す事を楽しんでるじゃないか。


『そぉら、もうすぐだ』


 覆面の声とほぼ同時に、右手首を吊っていたワイヤーが切れた。さらに左手首。左肘のワイヤーも切れた。あと一本で僕は死ぬ。

 しかし、そうはならなかった。


『あれぇ? ワイヤーが切れないね。煙草つける位置間違えちゃったかなぁ! あはははははは!!』


 わざとだ。絶対にわざとだ。わざと煙草の位置を変えたんだ。いや、それ以前にもしかしたら煙草をつけてさえいないかもしれない。僕がさっき見えなかったんだから、つけていようとつけていまいと分からない。


『煙草の火も消えちゃったよ! ごめんごめん、間違えちゃったみたいだ!! あはははははははははは!!』


 何故だ。どうして僕がこんな目に合わなくちゃいけないんだ。右肘を支点にして僕は天井から吊られている。痛い。一点で全体重を支えているんだ。極細だから圧力も計り知れない。

 皮膚はとうの昔に切れている。今はワイヤーが腕に食い込んでいて、血もたくさん出ている。今度こそ、腕が千切れるのを狙っているんだ。


「くああああぁぁぁぁ……」


 どうしてだ。どうして僕がこんな目に? 僕が何かしたのか?

 本当は、一つだけ心当たりがあった。いや、一つしかなかったと言うべきか。つまり、犯人はあいつで、動機も―――。


「くっ、あの事で僕を恨んでいるのか! 彼女の事で! 確かに彼女が死んだのは僕――いや僕たちの所為だ、でもそれで僕を殺すなんて間違ってる! 逆恨みだ!」

『何が逆恨みだ、あいつを殺したくせに』

「違う! 彼女が死んだのは僕の所為だが、僕が殺したんじゃない!」

『まだしらばっくれる気か』


 覆面はにべもなく言った。

 でも本当なんだ。彼女を殺してなんかいないんだ。僕は彼女を殺してなんかいない。


「本当だ、信じてくれ! 僕は彼女を殺していない!!」


 僕は涙ながらに訴えたが、覆面の人物は全く聞いてくれない。それどころか、冷酷に笑いながら僕を眺めていた。だがその笑いには、どこか怒りが含まれているように見える。


 ブチッ、と音がしてワイヤーが僕の腕を切っていく。もう右腕の半ばまで食い込んでいた。今は恐らく、骨に当たって止まっている状態だ。でもそれも長くはもたないだろう。


「助けてくれ! 彼女を殺してない、これは本当だ! 助けてくれって! 僕を殺してもいい事はないぞ! そうだ、助けてくれたら真実を教えてやる! だから、だから助けてくれ! 床を戻してくれ!!」

『無理だね。床を戻す事は出来ないんだ』

「嘘だ! 頼む、戻してくれ! 助けてくれよ! ぐっ!」


 ミシッと骨の軋む音がした。もうすぐ骨まで両断されてしまう!


『助ける事は出来ないし、助ける気もない。お前らがあいつを殺したのは事実だ。例えお前自身が、あいつの殺害に直接加担していようと、していまいとな』


 くそっ! 僕は心の中で悪態をついた。ばれていた。僕の魂胆はお見通しだったんだ。僕は彼女を殺していない。殺したのは僕じゃない。でも、僕たちが、殺したんだ。


 バキブチッ、と妙な音がした。腕に激痛が走る。


「あぎゃあッ!!」


 骨が砕けたみたいだ。それと同時にワイヤーが深く、僕の腕を切り裂く。


『苦しめ。今お前が感じている痛みは、あいつが受けた苦しみ、痛みだ。あいつを殺したお前が受ける事は、等価交換なんだ』


 等価交換、それはあいつの口癖だ。やっぱり間違いない。この覆面の人物は、あいつなんだ。覆面の人物が身を翻して、モニターの電源は切れた。


 もう腕の皮一枚で繋がっている状態だ。腕が千切れるまでは時間の問題。そう言っている間にもワイヤーは腕を切っている。


 ぶちぃ、とあっけない音がして、右肘から先が千切れた。重力に従って僕は落ち、目の前にいくつもの針が迫って来て―――、


 僕はこの世からいなくなった。

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